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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第五話:火車(かしゃ)
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肆・鼓膜

 まだ日が昇りはじめて間もない明朝五時の事だった。

 阿弥陀が訝しい表情でソレを見ている。

 お寺の梵鐘ぼんしょうの下で横たわっている遺体が発見され、それがその寺の住職をしている人間だということがわかった。

 ――が、阿弥陀が気になったのはそこではなく、遺体の両耳から血が垂れ流れていることにあった。

「阿弥陀警部、ガイシャの身元がわかりました。被害者の名は金成知信、六二歳。昨夜この寺に戻ってから発見されるまで誰も見ていないようです」

「寺に戻ったという証言が出来る方は?」

 そう訊かれ、大宮は視線を小坊主たちの方へと向けた。

「彼らはまだ修業の身だそうで、ガイシャの世話役をやっていたそうです」

 阿弥陀はよくよくと小坊主たちを見やった。

 全員が頭の髪を剃っているとはいえ、顔付きがキリリと整ったものがいれば、少し幼い感じのするものもおり、坊主と言うよりかはホストと云ってもいいほどの美男子ばかりである。

「――稚児(ちご)とは限りませんが、一応あなた達が昨晩から今朝にかけての行動を聞かせてくれませんかね?」

 そう訊ねるが、全員が全員、住職が戻ってきた後に寝たと口を揃えて云った。

「昨晩住職はどこへ?」

「京本福介警視長の御通夜に参加しておったよ。お経が終わった後、退場しなんだ」

 佐々木がそう阿弥陀に告げる。

「そうなんですか? それじゃやっぱり……」

 そう云いながら、阿弥陀は小坊主たちを見やった。

「ちょっと待ってください。私たちがそんなことをする訳がないでしょ?」

 しかしアリバイがないのだ。全員が全員同じ事を云っている。

 アリバイ証言で最も大事なのは第三者、つまり赤の他人からの証言である。

 小坊主たちはどう見繕っても赤の他人とは云えない。

 ひとつ屋根の下で共に修行に励んでいる。だからこそ、アリバイは成立しない。

「取り敢えずあなた達は大人しくしててください……湖西主任、どう思います?」

 阿弥陀は遺体の状況を調べている湖西主任に声をかけた。

「ああ。こりゃ……脳がやられておるな」

「――脳? 鼓膜が破れてるんじゃないんですか?」

「鼓膜が破れているだけなら、こんなに血はでらんよ。今も流れておるということは鼓膜を突き破って脳を損傷しておるからじゃろうな。詳しいことは検死せんとわからんがな」

 そう云うや湖西主任は梵鐘を見上げた。「間接的な方法ではないかもしれんが……」

 湖西主任は遺体の写真を一枚撮り、それを阿弥陀に渡した。

「どうせ稲妻神社に行くんじゃろ? 少しは自分たちで動いたらどうじゃ?」

「できればそうしたいんですけどね……」

 阿弥陀は苦笑いを浮かべた。


「それにしても、今日はやけに写真を見る機会が多いよね?」

「アルバムか何か見てたんですかな?」

 阿弥陀にそう尋ねられ、皐月は咄嗟に苦笑いを浮かべた。

「それで、この写真を霊視すればいいんですか?」

 葉月がそう訊ねるや、阿弥陀と大宮は頷いた。

「ところで神主は?」

「今朝方出掛けたっきり帰ってきてないんです。多分どこかで飲んでるんだと」

 何ともまぁ自由奔放な神主だと、阿弥陀は呆れたような表情を浮かべた。

 葉月は目を瞑り、一、二度ほど深呼吸をすると、ゆっくりと写真の上に手を置いた。

 何かを聞き取るや、徐々に顔を歪めていく。

 ――が、それが苦痛ともいえるほどの表情を浮かべた時だった。

 ガタッと体全身を倒し、空いている手で耳を抑えた。

「――葉月っ!」

