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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第五話:火車(かしゃ)
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壱・通夜

「帰りは遅くなるから、わしがいないからといって夜更しはしないようにな。あと戸締まりはしっかりと」

 拓蔵が釘を刺すと、三姉妹は答えるように頷いた。

 時間はちょうど夜の七時になろうとしていたが、時期が初夏ということもあり、空は橙色に染まっている。

 拓蔵は重苦しい表情を浮かべながら、黒のスーツを羽織り、髪を整えていた。

 小一時間前、知り合いの訃報ふほうを電話で知り、その通夜に出席するためである。

「――まったく、あの人も歳には勝てんか……」

「爺様、そろそろ行かないと電車に間に合わないんじゃない? その人の家って、この町からだとだいぶ離れてるんでしょ?」

 弥生にそう言われ、拓蔵は慌てる。

 いつもなら飄々としていても、しっかりしている拓蔵が慌てるなどということは本当にないことである。

 それを見ながら三姉妹は余程の知り合いなのだろうと感じた。


 大きな一軒家の外壁には鯨幕けいまくが張られており、玄関前に長テーブルが置かれている。

 拓蔵と同じく喪服を着ている人が集まっており、そこが受付となっていた。

「この度の訃報、まことに残念でなりません」

「自分は京本警視長にはよくしてもらって」

 という涙声が周りから聞こえてくる。

「黒川さん……来てくださったんですね?」

 パイプ椅子に座り、受付をしている初老の女性が拓蔵を呼びかけた。

「りつさんから連絡を受けた時は驚きましたよ。あの班長が亡くなるなんて……」

 拓蔵はしんみりとした表情で云う。

「死因は? あ、いや……すみません」

 拓蔵は極々当たり前の仕草で尋ねようとしたが、言葉を止めた。

「いえ、いいんです。黒川さんは夫と同じ職場にいたんですもの。よく夫もTVで流れる殺人事件の死因はとか――」

 女性……京本りつは思い出したのか、うっすらと涙を浮かべ、それを指でぬぐった。

「これ、少ないですが」

 そう云うや、拓蔵は香典を差し出した。

「――神社の方大変でしょうに……」

「いやいや、孫が何も言わずに渡してくれたんですよ。いつもは財布の紐が硬いくせに……」

 無理に笑い話に持っていこうとしているのが目に見える。

 拓蔵にとって、この空気は嫌でしようがなかった。

 仏である京本福介は警視庁刑事部捜査一課に長年勤めていため、新人指導もやっており、人望があつかった人間である。

 そして拓蔵もまた、刑事として警視庁に在籍していた。


 会場は大凡おおよそ十畳ほどの広さがある広間で行なわれようとしていた。部屋の壁にも外と同様に鯨幕が貼られており、大小様々な弔花が飾られている。

 ここでも別れを惜しんでいる人たちの啜り泣く声が所々から漏れていた。

 拓蔵は棺の前にやってくるや、手を合わせ拝んだ。

 そして棺に付けられている小窓を開け、仏の死に化粧を見た。

『まったく、どうしてそんな……』

 仏は想像していたものよりも透き通るほどに綺麗な肌色だった。

 歳をとった皺くちゃな老人のわりには、本当に綺麗な顔をしている。

 拓蔵は、ふと違和感を感じたが、静かに小窓を閉めた。


 うしろを見ると部屋に入ってくる人の数が落ち着いてきていた。

 連絡を受けた弔問客はこれで終わりだろうと、拓蔵は仕事関係者のところに座る。

 御通夜での座り場所を説明すると、棺を中心としてその前にお経を読む僧侶が座り、うしろには焼香台が置かれる。

 その三つを前にして、左側から葬儀屋から派遣された世話役と葬儀委員長、人が通る間を空けて喪主と遺族、そのうしろに知人や友人、間を空けて親族が座っていき、そのうしろを仕事関係者、間を空けて近親者が座る。

