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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第一話:舞頸(まいくび)
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陸・大黒天

(かん)】十二支による方位で示した場合の北西を意味する。戌と亥の方角をさすため、『戌亥(いぬい)』とも云う。


 強盗二人に会っていた皐月が、大石誠二が殺されたとされる川に来て少し経った。

「どう弥生姉さん。何か感じる?」

 川に足を漬けている皐月が、川岸でただ静かに座っている弥生に声を掛けたが、集中している弥生は反応しなかった。

「け、警部? 彼女達は何を?」

 周りには阿弥陀警部と大宮、その他の警官諸々(もろもろ)が皐月と弥生をただただ見ている。

「まぁ、見てればわかりますよ」

 阿弥陀警部があっけらかんと言う。

 いや、わからないから大宮は訊いたのだが――途端、水飛沫みずしぶきが一線をくように皐月へと向かっていった。

 周りの警察官(一人を除いて)は何が起きたのかまるでわかっていない。

 刹那、高々と飛沫が上がり、真っ白なカーテンと化した。

「――さっ!」

 大宮が駆け寄ろうとしたさい弥生を一瞥した。

 こんな状況でも何かを呟いている。


「彼女達の邪魔をしない方がいいですよ?」

 阿弥陀警部がそう大宮に言った瞬間、先ほどよりも高々と上がった水飛沫が自分達に掛かっていた。

「皐月! かんの方!」

 さっきまで静かだった弥生が俯いたままそう叫んだ刹那、大宮の頬を何かがかすり、彼は頬が熱くなっていくのを感じた。

 そっと頬を手で触れるとツッと痛みが走る。

 まるで剃刀かみそりで切ったかのようなあとが出来、そこから血がれてきている。

 それは周りの警官たちも同様だった。


「あーもう! 君達ここは彼女達に任せていいですから! 私達は早くここから立ち去りますよ!」

 それが合図になったのかどうかは定かではないが、ほとんどの警察官が川から一目散に離れていくが、ただ一人、大宮だけがその場に立っていた。

 それを見逃さないといわんばかりに、大宮の目の前で旋風つむじかぜが起きた。

 砂埃すなぼこりが目に入り、大宮はつむった。

 ――自分は死んだのか?

 だがさっき傷を付けられた以外何も痛みがなかった。

 大宮がゆっくりと目を開くと……。


「――ったく、阿弥陀警部と同じ事しないでくれません?」

 眼前には皐月が竹刀を十字にし、()()()を受け止めている。

「ここは警部に言われた通り、私達に任せたほうが得策なんですよ」

「し、しかし! 市民の平和を守るのが私達警察の役目! 君達を守るのも……」

 大宮がそう啖呵たんかを切ると、皐月は小さく笑った。

「それじゃ、そこで大人しくしていてください。――死にたくなかったら!」

 そう言うや否や、皐月は組み合っていた竹刀をはじいた途端、向こう側の雑木林で何かがぶつかる音が聞こえた。

わが神殿に祭られし大黒のごうよ! 今ばかし我に剛の許しを!」

 皐月が天に向かってそう叫ぶと、両手に持っていた二本の竹刀は次第に真剣へと変わっていく。


 ――はて?

 と、大宮が首を傾げたのも無理はない。

 大黒天と聞いて思い浮かぶ武器、もとい道具といえば小槌こづちだろう。

 しかし皐月が両手に持っているのはどう見ても刀である。

 実は大黒天、もとい七福神は日本の神ではない。

 実際日本の神なのは恵比寿だけであり、ようは寄せ集めの集団である。

 大黒天・毘沙門天・弁天は印度インドの神。布袋・福禄寿・寿老人は中国の神である。

 さらに言えば優しいイメージの福の神とは到底考えられない力を持っていた。

 印度で恐れられていたヒンドゥー教三神の一つ破壊神シヴァの別名とされる摩訶迦羅マハーカーラこそ、他ならぬ大黒であり、その力は破壊神という名に相応しいまさに戦闘鬼神といわれている。


