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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十三話:件(くだん)
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漆・執行


「……う、うーん」

 と、男の呻き声が暗闇に響き渡った。

「――ここは?」

 男は辺りを見渡してみたが、真っ暗で何も見えない。

 耳を立て、周りに何か聞こえないか神経を集中させる。

 頭の上から車が走る音が聞こえ、どこか橋の下で気を失っていたのだと考えた。


 それともうひとつ。カサカサと何かが動いている音が聞こえ、そのすぐ後に「チュー」

 という、ネズミの鳴き声も聞こえてきた。

「ネズミ? こんなところにもネズミっているのか」

 男はそう呟くと、「ネズミかぁ…… 僕のこの状況にネズミなんて、まるで雪舟(せっしゅう)じゃないか」

 苦笑いを浮かべながら、大宮巡査はネズミの足音が遠下がっていくのを感じた。


「それにしても、一体どれくらい寝ていたんだろう?」

 大宮巡査は頭を震わせる。手足が縛られて身動きが取れない。

 それどころか、今自分はどんな姿なのだろうかと考える。――裸にはなってない。

 大宮巡査は体をうねらせ、前へ、前へと進んでいく。

 が、自分がどちらに向かっているのかがわからない。

 (くさむら)であることは肌で感じるが、一面がそうである。これでは進んでいる先が『川』であっても、気付けはしない。


 ――その期待を裏切らないように、大宮巡査は川に落ちた。

 手足が縛られている以上、足掻くことすら出来ず、大宮巡査の体は川の中に沈んでいくと、意識も沈んでいった。


「――っ」

 声が聞こえ、頬を叩く感触が伝わってくる。

 叩いていく間、突然『パシン』と大きな音に変わった。

「げぇほぉっ! ごほぉっ!」

 大宮巡査は咳き込み、意識を取り戻した。

 うっすらと目を開けると、そこにいたのは赤い巫女装束を着た少女であった。


「……皐月ちゃん?」

 大宮巡査は意識を取り戻してはいたが、まだ朦朧としている。

「はやく、皐月のところに行ってあげて。後のみんなはもう助かってるから……」

 少女はそう言いながら、ゆっくりと手を大宮巡査の顔に翳すと、スッと目を閉ざした。



「大宮っ! 大宮っ!」

 男の声が聞こえ、大宮巡査は目を覚ました。

「よかった。おい、岡崎っ! 大宮は無事だ」

 西戸崎刑事がそう云うと、岡崎巡査はホッとした表情を浮かべた。

「さ、西戸崎先輩……」

 大宮巡査は頭を振るい、西戸崎刑事を見遣った。

「ぼ、僕はいったい今まで……」

 そう尋ねたが、「これはこっちの台詞ったい、俺たちも今の今まで何処にいたのかわからんかったとよ」

「なんか女の子の声が聞こえて、それに(したが)ったら、大宮がいたんだよ」

 岡崎巡査がそう説明すると、「女の子? まさか皐月ちゃん?」

 大宮巡査がそう尋ねるが、二人は頭を振った。


「いや、皐月さんではなかったよ。彼女の年齢からしてみたら、少し幼かったしね」

 岡崎巡査がそう説明すると、大宮巡査は狐につままれたような表情を浮かべた。

 しかし、大宮巡査は意識が朦朧としてはいたが、はっきりと少女の顔を見ていた。

 ――あれは間違いなく皐月ちゃんだ。

 でもやっぱり彼女と少し違っていた。

 そう考えながら、大宮巡査は()()()背筋が凍るのを感じた。



 ぬらりひょんは一人、鬼瓦の欠けた襤褸屋敷へときていた。

 そこは、以前栢が訪れた場所である。

 ぬらりひょんが入ろうとすると、パチンと静電気が(はし)った。

 それを感じるや、ぬらりひょんは小さく笑みを浮かべる。


『目々連……。わたしだけど』


 屋敷の扉が開き、中から老人が顔を出す。

「栢か? どうした、扉は開いているのだぞ……」

 老人は目の前にいる()に声をかけた。

『ごめんなさい』

 栢はそう頭を下げるが、老人は盲目であるため、それが見えなかった。

「ここではなんだ。中に入れ」

 老人は栢を手招きする。栢は顔を俯かせ、従うように一緒に中に入った。


 屋敷の中に入り、老人は廊下を二、三歩ほど歩くや、急に立ち止まり、「それで、お前さんが欲しているものは見付かったのか?」

「な、なんのこと?」

 栢は首を傾げる。

