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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第八話:トイレの花子さん
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弐・旧校舎


 ――誘拐事件が起きてから三日ほど経った昼下がり……


「葉月ちゃんっ、そっち行ったよぉっ!」


 学校の昼休み、黒川三姉妹の三女である葉月は、友人たちと校庭でミニサッカーをしていた。


「黒川っ! こっちこっち!」


 素通りする男の子――大山にそう云われ、葉月は素直にパスをしようとした時だった。


「甘いぜぇ、大山っ!」

「くそぉっ! 前野っ……」


 大山は大柄な体型をした前野から、道をさえぎられてしまう。

 そのせいで葉月はパスが出せないでいた。


「葉月ちゃん。こっち……」


 うしろから声が聞こえ、葉月はかかとでボールを蹴った。


「ナイスパスっ!」


 ボールを受け取った市宮いちみやは加速するようにドリブルし、そのままシュートするや、ボールはゴールネットを貫いた。


「すっげぇっ! さすが市宮」


 男の子たちがボケ―とした表情で、先ほどゴールを決めた市宮を見ていた。


「ありがとう。よかったよ葉月ちゃん」


 市宮にそう云われ、葉月は笑みを浮かべた。

 ――そうこうしていく内に昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎に備えられているスピーカーから校庭へと鳴り響き、試合は市宮が決めたゴールだけとなった。


「今日の片付け! 最初はグゥ―っ!」

『じゃん・けん・ぽん!』


 子供たちの声が響く。

 ボールを片付ける役を選ぶじゃんけんである。


「今日は葉月ちゃんかぁ……」

「黒川、急げよぉ!」


 そう云いながら、友人たちは急いで教室へと戻っていく。

 葉月は自分を置いていく友人たちが去っていくのを見ながら、ボールを片付けようと、ボールが置いてあるうしろを振り向いた時だった。


 「――あれ?」


 と、葉月は小首を傾げる。

 ボーン、ボーンっと、ボールを弾く音が校庭に響きわたっている。

 そこには、おかっぱ頭で黄色のカッターシャツに、赤いもんぺを着た女の子がボールで遊んでいた。

 葉月はその女の子を見たことがなく、また自分よりも小さく感じたことから下の学年の子だと最初は思った。


「あ、あのね。チャイムが鳴ったからボール片付けないと」


 女の子にそう言いながら近付くや、葉月は違和感を感じた。

 今は昼である。極々当たり前であるが日が出ているにも拘らず、女の子の足元には本来伸びているはずのものがなかった。


「あ、あなた……誰なの?」


 葉月がそう尋ねると女の子はある方向を指差した。

 葉月はその指の先を一瞥する。

 そこには古ぼけた校舎があり、今にも壊れそうなほどにボロい。


「――旧校舎? あそこがどうかし……」


 葉月が女の子に尋ねようと、もう一度振り向いた時だった。

 ボールが落ちた音がし、そのままボールは転がっていく。

 ――そして、そこにいたはずの女の子の姿はなかった。


「黒川さん?」


 ボールを手に取り、呆然としている葉月をうしろから先生らしき女性が声を掛けた。

 メガネをかけてはいるが少し幼い雰囲気がある。


鶴見うつみ先生? さっき女の子見なかった?」

「いいえ、見てませんよ。さ、みんな心配してるから、早くボールを片付けて」


 葉月は鶴見にそう云われ、倉庫にボールを片付けに行く。


「先生、旧校舎って、誰も入れなかったよね?」

「ええ。もう入れなくなって結構経つのよ。でも、それがどうかしたの?」


 そう聞き返され、葉月は女の子の事を素直に云った方がいいだろうかと考え直した。


「ううん。ちょっと気になったから――」

 と、笑顔で云うと、鶴見はそれ以上何もきかなかった。


(あの女の子、どうして旧校舎なんか指差したんだろ……それに、あの子もしかしたら)


