肆・二つ目の死体
ちょうど、阿弥陀と大宮が、稲妻神社で、先の事件について談話をしていた頃だった。
「よし、今日はこれで引き上げるぞ! また明日近辺を捜索だ」
『鑑識』と書かれた腕章を着けた男がそう言うと、周りにいた数名が了解の声をあげる。
「湖西主任、一日中調べてワイヤー痕なんかありませんでしたが」
「しかし鋏で殺すにしては相当な腕力がいるからな。それくらいの事が出来る大柄な男は目撃されてないだろ?」
湖西という、老刑事がそう言うや、たずねられた若い女性鑑識員はうなずいた。
「それに切った時に出る返り血を浴びたまま徘徊するわけにもいくまいに……。ところで、首がないという報告があったが」
「あ、はい! 被害者の顎の骨と胴体の付根部分に至って、一切合財なかったそうです」
そう報告を受け、湖西主任は少しばかり怪訝な表情を浮かべる。
「二度切ったわけか――」
「いえ……それでしたら被害者の服に血がこびりついているはずですけど? 発見当時被害者の服は雨で濡れていて、血の痕は見つからなかったんですよね?」
「殺された時はまだ血が出ていなかったと言う事でしょうか?」
「うーん、そう考えるのが妥当だろうな? 胴体が倒れて来た時に吹き出した――と言う事もあるだろう」
「そんな事が有り得るんですか?」
「胴体の傷口に何かが塞がっていればそうなるかもしれん……が、そのような形跡はなかった……。あーっ! もう! 頭の中が混乱してきた」
湖西主任が頭をもみくちゃにしている時、突然車に取り付けられた無線から音が聞こえてきた。
『――こちら本部。――こちら本部。湖西鑑識長、湖西鑑識長』
「こちら鑑識班っ! どうぞ!」
『先程そちらから五キロ程離れた川で変死体が発見されたとの通報が』
「こ、湖西主任!」
「あーっ! 聞こえてる。それで愛や、被害者の身元は?」
『通報があったのは先程ですから、まだ……ただ一連の殺人と関係性がある可能性が……』
「わかった。聞いての通り、このままその現場に直行する!」
湖西主任がそう言うや、全員が急いで後片付けをし、車に乗り込んだ。
そのことが阿弥陀と大宮に連絡が入ったのも、ちょうど同じくらいだった。
「さぁ、パァーッといきましょうか? パァーッと」
神主が、阿弥陀のコップにビールを注ぎ入れている。
「じっ爺様? 警部はまだ仕事中じゃ?」
弥生が止めようとするが、「ああっ! 良いんですよ! もう五時もまわってますしね?」
神主は元より阿弥陀警部も既に出来上がっている。
葉月は先程の霊視の疲れが出ており、ジュースを少し口にしたくらいで、今は部屋の隅っこで寝息を立てており、皐月はこの状況でも静かに食事をしている。
そんな中、大宮はジッと三姉妹を見ていた。
「――どうかしましたか?」
視線を感じた皐月がそうたずねる。
「いや、どうもさっきの事が気になってしまって……」
「首なしの事ですか?」
「それもあるんだけど、君達が一体何者なのかっていう事だ」
その質問に皐月は、すこしだけうなってみせた。
「別に普通だと思いますよ? 一つを除けば……」
弥生が自分のコップにお茶を注ぎながら言った。
「元々私達姉妹は、生まれつき霊や妖が見えるだけです。先程葉月がしたのは霊視。いわゆる心霊検査みたいなやつですね。心霊写真は本来写真の現像中に起きる事故がほとんどですが、極偶に力の強い霊が写っている場合があるんです。昔写真は人を閉じ込めると謂われていましたから」
「あっ、聞いた事があります。たしか三人で撮った時まんなかの人が消えているとかってやつですかね?」
大宮がそう言うと、弥生は首をかしげてみせた。
「少し違うと思いますが……、まぁ写真が日本に伝来して来た江戸時代末期ほとんどの人は写真を忌み嫌っていたそうです。自分の姿が紙に写し出されている訳ですから……」
弥生の説明は写真のみならず、ラジオやテレビの説明としても同様のことが言える。