「――閃ッ!」

 横一文字に切り放った一刀の先に、砂煙とその間に水飛沫が起きた。

 再度向こう側の雑木林から何かがぶつかる音が聞こえたかと思えば、皐月は韋駄天いだてんの如き速さでそちらへと駆け出していく。

 この常識外れな状況に大宮は困惑していた。

 むしろ夢を見ているのか?と思ってしまうが、己の頬に切り刻まれた痕の痛みが現実である事を物語っている。

 眼前で皐月が何かから弾き飛ばされるのを大宮は見た。

「――皐月ちゃん?」

「くっ!」

 皐月は翻筋斗打もんどりうちながら体勢を整えようとした瞬間、それを見計らったように旋風が彼女を襲った。

 体勢を崩された皐月は背中から木にぶつかり、ズルズルともたれ崩れていく。

 よく見ると右腕が見るも無残に切り刻まれていた。

「――くぅきゃはははははっ!」

 どこからともなく、気味の悪い嗤い声が聞こえてきた。

「……首無し?」

 大宮がそう呟くが「少し違いますね? 首無しと言うのは体と頭があっても首がないあやかし。でも目の前にいるのは……」

 弥生がそう言った時だった。


 周りが真っ暗になり薄らと青白い光が形をなしていく。

 それが徐々に人の顔へと変貌していき、妖が正体を現すや、大宮巡査は腰を抜かした。

「そんな? あれは殺された……」

 阿弥陀警部がそう叫んだ。

 あやかしの正体は他でもない。殺された男性【大石誠二】そのものだったのだ。

 阿弥陀警部と大宮は被害者の資料を見ていた為、すぐに正体がわかった。

「しかし、どうして殺された大石誠二がこんな姿に?」

「川で発見された死体は本当に【大石誠二】本人だったんですか?」

 弥生がそう訊くと、大宮は首を傾げた。

「たしかに大石誠二本人でしたよ? その証拠に学校の制服だったし、鞄だって大石誠二本人のもの……」

 そう言うが、当の阿弥陀警部も釈然としていなかった。

 考えてみたらそれだけで大石誠二本人だという証拠にはならない。

 頭が見つかっていないのだ。徹底的証拠である大石誠二の頭が――


「よほど死にたくなかったんでしょうね?」

 皐月がふらふらと立ち上がる。「皐月ちゃん?」

 大宮がそう叫ぶと、「くぅきゃはははははっ! さっきは外したが、お前もオレと同じにしてやるぜ!」

 大石誠二の頭がそう叫び嗤うと……皐月は小さく笑みを浮かべた。

「さっきも何も――あんたの速さじゃ一生私から雁頚がんくびを取る事なんて無理でしょうね?」

 その言葉に大石誠二の頭はかしげるような仕草を見せた。どう見ても虚言ざれごととしか感じない。

 だからと言って皐月のが嘘を吐いているようにも見えないでいた。

 どこからそんな自身が出てくるんだろうか?

