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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第七話:以津真天(いつまで)
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陸・価値


「うわっ……」

 皐月はその場景に唖然とする。

 コテージの壁には暖炉が設置されており、そこから大凡二メートルほど離れて、背の低い長テーブルが置かれている。

 それを挟むように大きなソファーがあり、そこに希空が座っている。

 その膝には、飼い犬のトーマがチョコンと陣取っていた。

 しかし皐月が驚いているのはそこではなく、テーブルの上に置かれた色取々の料理にだった。

 元々は現場を調べている警官たちに対してのまかないである。

 因みに料理は愛美本人が作るのだが、疎らとはいえ警官八人という大所帯である。

 そのため人手が足りないと判断し、先日手伝いを呼んだと云う。

 つまり、その中に皐月と弥生が入ってきたところで、特に大差はないと滝瀬愛美から説明された。

「さ、遠慮なく食べてください」

 そう滝瀬愛美に云われ、警官たちは我先にと料理をつまんでいく。

 テーブルの上に置かれた料理は、どれもバイキング形式のレストランのように大皿に盛られており、各々(おのおの)が自由に自分のお皿に盛れるというものだった。


 そんな中、弥生はコテージの中を見渡していた。

「オーナーの姿がないわね?」

 ちょうど横にいた大宮も一緒になって周りを見渡した。

「奥さんにちょっと訊いてみようか?」

 大宮はキッチンの方にいる滝瀬愛美に尋ねに行った。

 そして三分ほどで戻ってくる。

「オーナーは部屋で休まれているそうだよ」

 そう云うが、大宮は首を傾げている。

「コテージの一階って、このリビングと(くりや)、奥の方にある浴場と倉庫以外で人が入れる場所は?」

「いや、一応中を全部見せてもらっているけど、一階で人が寝床にするところといったらこのリビング以外はないよ」

 つまりオーナーは二階で休んでいるということになるが――

「可笑しい……よね? 僕たちはオーナーを見ていない」

 大宮がそう云うや、弥生は頷いた。


 弥生は大宮が部屋に訪ねに来るまで皐月と一緒にいた。

 そして大宮が部屋に来た時、トーマが部屋の中に紛れ込み、遊火をジッと眺めていた。

 その間、部屋のドアは開いたままになっており、その近くには大宮が立っている。

 その大宮が気付いてないということは耳が悪い皐月に尋ねる事自体、はっきり言ってお門違いである。

 大宮は二階に上がる時、廊下には誰もいなかったと説明した。

「大宮巡査たちはどこで休んでるんですか?」

 いくら白骨死体が発見された現場だと言っても、すでに日は暮れている。それどころか調べたらさっさと帰って欲しいのが地主の本音である。

「一度部署に戻って、報告書を書いてるよ」

 つまりこの食事会が終わると、警官たちは山からりているということになる。


 弥生と大宮が話している間、皐月は瀧原希空の隣で食事を取っていた。

 皐月は左利きであるため、箸を持つ手がぶつからないよう、瀧原希空から五十センチほど間を()けている。その間にはトーマが文字通り大人しく寝転んでいた。

 希空の皿には少量の料理が盛られている。目が見えない彼女を配慮しての事だろうが、ものの数分で平らげられるほどしかない。

 そのため、彼女はお手伝いに「どの料理はどこにあるのか」を尋ねながら、迷い(ばし)になりつつも、料理を(ついば)んでいた。

 そんな彼女を見ながら、皐月は(私の思い違いかな?)と、自問していた。

「あ、皐月さん。そこにある料理凄く美味しいんですよ。早く食べないとなくなりますよ」

 希空が指先でそれを示す。そこにはおおきなボールに入ったマカロニサラダがあり、よほど美味しいのだろう、すでにボールのそこが見えようとしていた。

「へぇ……そんなに美味しんだ――」

 当たり前に話しかけられたためか、皐月は一瞬気が付かなかった。

「の、希空さん? なんで私だってわかったの?」

 料理は動かされていないため、どこに何があるのかはわかる。

 しかし、隣にいる人間が自ら自己紹介してなければ、誰なのかはわからない。

 目が見えない人は相手の口調や話し方からそれが誰なのかを判断しているものであるが、皐月はもちろん、弥生すら希空と話していない。

