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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第四話:橋姫(はしひめ)
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漆・後妻打ち

「阿弥陀警部、堂本鋼の女性関係を調べましたら、二年前まで付き合っていた女性がいたようです」

 稲妻神社から警視庁へと戻る前、阿弥陀は携帯で大宮に、被害者二人の――特に堂本鋼について調べ直してくれと頼んでいた。

「すみませんね大宮くん。折角の非番だったのに呼んでしまって」

 阿弥陀がそう言うや、大宮は「大丈夫です。どうせ家でF1の中継ビデオをみてただけですから」

 と、笑って済ませた。

「堂本鋼はどうやら大学時代にある女性と付き合っていましたが、卒業と同時に別れたようです。その後会社で梨元美亜と出会い、結婚……」

「駆け落ちという形でですけどね。その両親はどうなんですかね?」

 阿弥陀と西戸崎が稲妻神社に来ていた頃、遺体を引き取りに来ていた事を大宮は説明した。

「その時妙な事があったんですよ。ほら、被害者の二人は互いの両親から結婚を反対された末での駆け落ちになっていたじゃないですか? でも、その両親とも喧嘩にならなかったんですよ」

「そりゃ遺体を前に喧嘩なんて出来ないでしょうね?」

「そうじゃなくて、例えば堂本鋼側の母親が泣き崩れるじゃないですか? すると、その夫が寄り添うのが普通ですよね? でも、今日見ていたんですが、梨元美亜の両親が泣き崩れていた時、堂本鋼の両親が二人を宥めていたんですよ。どちらかに罪をなすり付けるみたいなこともせずに」

 確かに結婚を反対していたのなら妙な話である。

「……なぁ、もしかしたら結婚が赦された直後に殺されたってことじゃないのか? 殺された時間を考えると、二人は役場に婚姻届を出して、本当の夫婦になれた直後に殺された」

