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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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伍・懇到


 夕方近くに皐月が帰ってくると、居間には拓蔵と葉月、毘羯羅以外に、波夷羅と湖西主任の姿があった。

 波夷羅と湖西主任の表情は険しく、皐月はどうしたのかと毘羯羅にたずねる。

「先日夜泉という総理大臣が亡くなったことに、関して葉月に聞きたいことがあったらしいんだけど」

 卓袱台の前でジッと座っている葉月の目の前には、夜泉の死体が写された写真が置かれており、既に霊視を済ませた後であった。

 もしそれが、霊や妖怪の仕業なのだとしたら、少なくとも葉月は力を使った疲れで横になっているはずである。

 しかし、その様子がないことから、この事故はそのような力が働いていないというなによりの証拠であった。

 それが拓蔵や湖西主任、波夷羅が納得いかない理由でもあった。

「タンクローラーの運転手は?」

「彼も即死。交通課の鑑識によるとスリップ事故だそうですよ」

「しかし、あの時間車の通りがほとんどなかったのも納得いかんな」

 田舎町とはいえ、夕方は車の通りが多い。そのため、その時間に車道が空いていたことに違和感があった。

 まるで、夜泉を殺すがためにタイミングを見計らったかのようである。

「それにもうひとつ、牛頭野についてですが……」

「牛頭野……それって占い師のこと? そういえば最近テレビで見かけないわね」

 皐月が首をかしげるや、「――殺されたよ。わしに瑠璃さんのことを話してくれた時にな」

 拓蔵がためいき混じりに言うや、皐月と葉月はギョッとする。

「殺された? それって、ぬらりひょんに?」

「いや……やつはこうも云っておったよ。『ぬらりひょんは一度も人を殺してなどいない』――とな」

「殺してない? それっていったい」

 皐月がそれを訊こうとした時、玄関の方からチャイムが鳴った。

「こんな時間に――誰じゃろうな?」

「多分……信乃だと思う。この前本借りてたから、それ返してって、今朝携帯にメールがあったの。ほら、鳴狗寺って、学校と真逆の方角だから」

 皐月はそう云うや、スッと立ち上がり、玄関の方へと消えた。一、二分ほどして信乃と一緒に戻ってくると、「なんか事件でも遭ったんですか?」

 と、信乃は若干申し訳ない表情でたずねた。

「そうだ、さっきの質問なんだけど」

 先ほど訊きかけた質問を問いかけると、拓蔵は茶を口にし、重い口を開いた。

「そこが気になったのでな、もう一度お前たち姉妹が大宮くんとキャンプに行った時に起きた事件を洗いなおしてもらったんじゃよ。まぁ、あまりいい期待はしておらんが、それでどうなんじゃ?」