 名前は大宮が説明していたとしても、それが誰の事なのかわからないのだ。

 だからこそ、コテージに入ってきた希空を見た時、皐月が感じた違和感が説明出来る。

 あの時、希空は客人が来たのかと尋ねている。

 景色が見えてもいない彼女にそんな質問自体が出来ないのだ。

「えっと……あっ――」

 瀧原希空はまずいと云わんばかりに表情を歪めた。

 皐月は希空を思ってか彼女の手を掴み、少し場を外した。

 というよりも、耳が悪い皐月は内緒話が出来ないだけなのだが……希空はそれにしたがった。


 皐月は自分と弥生が泊まる部屋に入るや、ベッドに希空を座らせた。

 希空は首を右往左往するように辺りを警戒している。

「大丈夫。この部屋には私とトーマしかいないから――」

 皐月の言葉通り、部屋に入ってきたトーマが希空を見つけるや、その膝に座った。

 よほど居心地がいいのだろう。食事会の時も、ほとんど動かなかったし、吠えもしなかった。

「希空さん。正直に云って……本当は目が見えてるんでしょ?」

 皐月がそう尋ねたが、希空は首を横に振った。

「それじゃ、どうして私が皐月だってわかったの? 私はあなたと一度も話していない」

「そ、それは……あなたたちがここに来ることを大宮って刑事さんがお祖父ちゃんたちと話してましたから」

「ええ。それに関しては目が見えていようがいまいが、知ることができる。だけどそれが誰なのか、当の本人が自ら言わない限り、知ることはできない」

 瀧原希空は視線を逸した。その仕草こそ、瀧原希空は見えていることを自ら証明した。

「――やっぱり見えてる」

「み、見えてなんて……」

 と反論するが、希空の表情が徐々に曇っていく。

「まぁ、どうしてそんな嘘を言うのかに関しては追求はしないけど、発見された白骨死体に関しては聞かせてもらうわよ?」

 皐月がそう云うや、希空はスッと立ち上がり、窓と扉を閉め切った。

「皐月さんの言う通り、私は目が見えてます」

 ジッと皐月の目を見ながら、瀧原希空は口を開けた。

「多分何人かの人は気付いてると思います。――ダメですね、全然演技が出来てない」

「どうして盲者(もうしゃ)の真似事なんてしてたの?」

 皐月がそう尋ねると、瀧原希空はトーマを撫でながら、「そのほうが便利だったからです……」

 と申し訳なさそうに言う。

「発見された白骨死体は……四年前、祖父に殺された私の父なんです」

「――えっ?」

「そもそも父が殺されたこと自体は知っていました。その犯人が誰なのかも……だけど、その遺体が発見されなかった」

 希空はずっと探していたのだ。

 祖父母に目が見えていないとバレバレの嘘をきながらも、泳がせられていることに気付いていながらも必死に探していた。

「腐っていない死体を地中に埋めた場合、白骨死体になるには七年から八年掛かってしまう。だけど地上ならば早くて一週間で済む。あなたの言ってることが本当だとすれば、瀧瀬晋平はあなたのお父さんの遺体を白骨にしたあと、どこかに埋めた……」

 そしてそれを発見したのは最も発見して欲しくない人物である。

「それにしても妙よね? どうしてそんなバレバレな嘘を四年間もほったらかしにしてたのかしら?」

 瀧瀬夫妻にとって、希空は自分たちの首を絞めるほどの邪魔な存在にほかならない。

「それは恐らく……私だけが知っている暗証番号を知りたいからだと思います」

「暗証番号? もしかして遺産ってこと?」

 そう尋ねたが、希空は首を横に振った。

「お金ではないです。ううん、お金と言えばお金ですが、私からしてみたらまったく価値のないもの」

「あなたからしたら、まったく価値のないもの?」

 お金ならば誰にでも価値はあるが、暗証番号を娘に教えるほどに大切なものである。

「今はなんの役にも立っていないようで、紙切れ同然なんです」

「それって、もしかして――株券とか?」

 皐月がそう尋ねると、希空は小さく頷いた。

 たしかに金と言えば金なのだが、お金よりも両親の方がいいと思っている彼女からしてみれば、まったく価値のないものである。

 また二〇〇九年一月五日から株券は完全電子化されているため、紙の株券は意味をなくしているが、名義が本人であれば換金できる。

 しかし元々の持ち主である瀧原俊平がすでに死んでいるため、やはり紙でしかない。


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