拾参・三鬼神
浅葱橋の河川敷で大きな影が蠢いていた。
その正体は酒呑童子で、その眼下には浅葱が縄で縛られ、猿轡されている。
浅葱はジタバタと足掻いていた。
しかし、彼女の両足は――すでになかった。
浅葱の眼前には大きな石がある。
「静かにせぇよぉ、こっちは大切な用事があるんだからよぉ」
酒呑童子は歪んだ笑みを浮かべる。
「ようやく力が戻ってきたんだ。あの朧って白痴に力を封印されなけりゃぁ、俺がここらいったいの妖怪を引き入れられたんだ」
そう云い放つや、酒呑童子は拳を浅葱の眼前ギリギリのところに振り下ろす。
石は砕け、その礫が浅葱の顔に当たる。浅葱の顔は蒼白し、口を震わせた。
「お前さんだってそうだろうが? 妖怪の端くれのくせして、橋神と云われておるしなぁ」
――人がそう勝手に云ってるだけでしょ?
と、浅葱は頭の中で呟く。
「さて、後は黒川の人間を殺すだけだ……」
酒呑童子はゆっくりと周りを見渡した。そして近付いてくる影を見遣る。
「おお、ぬらりひょんか――首尾はどうだ?」
やってきたぬらりひょんにたずねると、「手筈通りだ。辻神が私のやった水晶によって妖怪を誘き寄せ、この町は錯乱状態になっておる」
「そうかそうか、これで後はやつらを殺すだけだ」
ケラケラと哂いながら、酒呑童子はぬらりひょんに近付く。
「お前さんも朧に恨みがあったなぁ……」
「――ああ、朧には酷い目にあった」
ぬらりひょんはそう言いながら、酒呑童子に視線を送った。
「お前さんと一緒に地獄のそこまで……。無間地獄の奥底まで同伴してもらう」
ぬらりひょんは、忍ばせていたメスくらいの細長い刃物を、酒呑童子の首元に切りつけた。血飛沫があがり、酒呑童子はその大きな図体をゆっくりと傾けていく。
「な、なにを……」
信じられないものを見らんとばかりに、酒呑童子の表情は歪む。
「わたしは荼枳尼天に頼まれて、貴様のやって来たことを見てきた。彼女たちにはつらいことばかり見せてきたが――それも今日まで」
ぬらりひょんは、刀の切っ先を酒呑童子に向ける。
「な、なにを云っている? 貴様とて同じことではないか?」
「わたしも貴様とともに地獄のそこに行こう」
ぬらりひょんは刀を振り上げる。「わ、わかった。反省する」
酒呑童子は身を屈め、命乞いをする。
「云ったはずだ――貴様も道連れに……」
途端、ぬらりひょんは不恰好な形で倒れた。
そして、ぬらりひょんは自分の足に違和感を感じる。見るや、足が消えかけていた。
酒呑童子はスッと立ち上がり、浅葱を見遣る。
その表情は、倒れている二人を蔑んでいた。
「橋姫、貴様たしか元は花魁……いやその下っ端になるか」
クククと含み笑いをし、酒呑童子は浅葱をぬらりひょんの方へと蹴り上げる。
『……っ!』
「さて、邪魔者はいない……。貴様等のような裏切り者には天罰を与えんとな」
酒呑童子が脚を上げ、二人の頭を踏み潰そうとした時だった。
「プレスト――!」
砂煙が巻き上がり、酒呑童子は自分の足元を見遣った。
「一刀・亡情囀っ!」
「二刀・雷電っ!」
その砂煙に紛れ、三本の刀が酒呑童子に襲い掛かる。「ぐんぬぅっ!」
酒呑童子は体を反らせ、その切っ先を避ける。
「トランクィッロ――スピリトーゾ――ペザンテッ!」
眼前に鎌が現れる。酒呑童子は体を転がし、刃を避けた。
その鎌の刃の半分が地面に食い込む。
「き、きさまぁらぁああああああああああああああああっ! どうしてここがわかったぁああああああああああああああああああああああ?」
酒呑童子が大声をあげる。
「ぬらりひょんは最初から阿弥陀警部やわたしたちに教えていたのよ。夜行さんが残したあのメモには、あんたが行き着く場所も記していた。『清らかな……』はさんずいに青。つまり水と青だから北東の位置。紅はそのままの意味であんたのこと――。赤は他にも朱色があるからね。そして『土を横にずらせ』って部分は黄色と土で同じものだけど、木が入ることで木剋土になる。木は根を地中に張って土を締め付け養分を吸い取り土地を痩せさせる」