「呆けるでないわ。阿弥陀如来たちをいなかったことにしたのは、お前の仕業であろう? ぬらりひょん……」

 老人がそう告げると、「な、何を云って――」

 栢は狼狽するが、その表情は――


「隠し事をしても無駄じゃぞ? 先日毘羯羅から栢がお前さんに殺されたことは聞いておるからな」

 老人がそう云うと、栢は舌打ちをした。

「そうかい……。それじゃぁ死んでもらおうか? 死に損ない」

 栢は懐から小刀を取り出し、老人に切りかかった。


 ――が、老人は栢の手を弾き、胸座むなぐらを掴むと、一本背負いの形で栢を投げ飛ばした。

「あっ……くぅっ……」

 栢は呻き声をあげる。

「さて、どうしてここにきた? ここにはもうお前の欲しているものはないぞ? ぬらりひょん」

「黙れっ! 我々を裏切ったものが!」

「まだ云っておるのか? わしは朧に助けてもらった身じゃ。今はこうやってオンボロ屋敷に住み憑いとるだけの老体じゃよ?」

 老人はカラカラと笑う。


「さぁ、わかったらさっさと立ち去れ! もう朧はおらんのだ。あやつは人間だ。我々とは違う」

 老人がそう云うと、「黙れ……。わたしを騙したやつの末裔まで……。末裔まで」

 ぬらりひょんはワナワナと肩を震わせる。

「おまえは……何のためにあの子を好きになった?」

「何のことだ? 好きになった? わたしかが? 笑止! そんなことは一度も思ったことないわ!」

「では、どうしてお前は……泣いているのだ?」

 そう言われ、ぬらりひょんはハッとする。そして自分の周りを見るや、天井には大きな目が現れていた。


「一目連……」

 ぬらりひょんはキッと老人を睨んだ。

「わしはもうお前に教えることも、報せることもない」

「だまれ! だまれぇっ!」

 ぬらりひょんは落ちていた小刀を拾い上げ、老人に飛び掛った。


「くっ……」

 ぬらりひょんは老人を上に乗り、老人はぬらりひょんをどかそうとジタバタする。

「死ね……」

 そう呟くと、ぬらりひょんは老人の首元に刃をを立て、突き刺した。

「ごふっ!」

 老人は吐血し、体を痙攣させ、絶命した。

「これで、わたしの……」

 ぬらりひょンはそう呟くと、「げほぉっ?」

 と、大きく体を弓のようにりかえらせ、吐血する。

 そして、ゆっくりとうしろを見遣った。


「くっ、あぁ……」

 背中に刺さった金剛杵がメチメチと音を立てながら、ぬらりひょんの体を貫いていく。

「ぐぅ……ぬぅ……ぐぅ……。ま……らぁ……きぃしぃんぅぐぅ……」

 呻き声をあげながら、ぬらりひょンは凄惨は表情を浮かべる。


「降伏しろっ! ぬらりひょん。貴様を助けるものはもうおらん」

「ふさげるぅなぁ、わたしはぁ、わたしはぁ」

 肩を震わせながら、ぬらりひょんは振り返り、魔羅鬼神まらきしんを睨みつけた。

「田心姫は我々が既に取り押さえた。貴様が誘拐した霞谷響と黒川瑠璃も保護している」

 魔羅鬼神がそう云うと、「な、なんだと?」

 ぬらりひょんは一瞬だけ焦ったような表情を浮かべたが、次第に「くくく……」

 と冷笑した。


「そうか……そうか……まぁいいわぁ……貴様らがそう考えているのならばそれでもいいだろう……」

 ぬらりひょんはスッと姿を消した。

「ま、まてぇっ!」

 魔羅鬼神が叫ぶ。

「待て。やつの表情を見ただろう? 我々の言葉が嘘だと気付いたのだ。ここで追えば二の舞になる」

 障子を開け現れたのは、先ほどぬらりひょんによって殺されたはずの老人であった。

「目々連。ではさきほどのぬらりひょんは……」

「恐らくじゃが、朧によって浄化された方のぬらりひょんであろう。そうでなければ、摩利支天によって守られているここに入る事は出来ん。だがあの一瞬、もうひとつの方が現れたということになる」

 目々連は顔を俯かせる。


「しかし、お前も危険な賭けをしたな。件を使って罠を張るとは――」

「件もそうだが、わたしとて静かに暮らしたいものさ。しかし朧や夜行への礼もあるでな」

 目々連は懐から護符を取り出し、それを床に置いた。


『オン マリシ エイ ソワカ』

 と、摩利支天の真言を唱える。


「しかし、お前たちが止めようとしても、第二、第三の犠牲が出てくる。やつの狙いはここを破壊することではない。もっと別の恐ろしいことだ」

 目々連はそう云うと、「妖怪のわしが願いを聞くのは釈然としないだろうが、件に事を伝えてくれ」

 その言葉に魔羅鬼神は頷いた。


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