 僧侶が入ってきたことで、いよいよ通夜が始まると、拓蔵は数珠を片手に握った。

 僧侶がお経を読んでいる間に焼香が行われていく。

 そして拓蔵の番になると、焼香台の前に立ち、喪主であるりつに軽く頭を下げた。

 再び焼香台に体を向け、右手の親指・人指し指・中指、の三本の指で抹香(まっこう)(つま)み、、頭を垂れるようにしたまま、目を閉じながら額のあたりの高さまで捧げた。

『先輩……先輩はどうして急に亡くなったんですか? この前会った時は全然元気そうだったじゃないですか?』

 そう頭の中で云いながら、拓蔵は焼香を終え、自分が座っていた場所に戻ろうとしていた時だった。


「でも、本当急でしたよね?」

 若い警官らがぼそりと私語をしているのを拓蔵は耳にした。

 京本福介が最後に世話をしていた警官で、彼らもまたこの急な訃報に違和感を感じていた。

 それは仕事関係者のほとんどが思っていることだった。

 京本福介は定年退職し、警視庁を去った後も、心配なのか自分が世話をしていた警官によく会っている。拓蔵は警察を辞めた六年前までしか知らないため、来ている警官達の顔を知らなかった。


 お経が終わり僧侶が立ち上がると、京本りつと一言、二言会話を交わし、部屋を退場していく。

 僧侶が部屋からいなくなるや、京本りつがスッと立ち上がった。

「本日は大変お忙しい中、夫のために来てくださり本当にありがとうございます。夫も大変嬉しく思ってくださっていることでしょう」

 その言葉が引き金となったのかはさて置き、周りから再び啜り泣く声が聞こえてくる。

「それで、皆さんにひとつずつ弔花を渡し、夫の棺に入れていただこうかと思っております」

 その言葉に拓蔵は違和感を感じた。

 本来、弔花は通夜の次に行われる告別式にするものであるが、最近では一緒にすることも多いらしい。

 娘である京本雨音(あまね)が弔花が入った籠を持ち、それを弔問客に渡していく。

 拓蔵もそうだが、老兵たちは違和感を感じていた。

 ――が年代もそうだが経験の違いだろう。若い警官たちは首を傾げる素振りすらしなかった。


「皆さん、花は行き渡りましたね。それでは……」

 りつがそう言った時だった。

 突然家の中が真っ暗になり、またどこから風が入ってきたのか、蝋燭の炎が消え、部屋の中は闇へと化した。

「みなさん落ち着いてください。雨音、ブレーカーの場所わかるわね?」

 そう云うが、視界は闇の中だ。

「わしが行こう。りつさん、ブレーカーの場所はどこじゃ?」

 拓蔵は横に座っていた警官からライターを借りて火を灯すや、ぼんやりとその周りだけが照らされた。

「お風呂場の近くです。雨音、案内して差し上げて」

 そう云われ、雨音は頷く素振りを見せた。

「こっち……」

 スーツの裾を引っ張る雨音に案内されながら、拓蔵はブレーカーの(もと)へとやってくる。

 ライターでその辺りを照らし、場所を確認するや、落ちたブレーカーのスイッチを上げた。

 家の中の電気が点けられていき、明るさを取り戻していく。

「あっつ……」

 親指で擦って火を点けるタイプのライターだったため、頭の方はねつあつくなっていた。

「大丈夫……?」

「んっ? ああ大丈夫じゃよ。さぁみんなのところに戻ろう……」

 拓蔵と雨音が客間に戻ろうとした時だった。


 突然女性の悲鳴が聞こえ、二人は急いで戻るや、客間の中は騒然としていた。

「ないっ! ないっ! ないっ! ないっ!」

 りつが棺の中を半狂乱になりながら何かを探している。

「い、一体何が?」

 拓蔵は近くにいた弔問客に尋ねた。

「わ、わかりませんけど……電気が点いたから別れ花を入れようと棺の蓋を開けたら……そ、その……」

 弔問客はガクガクと震え、声がしどろもどろになっている。


 拓蔵は意を決して、棺の前へとやってくるや、その光景に唖然とした。

 本来棺の中には何がある?

 十中八九、死体が入っているはずだ。

 だが、その死体が綺麗になくなっていた。

 拓蔵は振り返り弔問客を見渡した。

 通夜の最中、棺を扱った人間はいない。

 むしろそんな罰当たりなことをする人間などいないだろう。

 だが一瞬停電が起き、人の目が隠れるような状態がある。

 が、誰が特をする? 死体を盗み出して……何の特が?

 拓蔵はただならぬ空気に、ただただ呆然としていた。


使用した単語についての説明/鯨幕けいまく;葬儀に使用される白と黒が交互になっている幕のこと。

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