 拓蔵は、視線を湖西主任に向けた。

「あの事件で殺された曽根崎歩夢じゃがな、いい噂もなければ悪い噂もない……というより、まったくホコリが出んかったよ」

「ホコリがでないって、殺されたのならそれなりに理由があるはずじゃないんですか?」

 信乃が首をかしげながらたずねる。事故ではなく他殺であるこの事件において、理由なしに殺されることはない。

「理由もなしに殺されたわけではないのだろ?」

 拓蔵はそう言いながら、皐月を見遣る。

「朽田健佑は政所涼子と共犯で曽根崎歩夢を殺害。当の本人が大宮巡査を襲った時に云ってたんだから」

 その時の事を思い出した皐月は、ゾッとするほどに憤怒の表情を浮かべる。

「しかし……、その朽田健佑に関してもまったくな……。まぁ、やつがぬらりひょんであったことを考えると、理に適ってはおるが」

「もう一人の……、政所涼子って人に関しては?」

 信乃がそうたずねるや、波夷羅は首を横に振った。

「なんか、最初からその三人は『いなかった』って感じがするわね? 薬師如来や、その従者である十二神将の力をもってしても、素性がわからないんだから」

 そう信乃が何気なく云った時だった。

「――いなかった? だが曽根崎歩夢を知る人はおったよ」

「うーん、うまく云えないんですけど、もしかしたら影が薄かったとか、あまり印象がなかったとか……」

「それは多分ないよ。だってキャンプ場でその三人にはじめて会った時、なんていうのかな……、まるで周りの空気を読んでないって感じで、印象は強かったよ」

 葉月がそう云うと、信乃は皐月の方を見ながら、「それって、ようするにDQN(ドキュン)?」

 とたずねた。

「まぁそんな感じじゃないかな。少なくとも印象が薄いってことはなかったと思うわよ」

 皐月はキャンプ場での出来事を思い出し、苦笑いを浮かべた。

「だけど、そうだとしたら、他の人に印象がないってのは可笑しいわよね?」

「毘羯羅、おばあちゃん呼んできてくれる? 大宮巡査に誘われたのは、私たち姉妹のほかに、瑠璃さんとおばあちゃんもだったから」

 そう云われ、毘羯羅はスーと姿を消すや、二、三分ほどして海雪とともに現れた。


「話聞いたわよ? たしかに信乃が云う通り、第一印象最悪。俗に言うDQNだったわね、その三人」

 来るや、開口一番につっけんどんな表情で海雪は言った。

「そうなるとその事件……、いや、もしかしたらよっちゃんが亡くなったあの事故も故意によるもの」

 拓蔵はキャンプ場で遭った事件については、以前湖西主任から聞いていた。

「あの時と同じで、なにかしらの仕掛けで動くようにしてたのかしら?」

「そう考えられなくもないけど、でもキャンプ場で遭った事故は坂道だったから出来たことで、夜泉って総理大臣が事故に遭った道って、ただの平らな道だったと思うわよ?」

 死んでいる身とはいえ、海雪も福嗣町で暮らしていたため、土地勘はある。

 夜泉が事故に遭った道は平らであるし、タンクローリーはAT(オートマ)がほとんどであり、キャンプ場で起きたようなことはまずない。

「こういう時こそ、車に詳しい皐月に……」

 海雪が手で一拍叩きながら皐月を見るが、「ごめん、私お父さんの影響でF1とかだったらわかるけど、タンクローリーとか全然詳しくないわよ?」

 と、申し訳ない表情で皐月は言い返した。

「本当にお父さん子だよね? それじゃぁ、助手席に座るのも、お父さんの近くに座りたかったからとか?」

「いや、それはないと思うわよ? だって、皐月車弱くなかった? ほら修学旅行の時、席決めで前の方に座りたいって即答だったし」

「うーんというか、小さい時からお父さんと一緒に他の選手の走りを見ていたから、逆に普通の速度で見る周りの景色が気持ち悪くて」

 皐月がそう云うと、「要するに、目がその速度に慣れ過ぎておったというわけじゃな?」

 拓蔵の問いかけに、皐月はうなずいた。

「あー、だから瑠璃さん韋駄天の力を皐月に渡してたんだ。韋駄天の力を使いこなすのは容易なことじゃないだろうし、あまりの速さに振り回されるだろうしね」

「そうだとしたら、どうして京本りつに取り憑いていた火車に追いつけなかったのかしら?」

「それはただ単に、力を十二分に出し切れてなかっただけ」

 信乃と海雪がそう云うと、皐月は頬杖を崩した。

「……話を元に戻すぞ」

 拓蔵が柏手を一、二度叩くと、皐月、信乃、海雪の三人は背筋をビシッとした。拓蔵の表情は険しく、私語を慎めと口にせずとも、そう感じさせるほどであったからだ。

「波夷羅、他にわかったことは?」

「特になにも……。ただ、夜泉が死んだことで国会は混乱してはいますけど」

 波夷羅の言葉に、拓蔵は顔を歪めた。

「それは哀れみとしてか? それとも欲に(まみ)れてか……」

「どちらとも云えませんね。葬儀の様子を窺ったところを見ると、半々といったところでしょうけど」

「でも、どうして爺様は夜泉総理のことをそんなに心配するの?」

「わしにとってはな、酒を交わした人間は知り合いなんじゃよ」

 拓蔵がそう話している中、毘羯羅の従者であるマトリカスが彼女の影から現れ耳打ちをする。

「そう。それじゃぁ、引き続きよろしく」

「――どうかしたの?」

「マトリカスにお願いして、牛頭野がやっていた占い屋があったとされているビルを調べてもらってたんだけどね……。拓蔵さん、あのビルはやはり三階までで、四階はなかったようです」

