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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第七話:以津真天(いつまで)
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伍・隠蔽


 薄暗い部屋の中でボンヤリと頼りない明かりがともっている。

「どうして嘘をいてるんじゃ? お前さんは……」

 その人物を見やるや、警視庁刑事部鑑識課主任である湖西がひとつ溜息混じりに愚痴をこぼした。

「人が態々訪ねに来たというに、なんじゃそのモノの言い草は」

「部外者は入ってこれんはずなんじゃがな? のう――拓蔵や……」

 湖西主任がそう拓蔵に云う。

 その拓蔵はいつもの飄々とした雰囲気とはまるで別人の、キリッとした面影を持ち、服装は黒のスーツを着ていた。

「弥生ちゃんと皐月ちゃんは例のコテージか……葉月ちゃんはどうした?」

「一階のロビーで待たせておるよ。そんなに遅くならないと云っておる」

 というよりも、要件だけという意味だと湖西主任に伝えた。

「――で、遺体の形状はどんなんだったんじゃ?」

「それよりもまず……どうして警察を辞めたなんて嘘を吐いておるんじゃ?」

「嘘ではない。辞めたのは本当じゃ……ただそれを上が処理しとらんだけじゃろ?」

 その言葉に湖西主任は呆れた表情を浮かべた。

「田舎出のノンキャリアが警視庁にくるどころか、あまつさえ警視にまで昇格しておきながら――どうして自分から辞めたんじゃ?」

「その話はいいじゃろ?」

 と拓蔵は云うが、湖西主任の目を見るや、それは許されないと悟ったのだ。

「六年前にあの子らが事故にうたことは覚えておるじゃろ?」

「ああ……覚えておるよ。そん時のお前さんの慌てっぷりは、福祠町の鬼とまで云われていた人間とは思えんかったがな」

 拓蔵は警視庁にいた頃、公安部に属していた。

 特に自身が神仏しんぶつを扱っている家柄であることもあってか、宗教紛いの団体に厳しかった。

「神仏を信じる信じないは別として、それで人を騙し強請ゆすっておったのがゆるせんかっただけじゃよ。結局決めるのは生きている人間じゃろ?」

「お前さんの考えもわからんわけじゃないがな? 人は何かにすがらんと生きていけんじゃろ?」

 しかし、拓蔵が警視庁を辞めた理由はこれではない。

「――六年前の転落事故。運転しておったのは健介くんじゃったろ?」

「だからいまだに信じられんのだ。一流のF1レーサーであった健介くんが三十キロも出しておらん車で運転ミスを起こしたことがな」

 転落事故があった現場は緩やかなカーブがあるくらいで、それほど険しい山道ではなかった。

 小石が散らばった道ではあったが、落ち着いて走れば事故に遭うことはないほどの坂道である。

 ワゴン車であったことと、葉月がまだ四歳の幼子であった事。

 キャンプの帰りだったためか、疲れて眠っている弥生と皐月に気を使っていたため、スピードを出していなかった。


「しかし……お前さんが気にしておったのはそこじゃないじゃろ?」

「あの転落事故で発見されたのは弥生たちだけだったんじゃよ……」

 転落事故ならば運転していた初瀬神はせがみ健介と、その妻であり、拓蔵の娘である遼子の姿がなければいけない。

 しかし当時発見された車からは弥生ら三姉妹だけだった。

「じゃが、健介くんが車から抜け出し、助けを求めた可能性も――」

 湖西主任がそう云うや、拓蔵は机を両手で叩き、耳を劈くほどの大きな音を部屋中に響かせた。

「車は三メートル以上の崖から転落しておるんじゃぞ? しかも運転席のドアは地面に付いておって、出ることは不可能。助手席の方もドアが壊れておった――そんな状態で出られるわけがなかろうし、運が良くて気を失っておったじゃろうが、普通じゃったら全員が即死じゃろうが!」