 皐月が止めようとするが、葉月はまるでそれを拒むように必死に写真から手を放そうとはしない。

 それがどれだけ苦しいのか、歪んだ顔と大量の冷や汗を見れば、誰もが嫌というほどわかった。


 写真から手を離すや、まるで長時間潜水していたかのように、ゼェゼェと葉月は荒い息継ぎをする。

 そして、近くにいた大宮巡査の膝下に凭れかかるようにして倒れた。

「だ、大丈夫かい?」

 大丈夫じゃないのは訊かなくても目に見えている。

「それで――聞こえたの?」

 弥生がそう尋ねると、葉月はまるで拒むように両耳を手で塞いだ。

「――聞こえなかった……」

「えっ?」

「周りの音がうるさくって、その人が聞いてた音全然聞こえなかった……」

 葉月の能力は死者の声を聞くことだ。だがそれは死者が死ぬ直前の音が混ざっている場合もある。

「周りがうるさいって……でも発見された現場はお寺の梵鐘の下ですよ?」

「まさか……被害者は梵鐘の中で殺された?」

 梵鐘の平均的な大きさを考えれば、中に入るくらい容易である。

「でも、どうしてそんな七面倒なことするわけ?」

 云われてみればたしかにと、皐月は葉月の容態を窺っていた。

「葉月ちょっと待ってて、今冷やすの持ってくるから」

 そう云うや、皐月は厨房へと入っていった。

「葉月ちゃん、どうして無茶なんてしたんだい? 耳を塞ぐということはそれだけ君の聞こえている音が大音量だということだろ?」

 大宮は責めているわけではないが、それでも葉月に訊きたかった。下手をすれば、難聴になりかねないからだ。

 ぼんやりとした表情で葉月はジッと大宮を見つめた。

「これしかできないから……」

「これしか……できない?」

 葉月は可細いというよりも、まるでかすれた声で口を動かした。

「皐月お姉ちゃんみたいに、黒天さまの力を使って妖怪を退治する力があるわけでも――弥生お姉ちゃんみたいに御札を使って霊を成仏させてあげられない……」

 大宮はできる限り気付かないふりをしていた。葉月が話すたびに涙を溢れ出していることが、まるで悔しいと云っているのが痛いほど感じていたからだ。

「だから私には霊の声を聞いてあげることしかできない。それに、私に助けてもらおうと思って取り憑いてくる人もいるけど、結局私一人じゃ助けてあげられない――」

「立派じゃないか……」

 大宮がそう云うや、葉月はキョトンとする。

「僕たち警察は証言がなければ犯人逮捕はおろか、もしかしたら永久に事件が解決できなくなるかもしれない。でも、君の力は被害者の声を聞いてあげられることだろ? それはどの証言にも上回ることだ。だって、被害者の声なんだから――」

 大宮はそう思ったから云ったまでで、深くは考えていない。被害者自身の声が聞けたのならば、それはどの証言よりもハッキリとした証言とも言える。

 しかし殺人事件においては、死んだ人間の証言など夢のまた夢である。

「だから……君の力は僕たちに、就いてはお姉ちゃんたちに十分役に立っているんだよ」

「ほんと?」

 それは今まで感じたことないほどに幼い声だった。

「ああ。君に声を聞いて欲しいという霊は、君だから取り憑いたのかもしれないし、君が必死になって声を聞いてあげているから、被害者は鐘の中で殺されたということがわかったんだ。思いを伝えられる君の力はすごいと僕は思うよ」

「――よかった……」

 そう云うや、葉月は気を失うように目を閉じた。


「一度耳鼻科(じびか)に行って診てもらったほうがいいかもしれませんね。さっきの様子だと余程の大音量だったでしょうから、鼓膜が破れている可能性も」

 大宮にそう云われ、弥生は翌日学校を早退し、葉月を耳鼻科へと連れていった。

 診察結果はなんともなく、それを電話で聞いた大宮は安堵な声をあげた。


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