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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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玖・挿話『八咫烏』


 祝言から二ヵ月後。()しくも関東大震災が起きるちょうど一週間ほど前の八月二五日のことである。

 稲妻神社の前には、一台の馬車が停まっていた。

 そこから降りてきたのは燈明財閥の執事であり、手にはアタッシュケースを持っている。

 執事が神社に入ってきたのを境内にいた巫女たちが確認すると、急いで浬拌の元へと知らせに走っていった。


「これはこれは」

 浬拌は腰の低い態度で応対する。

「お話のほう、ちゃんとしていただけましたでしょうな?」

 執事はそう言いながら、母屋の方に上がり込んだ。

「あら、お客さんですか?」

 浬拌の妻である梨奈が顔を覗かせる。

「梨奈、朧を呼んできてくれんか?」

 そう云うや、梨奈は少し首をかしげる。

「それが、朧は出かけてまして」

「な……なんだとっ? どこに行った?」

 浬拌はすごい剣幕で怒鳴ると、「すぐに探し出せ! 他の巫女たちにも伝えてこい!」

 梨奈はわけがわからず、どうしたのかとたずねたが、浬拌は答えず、ただ親指の爪を噛んでいた。


「朧……朧っ!」

 巫女たちが近所を捜索している。それを見ていた鬼火たちはいつも朧が妖怪たちと一緒に遊んでいる原っぱにいる荼枳尼天にことを伝えた。

「さてと、すごいことになってるわね? まぁ、この子が落ち着いていられるのは、神社かここくらいだけど」

 荼枳尼天は小豆洗いや呉葉たちと『おはじき』をして遊んでいた。

 朧の表情は落ち着いており、自分のことで浬拌が焦っているとは微塵も思っていなかった。というより本当に思っていなかったのだろう。

「それで……どうして燈明偲を(かた)っていたのか教えてもらいましょうか? ぬらりひょん」

 荼枳尼天はキッと厳しい表情を浮かべながら、燈明偲扮するぬらりひょんを睨みつけた。

「あ、あなたたちはなんなのですか? 彼がいったいなにを?」

 そのぬらりひょんの横にいたのは黒雪菘であった。

 彼女は目の前にいる荼枳尼天や、朧と一緒に遊んでいる妖怪たちを見て、驚きと恐怖を隠しきれていなかった。

「――大丈夫だ。彼らは人に危害を与えることはないよ」

 ぬらりひょんがそう云うと、「そうそう。もし私や彼らが人間に危害を与えることがあったとしたら――助けてくれた朧に危害があった時くらいよ」

 荼枳尼天がそう云うと、話を聞いていた何人(匹)かの妖怪たちがうなずいてみせた。


「では、私がどうして君の婚約者であった燈明偲の姿になって、皆を騙っていたのかを話そう」

 ぬらりひょんはそう云うと、懐から一枚の紙を取り出した。

 そこには『少女行方不明事件、未だ解決されず』という新聞の記事であった。

「これがなにか関係あるの?」

「これの主犯格が燈明財閥の執事――空川要衝」

 それを聞くや、「そ、そんな……。空川さんがこのような酷いことを?」

 と、菘は大声をあげた。

「偲はそのことに気付き、空川に話を聞こうとしたが、まったく相手にされなかった。それに君との祝言もあったからあまり(おおやけ)にはしたくなかったようだ。いくら犯罪に手を染めているという考えがあったとしても、それは偲の勘違いだったかもしれない。彼には空川が犯罪に手を染めているという、徹底的な証拠を持っていなかったからね」

「でも、現に本物の燈明偲は――殺された」

 荼枳尼天の言葉に、菘は表情を歪めた。

「たしかに彼は祝言を迎えようとしていた前の日の晩、空川に呼ばれて殺されたよ」

「もしそうだとしたら、どうして私を騙したんですか?」

 菘の言葉にぬらりひょんは申し訳ない表情を浮かべる。

「君を騙してしまったことは、朧を裏切るような形にもなるのでな――。しかしカモを出すためでもあったんだ」

「カモ?」

「空川は朧に偲の事を紹介した時、『燈明財閥の一人息子』と云っていた。たしかに偲は一人息子だから間違ってはいない。しかしもしくはこう云ってもよかったのではないか? 『燈明家の後取り』でも」

