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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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拾弐・陰陽


 信乃は皐月のにおいを追って、屋根から屋根へと走っていた。

 皐月の姿が見えると、ゾッとするような悪寒を感じ、「あの馬鹿……また早とちりしてる」

 信乃は足を速め、皐月に追いついた。

「し、信乃……、大丈夫なの?」

 突然目の前に信乃が現れたものだから、皐月はたじろぐ。

「みりゃわかるでしょ? 無事よ無事。それより考えなしに行動しないの」

 信乃はそう云うと、皐月の頭に軽く手刀(しゅとう)を当てる。「あいたっ!」

 皐月はその場にうずくまり、叩かれた頭を抱えた。

「それより、おばあちゃんも探さないと……」

「わたしならここにいるわよ?」

 信乃が辺りを見渡すと、そのうしろに海雪と因達羅の姿があった。

「波夷羅から聞いています。ぬらりひょんの目的がわかったようですね」

「たぶんわたしたちみんな勘違いしていたってことになる」

「――どういうこと?」

 話が見えない皐月は、皆にたずねる。

「皐月、あの事故が遭った時、どんな小さなことでもいい、なんか変なことがなかった?」

「――変なこと……」

 皐月はうなるように頭を抱える。「そういえば気を失う前……なんかドアに人が乗ったようなそんな音が……」

「人? でもなんでそんなところに……」

 因達羅がそうつぶやく。「助けに……。だったら両親も助かっていないと――」

 海雪は言葉を止める。そしてゆっくりと皐月を見た。

「皐月、瑠璃さんの話だと、あなたたち姉妹は現世側の賽の河原にいたのよね?」

「よくは覚えてないけど、瑠璃さんの話だとそうなるみたい」

「もしかしたら、お父さんとお母さん……生きてるかもしれない」

 海雪の言葉に皐月はおろか、周りにいる全員がゴクリと喉を鳴らした。

「それって、どういうこと?」

「賽の河原は、親より先に死んだ子供が行き着く場所。つまり生きてるってことじゃない? なぜ姿を晦ませてるのかまではわからないけど」

「もしかすると、ううん……もしそうだとしたら合点が行く」

 信乃がそう話すと、付いていけない皐月は首をかしげた。

「私たちの住んでいるこの福嗣町は、摩利支天の力によって、邪気を持った妖怪は三社を見つける事が出来なかった。それは言い換えれば人の姿も消せるってことじゃない?」

「酒呑童子が朧という少女に封印され、その力を復活させるには黒川の血筋が必要だった。だけどまだ幼くて力も使えなかった皐月や弥生さん、葉月には期待が出来なかった。ぬらりひょんは酒呑童子があなたたちを見つけるより先に、摩利支天の力で両親を安全な場所に封印した」

「それじゃぁ、お母さんたちは生きてるってこと……?」

 皐月は納得していないが、自分たち家族以外に、大宮が父親について覚えていたことにも納得する。

「とにかくぬらりひょんを追いましょっ! もしかすると、最悪共倒れで、話が聞けないかもしれないしね」

 海雪がそう云うと、皐月と信乃はうなずいた。


「――で、場所はわかってるの?」

 信乃がそうたずねると「二人とも牛頭野がなにを身に着けてたのか覚えてる?」

 海雪の質問に、皆首をかしげる。

「牛頭野が身に着けていたのは、ルビー・サファイア・トパーズの三つの宝石。これを漢字で表すと『紅玉(こうぎょく)』・『青玉(せいぎょく)』・『黄玉(おうぎょく)』と書き表す。夜行が残していったメモにも、同じようなのが書いてあったわよね?」

「たしか紅は火、青は木、黄は土を現してるって、瑠璃さんが」

「もうひとつ――木は東、火は南、土は中心という考えもある。鳴狗寺がまだ神社だったころに作られたものだとしたら、封印されていたのは北にはならない……って、どうしたの? 皐月」

 海雪が首をかしげ、皐月を見遣る。

「おばあちゃん、もしかしてだよ? もしかしたら青はそのまま水色って考えも出来ない?」

「水色? でも水の五色は黒……」

 信乃はなにかに気付き、そして自分の頭を小突いた。

「真達羅、たしかうちのお寺って。昔三面六臂大黒天を祀っていたって云ってたわね?」

「そ、そうやけど……それがどうかしたんか?」

「黒は水の五色。水は五方でいう北。これなら私たちの神社がある場所に関係あるって特定出来る。南は子安神社がある方角、北は鳴狗寺がある方角、中心は稲妻神社っ!」

「たしかに、そう考えると筋が通るけど、それじゃぁどうして黒って文字が出てこなかったのかしらね?」

 皐月がそう云うと、海雪はふと自分がいつ死んだのかを思い出す。

「皐月、あんたが事故に遭ったのは八月の事よね?」

 そうたずねられ、皐月はうなずく。「信乃、ユズが殺されたのは秋頃……」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