 ――と、大宮は思った。


「冗談言ってんじゃねぇぞ! このアマァッ!! 片腕しか使えねぇんじゃ、その自慢の二刀流も意味ねぇんじゃねぇか?」

「だったら――試してみる?」

 そう言うや無事だった左手に持たれている刀の先を【大石誠二】の頭に向けた。

「――っざけんじゃねぇええええええええええっ!」

 怒り狂った大石誠二の頭が皐月目掛けて突進してきた。

我流一刀がりゅういっとう……羅刹らせつっ!」

 皐月が縦一文字に刀を振り下ろすと、大石誠二の頭が宙に止まった。

「くぅぎゃああっ?」

 大石誠二の頭はまるで何が起きたのかわからない表情を浮かべ、逆に皐月の顔はまるで何事もなかったかのように綺麗なままだった。

 半分に切られた大石誠二の頭部が徐々にズルズルとずれていき、地面へと落ちていく。

 その切り口からは脳髄やら何やら、見ただけで吐き気がするものが零れ落ちていた。

 しかし、大石誠二の頭は何かを言おうとしていた。


「なぜぁ? 何故だぁ? 二刀流っていうのは? 二刀流ていうのは刀二本だから強いんじゃ?」

「根本的なところを勘違いしてるようだけど? 元々は【片手でも刀が使えるようにする】ために生み出された流儀よ」

 そう言うや、皐月は刀を片手で振り回した。

 その動きに一切の無駄がない。

「それに、どっちかって言うと私は左利きだからね」

 皐月はそう言いながら小さく舌を出した。


「それじゃ、あの死体はいったい誰なのか? それだけ教えてもらいましょうか? どうせ阿弥陀警部も上にどう報告すればいいのかわからないでしょうけど」

 皐月はそう言いながら、向こう側で呆然としている阿弥陀警部と大宮を一瞥した。

「あいつは……あいつはな、オレの兄貴だよ。容姿が似ているからわからねぇと思ったんだよ」

「殺した理由は? ついでにあんたがどうしてそんな姿になったのかもね?」

「兄貴を殺した理由はオレが受けようと思っていた高校に兄貴が通っていたんだ。でも成績が悪い俺はどんだけ頑張っても到底そこには入れそうになかった。でもよく考えたらオレと対して変わらないくせに兄貴は入学出来たんだ。それで兄貴に聞いてみたら『知り合いに頼んで、入学テストの答えを少しだけ教えてもらった』ってさ? それを聞いてオレは兄貴と同じ事をしないって思ってがむしゃらに頑張ったんだよ。学校の先生からは推薦ももらった。後は受験まで頑張れば兄貴と同じ学校にいけると思ったんだ。でも兄貴はそれが気に食わなかったんだろうな? オレの部屋に勝手に入って俺の教科書やノートを捨てやがったんだ!」

 大石誠二の崩れた頭が泣き叫んでいるようだった。

「――それが殺した理由?」

 まるで人を突き放すような表情で、皐月は尋ねた。

「そうさ! おれは兄貴とは違う! おれは兄貴と違って自分の実力で」

「殺さなくても! 見返してやればいいでしょうがっ!」

 皐月がそう怒声を放すと、「それじゃ! あんたがどうして舞首になったのか教えてくれない?」

「これになったのはつい最近さ。オレがずっとどうやって兄貴を殺そうかって思っててさ……」

 そう言うや、大石誠二の頭は言葉を止めた。

「自分がどうしてそんな姿になったのかわからないって言いたいんでしょ? 答え教えてあげようか? ――自分が知らないうちに自分を殺してたのよ? じゃなければこんな醜い姿にはならなかったでしょうけど」

 静かにそう言うと、大石誠二の顔が次第に淡い水色に変わっていく。


「…………」

 弥生が小さく経文を呟いていた。

 その周りには薄らと後光が輝いている。

露世つゆせに迷いし魑魅魍魎ちみもうりょうよ。が場所は此処になし――罪を償い、地蔵菩薩の下す罰を速やかに受けよ!」

 そう言うと、手前に置かれていたお札が一直線に【大石誠二】のところへと飛んでいった。

閻獄えんごく第一条七項において、自分の見勝手な行動で人をあやめた者は『等活とうかつ地獄・極苦処ごくくしょ』へと連行する」

 弥生がそう言うとお札は消えていく大石誠二のひたいけられた。

「あっちでお兄さんに逢ったら自分の言いたいことを言うことね? 言わないと……すっきりしないでしょ?」

 皐月はそう言うが、消えていく大石誠二の姿を見ようとはしなかった。


【追記;11/05/23】

少しばかり文章を直しました。

大石誠二の首がではなく、~頭が正しので修正しました。

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