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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十三話:件(くだん)
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壱・責務


「それで、牛頭野(ごずの)先生はどう思われますか?」

 テレビの司会者が、六十を優に越えているであろう初老の女性に尋ねた。

 その女性――牛頭野の服装は、派手といえば派手、質素といえば質素と曖昧であった。

 派手というのは、彼女が身に着けている宝石類である。

 金銀様々な装飾を施したネックレスに、ルビー、サファイア、トパーズの指輪を嵌めている。

 逆に質素なのは、その服にあった。

 黒のタートルネックに肌を見せないようにしているのか、薄茶色のスカーフを羽織っている。

 そして、女性の表情は薄暗く、あまりテレビにはえていなかった。

 証明スタッフがライトを当てようとしても、何故か彼女のところだけ薄暗く映ってしまっており、それが却って映像の雰囲気を醸し出してしまっている。


「そうですね。その社長、名前はたしか浦部でしたっけ? 自分が悪いことをしていないと云っているのでしょう?」

「ええ。不正取引をしていたことは警察も明らかにしており、いまだ逮捕がないのが不思議なほどです」

「ただ、本人は最初否定していたらしいのですが、ここ数回の尋問によって態度を激変。自分がやったと供述しているようです」

 もう一人の司会者である女性アナウンサーがそう話す。

「そうですか? なら、私が云えることはただひとつ、その浦部は誰かを庇っている」

 牛頭野がそう言うと、スタジオがざわめいた。


「庇っているとは、どういうことですか?」

「否定していた人間が、態度を激変させるということは、警察になにか云われたのでしょう。そうでなければ自分がやっていないと否定していたのに、突然やったとは言わない」

「しかし、我々が調べたところ、浦部が不正取引をしていたことに変わりありません」

「たしかに不正取引をしていたことはある事実でしょう。しかし、不正取引をしなくても()()()()()()()|事足りていたのに不正行為をしていた……。わたしはそう考えています」

 牛頭野がそう云うと、スタッフの一人が番組プロデューサーに耳打ちしているのが、司会者の目に入った。


「なんだと? それは本当か?」

 プロデューサーの男が声を荒げる。

「はい。まだ特定は出来ていませんが、どうやら浦部の母親が心臓病を患っていて、あまりにも難しい病気だったため、浦部は不正行為で金を作り、母親を海外にいる腕のいい名医にお願いしていた――。という話を警察はネタにして浦部を揺さぶっていたそうなんです」

「もしそれが本当だとしても、浦部がやっていたことは違法だ」

 プロデューサーの言う通りだが、事態が事態であった。

「警察は浦部にこう言ったのでしょう。『母親を殺してしまったのは、誰のせいだろうな?』と……」

 牛頭野が言葉を発すると、スタジオに奇妙な静寂が訪れた。


「おい! カメラッ! カメラを止めろ!」

 スタジオに入ってきた男がそう急き立てる。

「社長。どうしたんですか?」

「いいからカメラを止めろ! スイッチャー、テロップ画面を出せ! いますぐにだ!」

 社長と呼ばれた男がそう云うと、別室で作業をしていたスイッチャーが、テレビ画面に『しばらくお待ちください』というテロップが書かれたイラストをテレビに流し始めた。

「い、いったいなにがあったんですか?」

「浦部の母親が亡くなった。どうやら衰弱死のようだ」

「――衰弱死? いったいどうして?」

「わからん。母親は浦部が逮捕された後、一人暮らしだったこともあって、警察の監視を受けていたそうだが、三日前に部屋から出てこないことを不審に思った警官が部屋の中に入ると……。母親は首を吊って自殺していたらしい」

「み、三日前といったら、浦部が態度を変えたくらいの……。しかし、どうして今になって? 警察は発表しなかったんですか?」

「警察は浦部の事件を調査していた。母親の死は耳に入っていても、我々に報せるほどではなかったのだろう」

「警察はそれをネタに浦部を揺さ振った。たしかに彼がしたことは犯罪です。しかし、不正取引は母親の手術が成功した後、一度もやっていない」

 牛頭野はゆっくりと話終えると、「社長、警察が番組の中止を出しています」

「なんだと……」

 社長は少しばかり考えると、「仕方ない。だが映像は残しておけ! これは今日の夕方のニュースにトップとして流す! もちろん裏付けもとってな。編集、次の番組までのVTR、適当にCMを流しておけ! スイッチャー、一分くらいしたらそれを流すんだ」

 社長にそう云われ、編集室は慌しくなった。



「――面白くない」

 と、愚痴を零したのは葉月であった。

 学校から帰って、宿題を済ませ、ゆっくりと晩御飯が出来るまでテレビを見ていたのだが、突然番組が中断されたのである。

「仕方ないですよ。ここ最近、ある企業の社長が不正取引をしたとかで話題になっていたんですから」

 毘羯羅がそう云うと、「そんなことより、瑠璃さんや大宮巡査たちの安否の方が大事っ!」

 と、葉月は駄々を捏ねる。

「薬師如来さまや他の十王さまたちが何も云ってこない以上、私たちにはどうすることも」

 毘羯羅は困った表情を浮かべる。


「葉月、今は無事を信じようじゃないか」

「でも全然報道されないんだよ?」

 葉月が拓蔵を見遣る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 瑠璃がぬらりひょんに拉致され、阿弥陀警部たちが行方不明になって、既に半月以上が経っていた。

「私は一度、十王さまや他の十二神将のみんなと掛け合ってみます」

 そう云うと、毘羯羅はスッと姿を消した。


「皐月お姉ちゃん、大丈夫かなぁ?」

 葉月がそう呟くと、拓蔵は少しばかり顔を歪めた。

「どうかしたの?」

「いや……。ちょっと遼子と健介くんのことを思い出してな」

 拓蔵は苦笑いを浮かべた。


 ――皐月が大宮くんを意識しているのがわかってると、もし皐月が大宮くんと結婚するなんてことがあったら、わしはまた反対するんじゃろうがなぁ……。

 拓蔵は娘である遼子と健介が結婚の申し出に来た時のことを思い出していた。


 ――結局、わしはF1レーサーはへたをすれば死ぬ事があって、遼子や家族を悲しませるかもしれんと思い、反対したんじゃけど、遼子から『お父さんの仕事だって、いつ殺されるかわからない危険な仕事じゃない』

 と云われた時は、正論過ぎて云い返せんかったわ。


 拓蔵の職業は警察官であり、転落事故が起きる六年前まで、警視庁公安部に所属していた。

 それでなくても、警察は死と隣り合わせである。

 拓蔵は深い溜息を吐くと、テレビを睨みつけたまま頬を膨らませている葉月を見ていた。


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