捌・餓鬼
――事件が解決してから、一両日経った後だった。
「拓蔵?」
縁側に座っている拓蔵に瑠璃が声を掛けるが、拓蔵は何か考え込んでいるのかそれに気付いていない。
「深々と何を考えているんです?」
痺れを切らした瑠璃が上がり込み、うしろからそれを見るや、「なるほど……さすがにそれは捨てられませんね?」
そう云いながら瑠璃は目を細めた。
それはまるで、子供を見守る母親のような暖かい目だった。
「瑠璃さんや、二人は……本当に死んだんじゃろうかね?」
拓蔵がそう尋ねたが、瑠璃はその返答に途惑っていた。
そして物悲しそうに片腕を握り締める。
「地蔵菩薩であるわたしですらわからないんです……。健介と、あなたの娘である遼子が生きているのか、はたまた死んでいるのかが……」
瑠璃が申し訳ないように顔を歪ませた。
「あの事故は車に乗っていた全員が死んでいたと云われても、そうなのかと納得してしまうほどの大惨事だった。が、弥生たちはわしのもとに帰ってきた……あんたの力で」
「あの子らを賽の河原で見掛けた時、どうして死んでいないのにあそこにいたのかと思ったので。死んでいない人間を露世に戻すのは道理だと思いますが?」
「でも、あの子たちが賽の河原にいたということは、親であるふたりが死んでいない何よりの証拠じゃないんですか?」
そう拓蔵が瑠璃に訊ねた。賽の河原とは、三途の川の川原のことを云う。
親より先に死んだ子供が石を積み上げ、その罪を償う場所。
そして瑠璃――閻魔王はその子供を助けると伝えられている。
「そのことを皐月は覚えていないのでしょ?」
「覚えてないほうがいいでしょ。これはわしらだけが覚えておればいいんです」
ほんとうにそうなのだろうかと、瑠璃は考えていた。
自分たちの意思とは関係なしに、まるでそんな遠くない未来、皐月がすべての記憶を思い出す。
瑠璃はそんな気がしてならなかった。
それから一週間経ち、阿弥陀と大宮が報告に来ていた。
「雨音さんは?」
葉月がそう尋ねると、大宮は入院後体調が回復次第、施設に預けられると説明した。
母親と飼い猫であるみぃを一度に失い、その精神状態は危険と判断してのことである。
「京本りつは金成知信と不倫していたようです」
「――不倫?」
「ええ。京本福介を殺したのも、恐らく彼が邪魔になったんでしょうね」
そう聞かされ、拓蔵は少しばかり顔を歪ませた。
「それと金成知信の死体の検死結果ですが、死因は毒殺。梵鐘の中に死体を隠していたものと推測されます。その犯人は小坊主ら全員でした……まぁ、彼らの気持ちを考えればわからないわけでもないですが」
阿弥陀がそう云うや、大宮を見やった。
「彼らは金成知信によく肢体を求められていたようです。拒んでも、拒んでも……」
「さすがに、三次元でそっちの趣味はないんだけど?」
「“稚児”というのは武家や寺などにおいて、主の男色の相手として囲われる少年という意味もあるからのう」
「まったく、あれだけの美男子を揃えていたのもそれが理由でしょうな」
阿弥陀も弥生と同じく、金成知信の心境には理解できなかった。
「ねぇ、爺様? 今回は何も出来なかったけど……」
「そう云えば、皐月ちゃんの姿がないですね?」
大宮が居間を見渡しながら尋ねる。
「よほど歯痒いんでしょうね。どうしてあんなことをしたのかという理由を知ってる以上、口を出すことができない」
弥生は今日に限ってはあまり皐月に話しかけないでほしいと、阿弥陀と大宮に釘を刺した。
薄暗い本殿の中、皐月は袴姿のまま大の字になって横たわっていた。
天井には金色に輝く稲穂の絵があり、三姉妹たちはその絵が幼い頃から好きだった。
皐月は何かを考える時は決まってこの稲穂をジッと見つめながら答えを探る。
出てくるはずのない答えを延々と……。
「閻獄第三条六項において、自らの位を悪用し、男色をしたものは『衆合地獄・多苦悩処』へと連行し」
これは金成知信への罪状……。
「閻獄第二条において、己が欲望で、夫を殺し、その死体を隠し盗んだものは『黒縄地獄』へと連行する」
これは京本りつへの罪状である。
本来ならばあの晩するはずだったのだが、京本りつを切り殺した影のせいで出来なくなった。
「あんたがどうして妖を怨んでいるのかを知ってるけど……私たち執行人にとって、公私混同は御法度でしょ?」
皐月はそのものの思いに、ただただ歯痒さだけが残っていた。
第五話終了です。今回は色々と伏線を貼ってます。