「去年の冬、浅葱が喜平の子孫を見に橋を離れたことで、あの橋を護っている力が弱まり、梨元美亜に六条御息所が共鳴して取り憑いた。これもおおむねあんたの仕掛けたことでしょ?」
皐月と信乃が刀を構える。
「さてと間に合った。ぬらりひょん、あなたも一緒にお縄についてもらうわよ」
皐月がそうぬらりひょんに視線を向けた時であった。ゾッとするような視線を感じるや、「きゃあああああああああああああああっ?」
という、二つの甲高い悲鳴が皐月の耳を劈く。
「信乃……、おばあちゃん……?」
皐月がうしろを振り返った瞬間「油断するなぁっ! 閻魔王の孫娘っ!」
ぬらりひょんが叫ぶが、皐月の体は宙へと高く上げられ――地面に叩きつけられた。
「げぇほっ!」
皐月、信乃、海雪は血を吐き、意識を朦朧とさせる。
「おうおう、弱いなぁ……。これがわしを封印した朧の力を持ってる巫女か……」
酒呑童子は胸元をポリポリとかきながら、欠伸をする。
「温い温い……いや水のように冷たいなぁ」
拳を振り上げ、皐月に襲い掛かる。「プレスティッシモッ!」
砂煙がおき、酒呑童子は腕を横に振る。
「げぇほっ!」
ドサッと音がし、皐月と海雪は叩きつけられる。
「皐月ッ! おばあちゃんっ!」
「――なにこいつ……強過ぎ」
轡が外れた浅葱が、悲鳴にも似た声を出した。
「こうなることはわかっていた。だからわたしはやつを秘密裏に道連れにしようとしていたんだ」
ぬらりひょんは歯を食いしばらせる。
「酒呑童子を封じたのはたしかに朧であったと荼枳尼天に聞いたことがあるが、彼女はやつでさえ赦そうとしていた」
その言葉に酒呑童子以外の面々が唖然とする。
「善悪の違いがわからないわけではなかった。だが彼女は悪鬼である酒呑童子ですら赦そうとしていたのだ。自分の力でやつの中にある邪気を殺し、正しい道に導こうとした。しかしやつは心のそこまで闇に染まっていた――」
ぬらりひょんは言葉を失う。
「そうだ。おれは朧に力を封じられていた。そして今その力が復活する」
酒呑童子は咆哮をあげる。その声は凄まじく大気を狂わせた。
「くそ……、やはりもう駄目なのか……」
ぬらりひょんは手を地面につける。
「わたしは朧の近くにいた荼枳尼天の思いすら……」
その目には涙が浮かんでいた。
自分がしてきたことに対しての悔やみもあったが、なにより約束を守れなかったというほうが強かったであろう。
「なにか他に方法はないの?」
「もうないっ! 昔であればまだやつの力は微々たるものだっただろうが、今はすべての力が元に戻っている――。おそらく荼枳尼天すら太刀打ちできんだろう」
ぬらりひょんの表情を見るや、皐月はゆっくりと立ち上がり、刀を構える。
「やってみないとわからないでしょ?」
皐月は瞳を閉じる。「まだ大黒天の力がある」
「無駄だ。その力は、まだお前には使いこなせない」
「だからやってみないとわからないでしょ!」
皐月は意識を集中させる。
「止めろっ! それはお前だけではない!」
ぬらりひょんの言葉が発せられると同時に、皐月は大黒天――シヴァの真言を告げた。
――オン・マカキャラヤ・ソワカ――
皐月の体を、黒々とした、禍々しい光が包み込む。
「きゃあああああっ?」
それと同時に、信乃と海雪が悲鳴をあげ、二人の姿は元に戻った。
「な、なに? なにが起きてるの?」
浅葱がその光景に目を疑う。
「だから止めろと云ったのだ。大黒天の真言は、この町に祀られている神、特に関係のある毘沙門天と弁才天の力を吸い取り自分の力にする。かつて鳴狗寺に三面六臂大黒天が祀られていたのも、それを二度と使わないようにするためだ」
ぬらりひょんは表情を暗くする。
「それじゃぁ……、瑠璃が皐月に真言を教えなかったのってそれが理由? でも皐月には閻魔王と訶利帝母の真言しか」
「恐らく自分で調べたのだろう――だがそれでは力を暴走させるだけだ。真言とはその言葉をもつ神が自身の力を貸すものだ。それ以外は呪にかかるだけだ」