 怪訝な表情で信乃は聞き返す。

「――で、わたしが自殺したのは、卒業式の先日だったから三月……」

 海雪の真意に、皐月と信乃は首をかしげる。

「緑よ。その時期だったら次の季節の花や植物が生り始めても可笑しくない時期じゃない?」

「でも緑ってなにを意味してるのよ?」

 信乃が焦った表情でたずねる。


「緑は五色における木を意味している。()の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となって、樹木の成長、発育する様子を表している」

 突然声が聞こえ、皐月たちはそちらを見遣った。

「あ……」

 声をあげた信乃は信じられないものを見るような表情でソレを見やる。

 そこには托鉢僧が立っていた。

「そして木は東を意味する」

「東って……、どういうことですか?」

 皐月がそう尋ねると、「話はすべてが終わってからだっ! ぬらりひょんが酒呑童子を道連れにする前に、彼らを止めるんだ!」

 男はそう云うと、シャランと鈴を鳴らした。

「二人とも行こう。もしあの人が云ってる通りだとしたら、本当の事を知る前に全部終わっちゃう」

 皐月がそう云うと、信乃と海雪はうなずき、東の方角へと走った。


「さて……わたしはまた消えるか」

 托鉢僧は皐月たちを見送るや、姿を消そうとしたが、突然うしろから殴られ、大きな音をたてて倒れた。

「うぐぐ……うしろからとは卑怯だぞ」

「卑怯はどっちよ。そうやってまた逃げようとする」

 托鉢僧を殴ったのは黒闇天であった。

「響のところに帰るんでしょ? 私も一緒に行ってあげるからさ」

「そうだな……それより、やつらをどうにかしないとな……」

 托鉢僧が起き上がり、周りを見遣った。

 二人の周りには魑魅魍魎の狂った表情が浮かんでいる。

 その数は夥しく、数百……、いや、数千もの狂った気配を二人は感じた。

「ここらへんでは見ない顔ね。妖怪になれない不幽霊もいるみたいだけど」

 黒闇天は不敵な笑みを浮かべる。そして刀を取り出し身を構えた。

 妖怪たちは奇声をあげ、托鉢僧と黒闇天に襲い掛かる。

「――(おそ)いっ!」

 黒闇天が襲い掛かる妖怪に一刀するや、凄まじいほどの爆風が吹き荒れ、周りの妖怪たちを吹き飛ばした。

 しかしその夥しい数にはなんの影響もなく、妖怪たちは再び襲い掛かった。

 その状況に、黒闇天は表情をゆがめる。

「黒闇天っ! ここは引くぞ!」

 托鉢僧がそう言うが、黒闇天は冷や汗をかきながらも笑みを浮かべた。

「それが出来たら苦労しないわよ? 周りにどうやって逃げる隙間があるっての?」

 托鉢僧もそれはわかっていた。しかし……多勢に無勢である。

 いくら黒闇天が、戦いの神『ドゥルガー』であったとて、この数では勝てない。


「ここまでか……」

 托鉢僧が愚痴を零したその時だった。

「一刀・風塵(ふうじん)羅刹(らせつ)

