弐・虚飾
「まっかなおはなのぉ~、トナカイさんはぁ~、いっつもみぃんなぁのぉ~、わぁらぁいもの~っ」
と、鼻歌交じりに歌っているのは、黒川三姉妹の三女――葉月であった。
三姉妹の中で一番幼い彼女は年相応に、クリスマスを楽しみにしていた。
神社の娘なので一応場違いではないし、そもそも十二月は祭っている倉稲魂神への感謝の気持ちを込めての催しも行っている。
五穀の神へのお供え物も用意し、ケーキは弥生が手作りしている。
小麦や作物は農家の人達が感謝の形として、この時期に無料でくれるので懐的にも助かっていた。
「くぅらいよぉみぃちぃはぁ~」
葉月は楽しそうに、クリスマスツリーの飾り付けをしており、そんな葉月を見ながら、風呂上がりの皐月は、長い髪を櫛で梳かしていた。
「皐月ぃ、爺様見なかった?」
廊下から弥生の声が聞こえ、皐月は出かけたと答える。
「なんか用があるからって……。なにそれ?」
皐月は、半ば諦めたような表情を浮かべながら尋ねた。弥生は片手に紙袋を持っており、ニコニコ顔で皐月と葉月を見ている。
「葉月ぃっ! ちょっとおいでぇ」
弥生は葉月を手招きする。葉月は作業を止め、なんだろうと思いながら、弥生の元へと駆け寄ってた。
「さっき、やっと葉月のが出来たからね」
弥生は手に持っていた紙袋を下ろすや、ゴソゴソと中身を取り出した。
「はい。クリスマスはやっぱりこれでしょう?」
そう言いながら、パッと広げた服はサンタクロースのコスチューム衣裳だった。
「年に一度のクリスマスなんだし、羽目を外さないと」
弥生は葉月に服の上からでいいからと、サンタのコスプレをさせる。
女の子用という事もあって、下はスカートになっている。
綿が入っている事もあって意外に暖かく、首元を縛る紐の先には綿帽子が着けられていた。
「ありがとう弥生お姉ちゃん」
笑顔でそう言いながら、葉月はツリーの飾り付けに戻った。
「うん。やっぱり子供はああじゃないとねぇ」
「んぐぅ……。な、なに?」
皐月は弥生のただならぬ視線にピクッとした。
――それから少しばかり経って、「うん、私の目分量に間違いはない」
そうキッパリと言いながら、弥生は皐月を見やったが、その皐月は今にも湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にしていた。
「なぁんで、私のまで作ってるの? しかも裾短いし……」
皐月は座り込み、両手でスカートの裾を押さえている。
彼女も弥生が作ったサンタのコスプレを半ば強引にさせられていた。
葉月と少し違うところを云えば、葉月のスカートは悠々と足元まであるにも拘らず、皐月のスカートはこれ見よがしに裾が短かった。
「それはただ単にあんたの足が長いからでしょうが」
「狙ってやったでしょ? 絶対狙ってやったでしょ」
皐月は立ち上がる事が出来ないでいる。というのも、スカートの裾は彼女の膝上十センチまでしかなく、立った状態だと油断すればショーツが見えるほどだった。
「だったら、ショーツの上にスパッツかレギンス履きなさいよ。うちじゃあんたくらいよ? 冬でも平気で素肌出せるのって」
弥生は呆れながら言うが、本心はしてやったりである。
風呂上がりということもあり、皐月は肌襦袢をまとっているだけである。
住んでいるのは三姉妹を除けば、拓蔵くらいなもので、気が緩んでいたとしか言い様がない。
弥生はそのタイミングを見計らって持ってきていたのを、皐月は後で気付いた。
そんな二人の遣り取りを知ってか知らずか、葉月は楽しそうにクリスマスの歌を口遊びながら飾り付けをしていた。
「おう、今戻ったぞ」
玄関先から神主である拓蔵の声が聞こえ、皐月はドキッと肩を震わせた。
「ちょ、何か上にかけるやつない?」
「なに慌ててんのよ? 別に見られたって減るもんじゃないでしょ?」
「減るわよ! 何か色々!」