 ぬらりひょんの言葉に、菘は少しばかり考えてからうなずいた。

「わざわざ財閥と言わずとも、ここらへんで燈明家といえば燈明財閥と誰でも思いますね」

「そこで私は思ったのだ。空川は燈明家に匿ってもらっているのではとな……」

 その言葉に、荼枳尼天と菘は唖然とした。

「つまり、少女誘拐事件は燈明家が行っていたということ?」

「最近日本や他国との戦争があっただろ? その時に少女が売春婦として売られていたという見目があり、それを牛耳っていたのが燈明だったというわけだ」

 もしそれが本当だとしたら、燈明財閥の裏の顔は汚らしい溝川と同じであった。


 菘はスッと立ち上がり、「私が……、私が偲さんの意思を継いで、この事件の真相を――」

 そこまで言わせると、ぬらりひょんは菘の腕を取り、首を横に振った。

「止めておけ。私は彼が殺される少し前に会い、彼にこのことを聞いた。それに、もしこれが本当に燈明財閥がしたことという証拠を見つけたとしても、殺されるのが目に見えている」

 ぬらりひょんは、調べを続けているうちに、燈明財閥が政府に手を貸すことが出来るほどだと知る。

 つまりは、菘が真実を暴こうとしても、警察が動かなければ意味が無いのだ。

「では、どうしろと?」

「燈明偲が水死体として発見されたのに、君と祝言を挙げた。つまり、このことに警察が違和感を覚える。現に今でも私は姿を騙り、空川や他に知る人間たちの行動を見ている。現に今日も君に会う前殺されてしまったよ」

 ぬらりひょんが含み笑いを浮かべる。

「でも、あなたはここにいます」

 菘は真剣な表情でぬらりひょんを見つめた。

「――妖怪は死なんよ」

 ぬらりひょんは小さく笑った。

「ぬらりひょん……すごく楽しそう」

 朧がそう云う。

「そうか……。もしそうだとしたら、それは偲だと思ってもらっても構わん」

 菘を見ながらぬらりひょんは告げた。


 それから一週間後の九月一日、まだ日が出ていない明朝のことだった。

 稲妻神社の母屋の玄関前では、不穏な空気が漂っている。

「よし。お前たち、静かに行動しろ」

 空川がそう云うと、数人の男たちがうなずいた。

「今日の晩飯に強い睡眠薬を盛っておきました。妻や娘たち、巫女たちも簡単には起きないでしょう」

 浬拌がそう云うと、空川は含み笑いを浮かべながら玄関を静かに開けた。

 そしておりんや栢……目的の朧が眠っている部屋の襖を開けた。

 提灯の光で部屋が明るくなる。

 男の一人が朧が眠っている布団を見つけ、ゆっくりと近付く。

「ほう、結構可愛くて綺麗な髪をしておるではないか?」

 男がじゅるりと舐めずりをすると――


「たしかに、朧の髪は綺麗だものね」

 布団に眠っていた人影がむくりと起き上がり、男の方を見た。

 その顔にはなにもない。目・鼻・口なにひとつ。

「うぎゃぁああああああああああああああああああっ!」

「ば、ばけものぉっ!」

 驚いた男は、手から提灯を放り投げた。

 だが、その提灯は空中で停止する。

「まったく危ない危ない。これが落ちてしまっては火事になってしまうぞ?」

 男たちがそちらを見ると――そこには青く光った醜女(しこめ)の姿があった。

「ば、ばけものだぁ!」

 男たちは慌てふためいて、巫女部屋から一目散に出て行った。

「ぬらりひょんの云っていた通りだ。朧をやつらに悟られないよう他の場所に連れて行ったのが正解だったようだね」

 青行灯がそう云うと、のっぺらぼうはうなずいた。

「うーん……」

 何者かが起き上がる気配を感じ、青行灯とのっぺらぼうは姿を消した。

「あれ? なんでこんなところに提灯が? しかも火が点いてる……危ないなぁ」

 起き上がったのはおりんであり、寝惚け眼で提灯に近付くと、息を吹きかけて火を消した。


「荼枳尼天……眠い」

 朧が愚痴をこぼす。「ちゃんと安全な場所に連れていったら好きなだけ眠らせてあげる」

 荼枳尼天が、朧をあきれた表情で見ながら言った。

「それでどこまで行けばいいんかな?」

 朧を抱えている老婆がたずねる。

「そうね。出来る限り村の外れに――鳴狗神社あたりまでお願い。あそこには夜行がいたはず。話せば匿ってくれるはずよ」

 荼枳尼天がそう云うと、老婆は「合点承知の助」

 と勢いよく走り出した。

「だ、大丈夫かしら? (うす)()(ばば)

 荼枳尼天がその後を追うと、案の定、臼負い婆は道の端で力尽きており、朧はその横で寝ていた。


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