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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第六話:文車妖妃(ふぐるまようび)
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陸・千尋

ちひろ 1 【千▽尋】

〔「尋」は、両手を左右に広げた長さ。中世には「ちいろ」〕非常な深さ・長さにいう語。


 阿弥陀警部と大宮が、三度みたび稲妻神社を訪ねにきた。

 被害者の家に疑いのある二人から手紙が届いていたことや、皐月が河瀬瞳美を見掛けた時、施設で何を催されていたのかという報告にきたのだ。

「その日、施設は会社説明会で小ホールを調理室や会議室も貸していたそうですが、そのほとんどは予約参加だったようです」

「そうなると、皐月が見た河瀬瞳美は参加するために掲示板を見ていたわけじゃないってことになるんじゃない?」

「それと念の為、図書館で彼女が読んでいた本ですが、図書館では貸出はしていないそうなんです」

 大宮にそう云われ、皐月は少しばかり驚いた表情で、「ちょっと待ってください。態々(わざわざ)図書館に持ってきて読んでたってことですか?」

「河瀬瞳美に確認を取ると、最近家の近くで行なっている工事の音が酷く、集中出来ないからだそうだよ」

 用心のため河瀬瞳美の近辺を調べると、たしかに家の近くで工事を行なっており、騒音の苦情が絶えないようだ。

「それに彼女が読んでいた本を見せてもらったんですけど、結構読んでるんでしょうね。ところどころ古くなってました」

 それを聞いた皐月は首を傾げた。

 自分はパラパラッとしかその本を読んではいないが、そんな何回も読むほどの名作だっただろうかと疑問に思ったのだ。

 甘ったるい恋愛小説というよりも、手紙を通じて互いを意識しあうという内容とベタではあるが報われない恋愛なのだ。

 一応改めて読んでみようと古本屋に行ってみると、なんともまぁ一年も経たない内に出版された本だったにも拘らず、ワゴンで売られていた。

 ワゴンということは、云ってしまえば売り捌いても利益がでないものである。要するに在庫処分だ。

 ブームになったのは発売して一ヶ月の間だけ、火付け役は女子高生だったのだが、あきるのもまた早い。

 アナログな手紙よりも近代的なメールの方が楽なのだろう。


「だけど、疑いのある二人が被害者に手紙を送ってたなんてね?」

「まぁもらうだけで返してはいなかったようです。それと何通か封を切っていないものもありましたし、真ん中で乱暴に破り捨ててるものさえありました」

 送る側としては聞きたくない扱いだが、もらう側としてはそこまで執拗に届くと異常なほどである。

 請求などの催促ならまだしも、他愛もない手紙である。嫌気がさして破り捨てたくもなろう。

「その事を二人には?」

「報告しました。が、そうですか……とあっけらかんに返されましてね。恐らく彼女たちもそのことに気付いていたんでしょうな」

 それこそ最初の方は返事をもらっていたようだが、ここ最近は手紙の返事をもらっていないと云っていたという。

「それと手紙の内容ですが、おどろおどろしいものでしたよ」

 そう云うや、大宮が手紙を取り出し、卓袱台の上に置いた。

「うわっ……」

 皐月と弥生が手紙を一瞥するやいなや、顔を歪め目を背けた。


 手紙には赤い指紋がところどころに付着しており、さらには紙の端に血のようなものがついていた。

「紙で指を切るってのはよくあることだけど、こんなに血出ないでしょ?」

「――ってか、それより内容の方が……」

 皐月は手紙の内容を目で追っていたが、途中から嫌気がさし始めていた。


『今日、直介さんを学内で見かけました。今日の昼食はカレーなんですね。いつも学食のカレーばかり食べてますが、体は大丈夫なんですか? 学食のカレーなんて美味しくないですよ? もっと美味しくて、栄養のあるお弁当を毎日作りますよ。直介さんは唐揚げが好きでしたね? 胡瓜は嫌いかな? 好き嫌いしちゃダメですよ。それと部屋の掃除もしないと、勉強するのはいいですけど、一人暮らしなんですから、下着変えられたんですね。前はトランクスだったのに、ボクサーパンツを履いてらっしゃるなんて――』


