参・寫眞
「よかったのですか?」
闇夜を走る車の中、佐々木は拓蔵に尋ねた。
「――なにがじゃ?」
「阿弥陀さまにはまだ話してないんですよね? 先輩が警察を辞められた理由を」
そう云われ、拓蔵は顔を歪めた。
「わしが警察を辞めたのはわし自身の問題じゃ。あんたが責任を負わんでもよい」
「ですがあの事故、六年前に起きた転落事故は健介さんの運転ミスでは……」
「もうその話はするな。わしだけが覚えておればいいんじゃよ」
佐々木刑事は云われた通り、それ以上その話をせず、逆に新しく入ってきた警官や、京本福介が最後に世話をしていた警官達の話をした。
――そんなことを話しながら一時間ほど経つと、車は稲妻神社の鳥居の前で停った。
「それでは失礼します。私はまだやるべきことがありますので」
「わかっておる。済まんな、忙しいのに」
「いえ、恐らくあの時あそこを離れなければ、阿弥陀さまは余計なことも訊いていたでしょうからね」
佐々木はそう云いながら、車をUターンさせ、事件現場へと戻っていった。
神社の方を見ると、ぼんやりと明かりが灯っているのが見えた。
拓蔵はそれを見るや首を傾げる。時刻はとっくに午前様だ。
ガラッと玄関の引き戸を開けると、廊下の中は暗かったが居間の方はぼんやりと灯りが点いていた。
「誰か起きておるのか?」
小さくそう云いながら、拓蔵は居間の障子を開けると、卓袱台の上には一人分の食事一式が用意されており、その近くでは弥生と皐月、そして葉月がうたた寝をしていた。
今日は遅くなるので気にせずに寝ておけとは云っておいたのだが、何ともまぁずっと待っててくれていたのだろう。
それを見渡しながら、拓蔵は「土産くらい買ってきてやればよかったな」
と、肩を落としながら呟いた。
「爺様、なにそれ?」
翌朝、三姉妹は拓蔵が居間に持ってきた一冊の本に目を遣っていた。
「これか? これはな、昨日行ってきた人の写真じゃよ」
拓蔵がそう言って説明しているが、三姉妹は頻りに肩を震わせている。
それもそうだろう。昨夜はずっと拓蔵を待っていたため、微熱を患っていた。
「亡くなった人って、警察の人?」
葉月が一枚の写真を指さしながら言う。セピア色の古びた写真だ。
それに写っている男性二人は同じ警察官の制服を着ている。
「あれ? ねぇ、隣に写ってるのって……」
そう云いながら皐月は拓蔵を見やった。弥生もそれに違和感を感じ、拓蔵を見ている。
「はははっ! そうじゃよ! わしじゃ! これでもなぁ、神社の経営をする前は警察官をしておったんじゃよ」
と豪快に言うが、三姉妹は驚かず、ただただ呆然としていた。
どうにも無理に明るく話している気がしたからだ。
「それじゃ、昨日行ってきた人って」
「わしの先輩じゃよ。本当に世話になった」
「――どんな人だったの?」
葉月にそう訊かれ、拓蔵は一度深呼吸した。
「京本福介警視長……今から四十年ほど前じゃったかな。わしがまだ新人の頃じゃ、右も左もわからず、ただ我武者羅に責務を真っ当していた。田舎の小さな交番勤務から頑張っておった時にな、警視庁刑事部にわしが異動されると聞かされた時はビックリしたよ。警視庁なんて上のまた上じゃからな……そこで京本福介刑事と会うたんじゃ。彼はまだ警部の時じゃったけどな」
拓蔵は写真を見ながら話す。三姉妹たちはその話よりも、拓蔵が昔話を話してくれることが不思議だった。
いつも曖昧に返されたり、話をまるで捏造されているのが若干ではあるがそう感じていたのだ。
しかし、今話している拓蔵の目に嘘がないことが痛いほどわかったと同時に、拓蔵にとって、京本福介はそれほどまでの人物なのだろうと……。
「先輩にはこっ酷く叱られたよ。警察は犯人を徹底的に調べること。そしてその証拠があったとしても、犯行を実証できなければ意味がないということも……色々と教えてもらったよ」
「でも、どうして爺様は警察官を辞めたの?」
葉月が尋ねると、拓蔵は顔色を変えた。
「わしはな、ある事件で警察を辞めたんじゃよ」
「――ある事件?」
そう聞き返したが、拓蔵はしんみりしてきたのか、話を途中で切り上げ、アルバムを手に取った時だった。
ヒラリとまるで意図的に落ちたかのように、一枚の写真が本の間から卓袱台の上に落ち、それを葉月が拾い取った。
「…………っ」
葉月は何も言わず、ジッとその写真を見つめている。
「どうしたの? 何か写って……」
弥生が覗き込むや、声を失う。
皐月もそんな二人を見て、首を傾げながらも、写真を覗くや……。
「なっ……なんで?」
「こ、これ……私たちだよね?」
皐月と弥生が驚いたのも無理はない。その写真に写っていたのは、幼い自分たちだったからだ。
が、三姉妹が驚いたのはそこではなく、一緒に写っている大人二人だった。
まるで夫婦のような……そんな気にすらしてくる。
「爺様……この二人って、もしかして――」
「遠い親戚じゃよ……」
拓蔵はそう云うや、目を合わせようとはしない。
「どうして、どうしてそんな嘘が云えるの? どう見ても! どう見たって……」
皐月は『私たちのお父さんとお母さんなんじゃ』
と言葉をグっと堪えた。
確証はないし、自分の思い込みかもしれないと感じたからだ。
だが、その蟠りが解消される訳がない。
弥生と葉月も皐月と同じ考えだった。ジッと拓蔵を睨みつけている。
「もういいじゃろ……わしは少し出かけるからな」
拓蔵は葉月の手から写真を半ば強引に取り上げ、アルバムに挟むや、居間を出ていった。
「全部処分したと思ってたんじゃが……わし自身が吹っ切れておらんのじゃろうな? のう、遼子や……」
そうだとしても三姉妹に真実を話すことはないだろうと、拓蔵は写真を胸ポケットに仕舞った。