ぬらりひょんの心配は的中していた。
皐月を包んだ光が落ち着き、赤と黒の巫女装束を身に纏った皐月の姿がそこにあり、その目に光はなかった。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
禍々しい咆哮をあげ、その手に持った刀を振るった。その切っ先の衝撃で、川の水が跳ね上がる。
「なんだなんだ? 変な言葉云って力が跳ね上がったがなんてことねぇ、ただの付け焼刃の暴走か」
酒呑童子は余裕の笑みを浮かべる。やつの云う通り、皐月の暴走は、付け焼刃のなにものでもなかった。
「これじゃぁ、さっきよりも余計に悪いじゃない」
「……いや、危険な賭けだが、閻魔王の孫娘があの力を使いこなせれば……」
ぬらりひょんはそれが一パーセントもない可能性であることは理解していた。
「ぐぅあああああああああああああああっ! りゃぁああああああああああああっ!」
咆哮をあげ、皐月は無差別に切り掛かる。その余波が信乃と海雪に襲い掛かる。
「信乃、海雪っ!」
浅葱が呼びかけると、白狐と女性が、信乃と海雪をそれぞれ抱えている姿が見えた。
「荼枳尼天……貴様、今までどこにいた」
ぬらりひょんが小さくつぶやく。
「ぬらりひょん――最悪な状況になってしまったわね」
荼枳尼天は気を失っている信乃をゆっくりと下ろし、頭上にいる皐月を見遣る。
「斯くなる上は――皐月もろともやつを封じるしか」
荼枳尼天はゆっくりと手を翳す。「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・キリカク・ソワカ」
自身の真言を唱え、皐月に襲い掛かった。
「はぁあああああああああああああっ!」
拳を皐月にぶつける。それが当たるや、皐月は地面に叩きつけられる。
「なんだ? なんだぁ? 仲間割れかぁ」
酒呑童子がケラケラと哂う。「もちろんあんたも倒すけどね」
荼枳尼天は体を翻し、酒呑童子の脳天を蹴り下ろす。「ぐぺらぁっ!」
地面に顔を叩きつけられ、酒呑童子は奇声をあげる。
「うがぁああああああああああああああっ!」
皐月は咆哮をあげ、荼枳尼天に襲い掛かるが、その切っ先を荼枳尼天は無駄な動きなく避ける。
「人間が私に勝てるわけ――」
突然太刀筋が見えなくなる。そして気がついた時には荼枳尼天の体は切り裂かれていた。
「荼枳尼天っ!」
浅葱とぬらりひょんが大声をあげる。
「ど、どうして、あんな大きな太刀筋が見えなくなるわけ?」
荼枳尼天は肩で息をし、皐月を見遣った。
皐月は両手に持った刀のうち、その一刀を頭上に構えている。
「まさか――霞の構え?」
「なるほど、それで太刀筋が見えなかったわけだ――って、そんなことじゃなくてどうするの? あれじゃぁ酒呑童子どころか、こっちも全滅じゃない!」
荼枳尼天が愚痴をこぼす。
「――っ? ふたりともどうしたの?」
浅葱は信乃と海雪を見遣る。
二人の表情はどこか安心しているような顔だったからだ。
「皐月っ! そろそろ本気出してもいいんじゃない?」
「てか、私たちの力全部使ってもいいって言ったでしょ?」
信乃と海雪が皐月に向かって叫ぶ。
「今の皐月に、お前たちの声は届くはずがない」
ぬらりひょんがそう言うが、信乃と海雪はぬらりひょんを見やる。
「あんたに、皐月のなにがわかるわけ?」
「そうそう。たしかに大黒天の力を使うのは付け焼刃かもしれないけど、三面六臂大黒天って、大黒天が毘沙門天と弁天さまの力を手にした三神いったいでしょ? だったら皐月に任せてもいいかなって」
信乃がそう云うと、海雪は同感といわんばかりにうなずく。
「貴様ら、この状況をわかっているのか?」
荼枳尼天が怒声を放つが、信乃と海雪は余裕のある表情を浮かべた。
「聞こえない? 皐月の鼓動が一定の間隔で鳴ってるのが」
海雪が目を閉じそうたずねた時だった。
荼枳尼天とぬらりひょんが耳を澄ませ、それが聞こえるや、驚いた表情を浮かべた。
