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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十三話:件(くだん)
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伍・被覆

被覆ひふく:覆い被せる。


 昼休み、皐月は武道館の方へとやってきていた。

 信乃がいる福祀北中の剣道部が練習試合にきており、試合は現在副将戦。意外にも福祀北中が()していた。


 皐月は信乃の方を見遣ると、それに気付いた信乃が首を傾げる。

 信乃自身も部員たちの変わりように驚いていたが、それよりも皐月の見ただけで暗くなりそうな表情が気になっていた。


「……っ! 面ありっ!」

 審判がそう告げながら、旗を体側斜め上方に上げ、「勝負あり」

 と、上げていた旗を下ろした。

 ――結局、福祀中3、福祀北中2と負けはしたが、試合が終わると惜しみない拍手が福祀北中に向けられていた。


「信乃、おつかれ」

 皐月が休んでいた信乃に声をかける。

「あ、皐月来てたんだ。どうだった?」

 信乃は出来る限り、さきほど見た皐月の表情には触れないようにした。

「どうもこうもないよ。なんなの? あの変わりよう」

 皐月は若干興奮しながら話す。

「私も同じ感じ。なんか前に皐月にキレられたのが原因みたいなんだけど……。何かしたの?」

 信乃は首を傾げながら尋ねた。その時は信乃は反枕によって眠らされていたため、一部始終を知らないのである。

「あ、ははは……」

 皐月は笑って誤魔化した。


「黒川さん、来てたんですね」

 福祀北中剣道部の顧問である布袋が皐月に声をかける。

「どうでした? 今日のみんなは」

「この前のことは撤回します。みんなすごくよくなってました」

「そうかい。これで彼女たちも変わってくれれば嬉しいんだけどね」

 布袋はそう言うと、「私の未来予知でもこんなことはなかった。結局未来を決めるのは人の心ということか……」

 と、呟いた。

 耳があまり聞こえない皐月は、その呟きには気付かなかった。



「そっか。それで暗かったんだ」

 信乃は休憩中、皐月に暗い表情を浮かべていた理由を尋ねていた。

「うん。行方不明の人が捜索される優先順位は、事件に巻き込まれていない限りないに等しいのは知ってたんだけど……」

 皐月はそう言いながら、顔を俯かせた。

「それが、いざ自分が探してほしい立場になったら、許せなくなったってこと?」

 そう訊かれ、皐月は小さく頷いた。

「警察って、人の心が判っていないっていうか、行方不明を下に見過ぎなのよ。知ってた? 拓蔵さんが警察を辞めようと思ったのもそれが原因なんだって。六年前の事故の時、行方不明になった皐月の両親を探してほしいとお願いしたのに、誰も探そうとはしなかった。挙句の果てには、皐月たちに多額の保険金をかけて、一家心中に見せかけて殺そうとした……とまで云われたそうよ」

「な、なんでそんなこと――」

 皐月は肩を震わせ、顔を強張らせる。

「あくまで、(ろく)に調べようともしない馬鹿が推論したことだから気にするなって、拓蔵さん自身が云ってたわ。わたしね、一回拓蔵さんに皐月のお母さん達のこと聞いてたの」

 信乃がそう云うと、皐月は首を傾げた。


「だから、あの事故で助かった皐月たちを、わたしや他の人とは違う。まぁ、これは私の勝手な考えだったけど、今になったら、それが当たってたってだけなんだけどね」

「やっぱりあの時、わたしお父さん達と一緒に死んだ方がよかったのかな?」

 皐月がそう云うや、頬に痛みが走った。


「あんた……。もう一回云ってみなさいよ? 死んだ方がよかった? 助けてもらっといてそれはないんじゃないの? もし、あんたが健介さんにシートベルトを切ってもらっていなかったら、もしドアにほんの少しだけの隙間が出来てなかったら、あんた、車の中で干乾びて、助かってなかったのよ? 車好きのあんたなら知ってて当然よね? 日差しの下じゃ、車の中は外の気温の二倍以上にもなるってことくらい」

 信乃がそう怒鳴ると、皐月は呆然とした表情で頷いた。

「それに、一番つらいのは、あんたや弥生さん、葉月ちゃんじゃないの。拓蔵さんが一番つらいのよ。碌に調べもしない警察に憤りを感じていたんだから……。昔、おじいちゃんが云ってたわよ、あんな拓蔵は出来ればもう見たくないって。それくらい酷かったらしいから」

 皐月は信乃の言葉が痛いほど感じられた。


「鳴狗さん、そろそろ戻らないと、先生が待ってますよ」

 声が聞こえ、皐月と信乃はそちらを見やった。

 竹刀が入った筒を背負った福祀北中の生徒が信乃を呼びに来たのだ。

「――ごめん。今度落ち着いた時にでも、ゆっくり話そう」

「う、うん」

 皐月が小さく答えるのを聞くと、信乃は道具を背負い、呼びにきた女子生徒ともに帰っていった。


 ――挙句の果てには、皐月たちに多額の保険金をかけて、一家心中に見せかけて殺そうとした……。

 皐月は信乃が云った言葉がどうしても振り払えなかった。

 ――殺す? なんで? なんで殺されなきゃいけないの?

 思考がうまく働かない。

 それどころかもっとも大事なものが欠け始めていた。


「やばいな……」

 と、金門の横で皐月を見ていた宮毘羅が呟いた。

「だけど、そういう考えがあったというのは事実だし、信乃が悪いわけじゃない」

「皐月、あんたはおりんとは違う。あの時、黒川は忌み嫌われたけど、今は繋がりが出来たから……」

 宮毘羅がそう云うと、「だけど、大宮さんたちだけでなく、阿弥陀如来さまたちもいなくなってる。これもぬらりひょんによる力?」

 金門はふとうしろに気配を感じ、そちらに振り返ると、「もうお帰りですか? 弥勒菩薩さま」

 そう言いながら、軽く会釈をすると、布袋も頭を下げた。

「弥勒菩薩さま、今未来予知ではどうなってるんですか?」

 そう訊かれ、布袋は小さく唸った。


「――最悪だ……。が、小さな光が見える。真っ暗な世界にほんの小さな頼りない光だが――」

 布袋がその先を云おうとした時だった。

「先生。はやく!」

 と、女子生徒が声をかけてきた。

「それじゃぁ、金門さん、今日はどうもありがとう。また機会があれば」

 そう云うと、布袋は生徒とともに校門を潜っていった。


「――意味わかる?」

 宮毘羅がそう訊ねると、「わからないけど――」

 金門はもう一度皐月を見遣ろうとしたが、皐月の姿はどこにもなかった。


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