 弥生は手紙の内容に違和感を感じる。

 それは阿弥陀警部や大宮も同様で、皐月もうっすらとではあるがそれに気付いた。

「これ……可笑しいですよね? いつも学食でカレーを頼んでいるというのは、同じ大学だから知っていても可笑しくない。でも……好き嫌いとか直接言われないとわからないし、なにしろ! 下着を変えたなんて第三者がわかるわけない!」

 弥生がそう言うや、阿弥陀警部は小さく深呼吸した。

「弥生さんの云う通り、被害者の下着を彼女たちが知っている訳がない。いや、付き合ってもいない異性に下着の話なんてしないでしょ?」

「付き合っていてもしないと思いますけど?」

「そうじゃなくて、どちらにしても変えたなんて、見せていない以上わからないでしょ?」

「ちょっと待って……それじゃ二人って……」

 皐月がそう云うや、大宮が手帳を取り出し、皐月と弥生に挟んでいた写真を見せた。


 それはマンションのペランダが写されており、制服を着た警官が手を振っている。

「これは外から被害者の部屋を写した写真なんですよ。で、最近不審な人物がいないか調べたら、媛坂円香と河瀬瞳美が一日交代でその場に立っていたんですよ。雨の日もずっとね……」

「しかもそれは朝早くから、一度大学に行き、大学が終わった後もその場にいたようです」

 そう聞くや、拓蔵はボソリと呟いた。

「爺様、何?」

「ストーカーということか?」

「ええ。これだけ異常だと相当重症でしょうね?」

「でも、ストーカーって、相手を思うが余りに――」

「その人にトラウマを植え付けてまで振り向かせますかね?」

 阿弥陀警部にそう言われ、皐月は黙り込んだ。

「たしかに二人が被害者に対して意識を向けさせていたのなら、それはそれで宜しいことでしょう。ですが、それが狂気ともなれば話は別ですよ?」

「でも、人の恋愛って……」

「先程も言いましたが、意識を向けさせることに関しては関与しません。だけど二人は……被害者を殺してるんです」

 それを聞くや、拓蔵は湖西主任に聞いたのかと訊ねた。

「ええ。ナイフに二人の指紋が付けられていました」

「ちょっと待って、単独による犯行じゃないってことですか?」

 そう云われ、大宮巡査は手帳を見せた。

 そこには腹部の絵が描かれており、ふたつ線がつけられていた。

「どちらも致命傷となった切り口です」

「傷口が二つって、それじゃやっぱり……でも、たしか二人は終着より前の駅に降りてるって――」

 いや被害者は寝ていたのだ。そして葉月が聞いたのは被害者に対してではない。

「――痴話喧嘩と見せるため?」

 そもそも『痴話』とは愛しあう者どうしがたわむれてする話である。そこから内容が縺れ、『喧嘩』という助動詞に似た単語が付けられる。

「だから、被害者は何も言わなかった……それと、どの車両に乗るのかというのも前々からわかっていたようです。被害者は座席に座るとすぐに眠っていたと乗客が証言しましたし、その目の前で女二人が揉めているのも見たそうですよ」