「オン・マカ・キャラヤ・ソワカ――オン・ベイ・シラマンダヤ・ソワカ――オン・ソラ・ソバテン・エイ・ソワカ……」
かすかに声が聞こえた。
「これは……まさか」
ぬらりひょんが声を荒げる。
「いくら大黒さまの力が使えるからって、いきなり三面六臂の力が使えるわけがない。その力を大黒天の力に紛れさせていた」
海雪はゆっくりと皐月をみやる。
「なにかよくわからんがぁ……貴様ら全員あの世に落としてやる」
酒呑童子が信乃たち目掛けて走り出した。
「まずはそこにいる貴様らからだ!」
「――二刀・穢死魔っ!」
ふたつの切っ先が酒呑童子に襲い掛かる。その余波が信乃たちにも襲い掛かった。
「ぎゃははははっ! なにかと思えばやっぱり弱い……弱過ぎるっ!」
酒呑童子が皐月のほうへと振り返った時だった。
ボトボトと、ものが落ちた音が響き、酒呑童子はその状況に戸惑った。
気がつけば、酒呑童子の両腕が切り落とされていたからだ。
「な、なんだと……し、しかし……これでは貴様の仲間も」
酒呑童子はふたたび信乃たちを見たが、信乃たちはまったく傷付けられていない。それが酒呑童子には理解出来なかった。
「穢死魔は穢れをもった悪鬼しか傷付けない。生なるもの、心を入れ替えた妖怪は決して傷付けない」
皐月は刀を構え、その切っ先を酒呑童子に向ける。
「くぅそぉおおおおおおおっ! だがこれでどうだっ!」
酒呑童子は皐月の眼前まで飛び上がり、腕に流れている液体を皐月の目にぶつけた。
「……っ!」
皐月の目は塞がれ、視界が闇と化す。
「よし、これでお前は俺がどこにいるのかわからないはずだ」
酒呑童子はそういうが、違和感を感じていた。
「一刀・翁」
皐月は左手に持った刀を前に突き出す。そして自分の気配を消した。
――なんだ……? こいつ馬鹿じゃないのか?
酒呑童子は今なら殺せると――皐月に近付く。
そして生え終えた拳を握り締め、皐月に襲い掛かった。
「これでおしまいだぁっ!」
轟音とともに皐月を叩き落した。
「どうだ? これでもう俺の邪魔をするやつは」
酒呑童子は冷や汗とともに、勝った余韻を見せた。
「幻刀・二人静」
酒呑童子のうしろに皐月の気配があった。酒呑童子は困惑した表情で振り返る。
「二刀・卒塔婆小町っ!」
皐月は体を捻らせ、その勢いで酒呑童子に切り掛かった。
「ぐぅああああああああああああああああっ!」
酒呑童子は地面に叩きつけられる。
「あ……がぁ……」
酒呑童子は体を起こすが、思うように起き上がれない。
「酒呑童子、あんたが今まで私たちを苦しめていたわけ?」
皐月がそうたずねると、「知らんな……。貴様らのような人間なんぞ、その首根っこ捻って殺しても――塵虫としか思わんよ」
酒呑童子は憎まれ口を叩く。皐月はゆっくりと二本の刀を頭上に翳した。
「一刀・羽衣」
酒呑童子の周りに絹のような透き通った布が現れ、それらが酒呑童子の体を縛り上げる。
「な、なんだこれは……? くそぉっ!」
ジタバタと足掻くが、それが余計に布を体を食い込ませる。
「酒呑童子……、あんたがやってきたことは赦されることじゃない。だけど私たち執行人の仕事は、たとえ悪鬼であろうとも、地獄に連行しなければいけない」
皐月はそう告げる。「そうだ。ここでおれを滅したら、お前たちだってただでは済まされん」
酒呑童子は余裕のある笑みを浮かべた。
皐月は右手に持った刀を消し、左手に持った刀を両手に持って構える。そして静かに呼吸を整えるや、その刀は大槌へと変わった。
「なっ……」
酒呑童子は言葉を失った。
その大槌からは、自分よりも禍々しい妖気を感じたからだ。
「朧は、自分が助けた妖怪の邪気を、自分の体に閉じ込めていた。そしてあの子が死んだことで、その妖気が元の主の元に戻った」
荼枳尼天は寂しそうな表情を浮かべる。
「だけど、あの子と一緒に遊んでくれていた妖怪たちは力が戻ったことを喜ばなかった。あの子が死んだこと、あの子を守れなかったことを、心から悔やんでいた。そして、それに同調した三面六臂大黒天が、大震災を起こした切っ掛けでもある」