「死亡推定時間を考えると、役場は大概夕方五時前に閉めますからね。そうなると犯人は二人をどこかに呼び出した」

 それが浅葱橋の上流だという事になるが、二人の携帯の着信データに、その時間着信は入っていなかった。

「親御さんに訪ねに行くのは駄目ですかね?」

「ああ。そうしたほうがいいじゃろうな。どうして被害者は殺されたのか、それも教えんといかんじゃろうし……」

 ドアの方から声が聞こえ、部屋にいた全員がそちらへと見やった。

「湖西主任……そうしたほうがいいとはどういう?」

「さっき拓蔵から電話があってのぉ。阿弥陀くんと西戸崎くんに、被害者の両親を浅葱橋まで連れてきて欲しいと云われたんじゃよ」

 そう言われたが、その理由を訪ねようとすると、行ってみればわかると云われた。


「あの、一体何が?」

 堂本鋼の母親が阿弥陀に尋ねる。――が、訊かれた本人も答えを知らない以上、応える事が出来ない。

「ここであの子達は殺されたんですね。くそぉっ! いったい…… いったいどうして……」

 梨元美亜の父親が、浅葱橋の上から川を眺めながら慟哭する。

 それを見ていた阿弥陀警部は何故か違和感を感じた。

「あれ? 阿弥陀警部に……西戸崎刑事?」

 民宿街の方から声が聞こえ、阿弥陀はそちらを見ると、「さ、皐月さん? それと弥生さんも……」

 そう言うや、阿弥陀は首を傾げた。

「あの、神主は?」

「爺様は来ませんよ。家で晩酌してます」

 弥生が呆れた顔で言う。「では、いったいどうして私達をここに?」

 ――と、阿弥陀がそう言った時だった。

 ふと周りを見渡してみると、皐月と弥生、被害者二人の両親四人、西戸崎警部、そして自分を含めた計八人……以外の姿が見えない。

 時間は既に夜九時を過ぎているのだが、この時間でも橋の上は賑わっている。

 それがまるで伽藍堂がらんどうと言わんばかりに人の気配がないのだ。


「さてと……出てきていいわよ! 浅葱!」

 皐月がそう言うや、繁華街の方から少女が姿を表した。

 見た目の背格好は皐月と何ら変わらない。ただ違うところをいえば、髪は肩まであり、白粉おしろいを塗ったように肌は白く、下唇にのみ紅を塗っている。

 そして、服は赤い布を着物に拵えたようなものだった。

 浅葱と呼ばれた少女は、全員に小さく会釈した。その仕草一つ一つが綺麗と云える。

「えっと……皐月さん? 今なんと……」

「彼女がこの浅葱橋に祀られている橋姫です」

 阿弥陀は皐月の言葉に、怪訝な表情を浮かべる。そう言われても、信じられるものではない。

「お、おい? 何を言ってるんだ?」

「そ、そうよ! ここにくれば息子がどうして殺されたのかがわかるって聞いて来たのよ?」

 堂本鋼の両親が声を張り上げる。すると皐月はそちらにではなく、もう一人の方に目をやった。

「何も言わないんですか? 突然こんな訳のわからない事をされて」

 声をやった先にいたのは……、梨元美亜の父親だった。

「い、いや、吃驚はしているよ」

 梨元美亜の父親は冷静を保とうとしているが、口調に落ち着きがない。

「あなた! 夫が何かしたというのですか?」

 梨元美亜の母親が皐月に詰め寄ろうとしたが、足取りを止めた。


「私が見守る橋の上で……つまらん喧嘩をするでないわ」

 そう口走ったのは浅葱だった。周りにはさきほどまでの落ち着いた空気とは一変し、誰もが凍りつくほどに冷たい空気が漂っている。

「浅葱、無理に脅さなくてもいいわよ? そもそもあんたそういう性格じゃないでしょ?」

 皐月がそう言うと、冷たい空気が穏やかになっていく。

「そもそも、被害者の二人が殺されたのがこの橋の上でもなければ、上流でもない」

 そう浅葱が言うや、阿弥陀が食い下がった。

「被害者の二人が殺された場所がここでなければ、上流でもない? それじゃ、どこで殺されたと言うんですか?」

 それに答えるように、浅葱は“橋の下”を指差した。

「おい、もしかして犯人は橋の下で殺したのかよ? そんな事出来るわけなかろうも? だって、殺された時間、人はごまんといたとぞ?」

 西戸崎はそう言うが、阿弥陀は何かに気付いた。

「たしか……橋が出来る前、この両側に渡し船があったと……」

「それは今もあります。川の掃除をするために」

「掃除船ですか?」

 阿弥陀がそう言うと、浅葱は頷いた。

「でもよ、この中でそんな事が出来る人間なんて――」

「そうよ? 掃除船なんて乗れるわけないでしょ? あれは区が掃除をするために……」

 西戸崎と阿弥陀はある一人を見やった。

「梨元宗一さんでしたっけ? あなたたしか……この町の役場で働いてるそうですね?」

「そ、そうだ。だが! 掃除船が使えるのは生活環境課で、許可が下りなければ使う事は出来ない。それに私が務めている部署は企画課だ」

 そう梨元宗一は云うが、浅葱と皐月は疑いの目を止めなかった。

「なんだ? なんだその目は?」

「企画課って事は、色んな催しを考えるのよね?」

「あ、ああ……そうだ!」

「たとえば……『みなさんで川の掃除をしませんか?』みたいな企画を考えたりとか、掃除船に乗って、どのように掃除されるのかを間近で見られますみたいな事を考えたりとか……」