 だからこそ、拓蔵は三姉妹が賽の河原にいた事に違和感を感じている。

 そこは親より先に死んだ親不孝ものを罰するための場所であり、親と一緒に死んだのなら、そこに行くことはない。

「――それが信じられんのじゃろ? 閻魔王……瑠璃がその子らをあんたのところに連れてきたんじゃからな」

 湖西主任はそう云いながら、部屋の奥を見やった。

「――いつから気付いてました?」

 真っ暗な部屋の奥から凛とした声が響いた。

 そしてボンヤリと輪郭が見えるや、それが瑠璃であることに拓蔵は気付く。

 湖西主任は瑠璃の問いに、拓蔵が机を叩いた時だと答えた。

「拓蔵……火車かしゃが出てきた時、佐々木刑事に自分だけが覚えておればいいと言っておったではないですか? それを湖西主任に話すとはどういう風の吹き回しですか?」

 瑠璃は浄玻璃鏡を通して、車内での会話を聞いていたことを話した。

「今回の事件……大宮くん個人があの子らをコテージに呼んだ。高々巡査が捜査に関係のない人間を呼んだんじゃ……それなりの覚悟があると思っとったがな――」

 拓蔵は湖西主任を見やった。

「大宮くんは警官を辞める覚悟じゃろうな……」

 あの晩、大宮が見せた表情を拓蔵は同業者であったこともあり、直ぐに悟っていた。

「――昔のお前さんと似ておるからか?」

 そう湖西主任が云うや拓蔵は苦笑いをした。

「――湖西さん、私からもお願いします。あの白骨死体……被害者の名前はもう分かっておられるんでしょ?」

 瑠璃にそう云われ、湖西主任は机の引き出しを開け、書類を出すや、それを机の上に広げた。

「被害者は瀧瀬俊平(しゅんぺい)、四十歳……コテージのオーナー瀧瀬晋平の孫である瀧瀬希空の父親じゃよ」

「……どういうことじゃ? たしか海外出張をしておったと聞いておったが――」

 拓蔵の問い掛けに、瑠璃が答える。

「海外出張自体が嘘だった――」

「結論から言ってそうじゃな。白骨の進み具合から見て、死後四年は過ぎておる」

 地中に埋まった死体が白骨化するまでの過程は弥生が説明しているため割愛するが、死後四年では完全な白骨化はしていない。

 つまり地中に埋められたのは白骨になってからということになる。

「――四年か……骨になってから埋めたということになるんじゃな?」

「じゃが、それでは海外出張に行ってからの計算が合わん。いや、むしろ行ってなかったというのがわしの考えなんじゃがな」

 その言葉に瑠璃が聞き返した。

「経緯がないんじゃよ……飛行機の乗客リストに瀧瀬俊平の名前はあったが、それを見た人間がおらん。しかもあちらさんは顔すら知らんかったからな」

 それを誰がしたのかは言わずとも拓蔵と瑠璃は理解できた。

「それをあなたたち警察は問い質さなかったんですか?」

「閻魔さまに言われるとちっとばっかしキツいか、金で口を防ぐくらい動作もないじゃろ? 地獄の沙汰もなんとやらというしな?」

 そう云われ、瑠璃は顔を歪めた。

 死んだ人間は脱衣婆に衣服を剥ぎ取られ、その重みから罪の重さを計られるが、六文銭というものを棺の中に入れ、それをもって三途の川に来た死者は衣服を剥ぎ取られないと言われている。

 そのことから「地獄の沙汰も金次第」という言葉が出来たとされている。

 今は火葬が主なため、金属を入れることが問題視されているので、六文銭を描いた札を棺に入れて燃やしている。

「いや失敬。あれは死者を思ってしておることじゃが、こればかりは真実を隠蔽しておるからのう」

「それで阿弥陀警部を上が他の事件に回したということか?」

 拓蔵の言葉に湖西主任は頷いた。

「あいつはへんなところに気がつくからのう、昔のお前さんと瑠璃さんみたいじゃと思っておるよ」

 実を言うと、拓蔵が刑事部から公安部に異動させられた時も似たような理由だった。

 公安部は基本秘密裏に動く部署であるため、刑事部に所属している阿弥陀警部は会ったことがなかったのだ。

 (今回の事件……大宮くんには荷が重過ぎたか)

 と拓蔵は申し訳ないといった複雑な表情を浮かべたが、瑠璃が大宮が決めたこと、自分たちはただそれを見守るだけと宥めた。


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