ラジオや電話なら、誰もいないのに人の声が聞こえ、テレビなら箱の中に人がいることを、はじめて見た人たちは理解出来ず混乱したであろう。
これらは電気信号や、電波によるものという説明ができる。
「自分の魂を吸い込まれたんじゃないかって勘違いしていた。まぁ有り得ないことじゃないんだけど……。それが本当の心霊写真の謂れとされています」
「つまり、葉月ちゃんはその霊を見たと?」
「見たっていうより声を聞くって感じですね。自分で死ぬとわかっている霊は何も言わないらしいけど……」
大宮は首をかしげながら、話の続きを聞いていた。
「――思いの強い霊は成仏されない以上その場に居座り続けます。例を上げると、一般的に云われている地縛霊とかがそうですね」
「それじゃ糸を弾くような音が聞こえたのは?」
「おそらく、殺された少女が最後に聞いた音かと」
「しかしあそこに糸は張られていませんでしたよ?」
大宮がそう言った時だった。突然、彼の携帯が、居間中に鳴り響く。
「はい大宮ですが? あ、吉塚さん? はい……えっ!」
大宮の驚いた声に、皐月たちは大宮の方を見遣った。
「場所は? はいっ! ここからなら近くに……」
「――大宮くん、事件ですか?」
阿弥陀は、お尻を滑らせながら大宮の横へと移動する。
「はいっ! 川で変死体が発見されたそうです。ただ今度は頭も……」
大宮がそう言うや、「警部、先に殺された人と今回殺された人の共通点はありますかな?」
神主がそうたずねるが、阿弥陀は首を横に振った。
「否、それはまだわかりませんが……」
「すみません、被害者の身元は?」
「被害者は【大石誠二】中学三年。大宮くんや阿弥陀警部達が捜査している被害者と同じ学校に通っています」
「――殺された人間が同じ学校に?」
「でもそれだけじゃ共通点は――」
「まさか共通点とかじゃなくて……」
皐月がそう云うや、阿弥陀も同じ考えを述べた。
「最初に殺された遺体には首がなかった。しかし今報告された遺体には頭だけがない」
「身元がわかるものがあるかないかということですね? たしかに最初殺された対馬怜菜の遺体には首がなかった。葉月さんの話だと音は一度だけ。つまり最初の音とは違う何か――」
二人の会話に大宮はついていけなくなっていた。
「でも、それがどうふたりに共通点がないって言うんですか?」
「仮に犯人が被害者の首を隠すために切ったのなら二回も切りますか?」
皐月にそう云われ、大宮巡は目を大きく開いた。
首を切るという行為自体は、一回でも十分だからである。
「少女が殺されるようなことは?」
そうたずねられると、阿弥陀は首を横に振った。
「いや特に恨みを買っていたわけではないようですよ」
「何か事件に巻き込まれたとか……」
そう訊くが、答えるように阿弥陀は再び首を横に振る。
「そういえば、近くで強盗がありませんでした?」
「それを被害者が目撃していた――と? また突拍子もない話ですね」
それで殺されるどころか、現実では強盗事件は速やかに行うものであり、ドラマやア二メ等々の描写で見られる豪快なものではないと阿弥陀警部は鼻で笑った。
「だいたい強盗をする人間が顔を隠さないとは思えませんし、見られたとしても殺すとまではいかないでしょ? 頭隠してなんとやらじゃないんですから」
そう云われ、大宮は落ち込んだ。
「さてと――ちょっと部屋で休んでるわ」
そう云うや、皐月は立ち上がり、居間を出ていった。
それを見ていた大宮の携帯から、声が漏れていたのに気付いた弥生が、応対しないのかとたずねる。
「阿弥陀警部、早く合流しろと言ってます」
そう云われ阿弥陀は少しばかり顔をゆがめると「神主。私たちはこれで失礼します」
阿弥陀と大宮は神主に頭を下げ、神社を出るや、急ぎ現場へと車を走らせた。
「――皐月のやつ……、出ていったみたいじゃな?」
「何か気になることでもあるんじゃない?」
拓蔵の言葉に弥生は答えながら、阿弥陀と大宮が呑み食いしていたコップや食器類を片付けはじめた。