 そう云うと、梨元宗一は皐月の口を塞ぎ、言葉を遮った。

「あ、あなた?」

「この餓鬼、さっきから訳のわからない事を……」

 梨元宗一は皐月の口を抑えている……はずだった。

「掃除船は機械ではなく、手漕ぎによって進む昔のもの。だからこそ、誰にも気付かれなかった。誰も好き(この)んで橋の下なんて見ないからね」

 梨元宗一が声の方に振り返るや、腰をぬかした。

「さ、皐月さん? い、何時の間に?」

「そんなに驚く事じゃないでしょ? 一回見てるんだから」

 皐月はさぞ当たり前のように言うが、阿弥陀にとっては当たり前ではない。

 さきほど梨元宗一に口を抑えられていた皐月が、今自分の目の前にいるのだ。これで驚くなと言われる方が難しい。


「さて……人の橋で殺人を犯し、剰え、私に罪を擦りづけようとした罪を――」

 浅葱の言葉を待たずに、皐月が頭を小突いた。

「な、なにするのぉ? あんたねぇ、仮にも神様よ? 神様にそんな態度とっていいわけぇ?」

 そう浅葱は涙目で訴えるが、皐月の目を見るや先が言えなかった。

「そもそもあんたが祠を抜け出して喜平のところに行ってたのが悪いんでしょうが。そりゃあんたの大好きな人だから行くなとは云えないけど」

「皐月、浅葱も反省してるんだし、そのへんにしたら?」

 弥生に云われ、皐月は視線を梨元宗一に向き直した。

「西戸崎刑事? 上流から流れたにも拘らず、どうして死体は二つとも凍っていなかったのか……その理由がわかりました?」

「な、なんとなくな。やけど、それでも遺体が発見されなかったことに関する説明にはなっちょらんよ?」

 遺体を運んでいる時、当然だが川を渡る。その間、人に見られても可笑しくはない。

「だからこその掃除船なんですよ。掃除をしているという事は、ビニールが必要ですよね? それに風が強くなるかもしれないからそれを抑えるなにかも必要……」

「まさか? 死体をビニールの下に隠して? 阿弥陀! 大宮達に連絡だ! 至急役場に連絡を取って、掃除船で使ったビニールはないかの確認だ。もしかしたらビニールに被害者二人の血痕が残ってるかもしれねぇ」