「それは本当なんだな?」

 拓蔵は波夷羅を見遣り、たずねると、「ええ。牛頭野の遺体を運び込んだ後、まるで結界が解かれたかのように、四階への入り口はなくなってましたよ」

「おそらく牛頭野は拓蔵さんに知らせるまで生かされていたってことでしょうけど、でも敢えて牛頭野……(くだん)はぬらりひょんのことを話した」

 毘羯羅がそう云うと、拓蔵は表情を暗くする。


「ただいま……って、なにこの重苦しい空気は?」

「あ、弥生お姉ちゃんおかえり」

 居間に入ってきた弥生が、場の異様な空気に後退(あとずさ)りする。

「弥生、今懐に余裕はあるか?」

「――は? ないってわけじゃないけど、どうかしたの?」

「今から出かける。お前たちも準備しろ」

 突然そう言われ、三姉妹はキョトンとする。

「あ、あの私たちは?」

 信乃と海雪がそうたずねると、「お前たちも来い」

 と、拓蔵は云った。

「私たちは仕事がありますので、ここで」

 波夷羅と湖西主任が神社を後にしようとするが、「お前ら神仏も来い! 毘羯羅、(わん)ちゃんにも来いって伝えて来い! 『九人』と云えば、場所は云わんでも知っておるじゃろうからな」

 と、剣幕した声でそう命ずるや、毘羯羅はビクッとして慌てて姿を消した。

「いったいどうしたんだろ?」

「わからないけど、云われた通りしたほうがいいわよ?」

 弥生にそう言われ、皐月と葉月は軽く着替えると、五分後神社の境内に集まった。


 そこから歩いて福嗣駅で電車に乗り、五駅ほど行くと、そこはまるで寂れたように人通りのない山の中だった。

 拓蔵は黙って皆の先を歩く。

「ちょっと、爺様待って」

 三十分ほど歩くと、小さな墓地が見えた。その近くを通ろうとした時、葉月はゾクッと体を振るわせる。

「いや、行きたくない」

「――どうしたの? 葉月」

 皐月が首をかしげるが、「皐月、あんた弱い霊が見えないからそう云えるんだろうけどさ?」

 信乃が声を震わせる。皐月以外の皆も同じであった。

「拓蔵さん、ここはいったいなんなんですか?」

 信乃が泪目になってたずねた。彼女たちの周りには人が歩いている。

 しかし、そのほとんどが人ではなく死人であった。

 彼らは亡霊とはいえ、強い力を持っているわけではないため、皐月には見えていない。

「彼らはな、まったく事件にもされなかった事件の被害者なんじゃよ」

「事件にされなかった? でも、これだけ死んでるんじゃ事件になってるはずじゃないんですか?」

 信乃は周りの霊たちを見ながら叫んだ。

「少し先に小さな建物があるじゃろ? あそこではな、昔試薬の実験が行われていて、昔わしはそこで起きた事件の捜査をしておったんじゃよ」

「それは警視庁に来る前の事か?」

 湖西主任がたずねると、「まぁ、ここも田舎町じゃし、臨時の手伝いじゃったからな、ただ、ほとんど捜査は出来んかった……」

 そう答えるや、拓蔵はさっさかと先を歩く。

「葉月、苦しくなった言って。あなたは私たちの中で一番取り憑かれやすいんだから」

 海雪がそう云うと、葉月は青褪めた表情でうなずいた。


「爺様、どうしていきなりここに行こうって思ったの?」

 皐月がそうたずねると、拓蔵は少しだけ足を止めた。

「わしの考えが間違っていれば、いやいてくれたらいいんじゃけどな……。その時の被害者の名前に『曽根崎歩夢』という女性がおってな」

「それってまさか……でも、同姓同名ってのは? 『あゆむ』なんて珍しい名前じゃないし」

「そう考えたがな、それを確かめに行くんじゃよ。彼女はお前たちが生まれる前に、いやお前の母親である遼子が生まれるずっと前にな――死んでいるはずなんじゃ」


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