 葉月は女の子の足元に影がないことに気が付いていた。

 葉月は三姉妹の中で人には見えないものが一番濃くえる。

 特に女の子が指差した旧校舎の方を見れば、白いもやや、赤黒い手、窓に映る人の顔……

 それらすべてが旧校舎に住み憑いている地縛霊じばくれいであることを知っており、また、そこにいる霊たちも自分たちが葉月に見えていることを知っている。

 ――にも拘らず、校庭に現れたおかっぱ頭の女の子に関してだけ、葉月は何も知らなかった。



「葉月ちゃん。一緒に帰ろぉ?」


 市宮が葉月を誘う。彼女は既にランドセルを背負っていた。


「うん。美耶みやちゃん。一緒に帰ろ……」


 葉月は帰り支度を早々と済ませ、市宮と一緒に帰ろうとした時だった。


『聞いた? この前、近所で誘拐事件があったって……』


 上級生の女子二人が葉月のクラスの前を通りかかったさい、誘拐事件があったという噂話をしていたのが葉月の耳に入った。


『聞いた聞いた。まだ女の子見つかってないんでしょ?』


 他人事のようにそう話す。実際に他人事なのだが……


「怖いよねぇ。私たちも気を付けないとね?」


 市宮にそう云われ、葉月は頷いた。


 校庭に出ると、旧校舎の方で大山と前野が何かをしているのが葉月と市宮の視界に入った。


「おい、止めようぜ?」

「ばぁか、幽霊なんているわけねぇだろ?」

「で、でもさぁ? ここって出るって噂だぜ?」

「それを今から確かめるんだろうが?」


 向う見ずなのは大山であり、見かけによらず、怯えているのは前野である。


「ちょっと、何やってるの?」


 市宮がコソコソと話をしている大山と前野に声を掛けるや、二人はビクッと硬直するように背筋を伸ばした。


「……って、なんだよ? 市宮と黒川かぁ」


 声をかけた相手がわかるや、大山は強がりを見せた。


「で? 何やってるの、こんなところで」

「へへ、それは言えねぇなぁ……なんせ俺たちはこれから……」

「ちょ、ちょっと待って? 俺たちって、俺も入ってるわけ?」


 大山のセリフに前野がツッコミを入れた。

 たしかに『俺たち』だと複数系である。つまりは前野も含まれていると言うことだ。


「なんだよぉ? 怖気付おじけついたのか? お前、見かけによらず臆病だよな?」

「しょうがねぇだろ? 人間怖いものの一つや二つ――」


 大山と前野の会話を見ながら、葉月はジッと旧校舎を見ていた。

 入口の両側には窓があるのだが、サッシが錆びており、開けることが出来ない。

 使わなくなってから、何も手をつけていないからである。

 そんな窓から子供がジッとこちらを見ていた。


「どうかしたの? 葉月ちゃん」

「えっ? ううん、何でもない……」


 市宮に声をかけられ、葉月は大山たちの方に振り返った。

 旧校舎に住み憑いている地縛霊たちが特別悪い幽霊ではないことを葉月は知っている。

 先ほどからこちらを見ている子供が、葉月を見るやニコッと微笑んでいた。


「ダメだよ。あそこって怖いのいっぱいいるって、爺様が言ってた」


 葉月の言葉に大山は目を輝かせる。

 予想していない反応だったため、葉月は首を傾げた。


「お前んとこって、たしか神社だったよなぁ? ってことは、あそこに何がいるっていう証拠じゃないか?」


 大山の頭の中では神社とお寺が混同している。


「よし、黒川! お前リーダーなぁ!」


 そう云われ、葉月は目を点にした。


「ちょっと大山くん、どうして葉月ちゃんが一緒になるわけ?」

「なんだよぉ? 嫌なら来なきゃいいだろ?」


 大山と市宮が口喧嘩をしはじめた時だった。

 旧校舎の方から何かが割れる音がし、全員がそちらを見やった。


「お、おい…… だ、誰かいるんじゃないのか?」


 前野が怯えた声で云う。大山と市宮も少しばかり怯えた表情を浮かべた。

 そんな中、一人葉月だけは旧校舎の窓に映る子供の表情を見ていた。

 窓に映る子供の霊も何が起きたのか、不思議そうな表情を浮かべている。それを見るや、葉月は首を傾げた。


 旧校舎に住み憑いている地縛霊が自分たちを怖がらせ、帰らせようと、ポルターガイスト(勝手にものが動いたり、音がなる現象の事)を起こしたのではと葉月は思っていた。

 しかし、葉月の視野に映っている旧校舎の幽霊たちも不思議そうな顔をしていることから、それ以外のことが起きたということになる。


「よぉおおおし、こうなったら、何の音かみんなで確かめにいこうぜ?」


 大山の一声に前野と市宮が唖然とする。


「ちょっと、なんでそう男子はそんな危険なことするわけ?」


 そう市宮が止めたとしても、バカみたいに向う見ずな大山である。

 人の話を聞かず、我先にと音がした方へと走っていった。

 市宮と前野は慌ててその後を追っていく。


 葉月は再び、窓に映る子供の霊や、周りで漂っている浮遊霊を見たが、やはり彼らの仕業ではないと察すると、先に行った三人の後を追った。


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