捌・大名行列
「では、話をいたしませうか?」
牛頭野は重苦しい表情を見せながら、夜泉という、内閣総理大臣に話しかけた。夜泉はゴクリと喉を鳴らす。
「あなたはこの日本をどうすればいいのか……それを占って欲しいとの事でしたね」
「ええ。わたしもあと数ヶ月で任期満了です。次の総理選挙に出る気はない。そこであなたに未来を予想してほしいのです」
夜泉は真剣な眼差しで尋ねる。
「占いというのは、当たるも八景、当たらぬも八景……」
「ですが、わたしがこうやって総理になれたのも、あなたのおかげ」
夜泉が詰め寄る。牛頭野は視線をそらした。
「何か不吉な未来でも?」
「――あなたは首相となった四年間ずっとがんばってきました。しかし、あなたの後に続く人たちは、すべて一年も経たずに辞めてしまっている。それがわたしの未来予想です」
牛頭野の言葉に夜泉は驚きを見せない。
むしろ、彼自身も気付いてはいた。
「――では別件で……」
「あなたに教えることはもうありません……。先《、》のことなど興味はないでしょう?」
牛頭野はそう云うや、夜泉を見遣った。
その目には哀れみで満ちている。
夜泉はそれを見るや、首を傾げたが、話してくれるとは思っておらず、その場を後にした。
「――おや?」
警察庁への帰り、拓蔵は人通りの少ない裏道には場違いな黒の高級車が停まっているのが目に入った。
拓蔵はどこぞのお偉いさんでも来とるのかと、廃墟ビルを見ていると、カツカツと靴音が聞こえ、そちらに目をやった。
「総理、大丈夫でしたか?」
運転手がそう尋ねると、「ああ、大丈夫だ」
と、夜泉は答えた。
「あれは……。なんじゃ、よっちゃんか?」
拓蔵がそう声をかける。
「――よっちゃん?」
夜泉は声が聞こえたほうへと振り返る。
「きさま、仮にも総理を友達のように……」
運転手が激怒するが、それを夜泉が止めた。
「やはりそうか? ひさしぶりじゃな、こんなところでなにをしている?」
「その声は、たくちゃんか? いや、暫くぶりだな? 弥生ちゃんたちは元気かえ?」
夜泉は昔馴染みの友人に話をする。
「お前さんが国会議員になってからほとんど会っておらんし、うちの神社にも来ておらんかったからな。弥生はとにかく、皐月と葉月はほとんど覚えておらんだろうよ?」
拓蔵が笑みを浮かべると、「まさか自分の爺さんの友人が総理大臣とは、努にも思わんだろうな」
夜泉も笑い返した。
「総理、そろそろ時間が」
運転手がそう云うと、夜泉は頷いた。
「すまんな、たくちゃん。また会えるといいな」
夜泉はそう云うと、車に乗り込み走り去った。
「拓蔵さま?」
頭上から現れた遊火が拓蔵に声をかけた。
「なんじゃ遊火か? どうした?」
「そろそろ帰らないと、弥生さまたちが心配しますよ?」
気付けば周りは薄暗くなってきていた。
「そうか、すまんな」
拓蔵はそう云うや、夜泉がどうしてここに来たのかが気になり、ふとビルを見上げた。
その表情は飄々としてはおらず、険しい。
「どうかしたんですか?」
「遊火、少しこのビル気にならんか?」
そう訊かれ、遊火は首を傾げる。「いえ、特には……」
「そうか、しかしよっちゃんがここに寄ったとなると、何かあると考えても可笑しくないじゃろな……」
拓蔵は少しばかり考えるや、「あのビルの中に火を忍ばせるのは可能か?」
「――隙間があれば何とか」
遊火はビルを見ると、下から三番目の窓に隙間があるのを見つけると、小さな鬼火を出し、そこから中に忍び込ませようとすると、バシンと何かが弾ける音が聞こえ、拓蔵と遊火は互いを見遣った。
――結界?
と、遊火は険しい表情を浮かべる。拓蔵は恐らくそうだろうと頷く。
拓蔵は意を決して、ドアに手をやった。
特に不思議なことはない、ただのドアノブだ。
ギィとドアが開くと、何も感じない。
というより、人の気配すらしない。
「遊火、裏に回って入り口がないか見てきてくれ」
そう命じられ、遊火は天高く飛ぶと、ビルの裏に回った。
ものの一分もしないうちに戻ってくる。
「入り口はありませんでした」
「つまり出入り口はここだけということか。しかしよっちゃんが出てから誰も外に出ていない。つまり……」
「ここには元々人がいなかった」
遊火はそう云うや、ゾワッと身を弥立せた。
それを見るや、拓蔵は呆れた表情で『お前さんも、人間じゃないじゃろ?』
と、ツッコもうと思ったが、遊火が今にも泣きそうな表情だったため、口には出さなかった。
「仕方ない。中に入るか」
そう云うや拓蔵は奥へと進んでいく。
「なっ? 仕方ないなら帰るのが普通じゃないんですか?」
遊火が大声で抗議する。
「もしかしたら、瑠璃さんの行方がわかるかもしれんぞ?」
「どういうことですか?」
遊火がそう尋ねたが、拓蔵は険しい表情を浮かべ、周りを見ながら進んでいく。
「ここも違う……ここも……」
一階を見終え、二階、三階へと進んでいく。
階段は四階へと進んでいくと、ふと遊火は違和感を感じた。
「拓蔵さま、少し可笑しくないですか?」
なにかじゃ?と拓蔵は振り向く。
「ここ、多分ですけど……三階までじゃないんですか?」
拓蔵は立ち止まり、三階まで降りると、窓へと駆けていった。
そして窓から身を乗り出し、上を見遣るや、屋根から、自分のいる場所まで、二、三米ほどしかなく、上の階がないことを物語っていた。