皐月は頭が混乱していて、何を云っているのか自分でもわからなくなっている。
「ほら、そこに爺様の丹前があるから、それ着たら?」
皐月はそう云われ、壁にかけてあった拓蔵の丹前を取り、それを羽織ったちょうど、拓蔵が居間の障子襖を開けた。
「なぁにをやっとんじゃ皐月ぃ。人の丹前なんぞ着よってからに」
「あ、えっと……お帰りなさい……」
首を傾げる拓蔵に対して、皐月は引き攣った笑みを浮かべる以外に選択肢がなかった。
「あれ? 誰か来たみたい」
玄関のチャイムが鳴り、それに気付いた弥生はスッと立ち上がった。
時間は既に夜八時を過ぎており、皐月と葉月はそれぞれの自室に、拓蔵は社務所で仕事の整理をしていた。
皐月は耳が少しばかり不便で、微かなチャイムの音は聞こえていないし、葉月は帰ってくるなり学校の宿題を終わらせてから遊びに行ったりしているので、今は部屋で明日の予習をしている。
拓蔵に関しては、まぁ人任せに近い感じで無視を決め込んでいた。
ガラッと玄関の引き戸を開けると、そこには笠を被った少女が立っていた。
――こんな時間に?と弥生は思ったが、そのうしろには脱衣婆の姿があった。
「おこんばんわ」
陽気な声で挨拶をしてくる脱衣婆に対して、少女は挨拶もせずに家の中へと入ってくるや、「拓蔵! 拓蔵はおるかえ!」
と叫んだ。
「おやまぁ、珍しい客人じゃな?」
拓蔵が社務所から玄関にやって来るなり、少女を見るや顎を摩った。
「その癖はわたしに逢うてから四十年あまり経っても、まったく変わりませんね。自分に都合が悪くなるといつもそうでしたから」
拓蔵と少女の遣り取りを聞きながら、弥生は脱衣婆の方を見やった。
「にしても、あなたほどの人が直々にこちらに来られるとは、いやはや何を考えているのやら」
「久し振りに逢うたので無駄話もしたいところですが、五七日の地獄裁判を控えておりますし、脱衣婆も年末特有の事故などで亡くなった死人の整理をしないといけませんしね」
年末特有というのは、宴会などで羽目を外した結果の飲酒運転や凍死などが多い。
「ですから余りない時間を割いて、あなたたちのところに来ました。そう云うことですから時間もないので早速本題に入ります。あなたたち、浅葱橋は知っているでしょ?」
少女がそう尋ねると、拓蔵は少しばかり考える。
「浅葱橋って云ったら、ここより少し離れた繁華街と民宿街で挟まれた川に掛かってる橋の事ですかな?」
拓蔵がそう尋ねると、少女はコクリと頷き、話を続けようとしたが、「にしても極寒地獄じゃあるまいし、いつまでも客人をこんなところにいさせないで中に案内しなさいよ」
脱衣婆の一言で、弥生と拓蔵は少女と脱衣婆を居間の方へと案内した。
少女の話だと、先ほど奇妙な話を橋の両端に建てられた地蔵を通して知ったという。
「――奇妙な話って?」
いつの間にか、居間に入ってきていた皐月と葉月が少女にそう尋ねる。
そんな二人を見ながら、少女は目の前に出されたお茶を飲み干した。
「ええ。わたしはそこらに建てられた地蔵を通して、露世のありとあらゆる出来事を見てきています。さすがにその事は知っているでしょ?」
そう云われ、皐月たちは頷く。
「ですが、先日から浅葱橋にいるはずの橋姫の姿が見えないのです」
橋姫とはその名の通り、橋に纏わる守護神である。元々は橋から進入してくる外敵から護るため、橋に祭られた神とされているが、「まぁ、この時期だからね? あの生娘があの日を思い出していなくなったんじゃないのかって、最初は思ってたんだけどね……」
脱衣婆が呆れながら云う。
「それなら別に二人が来る理由にならないんじゃない? 時期が過ぎれば勝手に帰って来るでしょ?」
「浅葱橋で殺人事件が起きたから、余計に気に掛けてるのよ?」
脱衣婆の言葉にその場の空気は凍りついた。
瑠璃(この時は少女ですが)の口調を変えました。後々凄い丁寧な感じに描いているので、統一させました。