「まさか……、それが鳴狗神社に祀っていた三面六臂大黒天を、それぞれの神社に分けた理由か」
「元からあの子は無茶をし続けていたのよっ! それなのに……、それがわかってるのに私はあの子を――殺してしまった」
荼枳尼天は跪き、声を荒げながら泣いた。
「くぅそぉおおおおおおおおおおっ! はなせぇえええええええええええええっ! はんなぁせぇえええええええええええええええええええええっ!」
「閻獄第八条二項において、酒呑童子を『無間地獄・一切向地処』へと連行する」
皐月は通告を言い渡し、酒呑童子目掛けて大槌を振り翳した。
「ま、待て……っ! きさまの両親が今どこにいるのか訊きたくないのか?」
皐月は動きを止める。
「そうだ。おれを地獄に送ったら二度と聞けんのだぞ?」
酒呑童子はそう云い放つが――。
「あんたに聞かなくても、あとでぬらりひょんに訊くわよ!」
大槌が酒呑童子を轟音を響かせながら、酒呑童子を潰した。
後に残ったのはそこに大きなものが倒れていたという人のような跡だけだった。
「お、終わったのか?」
ぬらりひょんがそう云うと、「みたいね……まったくたいした子たちだ」
荼枳尼天はゆっくりとぬらりひょんを見た。
「もう逃げられないわよ? それに、田心姫が阿弥陀如来やあんたが閉じ込めていた人間を解放した」
「そうか……それじゃぁ閻魔王の娘もか」
そうたずねると、荼枳尼天はうなずいた。
ドサッという音が響き、信乃と海雪は皐月のほうへと駆けていく。
「大丈夫? 皐月っ!」
声をかけると、信乃と海雪は唖然とした表情を浮かべる。
「――寝てる?」
信乃の言葉通り、皐月は寝息を立てていた。
「本来持っている力以上に使い切ったからね。まったくいつも無茶しすぎなんだ」
海雪は皐月の頬を人差し指で突っつく。
「それじゃぁ、ぬらりひょん、あなたも来てもらうわよ。色々と聞きたいことがあるし」
「――わかった。では子安神社に行こうか……閻魔王と響もそこにいるはずだ」
ぬらりひょんは逃げる様子もなく、信乃たちに同行した。
「――というのが、ぬらりひょんの真の目的だと、彼本人から聞きました」
瑠璃がそう云うと、眼前にいる拓蔵は信じられないような表情を浮かべていた。
「やつの目的がわかった上で、瑠璃さんはその手伝いをしていたというわけか」
「ごめんなさい。これが嘘だと考えたこともあったのですが、今の今まで私や響を殺さなかったことを考えると」
瑠璃は申し訳ない表情で云う。
「しかし、こうやって無事に戻ってきたんじゃ……。よしとしようじゃないか」
「拓蔵は……、拓蔵は怒りはしないのですか? なんの相談もなく、なんの連絡もしなかった私を、咎めようとは思わないのですか?」
瑠璃は今にも泣きそうな表情でそうたずねると、拓蔵は顎鬚を擦りながら、
「瑠璃さんや、わしの性格くらい知っておるじゃろ? 過ぎたこと、終わったことにいちいち目くじらを立てておったら、ストレスが溜まって、長生きできんでなぁ」
拓蔵はそう言いながら、瑠璃の頭を撫でた。
「田心姫、あなたもぬらりひょんの目的を知っていたから協力をしていたんですか?」
阿弥陀警部がそうたずねると、田心姫はうなずいた。
「妖怪ではない私が酒呑童子の気を緩めるには、人を殺める以外なかった。それは栢も一緒だったわ」
田心姫はゆっくりと皆に語る。
「だからあの時、わたしにあなたの存在を報せたというわけですか」
阿弥陀警部はライブ開場に現れた蜂を思い出した。
「少しは、本地仏に頼ってもいいんじゃないですかね?」
阿弥陀警部は苦笑いを浮かべる。
「申し訳ございませんでした。阿弥陀如来さま」
田心姫は深々と頭を下げた。
「それと、お二人に話しておかなければいけないことが」
田心姫は拓蔵と瑠璃を見遣る。
「お二人の御息女のことですが、実は……」
その言葉に拓蔵と瑠璃は互いを見遣った。
読んだら、変な感じだったので少し直しました。