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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第六話:文車妖妃(ふぐるまようび)
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参・咳気

がいき 【▼咳気】

〔「がいけ」とも〕せきをすること。また、せきの出る症状。風邪。


 その翌日、阿弥陀警部と大宮は稲妻神社へと訪れていた。

 用件は葉月に被害者の写真を霊視してもらうためである。

「えっと……、大丈夫?」

 大宮が申し訳ないのと、心配しているといった感じの複雑な表情を浮かべながら、葉月に尋ねた。

「ぜぇ……ぜぇ……」

 葉月は夏も近いというのに丹前を着ており、目は虚ろで、顔を紅潮させていた。息も荒く、ひたいには冷却ジェルシートを貼っている。

 ――どこからどう見ても、健康とは言い難い。

「すみません。葉月、昨夜ゆうべからちょっと熱出してて、最初は三七度四分だったんですけど、今朝になって急に熱が上がったんですよ」

 弥生はそう云いながら、葉月の襟元から脇に挟んでいた体温計を取り出した。ちょうど電子音が鳴っていたからだ。

「失礼ですけど、いま熱は?」

「――三九度七分ですね」

 それを聞くや、阿弥陀警部と大宮は冷や汗を垂らした。

「一応後で病院に行って診てもらいますけど、この子一度熱を出すと一週間くらいこじらせるんですよ。多分インフルエンザではないと思いますけどね」

「あれ? インフルエンザって冬になるんじゃないんですか?」

「多いのがその時期なだけで、インフルエンザウイルス自体に季節はないんですよ。風邪と違うのはウイルスや症状の違いみたいですね」

 インフルエンザウイルスの活動条件は温度二十度前後、湿度20%前後が最も生存に適した環境と言われている。つまりそれを適しているのが冬というだけである。


 閉め切った大きな箱の中を湿度20%、温度二十度に設定して、インフルエンザウイルスを吹き込み、六時間後に調べると70%近くのウイルスが生き残っているが、温度は変えず、湿度を50%以上に上げるや、3%のウイルスしか生き残らない。

 次に湿度は20%にして温度を32度にすると17%に減っているという研究報告まである。

 つまり大気中にいるインフルエンザウイルスにとって、冬の時期が一番活動しやすいということだ。

 また風邪は熱が三八度以上にはならないのと、インフルエンザは急激に高熱になるので、以外にも見分けが付けやすい。


「すまんな阿弥陀警部。見ての通り葉月がこの状態じゃ、ろくに霊視も出来まいて」

 拓蔵にそう云われ、阿弥陀警部は苦笑いを浮かべ、肩を落とした。

「だけど、犯人は被害者を殺した後、堂々《どうどう》と車両から降りてるんですよね?」

 弥生の云う通り、不審な人物がいない。

 つまり犯人はこれ見よがしに堂々と電車から降りたということになる。

「乗客のほとんどが眠っていたので、覚えていないというのが大抵でしたね」

「そうなると、やっぱり犯人は被害者を眠らせたあとに殺したということに――」

 大宮がそう言うと、葉月がどこかに行こうと思い、立ち上がろうとしたのだろう。クラっと立ちくらみをし、その場に倒れた。

「葉月ちゃん?」

 葉月は意識を保ちながら大宮の方を見やった。

「やっぱり……可笑しいわね?」

 そう云いながら、弥生は一度深く深呼吸をし、まぶたを閉じた。

 その行動に大宮巡査は首を傾げる。

「大丈夫よ、怖くないからね。……あなたはもうここにいてはいけないの……ね? いい子だから妹を解放してくれる?」

 まるで子供に言い聞かせているような口調で話し始める。

 そしてどこからともなく御札を取り出し、葉月の喉元に付けた。

 すると徐々にではあるが、先ほど辛そうだった息遣いが落ち着いていく。

「いったい、なにを?」

「大宮巡査はこの子がよく幽霊に取り憑かれやすいことはご存知ですよね?」

 そう云われ、大宮は頷いた。

「この子昨日、神前結婚式に参加したあと遊びに行ってて、多分その時に連れて来ちゃったんだと思います」

「つまり、その幽霊がインフルエンザで死んでいたということですか?」

「確証はないですけど、恐らくそうだと思います。葉月は死者の死ぬ前後の声や症状を自分の体に取り込まされることがありますから」

 ~こまされるということは、自分の意思と関係なしということになる。

「弥生さんたち三姉妹の中で辛い思いしてるのって、葉月ちゃんなのかな?」

「どうでしょうね? だけど皐月の方が一番辛いと思いますよ」

 その言葉に大宮巡査は小さく声をあげた。

「皐月は幽霊や力の弱い妖怪に対して、それこそ何も見えませんし、何も感じないんです」

「――感じない?」

「私の式神である遊火は鬼火の一種なんですけど、人に危害を与えない大人しい妖怪なんです。力もそんなにないし、私たちに敵意があるわけじゃない。だから皐月には見えないんです」

「えっと、どういうことですか?」

「つまり、どんなに凶暴な妖怪でも力が霞罹かすみかかっていたら、気付くものも気付かないんですよ……」

 弥生は自分にも妖怪を退治するほどの力があればと続けた。

「阿弥陀警部。今日は失礼しましょう」

「おや、どうかしたんですかな?」

「もう一度、ホームの防犯カメラに不審な人物が映っていないか調べるんですよ」

 阿弥陀警部がどうしてと訊く前に、大宮は居間を出た。

 阿弥陀警部も慌てて後を追った。

「お兄ちゃん、何か気が付いたのかな?」

 葉月が意識を朦朧とさせながら、弥生に問いかける。

「わからないけど、……でも、今度来る時のために今日は早く休もうね」

「うん。あの男の子……どうして死んだのかわからなかったみたい」

 そう云いながら、葉月は安心したのか、弥生の膝を枕に、深い眠りに就いた。


 葉月に取り憑いていたのは、インフルエンザが原因で亡くなった少年であった。

 一昔前に処方薬であるタミフルを飲んだ副作用で少年が奇っ怪な行動をとり、自殺したというニュースが話題になった。

 その事故で死んだ少年とは違うが、同様なことが何件かあり、そのうちの一人だったのだろう。


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