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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十四話:ぬらりひょん
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参・微塵


 横浜から警視庁へと戻っている中、(ゆえ)が突然車を停めた。

「どうかしたんですか?」

 大宮がたずねると、「ガソリンが……」

 月は申し訳ない表情で大宮たちを見やった。

 燃料系のところがギリギリではあるが、Eのところに針がきていた。

 大宮と岡崎の二人は、車から降りると、近くにガソリンスタンドがないか探しはじめる。

「見付かったか?」

「少し離れたところに看板が見えてるけど、とても行けそうにないな」

 岡崎が空を指差す。そこにはガソリンスタンドの看板が掲げてあった。

「少し話をしてくるよ」

 大宮はそう云うと、そのガソリンスタンドの方へと掛けていった。


「らっしゃいませぇ」

 という、店員の元気な声が響いている。

「すみません、警視庁のものですが……実は――」

 大宮は懐にあった警察手帳を店員に見せ、ことの説明をする。

「ちょっと待っててください。店長を呼んできます」

 店員はそう云うや、奥の建物へと入り、店長らしき初老の男と会話を始めた。

 五分ほどして店長らしき男と一緒に、大宮の元へと戻ってくる。

「お車は?」

 店長がそうたずねると、大宮は「こちらです」

 と、案内した。


「お待たせしました」

 大宮が西戸崎刑事たちの元に戻ってくる。

「一応スタンドまでいけるくらいのガソリンをタンクに入れてもらってきました」

 大宮は、月にカギを受け取ると、それを店長に渡した。

 店長は車の燃料タンクのカギを開けると、持ってきたガソリンの入ったタンクに吸出しホースを差し込み、ガソリンを入れ替え始めた。

「すみません。普段は気をつけているんですが、急な出張だったもので」

 月が大宮に頭を下げる。

「お客さん、ガソリン入れ終えました」

 店長がそう云うと、月はエンジンをかける。

 二、三回エンジンが掛かりだす音がし、ブロロロロと、けたたましい音が響き渡った。

「ハイオクでよかったですか?」

 大宮がそうたずねると、月はうなずく。

「先にあるガソリンスタンドで満タンにしてから行きましょう」

 大宮がそう云うと、車は走り出した。


「……と、いうことがありまして」

 警視庁刑事部鑑識課に戻ってきた月が湖西主任に事の件を伝えた。

「まぁ横浜に向かわせたわしの責任でもあるし、ガソリン代は経費で落ちるじゃろうから、心配するな」

 湖西主任は続けて、レシートは出しとけと付け加えた。

「それで、大宮は?」

「はい。それが……」

 歯切れの悪い感じに月は項垂れる。

「虚空蔵菩薩さまが話があるといって、連れていったんです」

 それを聞くや、湖西主任は唖然とした。

 と同時に彼の携帯が鳴る。

「っと、そろそろ時間じゃな」

「なにか予定でも?」

「ちょっと拓蔵に夜泉の事をたずねようと思ってな」

 湖西主任はそう云って身支度を整えるや、鑑識課を後にした。


 警視庁の近くに喫茶店があり、そこに大宮と虚空蔵菩薩、その従者である珊底羅の姿があった。

 少し離れた席には、大威徳明王と摩虎羅の姿もある。

「あ、あの……、僕になんの御用でしょうか?」

 大宮がしどろもどろにたずねる。

「肩の力を抜いてくださいな。別に取って食おうというわけではないのですから」

 珊底羅が笑いながら云う。「単刀直入にいうと、用件は誘拐されていた時、他の人はどうしていたのかというのを尋ねたいんです」

 そうたずねるが、大宮は首をかしげる。

「いや、すみません。あまり覚えていないんです」

「――覚えていない? だって半月以上も行方がわからなかったんですよ?」

「ええ、まぁ……。日付が結構過ぎていたので僕自身もびっくりしてるんです」

「阿弥陀や懸衣翁……あ、いや、佐々木刑事や吉塚巡査は?」

「それが阿弥陀警部たちのことも」

「つまり誘拐されてから、警視庁に連絡するまでなにひとつ覚えていないということか」

 虚空蔵菩薩の言葉に、大宮はうなずいた。

「うーむ、阿弥陀たちとは別に解放した……。ぬらりひょんはなにを考えているのか」

「波夷羅が拓蔵さんに聞いた話だと、ぬらりひょんは殺人を犯していないとのことでしたしね」

「その真偽がわからんし、佐々木班の――神仏以外はこうやって目の前におるわけじゃしな」

 虚空蔵菩薩は大宮を見遣る。


「特に何かをされている……。というわけでもなさそうですね」

「したところで、別格貴重というわけでもなかろう?」

「それに……、神妙なこともありますしね」

 摩虎羅がそう云うと、大威徳明王は首をかしげた。

「健介さんや遼子さんのことですよ。両親である拓蔵さんや閻魔王さま以外、皆存在自体を忘れていたのに、まったく関係のない大宮さんだけは覚えていた」

「たしかにな……となると、賽の河原で三姉妹がいたことにも繋がる」

 大威徳明王は大宮を一瞥する。

 そして、スッと立ち上がり、彼のところに近寄った。

