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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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拾陸・欺瞞

欺瞞ぎまん:あざむくこと。だますこと。

 迦楼羅天が祀られていた仏殿から出た信乃たちは、急ぎ鳴狗寺へと向かっていた。

 その間、頻りに信乃は鼻をひくつかせる。

「なに? なんかにおう?」

 海雪がそう尋ねると、「いやそうじゃなくて、十月の終わりにしては遅過ぎるなぁって」

 信乃がそう言い返すと、真達羅と因達羅は首を傾げた。

 信乃の嗅覚は犬と同格か、それ以上であるため、海雪たちは気付かなかったが、逆に信乃は家がそうであるため、そのにおいがなんなのかがすぐにわかった。

 ――線香の匂いだ。

 信乃はゆっくりと足取りを止めた。「どうしたんや? さっさと……」

 真達羅がそう云うと、突然四人の周りに旋風が巻き上がった。

「信乃っ!」

「大丈夫、それよりボスのお出ましみたいよ」

 信乃がそう云うと、海雪たちは視界の先を見る。

 そこには、自分たちよりも幼い少女が立っていた。

 だが、違うところがあるとすれば、その少女には羽が生えている。

「か、鴉天狗?」

 海雪は虚空から鎌を取り出し、身を構え、「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」

 と、弁財天の真言を唱える。

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」

 信乃は多聞天の真言を唱えたが、ガクンと足を崩し、倒れる。「あ、あれ?」

 当の本人も、どうしてこうなったのか理解出来ない。

「駄目や! さっき使(つこ)うてしもうたから体力が足りんのや」

「そ、そういうのは先に云ってよ」

 信乃は真達羅を睨んだ。

「仕方ない。因達羅、いくよ」

 海雪はそう云うと、因達羅は頷き、「ナウマク サマンダボダナン インダラヤ ソワカ」

 因達羅は小太刀を構え、自身の……帝釈天の真言を唱える。

「私が相手の動きを封じるから、因達羅はその隙を狙って」

「――御意」

 そう合図すると、海雪は鎌を天に翳し、ゆっくりと回し始める。

「ラルゴ(幅広くゆるやかに)、コン・モート(動きをつけて)、トランクィッロ(静かに)、コン・フオーコ(火のように、生き生きと)」

 言葉を並べていくと、鎌の刃が熱く燃え滾っていく。

「はぁああああああああああああああああああああああっ!」

 鎌を構え、海雪は栢に飛び掛った。

飆雷(ひょうらい)……」

 栢はそう呟くと、舞っていた旋風が海雪の周辺を覆った。

「えっ……? きゃあああああああああああああああああっ!」

 鎌に纏っていた炎は強風によって鎮火し、風の刃によって、海雪はズタズタに切り裂かれる。

「おばあちゃん!」

「はぁあああああああああっ!」

 因達羅が飛び掛ると、栢はゆっくりと下がり、「……煈鱗ふうりん

 そう呟くと、因達羅の周りに炎が現れ、彼女を飲み込んだ。

「あああああああああああああああああっ!」

 因達羅は断末魔のような悲鳴をあげる。

「因達羅っ!」

 因達羅は地面に叩きつけられる。

「な、なによこれぇ? 前に戦った時よりも強くなってる」

 海雪は愚痴を零す。

「でも、どこか可笑しくないですか?」

 因達羅がそう呟く。「可笑しいって、どこが?」

 海雪は訝しげな表情で聞き返した。

「なにか鴉天狗の表情が、心ここにあらずというか、生気を感じないというか」

「いや、鴉天狗って死んでるんでしょ?」

 信乃がそう尋ねるが、「そうじゃなくて、まるで操られている感じがして……」

 因達羅がそう云うや、栢はゆっくりと羽根を広げ、周りに羽根を飛ばした。

「な、なんや、何をしようとしとるんや?」

 真達羅がそう叫ぶ。

 月明かりに照らされた羽根の先は尖っており、先端から水滴が落ちた。

「まさか……毒針?」

 信乃がそう云うや、「ちょ、ちょっと待ってよ? この状況であんな夥しいほどの数を避けろっての?」

 海雪はフラフラになって立ち上がろうとしたが、うまく立ち上がれない。

「毒針って攻撃力低いけど、クリティカルで即死する時あるからなぁ」

「こういう時に、ゲームの話をしないで下さい!」

 因達羅が信乃に突っ込む。

 羽根の先端が四人に向けられる。

 そして、夥しいほどの羽根が四人に襲い掛かった。

「――護形ごけい護光ごこうの袋」

 声が聞こえ、信乃たちは辺りを見渡した。

 自分たちの周りには金色に輝く幕で覆われており、それが鴉天狗が放った羽根すべてを包んでいた。

 そして、その中心には皐月の姿があり、クロスさせた刀を下に構えている。

「二刀・海人あま

 そう呟くと、皐月はゆっくりと腕を広げ、長刀を栢に向けた。

「一刀・龍女りゅうにょっ!」

 長刀が燃え盛り、皐月は栢に切りかかった。

 だが、栢はゆっくりと皐月の一刀を避けるが、突然目の前に短刀が現れるや、栢に切りかかった。

「……幻刀(げんとう)巻絹(まきぎぬ)

