【番外編】三姉妹の極当たり前の一日【前編】
場繋ぎのおまけシナリオですw
朝顔の葉っぱの先に朝露がたまり、雨上がりの水溜まりに落ちる。夏という事もあってか、朝の6時には既に日が昇っている。
そんな中、稲妻神社の本堂には、長襦袢姿の皐月が正座をしていた。
「掛巻も恐き稲荷大神の大前に――
恐み恐みも 白く――
朝に 夕に勤み務る家の産業を――
緩事無く 怠事無く 彌 奨め奨め賜ひ――
彌助に助)賜ひて 家門高く令吹興 賜ひ――
堅磐に 常磐に 命長く 子孫の八十連屬に至まで――
茂し八桑枝の如く 令立槃賜ひ――
家にも身にも枉神の枉事不令有――
過犯す事の有むをば――
神直日大直日に見直聞直座て――
夜の守日の守に守幸へ賜へと――
恐み 恐みも白す――」
稲妻神社に祭られている倉稲魂神、通称「稲荷神」の祝詞をうたいながら、皐月は精神を集中させていた。
皐月の護神は大黒天、といっても七福神で連想される温厚なものではなく、元々のインドの神としての摩訶迦羅である。
スッと立ち上がり、両手に竹刀を持ち、呪詛を謳う。
「吾神殿に祭られし大黒の業よ! 今ばかり我に剛の許しを!」
すると竹刀は何時の間にか、真剣へと変わっていき、皐月は巻き藁を×字に切り刻む。
「うん。今日も調子いいわ」
と満足気な表情を浮かべながら、その切り口を見た。
切り口の何と綺麗なものか、バラバラになった藁の切り口は修復出来るのではないかと云いたくなるほどに微塵もズレがなかった。
「今日は気持ちよく起きれたし、これで事件とかがなかったらもっといいんだけどね」
「皐月? 朝ご飯できたわよ?」
力を解き、背伸びをしている皐月に、裏口から弥生の声が聞こえた。
稲妻神社の朝は基本的に朝6時半だった。先に起きている皐月と弥生に比べて、葉月と神主である拓蔵が眠そうに目を擦っていた。
未だ八歳の葉月はまぁまだわかるとして、問題は拓蔵の方だった。
「爺様? 昨日は一体何時くらいまで飲んでたんですか?」
弥生が“笑顔”でそう問い質すと、拓蔵は軽く咳払いをした。
「さて、今日もこうやって、皆が揃って朝餉を食べられるのも、偏に稲荷神の御加護があっての賜物。弥生、皐月、葉月……」
拓蔵がそう云うや、三姉妹は少しばかり座る位置を後ろにずらすや、手を合わせ黙祷した。
『たなつもの 百の木草も天照す 日の大神の恵みえてこそ』
そう云うや、さっきまでの静けさは何処へやら、本来静かに食べるものなのだが、そんなの知った事かと云わんばかりに朝っぱらから喧しい。
『朝宵に物くふごとに豊受の 神の恵みを思へ世の人』
と食事を終える短歌を詠い、三姉妹はそれぞれの部屋へと戻っていく。
「それじゃ行ってくるねぇ!」
「おう、確り勉強してこい!」
拓蔵に見送られながら、三姉妹は神社を後にした。
駅前に差し掛かると、弥生と別れ、皐月が通っている中学と葉月が通っている小学校までは殆ど途中まで一緒のため、皐月の友人たちは弥生に会うことよりも、寧ろ葉月に会うことの方が多い。
「あ、葉月ちゃん、おはよぉ!」
皐月の友人である飯塚萌音が二人に気付き、近付いていく。
「おはようございます」
「いやぁ、もう、可愛い」
葉月は極々当たり前に挨拶しているだけなのだが、深々と頭を下げたのが可愛かったのだろう。萌音は悶えるように、顔を紅潮させる。
「ほんと、皐月とは大違いだわ」
「それ、どういう意味よ?」
と云いながらも、云ったところでどうにもならないので、それ以上は云わなかった。
葉月が通っている小学校が見えてくると、皐月と葉月はその近くで別れた。
そして皐月も自分の通っている中学の校門を潜っていった。
◆◇◆◇◆◇◆
「おはようございまーす」
時間が朝の8時くらいになると、次々と稲妻神社で働いている社員数名が社務所の方へと入っていく。
タイムカードにカードが押されていき、女性と男性別れて更衣室へと入っていく。
女性は基本的に巫女と事務職に分かれ、男性は拓蔵の手伝いに扮する。
本堂に全員が集まったのを確認して、神主である拓蔵が稲荷神への祝詞を謳う。
「それじゃ、今日も一日よろしくお願いします」
拓蔵が深々と頭を下げると、職員たちも頭を下げた。
平日の朝は決まって暇なのだが、台風の季節が近付くと、お参りに来る百姓が多い。
それもそうだろう。せっかく作った農作物をボロボロにされたんでは、たまったものじゃない。
この稲妻神社は五穀の神が祭られているため、そう云った願い事が殆どだった。
後はまぁ――巫女の写真を撮りにくるのが来るくらいだ。
――――丁度、お昼前のことだった。
「神主さんはご在宅かな?」
境内に落ちていたゴミを拾っている巫女に阿弥陀警部が拓蔵の所在を尋ねにきた。
「神主さまでしたら、社務所の方に」
巫女も阿弥陀警部が警察の人間だと知っており、何の躊躇いもなく教えた。
阿弥陀警部は帽子を脱ぎ、頭を下げた。そして、そのまま社務所の方へと歩こうとした時だった。
「あ、頭は下げて行ってくださいね。神様の通り道ですから」
ちょうど本堂と鳥居を繋ぐ道をを跨ぐ形で通ろうとしていた阿弥陀警部を巫女が止めた。
「あ、はははっ! そうですね」
笑いながら、阿弥陀警部は巫女に言われたとおり、頭を下げながら、社務所へと向かった。