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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第七話:以津真天(いつまで)
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漆・鼠と犬


「どう弥生姉さん、なにか感じる?」

 皐月は部屋に弥生と大宮を呼び、弥生に希空を見せた。

「ええ。うっすらとだけど、彼女から人とは違う気配を感じる」

 弥生はそう云いながら、少しばかり怯えている希空を見やった。

「大丈夫よ。四年間、稚拙な嘘ですら誰も気にしなかった理由がわかったから」

 そう云われ、希空は首を傾げた。

「彼女に取り憑いているのは『以津真天いつまで』という妖なんだけど、それが誰なのか娘であるあなたならわかるはずよ?」

「――お、お父さん……ですか?」

 そうなのかははっきり言えないが、そう思ってもいいと弥生は説明した。

「以津真天は死体遺棄によって発見されなかった亡者の成りの果て。『いつまで、いつまで』といって、亡骸を見つけて欲しいと願っている妖怪なの。だけど人々は恐れをなして探そうとしないから、ずっと鳴いている」

「でも白骨死体が希空さんの父親なら、発見された時点でもう成仏してもいいんじゃないかな?」

 大宮の言う通り、娘に取り憑いている以津真天の説明が出来ない。

「葉月が写真から何も声が聞こえなかったって言っていたの覚えてます?」

 皐月がそう大宮に尋ねる。

「葉月の力は死んだ霊の声が聞ける。だけどそれは写真に写っていればの話なんです」

「それじゃ、希空さんや僕たちが発見した時には、既に成仏していたということかい?」

 それを聞いて、希空がワナワナと震えながら、

「ちょっと待ってください! トーマが最初に発見した時、遺体が埋められた地面には草が生えていて、誰かが掘り起こしたのならその痕跡あとが残っているはずですよ?」

「希空さんの云う通りだ! 僕たち警察が来た時には既に白骨はあらわにされていたけど、最後まで掘り起こしたのは僕たちが来てから! それより前にそこに遺体があることを知っているのはそれを埋めた本人……瀧瀬夫妻しかいないじゃないか?」

 大宮と希空の言葉をジッと聞いていた皐月が二人を見つめた。

 大宮と瀧原希空は言葉を止める。

 その双眸が先ほどと雰囲気が違っていたからである。


「出来るのよ。あの馬鹿が持っている力なら、トーマと同じことが――」

「……トーマと?」

 希空は膝下に座っているトーマを見やった。

「でも、トーマは骨の臭いで遺体がどこにあるのか知ったんだと思うんですが、そんなことが人間に出来るんですか?」

「あなたの言う通り、普通の人間には出来ない。犬の嗅覚は人間の数千倍だからね。――でもあいつには出来るのよ」

 皐月は握り拳を作り、辺りを見渡した。

 希空の膝で眠っていたトーマが突然起き上がり、喉を鳴らした。

「ど、どうしたの?」

 希空の驚きからして、トーマがここまで歯を剥き出しにするほど警戒している姿を見るのははじめてのことだった。


「き、君は? 何時の間に?」

 大宮が窓を見やり、驚いた声をあげた。

 そこには窓縁まどふちに座る少女が部屋を見ている。

 だがそれではなく、窓は皐月が閉め切っていたが、近くにいたはずの大宮が気付かなかったのだ。

「皐月……あなたのつまらない詭弁きべんは終わったの?」

 少女はジッと皐月を見ながら、平然とした表情で云った。

「信乃……! もうあんたの役目は終わってるんでしょ? もういいじゃないの。父親が妖怪になっても、娘を思ってやることがどうしてそんなにはなはだしいのよ?」

 皐月はいきどおりを露わにし、少女に食ってかかる。

 が、そんな皐月を見ながらも、少女……信乃はなおも平然としている。

「大宮巡査と言いましたね? 警察が犯人を捕まえるのに理由が要りますか?」

 突然そう訊かれ、大宮は言葉を返せなかった。

「殺人を犯せば殺人犯。盗みを働けば強盗。嘘を広めれば詐欺となり、人を脅せば恐喝……なんにせよ、罪を冒した人間を罰すること自体に理由なんて不要なんじゃないんですか?」

