参・経路
「皐月、どうかした?」
軽く着替えを見繕って入れたバックを背負いながら、弥生は皐月に声を掛けるが、皐月は反応しない。
もう一度さっきよりも大きな声で呼び掛けるがやはり反応しない。
「皐月さま、どうかしたんでしょうか?」
遊火がそう弥生に尋ねる。
「もしかして、今回の件……信乃さんが絡んでるって考えてる?」
そう訊かれ、皐月は少しばかり反応する。
「信乃の先天的な能力……鳴狗家の異常なほどの嗅覚なら、犬が発見する前に白骨死体を見つけることが出来る」
「しかもあんたと違って霊が見える――」
皐月はその言葉に対して特に何も言わなかった。
「でも、そうだとしたら脱衣婆さんか、瑠璃さんかが報せに来るんじゃないんですか?」
阿弥陀警部と大宮が稲妻神社に遺体の報告をしたのは水曜日である。
今は金曜日の夕方、皐月と弥生は大宮巡査に頼まれて、現場となったコテージへと向かっている最中である。
少なくとも今回の事は閻魔王である瑠璃が知らないはずも無く、またそれに関して脱衣婆が何か言いに来ているはずだ。
「それがないからこうやって、実際に現場に向かってるんでしょ?」
弥生は皐月を見やる。
「あの子にはあの子のやり方がある。私たちが口出す事じゃないでしょ?」
その言葉に対して、皐月は「わかってる」
と小さく云った。
山の頂上に一軒のコテージがある。その周りには疎らではあるが警察の人間が何人かいた。
「大宮巡査は……あ、いた!」
皐月が大宮を見つけ、声を掛ける。大宮は他の警官に一言声を交わすや、皐月たちのもとへと駆け寄ってきた。
「ごめんね。迎えに行こうと思ったんだけど、忙しくなっちゃって」
「別に気にしなくていいですよ。私も弥生姉さんもいい運動になりましたから」
「でも喉くらいは渇いてるだろ? コテージのオーナーに話は通してあるし、二人の部屋も用意してもらってる……」
大宮の話を聞いている最中、遊火はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「どうかしたの?」
「阿弥陀警部の姿が見えませんね?」
云われてみればと弥生も辺りを見渡したが、阿弥陀警部の姿がどこにも見当たらない。
「大宮巡査、阿弥陀警部は?」
「阿弥陀警部は他の事件を担当してますよ」
そう聞かされ、弥生と皐月、遊火は首を傾げた。
「今回の事件はあくまで身元不明の白骨死体で、何よりそれを判断するものがひとつもない」
「ひとつもないって……DNA鑑定の結果は?」
そう訊かれ、大宮は一枚の書類を二人に見せた。
遺体の名前は書いておらず、また死亡推定時刻は十年以上前のものとなっていた。
「えっと……湖西主任の見解では白骨死体は四年前に埋められたモノだって云ってませんでした?」
「うん。だけど骨随を調べたところ、まったくスカスカの状態だったんだ」
「骨の中が? そう言えば、写真を見た時変なところがあったわね?」
弥生が何かを思い出そうとしている時だった。
「お~っそん子らかぁ? あんたが呼んだってのは」
軽快な声がし、皐月と弥生がそちらを見やると、サングラスを掛けた老人がこちらへとやってくる。
「オーナー、この二人が先日ほど話した黒川弥生さんとその妹さんの皐月さんです」
大宮がそう紹介し、二人はコテージのオーナーである瀧瀬晋平に会釈した。
「険しい山道、ご苦労じゃったなぁ。ささ、立ち話もなんじゃからコテージに入られてはどうじゃ?」
何ともまぁ、絵に描いたような好々爺だと、弥生と皐月は思った。
二人は大宮と瀧瀬晋平に案内されるようにコテージへと入ろうとした時、
「遊火、一応辺りを調べておいて」
そう弥生に命じられ、遊火は頷くや、無数の火の玉となって散った。
「そう言えば弥生さん。さっき遺体の写真に違和感があったって言ってたけど?」
「普通……屍体から白骨になるには、環境にもよりますけど、早くて夏場だったら一週間から十日。冬場は数ヶ月以上かかると言われているんです。だけど、それは地上に放置された屍体にいえることで今回の発見されたのは地中に埋められた遺体でしたよね?」
そう訊かれ、大宮巡査は頷いた。
「遺体は男女関係なしに、大人だと七年から八年はかかると言われているんです」
二人の話を聞きながら、皐月は弥生の違和感に気付いた。
「骨が綺麗過ぎたってこと?」
「ええ。地中に埋められた死体が白骨化するのには相当な時間がかかる。しかも土に塗れていたはずなのにところどころ綺麗だった」
弥生は大宮に、遺体発見後、地上に上げ、埃を落としたのかと尋ねる。
「一応身元確認のためにね。でも云われてみれば、たしかに泥がこびり付いてなかったなぁ。砂を刷毛ではらった時も簡単に落とせたし」
地中に埋められていたのなら、泥やら何かが骨にこびり付いているはずである。
「もしかしたら、遺体は殺された後、どこかに隠してから埋めたんじゃ……」
そういう考えに至るのだろうか……と、大宮は少しばかり考え込んだ。