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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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捌・配剤


 神社に戻った時には既に夜の八時を回っていた。

 鳴狗寺に連絡を入れると、住職である実義が出て、拓蔵と一言二言ほど話をしたあと、迎えに修行僧を寄こした。

 その五分後に、迎えの車が神社の鳥居前に停まり、信乃はその車で帰っていった。


「でも、あれが本当だとしたら、曽根崎歩夢について調べ直したほうがいいかもしれんな」

 湖西主任がそう云うと、「弥生、お前たちがキャンプで見た時、彼女はどんな感じだった?」

 拓蔵にそう聞かれ、弥生は少しばかり思い出す素振りを見せる。

「えっと、たしか大学生くらいだったわね。他の二人も大体そんな感じだった」

「それはわしや虚空蔵菩薩が保障するよ。じゃがあのキャンプで殺されたのは『曽根崎歩夢』じゃからなぁ」

「なにか締りが悪い言い方ですね?」

 遊火がそうたずねる。

「いや、この事件もぬらりひょんの仕業かと思うとな……。妙に辻褄が合わんのじゃよ?」

「といいますと?」

「皐月さんや、思い出したくないことを聞くがな? 六年前事故に遭った時、お前さんその直前に何か見ておらんか?」

 そうたずねると、皐月はピクッと体を窄める。

 これは不味いことを口走ってしまったか……と、湖西主任は思ったが、『ばかをみる』

 と、皐月は口走った。

「『ばかをみる』? 何かに書いてあったのか?」

「帰りの途中にあった看板に書いてあった。その後に道の真ん中に岩が落ちてて、お父さんがそれを避けたの……。それで今度は、ワゴン車が蛇行運転していたのを避けたんだけど――」

「リアタイヤがパンクして、しかもブレーキが壊れていて、そのまま崖に突っ込んだ――と云うわけじゃな?」

 拓蔵がそう云うと、皐月はその時のことを鮮明に思い出し、震えた表情でうなずいた。

「じゃが、そこが可笑しいんじゃよ?」

 拓蔵の言葉を聞いた皐月は、驚いた表情で顔を上げた。

「お前が見たというその看板な、()()()警察が近辺を捜索したところ、『見付からなかった』んじゃよ。そこに突き刺したという跡もなくな」

「――そんな? でも私はっきりと覚えてる」

 皐月は不安そうに弥生を見た。葉月を見なかったのは、まだ幼かったため覚えているとは思えなかったからだ。

「たしかに、帰りの車の中で、皐月がその看板を見つけて、でもお父さん運転中だったから代わりに皐月が……。たしかに『ばかをみる』って書いてあった」

「しかしまるで最初からなかった……としか……いえんしな」

 拓蔵はところどころ言葉を止めていく。

「それじゃぁ私が見たのは――幻だった?」

 皐月はそう云うや、自分の二の腕を握り締めた。


「こんな時間まで出かけていたんじゃ駄目だよ。明日も早いんだから……」

 鳴狗寺へと向かう車の中、迎えに来た修行僧が信乃に声をかける。

「ちょっと急なことだったので、連絡出来なかったんです」

「はははっ! しかし君も変わったね。前は僕たちでも近寄り難かったのに、今では自分から話かけてきてくれている」

 そう言われ、信乃は恥ずかしそうな表情を浮かべながら、顔を俯かせる。

「そ、そうでしょうか?」

「そうさ。これってあれだろ? あの『()()()』に親友だって嘘を云って騙そうとしているからだ……」

 修行僧がそう云うや、「な、何を云って――」

 信乃は唖然とした表情で、運転席と助手席の間に顔を出し、修行僧を見た。


 ――えっ?