「死《4》か……」
拓蔵がボソリと呟く。
「語呂合わせですか?」
「日本人は語呂合わせが好きだからな。四には死を意味しておるし、マンションやホテルでは四階や四号室などをないことにしておるからな」
拓蔵はハッとした表情で、遊火を見遣った。
そして四階へと駆け上がっていった。
四階の廊下は日の光もなければ、灯りもなく、遊火の仄かな光で周りが照らされているだけだった。
「気をつけろ、なにが出てくるかわからんぞ」
拓蔵が注意を払うと、遊火はゴクリと頷く。
突然うしろのほうから、ギィっとドアが開く音が聞こえ、遊火はピクッと体を窄めた。
「で、でででで……」
「――誰かそこにおるのか?」
拓蔵がそう尋ねると、「……拓蔵さんですね? こちらへ」
と、女性の声が聞こえ、拓蔵と遊火は互いを見遣った。
声がした方へと入ると、周りにはちらほらと蝋燭が灯されており、他に光という光がない。
うっすらとした雰囲気の中、ぼんやりと人の輪郭が浮かび上がった。
「ようこそいらっしゃいました」
「で、でたぁっ!」
女性の声が聞こえ、遊火が悲鳴をあげる。
「でたって……じゃからお前は妖怪じゃろ?」
拓蔵が呆れた表情を浮かべると、声をかけてきた女性がクスクスと笑声をあげた。
「見えておるわけか?」
「ええ。あなたに報せるまでは正体を明かすまいとは思っておりましたが、閻魔王の行方、ならびに田心姫や響のことも」
「えっと、どうしてそんなことを?」
「――それよりも、人と話す時くらいは姿を見せてはどうじゃ?」
拓蔵がそう云うと、人が立ち上がる音が聞こえると同時に、壁の蝋燭の灯が消え、証明が点いた。
「お初にお目にかかります。私は件と申します」
女性――牛頭野が小さく頭を下げる。
「さっき瑠璃さんたちの行方をと云っておったが、どういうことじゃ? 仮にも敵対する側なんじゃろ?」
「いえ……、そもそも私たちは誰一人事件を起こそうとは思っておりませんでした」
その言葉に拓蔵は眉をあげた。
「あなたは恐らく、朧がぬらりひょんを裏切り、それを妬みに今までの事をしてきたそう思っているでしょう」
拓蔵はその問いに答えるように頷く。
「しかし、朧はぬらりひょんを助けようとした……。それが失敗してしまいこのようなことが起きてしまったのです」
「つまり、裏がいるということですか?」
「朧は人も妖怪も分け隔てなく接するよい娘でした」
牛頭野はそう言いながら、ゆっくりと椅子に座る。
「ぬらりひょんは人の家に入り悪さをするわけでもない。ただたんに人の家で茶を飲むだけのつかみどころのない妖怪……。それに今までいた場所も元は人がいた部屋――あ、ご心配なく、元の主は獄中にいて……」
牛頭野の言葉を待たずに、拓蔵はテーブルを叩き割った。
「つまり……その裏がおるわけじゃな? ぬらりひょんを操っているやつが」
険しい表情を浮かべながら、拓蔵は尋ねた。
「え、ええ……その正体はわかりませんが、ぬらりひょんが人を殺すなんてことは今までありませんでした。先ほども云いましたが、ぬらりひょんは人の家に勝手に上がりこんで、勝手に茶を飲んだり、まるでその家の主かのようなことしかしません」
牛頭野はそう云うと、「ですが……、あなたたち夫婦は既にその名を知って――」
拓蔵が声をあげる間もなく――、ドバッという血飛沫とともに、牛頭野の躯はぐちゃぐちゃに噛み潰れていた。
「――拓蔵さんっ!」
大声をあげながら、慌てた表情で波夷羅が部屋の中に入ってくる。
「――波夷羅?」
「こ、これは――?」
床に散らばった牛頭野の死体を見るや、波夷羅は絶句する。
「どうした? たしか取調室で感じた気配を追っていたはずじゃろ?」
「はい。その気配がこちらに向かっていたので、そしたら遊火の気配と……拓蔵さんの影が見えましたので」
波夷羅はそう言いながら、携帯を取り出す。
「私だ。今から伝える場所に、至急鑑識を呼んでくれ……」
波夷羅は振り向くと、「ここに警察が来ます。うまい具合に私があわせておきますので、お二人は神社の方に――」
「じゃがなぁ、牛頭野は瑠璃さんや夜行の息子の事を知っておったようなんじゃよ」
「――閻魔王の?」
波夷羅がその先を尋ねようとした時、遠雷が聞こえた。
「雷ですかね?」
遊火がそう云うと、「いや、雨が降るような予報など」
波夷羅の携帯が鳴り響く。
「――どうした?」
そう問いかけるが、電話先の相手の声が震えている。
『さ、先ほど連絡がありまして……よ、夜泉内閣総理大臣が乗っていたと思われし車が、横断中タンクローリーと接触し炎上――』
波夷羅は言葉を聞くや、三階へと降り、窓から出た。
拓蔵たちは急いで降り、廃ビルの入り口から出る。
「波夷羅っ! どこじゃ? どこで火が上がっておる?」
拓蔵が声を張り裂けると、波夷羅はゆっくりと拓蔵たちのうしろを指差した。
そこには薄紫色が広がる夜空にはそぐわない、黒煙が狂ったように天へと上がっていた――
はい。実を言うと、件の事件自体は前々回(陸・賭博)で終わっておりまして、なんか『幽谷響』から話が次に続くという、本来の短編連作になるのかなぁと思ったりしますが、次回で本編ラストです。一応綺麗に終わらせたい……<お前にそんな力量があるのか?