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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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陸・傀儡


 皐月たちは黙って拓蔵の後を付いてきていた。というよりも、話しかけられないと言ったほうが正解である。

 葉月は周りにいる亡霊たちに取り憑かれないようにしながら、海雪と一緒に歩いていた。

「着いたぞ、ここだ」

 拓蔵は立ち止まり、建物を指差した。小さな診療所のようだ。

「『空川(そらかわ)診療所』?」

 と信乃がつぶやく。入り口の横に、木で出来た古い看板が立てられている。

「『空川(あだかわ)』と読むんじゃが、まぁ入ればわかるよ」

 拓蔵はそう云うや、入り口のドアノブに手をかけるが、ドアは開かない。

 開くはずがないのである。誰も使っていないのだから……。

「こりゃ無駄足じゃったな、みな帰るぞ」

 湖西主任がそう言いながら、踵を返した時だった。

「湖西刑事。わしが信乃さんの爺さんや海雪さんの爺さん、そして若い頃の『俺』を知ってる人たちから、なんて云われてたか知っとりますかな?」

 拓蔵がそうたずねると「たしか……『福嗣町の鬼』」

 湖西主任の言葉を待たず、拓蔵はケンカキックでドアを蹴り壊した。

「じ、爺様っ! そんなことしたら」

 弥生と皐月があたふたとする。

「ここはもう使われておらんし、そもそも文句を言う人間もおらんよ。地元の人間ですら近付こうとせんからな……。まぁ、近付くとしたら、心霊スポットと聞いて飛びつく馬鹿くらいじゃがな」