 西戸崎がそう叫ぶや、ガクリと跪いた。


「――なっ?」

 他の人間も倒れているが、唯一倒れていないのは皐月と弥生、浅葱……そして阿弥陀だった。

「返さぬぅ……返さぬぅ……」

 梨元宗一の口から、まるで女性のような声が聞こえる。

「時代遅れも(はなは)だしいな……六条御息所ろくじょうのみやすどころよ……」

 浅葱がそう目の前の何かに告げる。

「いや……父親に取り憑き、二人を殺した事には賛美を与えよう」

 浅葱は一瞬笑みを浮かべ、人差し指で星を一筆書きした。

「じゃがなぁ? 私はただ人柱として生贄に捧げられた。誰かを恨んでいるわけでも、男女の別れ話や、他の橋に対して妬みなんぞ、ひとつももっておらんよ?」

 そう喋りながら虚空にいくつかの星を描いた。

「――っが?」

 途端、梨元宗一が小さな悲鳴をあげた。

 両腕はまるで吊るされているように天へとあげられていき、次第に悲痛な表情へと変わっていく。

「西戸崎と云うたなぁ? 主の考え、面白いが少し捻ってみよ?」

「――考えを捻る?」

「そうじゃ。被害者は絞殺に見せかけた撲殺である。そして薬物によるものではない。これは睡眠薬も薬同様であるため、眠らせて殺す事は不可能」

 そう浅葱が言うと、西戸崎は、「いや、まてよ……可笑しいだろ? そんなの出来る訳が――」

 何かに気付き、唖然とする。「おい、もしそれが本当だったとしたら、どうして梨元美亜は殺されたんだ?」

「どうしたんですか? 一体何に気付いたんですか?」

 阿弥陀がそう訪ねると――「犯人は梨元美亜本人だってのかよ?」

 その言葉に阿弥陀はもちろん、堂本鋼の両親、そして梨元美亜の母親は絶句した。

「そ、そんな……どうして? 結婚が決まっている相手をどうして殺す必要があるんですか?」

 たしかにその通りだと、西戸崎は思った。

 ――が、遺体の写真を摩っていた葉月の言葉が引っかかっていたのだ。

『女の人の悲鳴……』

 だがそれは被害者とは違う人間だと云っていた。

 だから殺人を犯したのは別の女性になる。

 がどうだろう? 堂本鋼にあって梨元美亜にはなかったもの……

「絞殺痕……絞殺痕が何よりの証拠だ! 梨元美亜は堂本鋼を絞殺した」

「でも、それじゃ梨元美亜は誰に殺されたんですか?」

 その疑問にたいして、浅葱の言葉がそれを裏付ける。

「六条御息所……たしか葵上に出てくる悪霊」

「正しくいえば、恨みや妬みから生まれた生き霊なんじゃが、まぁ正解としておこうかの?」

 浅葱はそう言うと、梨元宗一を見やった。

「しかし奇妙じゃな? 自分で自分を殺めるとは――」

 その時、ふと浮かべた浅葱の表情がもの悲しく見えた。

「夫が何をしたと言うんですか?」

「いや……この者ももう生きとらんじゃろ? なにせ無意識の内に取り憑かれ、知らぬ内に殺されたんじゃからな。さて、人ならぬものを罰するのがお前達の仕事じゃったな?」

 浅葱がそう言うや、皐月は長さの異なる二本の竹刀を両手に持った。

「吾神殿に祭られし大黒の業よ! 今ばかり我に剛の許しを!」

 そう天に叫ぶや、竹刀は刀へと変貌していく。

 ――み、宮本武蔵?

 そう阿弥陀が感じた一瞬だった。

「閻獄第八条において、父に取り憑き殺し、剰え自分の罪をかぶせたものは『阿鼻あび地獄』へと連行する」

 そう云うや、皐月は梨元宗一を切り付けようとしたが……。

「邪魔ですから、退いてくれませんか?」

「君は一体何をしているんだ?」

 阿弥陀が皐月を止めようとする。

 その行動にまるで呆れたように小さく溜息を吐くや、皐月は有無を言わず、阿弥陀もろとも梨元宗一を切りつけた。


「うっ……」

 阿弥陀はその場に跪いたが、何か違和感があった。

 そう感じた時だった。

「ああああああああああああああああああああっ」

 まるで断末魔のような悲鳴がうしろから聞こえ、阿弥陀がそちらに振り向くと、梨元宗一が悲鳴をあげていた。

「弥生姉さん!」

 皐月がそう言うと、弥生は御札を梨元宗一目掛けて投げつけた。

 御札は梨元宗一の額に付くや、青白い炎を発した。

 そして梨元宗一と一緒に消滅した。

「い、一体何が起きて――っ!」

 阿弥陀が見上げた時だった。突然皐月が刀で切り付けたのだ。

 が何ともない。それどころか、まるで竹刀で叩かれているような痛みしかなかった。

「い、いったいどういう? あでぇ?」

「あ、やっぱり何ともないや? まぁこれが刀に見えてるって事は少しばかり霊感があるって事なのかな?」

 皐月は首を傾げながら、また二、三回刀で切り付けた。

「い、痛いですって……」

 阿弥陀がそう言うので、皐月の手を止めた。


「お、おい? 阿弥陀……一体、何やってるんだ?」

 西戸崎の声が聞こえ、阿弥陀はそちらを見やった。

「西戸崎刑事、ご無事でしたか」

「無事? 何を……って、ここはどこだ?」

 その言葉に阿弥陀は首を傾げた。「普通の人間に、私の姿は見えんよ」

 浅葱はトコトコと西戸崎のところへと歩み寄ると、西戸崎の足を思いっ切り蹴った。

 ――が、西戸崎はまるで何もなかったかのように、阿弥陀へと歩み寄っていた。

「おい、なんだ? 変な顔して」

「い、いや……何でもないですよ。なんでも……」

 阿弥陀はなにがなんだかさっぱりわからなくなり、ただ笑う事しか出来なかった。


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