 信乃の目の前には、口を大きく開いて舌をだらしなく出し、眼球をむき出すかのように、まぶたを大きく開いた修行僧の姿であった。

 その首元には、まるで力強く絞めたような傷跡がある。

「ど、どういうこと?」

 信乃はハッとし、修行僧の足元を見る。修行僧の右足は、力強くアクセルを踏んでいる。

 修行僧の体を動かして右足を退かそうとしたが、まるで脚自体が接着剤でくっついているかのようにピクリとも動かない。

 アクセルを踏み続けているため、車のスピードは加速していく。

 そして丁字路になるあたりにコンビニがあり、車は店に突っ込んで、ようやく止まった。


「あ、がぁあ、がはぁっ!」

 運転席と助手席の間に顔を出していた信乃は、不恰好な状態で体を運転席の方に放り投げられていた。ガラスやボックスで頭を打ちつけ、血が出ている。

 店の中も凄惨なもので、棚に陣列された商品は吹き飛ばされたようにあたり一面に散らばり、店に来ていた客も、何人かがこの事故に巻き込まれてしまった。


 信乃が帰ってから三十分ほどのことだった。

 稲妻神社の母屋においてある黒電話が、けたたましく鳴り響いている。

「はいはい。出ますよっと」

 お風呂から出た皐月が、薄着でズボンを履いた状態で髪をタオルで拭きながら、足早に黒電話のところまで駆け寄る。

「はいもしもし、黒川ですけど……。あ、信乃のおじいちゃん」

 電話の相手は信乃の祖父である実義であった。

「もしもし、皐月ちゃんや――信乃はまだそっちにおるんかな?」

「いえ、修行僧の人が迎えに来て――。たしか三十分前に出てるはずですけど……」

「もうそろそろ帰ってきてもいいんじゃがな、あの子のことじゃから、どこか本屋にでもよって……」

「でも、信乃は今週は特に欲しい本があるとかは云って」

 皐月はそこまで云うと、ゾクッとした悪寒を感じた。

「ちょっと心当たりがあるところ探してみます」

 皐月はそう云うや、電話を切り、自室に戻るとコートを羽織った。

「遊火っ!」

 皐月は二人を呼び出すと、自分は稲妻神社から鳴狗寺への道を真っ直ぐ向かい、遊火を他の方向に行っていないかを調べさせるため、そちらに向かわせた。

 道を走る度に、近所の犬が妙に騒がしいのが、嫌に印象的だった。


「おいっ! しっかりしろ!」

 走っていた皐月の目の前に救急車が何台か停まっている。

 なにか事故があったのだろうかと、皐月はそちらに近寄った。

 コンビニの周りには野次馬が集まっている。丁字路のため、救急車が列を成していた。

「意識レベル二百っ! 車が猛スピードで突っ込んだようです」

「車の中に女の子がいるぞ。気を失っているようだが、くそ、頭から血が出てる」

 救命士が大声で叫んでいたため、野次馬の中にいた皐月の耳にも入った。

 ――車……、女の子?

 皐月はまさかと思い、野次馬の波を掻き分け、立ち入りテープを(くぐ)った。

「おいっ! 君っ! ここは関係者以外」

 警官に止められ、皐月はキッと彼を睨みつけた。

「友達が! 車の中に友達がいるかもしれないんです!」

 皐月がそう叫ぶと「彼女を放しなさい」

 声が聞こえ、警官と皐月はそちらを見る。

王様(ロワ)さん……」

 そこにいたのは王様と毘羯羅、伐折羅、宮毘羅の四人であった。

「な、なんですか? あなたは」

「ちょっと買い物に来たんじゃがなぁ、こりゃ酷いな」

 王様はそう言いながら、皐月に視線を送った。ちょうど警官の注意が、皐月から王様に移ったからだ。

「毘羯羅、金門先輩っ! お願い手伝って」

 皐月に呼ばれ、毘羯羅と伐折羅は店に突っ込んだ車に駆け寄った。


「信乃ッ! 信乃ッ!」

 車の中に信乃がいることを確認すると、窓を叩きながら声をかける。

「駄目だ。まったく反応しない。ドアは壊れているし、窓も特殊なガラスで出来ているようだ。簡単には割れない」

「きゅ、救助工作車は?」

「この道は狭くて、道が塞がっている」

 救命士がそう云うと、皐月はガタガタと歯を震わせる。

「どいて皐月っ! こうなったらカーリーの力を借りてでも」

 毘羯羅がそう云うと、「少し待て毘羯羅、それをしたらお前さんの方が辛いじゃろうが」

 店の中に入ってきた王様が、毘羯羅の頭を撫でた。

「で、ですが……それじゃぁどうしろと?」

 毘羯羅は困惑した表情でたずねる。王様はクククと含み笑いを浮かべた。

「こんなときに、なんで笑えるんですか?」

 皐月が怪訝な表情でたずねる。

「――わしを誰だと思っておる?」

 王様はそう云うと、助手席のドアノブに手を掛けた。

「ほれ、よく見てみろ。鍵がちゃんと閉まってはおらんではないか」

 王様は指でドアノックを指差した。ドアノックは上がっているため、ドアは開いていることになる。

「ぶつけた拍子にドアが歪んだんじゃろうな。こういうのは(コツ)がいるんじゃよっ……と」

 そう云うや、王様は思いっ切りドアを()じ開けた。

「――信乃っ!」

 と、皐月は車の中で倒れている信乃を外に出した。


「……力使いましたよね? シヴァさま」

 伐折羅は睨みつけるように云う。

「これくらいわけがない。だが辛いのは目の前でなにかを失うことなんじゃよ。しかも予期せぬ死は心に傷を作ってしまう。――ほれ、信乃を病院に送らんといかんだろ?」

 そう言われ、皐月は救命士と一緒に救急車に乗って病院へと向かった。

 王様は救急車を見送ると、事故を起こした車を睨んだ。

「少し気になることがあるな」

「信乃が事故に遭ったことがですか?」

「それもあるが、さっき助手席のドアノブが上がっていただろ?」

 そう言われ、伐折羅は思い出すようにうなずいた。

「だが、信乃の格好を見てみると、後部座席から吹き飛ばされたような格好で運転席のところにいた。つまり、信乃は後部座席に座っていたということになる」

「なにか会話していて、体を乗り出していたのでは?」

「わしが云いたいのはそこではない。どうして後部座席と運転席にしか人がおらんはずなのに、『助手席のほうのドアノブが開いているのか』ということなんじゃよ。普通は閉めるじゃろ?」

 そう言われ、伐折羅は喉を鳴らした。

「誰かが開けていたとか……」

 伐折羅がそうたずねるが、王様は否定するように首を横に振った。

 伐折羅はそのことを指摘するが、「わざわざ迎えに二人もいらんだろ?」

 と付け加えた。


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