 それでも殺したとは言い難いが、次の言葉に拓蔵は目を背けた。

「殺した時の状況を見ていないということじゃな?」

「ええ。被害者は眠っていましたからね。必然的に俯いていたことになる。それから、いつも壁際に座っていたらしいですから、刺されたのを誰も気付かなかったようです」

 悲鳴すらあげていないのだから、誰一人気付く訳がない。

 そして服の上だったことで、血が大量に吹き出すことがなかったのだ。

「それと、被害者の部屋にこんなのも出てきましたよ」

 そう云うや、阿弥陀警部は消印の押されていない封筒を取り出し、その中身を出した。

 手紙なのだから音はしない。だが、金属が当たる音が嫌なほど響きわたった。

「これって……剃刀?」

「もうひとつ、今度はカッターの折れた刃とか……」

 それがいくつもあり、被害者は警察に通報しなかったのかと問うや、阿弥陀警部は首を横に振った。

「でも犯罪でしょ? 本人たちはそれくらい好きだって言ってるんだろうけど、被害者にとっては脅迫じゃないですか?」

 皐月がそう云うや、大宮は首を傾げた。


「皐月、あんたどうかした?」

 弥生も皐月の表情に理解出来なかった。

「わからないよ……。でも、好きな人にそれだけのことをするって、一歩間違えれば、自分の人生犠牲にしてるってことじゃない?」

 皐月も、どうして泣いているのかわからなかった。

「似てるんじゃな? 姑獲鳥の時と――」

 云われてみれば、あれも男女の縺れから殺人を犯している。

 そして皐月は、その原因となった間宮理恵の胎児に取り憑かれていた。

 だからこそ杜若のこともわかったし、戦闘時に助けてもらった恩がある。

「しかし、今回は違いますよ。どちらも付き合ってませんからね」

 そう云った時、阿弥陀警部の携帯が鳴った。

「はい。――っえ? そうですか」

 一言、二言話すと携帯を切り、周りを見渡した。

「さきほど二人が自首したそうです。まぁもともと任意同行するつもりでしたがね」

 阿弥陀警部がそう云うや、ポンッと手を鳴らした。

「これで事件は一件落着。みなさん嫌なことはすぐに忘れたないと身が持ちませんよ」

 そう云うや、阿弥陀警部は拓蔵と三姉妹に一礼するや神社を出ていった。


 取り残された大宮は皐月の暗い表情が気になっていた。

「人を好きになるのって……、人を傷つけてまで成立させるものなのかな?」

「――っえ?」

「姑獲鳥となった間宮理恵がどうして私のおなかに子供を入れたのか、今となってはわからない。でも、彼女がそうしたからこそ、私は田原先生のところで診てもらった。彼女が先生に診てもらっていたこともそこでわかった。だけど、彼女はそれが怖かった」

 間宮理恵は妊娠十ヶ月とされていたが実際は既に胎児は亡くなっていた。

 しかしその現実を医師の口から言われるのが怖かったのだ。

「たしかに怖いかもしれない……。でも、怖いからこそ人を好きになるんじゃないかな? 容疑者の二人がしたことは理解出来ないし、行き過ぎている。でも人を好きになること自体を怖がっていたんじゃ、なにも始まらない。一歩踏み出すだけでもそうとう勇気がいるんだよ」

 大宮はそう云うや、皐月の頭を撫でた。

「僕は最初君たちに会って、あの力を見た時は正直怖かった。だけど、僕は君たちが人とは違う不思議な力をもっていようと、それは君たち個人の特徴だ。それを受け入れるし、これからも頼りにしている」

 そう云われ、頭を押さえられていた皐月は上目遣いで大宮を睨んだ。

 いや、睨みたくて睨んだのではない。どんな表情を浮かべればいいのかわからなかったのだ。

「怖くないんですか?」

「――正直なところ怖いさ。でも……僕なんかより君たちの方がもっと辛いことがわかったからね。相手の気持ちを知らないで一方的な考えじゃ相手に失礼だろ?」

 大宮は、弥生の問いにそう答えた。

「ほんと不思議な人ですよね? 阿弥陀警部だって、今は普通に私たちに調査のお願いをしてきますけど、はじめのうちは遠避けてたんですよ?」

 そう云われ、大宮は首を傾げた。

「私たちの力が非現実すぎて、ついていけなかったんでしょうね。それと理解しようとしなかった。たぶん今も理解しようとしてませんよ」

「でも、警部は君たちの助けがあったから――」

「力を利用するのと、助けてもらうのは違いますよ?」

 そう弥生が云うや、大宮は悪寒を感じた。

「今日は遅いですし、早くいかないと警部が待ってるんじゃないんですか?」

「あ、そうですね。それじゃ失礼します」

 そう告げるや、大宮は神社を出ていった。


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