 拓蔵はそう云いながら、壊れたドアから中に入って行った。

 その後を、皐月たちは慌てて追いかけた。


 施設の中は暗く、一寸先すら見えない。全員がいることは気配でどうにかわかるくらいだ。

「遊火、少し明かりを灯せる?」

 弥生がそう云うと、おずおずと振るえた表情を浮かべた遊火が現れるや、彼女自身が放っている光のおかげで回りが仄かに明るくなった。

「爺様が若い頃ってことは、少なくとも四十年前ってこと?」

「それよりもう少し昔じゃがな、わしが警視庁に転勤する前に関わった事件じゃったし」

 拓蔵はそう言いながら、遊火に受け付けの方を照らしてほしいといい、そちらを指差した。

 施設の中は特に荒らされている様子もない。それどころか……。

「ねぇ、おばあちゃん? ちょっと可笑しくない?」

 信乃が周りを見ながら海雪に声をかける。

「信乃、どうかしたの?」

 皐月が声をかけると、「さっき、拓蔵さんがドア壊したわよね? だったら普通この施設に住み憑いている幽霊とかが反応するんじゃない?」

 皐月は弱い霊が見えないので、その事に気付いていなかった。

「地元の人ですら近付こうとしないし、ここまで来るのに何人も亡霊を見てる。でもなんか妙に可笑しいのよね?」

「たしかに妙ね? というより、もしかしたら『自分が死人だってことを知らない』んじゃない?」

 海雪がそう云うと、葉月は首をかしげる。

「多分だけどさ、当の本人たちは今自分たちが生きてるって思ってる」

 その言葉に拓蔵は海雪を見遣った。

「海雪さんの言葉は当たっておるよ。じゃから性質(たち)が悪いんじゃよ」

「――と云いますと?」

「信乃さんや、坊さんの娘じゃから知っとるかもしれんが、南無阿弥陀仏はどういう意味じゃったかな?」

「うちは一応浄土宗ですから知ってますけど、『阿弥陀如来に帰依します』という意味だったと思います」

 信乃がそう答えると、拓蔵は答えるように頷いた。

「じゃが、彼らは自分が死んだことを知らん。事件が打ち切りにされた後、僧がここにいる霊たちを成仏させるためにお経を読んだが……」

 拓蔵が突然言葉を止める。みながゴクリと喉を鳴らすと、

「僧は、高熱と唸りをあげて……死んだよ――。それ以来、事件を知ってる僧はここに近付こうとせんし、その弟子たちもな……」

「あ、あの……私のおじいちゃんは? 一応僧侶なんですけど」

 信乃がそうたずねると、拓蔵は首を横に振った。

「実義はまだ修行僧の身じゃったからな、この事件のことは知らんよ」

 拓蔵は受付の中に入って行き、本棚を漁り始めた。


「――やってることって泥棒ですよね?」

 波夷羅がそう湖西主任に耳打ちする。

「まぁたしかにやつの云う通り、ここに入るようなのは馬鹿くらいじゃからな、誰も文句は云わんとしても」

「聞こえとるぞっと……。ほれ、皐月受け取れ」

 そう言われ、拓蔵がなにかを放り投げた。

 皐月はそれを受け取ると、突然ゾワッとした感触が、手先から全身へと駆け巡った。

「あ、遊火……? いま私の手になんか引っ付いたんだけど――」

 遊火が皐月の手を照らすと、夥しいほどの蛆虫が皐月の手から腕へと徘徊していた。

「あぎゃぁらがこけがっぁたらぁぎゃぁらごうせぁがら!」

 虫嫌いの皐月は大きな悲鳴をあげ、あたりかまわずに両手を激しく振りながら、蛆虫を取り払う。

「爺様、わたしが虫嫌いなの知ってるでしょ?」

「んなこたぁどうでもいいんじゃよ。それより中身を読んでみろ」

 拓蔵が受付から出てくると、先ほど皐月が放り投げた本を指差した。

「えっと……、なにこれ?」

 覗き見た弥生が言葉を失った。開かれた(ページ)には、『人の斯界を制する手術』と書かれている。

「人の……なんて書いてあるの?」

 まだ十歳と、幼い葉月は首をかしげる。

「これは『斯界(しかい)』って読んで、簡単に言えばこの世界、この方向の筋って意味ね」

 信乃がそう教える。「でもそれを制するってどういう意味だろ?」

「人が体を動かす時、どこを動かしていると思う?」

「そりゃ体……じゃないわね。まず脳がどこの筋肉を動かすかを電気信号で伝える――」

 海雪は何かに気付き、下唇を噛んだ。そのことを皐月と信乃が指摘する。

「もしかして、脳を操って?」

「じゃが、そんなことが本当にあったとしたら、わしら警察が知らんはずがないぞ」

「しかしやっておったんじゃよ。ここで主治医をしていた『空川要衝(ようしょう)』という藪医者がな」

 拓蔵はそう言いながら、本の頁を捲っていく。本には絵で書かれた脳の図面がズラリと描かれており、長い年月によって文字は滲んでいたが、どこどこを刺激すると口が動いたり、手が動いたりと事細かに書かれていた。

「たしか脳の神経によって動く場所が決まってるって、なんかの番組で聞いたことあるけど、でもこれって……」

 普段見せないほどに信乃の表情は震え、涙を浮かべている。

 それを確認していたのなら、実験体は麻酔もないままされていたと言うことになる。

「そして空川は過ちを犯したんじゃよ――。けして刺激してはいかんことをな」

「――してはいけないこと?」

「おまえたち、かつて『ロボトミー』という手術方法があったことは知っとるか?」

 拓蔵がそうたずねたが、三姉妹と信乃は首をかしげ、首を横に振った。

「たしか、脳手術のことだったわよね? でも危険だから禁止されたはずよ……」

「でもなんで脳手術なんてするわけ?」

 葉月がたずねると、「昔の人間は、うつ病や不安神経を治すために使ってたみたいだけど、その方法がまた出鱈目だったから危険視した結果、今では医療の中でも歴史の闇に葬られたパンドラの箱になってるってわけ」

 海雪があきれたような表情で答えた。

「一応わしは『薬師』じゃからな、その手術方法については知っておるが、そんなことがされておったとはな」

「ここに入れられた患者のほとんどが、そのような症状があったらしい。空川にとっては、いいモルモットだったというわけだ」

 拓蔵はそう言いながら、頁を捲っていく。

 そしてある頁にたどりつくや、その表情を険しくした。


「あった……『曽根崎歩夢』」

 拓蔵の視線の先に書かれた患者名の欄に『曽根崎歩夢』と書かれている。

「それじゃ爺様の言う通り、曽根崎歩夢は存在してない?」

「とは云い難いんじゃよ。わしは彼女からこの病院であったことを聞いておったからな」

「どういった内容だったんですか?」

 信乃がそうたずねると、「何も答えてくれんかったよ。というより、話すことが出来んかったし、手を動かすことも出来なかった」

「それってどういう?」

 と、信乃が続けて聞こうとしたが、それを皐月が止めた。

「聞かなくてもわかると思うよ……たぶん」

 皐月がそう云うと、信乃は少し顔を歪めたが、拓蔵の無表情を見るや、それ以上聞くことが出来なくなった。

「よし帰るか、わしの目的はもう果たしたしな」

「あれ? たしか毘羯羅に大自在天さまを呼ぶように云ってませんでしたっけ?」

「あー、まぁ別の場所じゃし、そもそも『九人』というのは『仇』という意味でな、ここにこようと思った時に、とっさに思いついたんじゃよ」

「それじゃぁ、いったいどこに?」

「ここで実験体となった患者の事を警察は「操り人形」と罵ったように云っておった。操り人形は別の言い方で『傀儡(かいらい)』」

 そう云うや、拓蔵は施設を出て行く。

 呆気にとられていた皐月たちは、我にかえるや慌てて拓蔵の後を追った。


 波夷羅はふと足を止めた。「どうした?」

 と湖西主任がたずねる。

「いえ……。すみません薬師如来さま、仕事を思い出しましたので、私はこれで」

 波夷羅は頭を下げると、姿を消した。


 浅葱橋の近くに小さな公園がある。そこにはホームレスが住んでおり、王様(ロワ)はそこで暮らしている。

「よ、よろしいのですか?」

 毘羯羅がそうたずねる。その近くには宮毘羅と伐折羅の姿もあった。

「よいよい。あの男の考えることなんぞたかが知れとるし、おそらく人間を操ろうとした愚かな人間のところにでも行っておるんじゃろうよ?」

 王様は、お茶を飲みながら彼女らに話す。

「でもあの雰囲気だと、よほどのことじゃないんですか?」

 毘羯羅の言葉に、王様は彼女を見遣った。

「拓蔵が向かった施設にいた空川という男はな、ある事件の首謀者だったんじゃよ。まぁやつはそのことを既に知らんだろうがな」

 王様はそう言いながら、雲間に隠れた月を見た。


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