「それじゃぁ……希空さんのお父さんを成仏させたことも理由なんてないって言いたいわけ?」

 皐月がそう言うと、信乃は小さく頷いた。


「ふざけないでぇ! あんた葉月の力がなんなのか、本来の役割はなんなのかを知ってるでしょ?」

「知ってるわよ? だからって……居りゃしない人間そんざいに惑わされるようじゃ、人間はそれこそ塵芥ちりあくたでしょ?」

「あんた……お寺に住んでるくせに、仏を侮辱するわけ?」

 皐月は傍らに持っていた竹刀を手に取り構えた。

「信乃ぉっ! あんたがどうして妖怪を怨んでるのか知ってる! でもね、今回の事件の犯人は希空さんのお父さんじゃない! 祖父である瀧瀬夫妻なのよ?」

「ええ。知ってるし……もうそれは終わってる――」

 その言葉を聞くや皐月は唖然とする。

 それとほぼ同時に風がなびくや、信乃は窓縁からおり、何かを通した。

「あ、遊火?」

「や、弥生さまぁ、大変です? コテージの一階が……」

 遊火と会話している弥生の表情が尋常じゃない。

「信乃……あんた何したの?」

「すこし眠ってもらっているだけ……大丈夫よ峰打ちだし、私が殺したいのは妖怪だけだから……」

「だからって、無差別に退治することは執行人がすることじゃないでしょ? あんたのやってることは残酷卑劣な快楽殺人者と一緒じゃない!」

 皐月は志乃を睨みつける。

「わかってないわね、皐月……私をそんな気違いどもと一緒にしないで……私が殺しているのは妖怪だけ、存在してはならないものだけ――」

 そう云うや、信乃はどこから出したのか、一刀を振り下ろした。

 ――が、金属同士がぶつかる音だけが響きわたった。

「さ、皐月さま……」

 遊火が呆然とする。

「あんた……遊火が近づいてたの気付いて、態々窓から退いたでしょ?」

 皐月は既に真剣へと変わった二本の刀を×印にし、信乃の刀を受け止めた。皐月のうしろには遊火がおり、突然のことにただただ怯えている。

「あなた、遊火が見えないんじゃなかったっけ?」

「ええ気配はわかるけど、姿は見えないし、声も聞こえりゃしない……でもね、あの子がどんな顔なのか、どんな声なのか……いつか見てあげたいって思うのが家族でしょ?」

 皐月は信乃の刀を振り払い、横一文字に切りかかった。――が、スレスレのところでうしろに飛ばれ、切っ先は当たらなかった。

「変なことを言うわね? 家族……? 妖怪を――?」

「遊火はね、私たちと一緒に暮らしてるようなものなの。いつでも離れることができるのにずっと律儀に居てくれてる……そんなあの子を家族だって思うのが悪い?」

 その言葉を聞くや、遊火は弥生を見やった。少しばかり涙ぐんでいる彼女を見てか、弥生は小さく微笑んだ。

「理解出来ないわ……どうして滅ぼせばいいだけの存在にそこまで優しく出来るのよ?」

「少なくとも全部に優しくなんてないわよ? それに妖怪も人間と一緒でしょ?」

「違う! あいつらは心がない! 心が存在しない」

 そう信乃が言った時だった。

「キャンキャン」とトーマが吠えるや、信乃の右足に噛み付いた。

「……っ! こんのぉ」

 信乃はトーマを振り払い、刀で切り殺そうとするが――

「…………っ!」

 一瞬寂しそうな表情を浮かべ、刀を鞘に戻した。

 「興醒めよ……」

 と小さく呟くや、鈴の音を鳴らすと信乃は姿を消した。

 ――開け放たれた窓はガタガタと寂しそうに音を鳴らしていた。


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