 天空から荒れ狂った光が迸り、托鉢僧と黒闇天の周りに風の壁を作った。

金剛迅雷(ヴァジュラ)ッ!」

 次に雷鳴が轟き、周りの妖怪たちを蹴散らしていく。

「二刀・赫破狩(もみじがり)、一刀・(きぬた)っ!」

 轟音が鳴り響き、次々に妖怪たちが空へと跳ね上げられていく。

「す、すごい……これが、十二神将の力――」

 黒闇天はその状況に唖然とし、喉を鳴らした。

「お、お前たちっ! 皐月たちと一緒に行ったのではないのか?」

「信乃からの伝言や、夜行がまたいなくなると響と濡女子が可哀想やから、どこにも行かないよう見張とけってな」

 真達羅がそう云うと、毘羯羅と因達羅が頷く。

「黒闇天、同じ力を持ってるあなたが押されてるんじゃ、吉祥天に笑われるわよ?」

 毘羯羅が皮肉たっぷりに云う。

「馬鹿云わないでよ。あんただって技二連発も出しといて、ちっとも数が減ってないじゃない」

 黒闇天が小さく笑みを浮かべる。


「お前たち大丈夫か?」

 波夷羅が姿を現し、宮毘羅、伐折羅、摩虎羅、迷企羅、安底羅、招杜羅、アニ羅、珊底羅が姿を現す。

「十二神将全員集合――って、いつ以来だろうね?」

 毘羯羅が楽しそうに云う。

「しかし、さっきよりも増えていないか?」

 波夷羅の云う通り、いくら倒してもキリがないことは皆わかっていた。

「どこかに、やつらを(おび)き出している根源がいるはず。それを探し出して倒さないと……」

「それにこれだけ多いと、それに紛れてるってこともありえるし、気配もすぐには見つけられない。同調させているかもしれないし」

 招杜羅は胸を張り、呼吸する。その度に揺れる豊満な胸の動きに、真達羅と迷企羅が唖然とする。

「どこ見とんのじゃぁ、この阿呆寅(あほとら)阿呆鶏(あほとり)がぁっ!」

 安底羅が真達羅と迷企羅の頭を思いっきり叩きつける。

「なんか賑やかね」

 招杜羅はのほほんと周りを見る。

「この(うし)女は状況わかってる?」

 珊底羅があきれた表情で言った。

「はいはい。つまんない喧嘩はそこまで」

 アニ羅が笑いながら云う。

 彼らの行動に、夜行はおろか、同等の力を持っている黒闇天ですら唖然としていた。

「くくくっ……馬鹿な人たちですね? あなたたちはこの無間地獄に閉じ込められていることも知らずに」

 声が聞こえ、十二神将と黒闇天、夜行がそちらに視線を送った。そこには空に浮かんだふんどし……もとい木綿が漂っている。

一反木綿いったんもめん……まさか、あいつがこいつらを呼び寄せて」

 摩虎羅が驚きを隠せない表情を浮かべるや、一反木綿はケラケラと高笑いした。――次の瞬間……。

「そんなわけないじゃない。あいつただの布の妖怪で、一刀されただけで逃げてく妖怪よ」

 毘羯羅が小さく噴出す。

「そうそう、そんなのがこんなにいっぱい妖怪引き連れられるわけないし……そうでしょ? それに乗っかってる――辻神(つじがみ)さま……」

 珊底羅の言葉は空高く、一反木綿に乗った辻神の背後に現れるや、炎を纏い、思いっきり叩き落した。

 その炎は陽火(ようか)であり、一反木綿は炎に焼かれ塵となる。

「辻神といえど、妖怪に変わりないわけだけどね」

 妖怪たちに助けられた辻神は、体勢と整えようとする。

凰火理(おうかのことわり)

 間髪いれずに、珊底羅は夥しい火の粉を、集中豪雨のように妖怪たちへと降り注いだ。

「ちょっと珊底羅やりすぎ! 私の獲物が……ヒック」

「あんたは、仕事中くらい酒を飲むのを止めなさいっての」

 徳利を片手に酒を飲んでいる宮毘羅に頭を抱えながら、伐折羅は刀を構える。

「わぁってる。呼吸合わせなさいよ」

 宮毘羅は自分の身長の半分はあるだろう、それくらい大きな鉄球を繋いだ、これまた大きくて太い鎖を自分の腕に絡める。「ほぉらぁっ!」

 鉄球を妖怪たちの方へと振り投げる。轟音とともにいくつかの妖怪が潰されていく。

壱之構(いちのかた)柘榴石(ガーネット)ッ!」

 今度は伐折羅が優美な剣舞で、妖怪たちを切り刻み消滅させていく。

 他の十二神将たちも、後に続けとばかりに……もとい、負けず劣らず妖怪たちを蹴散らしていく。

「な、なんなんだぁ? こいつら」

 辻神が恐怖に慄く。だが表情にまだ若干の余裕が見られた。

 ――これがあれば……この水晶があればいくらでも――。

「へぇ……、そいつで妖怪たちを呼び寄せていたってわけね?」

 黒闇天がそう言うや、辻神はうしろを見遣った。うしろには黒闇天の姿があり、目の前には毘羯羅の姿がある。

「毘羯羅いくわよっ!」

「――了解っ!」

 黒闇天の言葉に、毘羯羅は呼吸を合わせる。

 黒闇天は扇を広げ、それを振るう。そして毘羯羅は二刀を構えた。

無限刀牢(むげんとうろう)女郎花(おみなえし)っ!』

 毘羯羅と黒闇天の周りには、夥しい数の小刀が表れ、切っ先を辻神に向けた。

「ばかか? お前たちとて、逃げ場はないだろう!」

 辻神がそういうが、毘羯羅と黒闇天はくすりと笑みを浮かべる。――そして……

「いっけぇえええええええええええええええっ!」

 同時に声をあげ、小刀は一直線に互いのほうへと放たれた。

 中心にいた辻神は空へと飛び上がる。

 ――それが不味かった。

「――なっ?」

 辻神は空中で翻筋斗(もんどり)()つ。

 避けたはずの小刀のひとつが辻神の体を掠った。

「あぶねぇ、あぶねぇ……」

 汗を拭ったその時、辻神の頭上に小刀がそれこそ雨のように降り注いだ。

「な、なんだ……? なんなんだ? これはぁあああああああああああああああ」

 悲鳴とともに、辻神は消滅する。

「粗方、こっちも片付いたわよ」

 伐折羅がそう云うと、毘羯羅は黒闇天に向かって手を上げる。

 それを見るや、黒闇天は小さくためいきを吐くと、毘羯羅とハイタッチをした。


「しかし、どうして十二神将全員が? 主君の命令か?」

 夜行がそうたずねると「薬師如来さまからの命令。信乃が襲われたこともあって、なにかあったらってことでみんな気配を消して見張っていたってわけ」

「それに田心姫からの伝言でな……。酒呑童子がぬらりひょんを引き付けている間、辻神が妖怪を誘き寄せて町をパニックにしようとしていた」

 波夷羅がそう云うと、夜行は顔をゆがめる。

「まぁ、後はあの子らに任せようやないか」

 真達羅がそう云うと、他の十二神将たちはうなずいた。


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