「大宮といったな? 他になにか気になることはなかったか?」

 そうたずねられ、大宮は少し頭を振るうと、「そういえば、西戸崎刑事に起こされる少し前、皐月ちゃんくらいの女の子に叩き起こされたのを――」

「皐月さんと同じくらい?」

 摩虎羅は虚空蔵菩薩と珊底羅を見遣る。

「じゃが、皐月ではなかったわけじゃろ?」

「ええ。なんか印象が違って、それに少し大人びていました」

 大宮が説明すると「――朧?」

 と、虚空蔵菩薩はつぶやいた。

「でも、朧は流暢(りゅうちょう)に言葉を発せないはずですよ」

「そうだとしたら、いや……だったら説明が付く。なぜ大宮さんの頭から健介さんに関する記憶が消えなかったのか」

 摩虎羅はそう呟く。

「もしそうだとしたら、ぬらりひょん自体も操られていた……ということか?」

「わかりません。ただぬらりひょんや鴉天狗、件といった妖怪に加えて、田心姫も傘下に収めていたとしたら、私たちと同じくらいの力を持っていたということになります」

「たとえにそうだとしても、何の利益が? 海雪の件は自分でしているとはいえ……三姉妹と信乃に関しては何の関係もない」

「三姉妹は黒川の血族であったこと。信乃に対しては妖怪……強いては黒川に対する憎悪を費やせるためにユズを殺した」

 珊底羅がそう云うと、「それじゃぁ、二人が犬猿の関係だったのは」

 大宮がそうたずねる。

「そう仕向けられていた――と考えていいかもしれませんね。妖怪とはいえ滅ぼさす罪を償わせることが執行人の仕事ですから、身内を殺された信乃にはそれが理解出来なかった。だけど犬神に助けてもらったことでその考えが(あらた)まり、再び執行人としての役目を思い出した」

「しかし、だとしたらいったい誰がそんな回りくどいことを?」

 その問い掛けに、「ぬらりひょんとて馬鹿ではないだろう。もしかするとあえて言う通りに動いているのかもしれんな」

 大威徳明王がそう云うと、店内の鳩時計が……五回ほど鳴った。午後五時である。

「今日はこれで終わりましょう。また後日思い出したことがあったら」

 大威徳明王は摩虎羅を一瞥すると、懐から名刺入れを取り出し、大宮に名刺を渡した。

 大宮はそれをポケットの中にしまい、小さく会釈すると喫茶店を後にした。


「あら、摩虎羅は?」

 珊底羅が辺りを見渡す。「大威徳明王さま、摩虎羅の姿がありませんが?」

「摩虎羅には大宮巡査の後を追わせておる」

「まだ油断出来んということか?」

「それもあるが、どうもあの『大宮』というのが気になってな」

「『大宮』? でも苗字としては別に珍しくはないのでは?」

 珊底羅がそうたずねると、「『大宮』とは、神の御座所……つまり『神社』そのものを指す言葉なんだよ」

「つまり大宮さん自体もそれに関係していたと」

「そこまではわからんが……」

 大威徳明王は奥歯に物が挟まったような口調で答える。

 彼自身、『大宮』という言葉がそうであっただけで、確証があるというわけではなかった。


 ぬらりひょんは一人、部屋の仏間にいた。

 そしてキッと表情を硬くすると、懐剣(かいけん)を取り出し、鞘を抜いた。

 窓から夕日が差し込み、刃に光が反射する。

「朧……お前の(かたき)は必ず取る」

 そうつぶやくや、ぬらりひょんは姿を消した。

「ぬらりひょん、ババぬき」

 ぬらりひょんが姿を消したちょうどその時、仏間の襖が開いて中に入ってきた響はいるはずのぬらりひょんがいないことに違和感を感じ、「ぬらりひょんがいません」

 と、厨房で夕食の準備をしていた瑠璃に言った。

「――いない?」

 瑠璃が慌ててそちらを見る。

 そして部屋の中にぬらりひょんがいないことを確認すると、重苦しい表情を浮かべ、懐から煙管を取り出しそれを口に咥えた。

 紫煙を吹き出すと、煙は少女の姿に変わる。

「煙々羅、部屋の中にはもう()()()()()()()?」

 瑠璃がそう云うと、煙々羅はうなずいた。

「逃げの準備、整っております」

 暗闇から老人が姿を現し、膝を付いた。

「目々連、此度(こたび)のことに関する調査、ご苦労ございました」

 瑠璃がそう云うと、老人は小さく笑みを浮かべた。

「いえいえ、違和感を感じたあなたがぬらりひょんの目を盗んで、煙々羅を私の元に送り、ぬらりひょんが私の元に来たさいにカマをかけるというのは見事に当たりましたな」

「ぬらりひょんが、もし人を殺していたとしたならば、邪魔な私はすでにいなかったはずです。もともとの目的は響が知っている夜行の残したメッセージの解読であったはずですからね。多分それも彼が誘い込むための罠――」

 瑠璃がそう云うと、「アニメ見ます」

 響は瑠璃のスカートの袖を引っ張る。

「そうですね。今日は皆いつ帰ってくるかわかりませんから、先に早くご飯を食べてしまいましょう」

 瑠璃は響にそう云い、視線を煙々羅と目々連に向けた。


 部屋を出て行く際、響は瑠璃の手を引っ張る。

「目がいっぱいで怖いです」

 部屋の周りに現れている夥しい目を指差す。

 それに気付くや、瑠璃と煙々羅は噴出し、笑われた目々連は苦笑いを浮かべるしかなかった。


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