伍・猫
「――あれ?」
と、一人の警官が口を開いた。警官の手には一欠片の何かが乗っている。
それを周りで鑑識をしていた同僚たちも気付き、ワラワラと集まり出した。
「おっかしいな……、確か猫は飼ってないと云っていたはずなんだけど」
それを持っている警官が不思議に云う。別に誰かに尋ねているわけではなく、自問していると云った感じだ。
しかし彼が疑問に持ったのは、彼自身がまだ実家暮らしをしていた頃に猫を飼っていたからである。
だからこそ、それが何なのかが一目で理解出来た。
「すみません? どうしてキャットフードが落ちてるんですか?」
そう訊ねられ、りつと雨音は何も言わず、声の方へと目をやった。
「――キャットフードですか?」
りつが警官の方へと近付き、それを見た。
「たしかに……キャットフードのようなものでしょうが、夫がアレルギーですから――」
アレルギーのある人間が家にいる以上、猫を飼うことは出来ない。
「一応鑑識に回して……」
そう言って、キャットフードの欠片を小さな袋に入れた。
「雨音? 何か隠してないかい?」
りつにそう訊かれ、雨音は少しばかり顔を歪めたが、首を横に振った。
「それじゃ一体どうしてこんなのが家にあるんだろうね?」
独り言のようにりつは呟いた。
「ごめんなさい……」
ばつが悪そうに雨音は小さくそう云うや、深々と頭を下げた。
「一週間くらい前から隠れて飼ってたの。凄く小さくて弱々しいからほっとけなかった。でも、キャットフードとかミルクとかは自分のお小遣いから……」
言い訳にも近い説明をしている間、りつは溜息を吐いた。
「それで……その猫は今どこにいるの?」
「えっ? っと……家の近くに空き地があるでしょ? そこで見つけたの」
そう聞くや、警官の一人が確認するようにと、他の警官に視線を送った。
「その猫が家に上がり込んだことは?」
「ううん。お父さんがアレルギーだから、絶対入れられない」
しかし、あの棺に付けられている爪痕はどう説明がつくだろうか?と何人かの警官が思っていた。
棺から採取された指紋はひとつしかなかった。
そのひとつはほかでもない、喪主である京本りつのものだ。
葬儀実行委員長や世話役は手袋をしているため、指紋が検出されなかった。
しかしあの状況で棺を開けるということは、余程の空間認識が必要になってくる。
増してや死体を運び込んでいるのだ。暗闇と化していた短時間に……
「雨音ちゃん? 本当に猫を空き地の方で飼っていたのかい?」
戻ってきた警官がそう訊ねると、雨音は少しばかり驚いた表情で頷いた。
「可笑しいな。いやね? 小父さんが見てきたんだけど、ダンボールにはキャットフードと水が入っている小皿以外何も入ってなかったよ?」
「――えっ?」
雨音はそう云うや一目散に外へと出た。それを警官二人が追う。
それを見ながら、りつは少しばかり笑みを浮かべた。
「みぃーちゃん! みぃーちゃんっ!」
雨音が大声で呼び掛けるが、反応がない。
「雨音ちゃんの言っていることは嘘じゃないですね? ここに猫がいたという証拠があります」
「だが肝心の猫がいないのではなぁ……飼っていたのは一週間ほど前からと、猫の方はまだ弱々しいということは小猫ということになる」
そうなると、それほど遠くまで行っていないということになる。
「雨音ちゃん、そのみぃーちゃんの世話をしたのが最後なのは何時頃だい?」
「えっと……今日の朝です」
つまり昨夜の時点ではまだ生きていたということになる。
「本当に家に持ってきてはないんだね?」
雨音は激しく頷く。
「だけど鑑識ですぐにわかるけど、棺についていたあの爪痕は猫のものに間違いないんだ」
「でも……」
雨音が嘘を吐いているとは思えないし、警官の二人も小一時間一緒になって子猫の探索にあたった。
――がそれでも発見されず、雨音と警官二人は何も言わず、家へと戻っていった。