 皐月はそう告げるや、長刀で栢に切りかかる。

「っ! ……幻刀(げんとう)二人静(ふたりしずか)っ!」

 そう叫ぶや、栢の周りに風が吹き荒れ、皐月は吹き飛ばされた。

「皐月、大丈夫?」

「う、うん。みんなは?」

「だ、大丈夫とはいえないけど」

 そう海雪が苦笑いを浮かべる。

「皐月、油断しない。相手がどう動くか気配で考えて」

「毘羯羅、それじゃぁ皐月さんが強くなってるのって」

「ちょっと嫌な予感がしたらしいからって、稽古を中断して来てみれば……」

 毘羯羅は栢を見遣るや、物悲しい表情を浮かべた。

「栢、あなたぬらりひょんに――」

 毘羯羅は顔を歪め、歯を食いしばる。

「ま、まさか……」

 因達羅は最悪な状況を考えた。「ぬらりひょんは栢の体に偽りを持たせたってこと?」

 それを聞くや、海雪たちは驚きを隠せないでいた。

「毘羯羅、夜叉やマトリカスにお願いして、みんなを守って」

 皐月はそう告げるや、「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ戦えるわよ」

 信乃と海雪は馬鹿にするなといわんばかりの表情で、皐月に言い返した。

「皐月、どれくらいレベルアップしてるか知らないけど、経験は私たちの方が上なんだからね」

 信乃がそう云うと、皐月は小さく笑みを浮かべた。

「二人とも、私は栢を助けたい。一番悪いのは栢じゃない、あの子を騙して操っていたやつだから」

 皐月がそう告げると、「あんたがどんな考えでそうなったのか知らないけど、そうしたいなら出来る限り援護してあげる」

 信乃と海雪が体勢を整える。

「それじゃ、どうする? 皐月が中心?」

「ううん。ちょっとおばあちゃんにお願いがあるの。おばあちゃん、霧雨って出来る?」

 皐月がそう尋ねると、海雪は答えるように頷いた。

「信乃は嗅覚で栢の居場所を探って、どんなに気配を消しても、においは消せないはずだから」

 そう云われ、信乃は鼻をひくつかせる。

 ――さっきと同じ、線香の匂いだ。でも、なんで皐月から?

 信乃は不思議に思ったが、戦いに支障があってはいけないと、考えを振り払った。

「それじゃ、いくよ!」

 皐月がそう告げるや、突然、皐月はうつ伏せになって倒れた。

「さ、皐月?」

「あれあれ? どうしたのかなぁ? 威勢がいいくせに弱いわね? あれくらいの力で私を倒せるとでも思ったわけ?」

 栢がケラケラと哂いながら、皐月を見遣った。

「皐月、だいじょ……」

 皐月の状態を見遣るや、信乃と海雪は絶句した。皐月の背中には夥しいほどの羽根が突き刺さっている。

「なにか作戦を立てていたようだけど、そんなのムダァっ!」

 栢はゆっくりと、刀を構え、「つむじかぜぇっ!」

 刀を振るうと、一陣の風が信乃と海雪に襲い掛かる。

「きゃぁああああああっ!」

 信乃と海雪が悲鳴をあげる。

「さてと、さっさと死んで……」

 皐月たちに近付いたが、違和感に気付いた。

「――ど、どこ?」

 栢は驚いた表情で辺りを見渡す。

「な、なんや? 一体何を探しとるんや?」

 真達羅と因達羅も、何がなんだかわかっていない。

 唯一、毘羯羅だけがそれに気付いており、驚きと同時に小さな笑みを浮かべた。

「我流一刀・羅刹っ!」

 声が聞こえ、栢が振り向くと、彼女の体は一閃に切られた。

「……なっ?」

 栢は何が起きたのかわからず、戸惑った表情を浮かべる。

「栢、私はあなたに剣術を教えた。でも、それは皐月とて同じ」

 毘羯羅がそう叫ぶと、栢は目を大きく見開いた。

「ま、まさか…… 二人静?」

「いいえ、それよりも少しばかり厄介な技ですけどね」

 毘羯羅がそう告げると、栢の体は切り裂かれた。

「あ、あがぁあああああっ……」

 栢はゆっくりと倒れる。

「す、すごい…… でも、皐月は?」

 海雪は声を荒げる。「――っ! そうか、だから私たちに教えたんだ」

 信乃は鼻をひくつかせながら言った。

「どういう意味?」

「もし、私が動けなかったら、おばあちゃんが霧雨で皐月の居場所がわかる。逆におばあちゃんが倒れたら、私は匂いで皐月を見つける事が出来る」

 信乃がそう説明すると、「な、なによ? どうして見えないやつの居場所がわかるのよ?」

 栢がそう尋ねる。

「あんたもそうでしょ? 消えてなんていない。姿と気配を消してるだけ」

 信乃がそう告げ、ある一方を見遣った。

 栢はそちらを見遣ると、冷たい()()が彼女の頬を掠めた。

「――幻刀・松風(まつかぜ)

 声が聞こえると、栢の目の前に切っ先が現れた。

「さぁ、もうこんなところはやめて」

 皐月は栢を宥める。「い、いや…… もういや…… あんなところ…… あんな苦しくて、痛いだけの場所なんて、もう戻りたくない!」

 栢は体を震わせ、空へと飛び上がった。

 その高さは優に二百(メートル)はあろう。

「な、なんか駄々捏ねてるみたい……」

 信乃が思わず本音を口にした。

「わ、私もそう思った」

 海雪も顔をひくつかせる。

「あれが本当の栢なんだよ」

 皐月はそう言うと、刀を構え、ゆっくりと深呼吸する。

「毘羯羅……。あれ、試していいかな?」

 皐月は毘羯羅を見遣り、尋ねる。

「あなたがしたいなら、したいようにしなさい。ただしどうなっても、責任は取らないわよ」

 毘羯羅がそう云うと、皐月はキッと空を舞っている栢を見遣った。

『オン ドドマリ ギャキテイ ソワカ』

 そう告げるや、皐月の周りに紫色の光が地面から舞い上がり、皐月を覆った。

 そして、その光が収まるや、そこにいたのは、不思議な衣装を纏った皐月の姿があり、彼女の背中には羽が生えていた。

凰翼(おうよく)権化(ごんげ)っ! 三鬼神大黒天っ!」

 そう叫ぶや、皐月は羽を大きく羽ばたかせ、空へと舞った。

「な、何よあのチート……」

「でも、なんで三鬼神?」

 海雪がそう云うと、「あの力は大黒天、鬼子母神、閻魔王のみっつの力が合わさったもの」

「なんかいまいち繋がりが見えないわね?」

 信乃が首を傾げる。

「いや、あるわよ繋がり…… 鬼子母神は子供を守る神仏。閻魔王は親より先に死んだ子供を獄卒から救済する神仏。そして大黒天は子孫繁栄のご利益がある」

 海雪がそう説明する。

「い、言われてみれば、たしかに皐月はんからなんやろ、すごく優しい感じがするわぁ」

 真達羅がそう云うと、「まるで母親のような、優しくて怖いような……」

 因達羅がそう話す。

「母親? 私を傷つけるやつが母親ぁ? 違う、こんなの違う」

 栢は困惑し、顔を歪める。

「栢、悪いことをしたら、罰を与えられる。それは生きていても、死んでいても同じことなのよ」

「うるさい! うるさいっ! あんただって、親を見殺しにしてるじゃないっ! あんたが少し行動をしていれば、両親の片割れくらいは生きてたかもしれないのにぃ!」

 栢がそう叫ぶと、皐月は構えていた刀を下ろした。

「ほらぁ、やっぱり、あんたは臆病者なのよ。だから、あんたはさっさと死になさいよぉっ!」

 栢はそう叫ぶや、羽を大きく広げ、羽根を皐月の周りにばら撒いた。

 そして、その羽根がいっせいに皐月に襲い掛かった。

「皐月ぃっ!」

「きゃはははっ! これで私を苦しめるやつは――」

 栢が笑みを消した。

「な、なんで…… なんで傷ひとつついてないの?」

 目の前に立っている皐月を見遣るや、恐怖で顔を歪める。

「栢、自分でしてきたことを理解しているなら、わかるでしょ?」

 皐月が穏やかでありながら、哀れんだ表情で尋ねる。その表情が栢にとっては恐ろしいものでしかない。

「い、いや…… いやぁっ!」

 栢は小さく悲鳴をあげる。

「閻獄第八条三項、自分の両親を殺した者は『無間地獄・無彼岸常受苦悩処(むひがんじょうじゅくのうしょ)』へと連行する」

 皐月がそう告げるや、お札が現れ、栢の額についた。

「い、嫌…… もうあんなところにいきたくない」

 栢は顔を震わせ、大粒の涙を浮かべた。

「栢、もうわがまま言わないの。大丈夫……お姉ちゃんが一緒に怒られてあげるから」

 皐月は宥めるように云った。

「……っ! うん、お姉ちゃんが一緒だったら――」

 栢は幼く、小さく笑みを浮かべ、そしてお札とともに青白い炎となって消えた。

 術が解けた皐月の体が急降下していく。

「皐月ぃっ!」

 信乃と海雪が悲鳴をあげると、大きな影が走り、皐月を受け止めた。

「真達羅ナイスッ!」

「こ、これくらいお安い御用やで」

 真達羅の背中に受け止められた皐月の体は、見るに無残な姿をしており、信乃たちは驚いた表情を浮かべている。

「もしかして、実際は攻撃を受けていた?」

「この子なら考えそうなことだけど、でも無茶しすぎよ」

 信乃は呆れた表情で云った。「ねぇ、皐月……もしかして泣いてる?」

 海雪にそう云われ、皆が皐月を見遣った。

 気を失っている皐月の両目からは、大粒の涙が流れ落ちていた。

これにて、長かった鞍馬天狗は終了です。いよいよ本編は佳境に入っていきます。

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