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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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拾伍・廷尉


 皐月の稽古を見ながら、毘羯羅は頻りに辺りを見渡していた。

 当然その事に気付いている皐月であったが、今は毘羯羅に云われた通り、力をつける以外に方法がない。

 毘羯羅はゆっくりと皐月を見遣ると、自分の影から刀を取り出した。

「皐月、少し鴉天狗と戦ってみる?」

 そう言われ、皐月は少しばかり首を傾げた。

「戦うって、どういうこと?」

「そのままの意味……」

 毘羯羅はそう云うや、刀を構える。

 そのゆっくりとした動きは、恰も隙があるように見えるが、実際は全くなかった。

「――(つむじかぜ)……」

 毘羯羅がそう呟き、一刀すると、皐月はギョッとする。

 皐月の頬を旋風が吹き荒ぶや、うしろの壁はまるで風で切り刻まれたかの様にボロボロとなっている。

「今のって、鴉天狗の……」

「栢に武術を教えたのは私だからね。だからこそ弱点も知ってる」

 毘羯羅はそう言うと、もう一度刀を構える。

飆雷(ひょうらい)……」

 そう告げた刹那、皐月の腕は切り刻まれ、皐月は刀を落としてしまう。

「皐月、集中しなさい。云ったはずよ? 耳に頼るのではなく、気配で探れって」

 毘羯羅はもう一度、刀を構える。

「皐月、台風や竜巻はどうして起きるのか知ってる?」

 いきなりそう訊かれ、皐月は戸惑う。

 正直、そういう自然科学的なことは苦手なのだ。

「空気が暖められた事によって出来た水蒸気が雲になって、それが台風や、竜巻の元になる。つまり、栢に教えた技は、妖気によって暖められた彼女の周りの空気と、一太刀によって生じる風が重なって、竜巻が出切るというわけ」

 毘羯羅はそう言うと、「だからこそ、地獄裁判で彼女は八熱ではなく、八寒の方に連行され」

 刀を振り下ろし、毘羯羅はスッと目を瞑る。

「皐月、わたしはあの子達を守りたかったから、ただそれだけであの子達に技を教えた…… それはあなたに対しても一緒」

「――そんなのわかってるわよ」

 皐月はそう言うと、落とした刀を手に取る。

「だからこそ、弟弟子が兄弟子を止めないといけないんでしょ?」

「それがあなたに出切る? 他の二人と違って、まだあなたは大黒天の真言が使えるわけじゃない。はっきり云って、栢に勝てるとは思えない」

 毘羯羅は本心でそう云う。だからこそ、皐月は苛立ちを見せなかった。皐月自身、勝てるとは思っていないからだ。

一朝一夕(いっちょういっせき)に力を付けたって、勝てない事くらいわかってる。でも、あの子を止めないと、犠牲になったおりんが可哀想過ぎるでしょ?」

 皐月はきっと毘羯羅を見詰める。

 ――だからこそ、虚空蔵菩薩さまはあなたにあの災害を見せた。あなたにだったら、栢を本当の意味で助ける事が出切ると思ったから。

 毘羯羅は小さく、気付かれないように笑みを浮かべる。

 皐月の一生懸命な姿が、重なって見えたのだ。

 自分が教えていた時の、幼い栢と……


 拓蔵が帰ってきたのは、出掛けてから二時間ほどであった。

 母屋の電気は点いておらず、皆寝たのだろうと考え、起こさないよう静かに戸を開けた。

 廊下を歩いていると、居間から明かりが零れていることに気付き、「誰か起きておるのか?」

 と、拓蔵が障子を開けた。

「あ、お帰りなさい」

 茶を飲んでいた毘羯羅が頭を下げる。

「他の皆は、もう寝ておるのか?」

「弥生は起きてるかもしれませんが、他の二人はもう寝てますよ」

 毘羯羅がそう説明すると、拓蔵は上着を脱ぎ、毘羯羅と対面するように坐った。

「それで、いったい何処へ?」

 毘羯羅が尋ねると、「なんじゃ、伐折羅や宮毘羅から報告は受けておらんのか?」

「二人が来ていたんですか?」

 その口調から、何も聞かされていないと拓蔵は気付く。

「あの二人は何か気にかけていることでもあるのだろう」

 そう心配かけさせまいとしたが、毘羯羅は目を伏せてしまい、逆効果になってしまった。

「しかし、そこで瑠璃さんが残したかもしれん手かがりが見付かった」

 拓蔵はそう云うと、ポケットから巻貝の折り紙を取り出し、毘羯羅に見せた。

「――巻貝ですか?」

「一応、ぬらりひょんが子安神社を狙っていると考えたんじゃがな」

「何か引っかかることでも?」

 毘羯羅がそう尋ねると、「まぁな。子安じゃったら、やっこさんでもよかったと思うんじゃよ」

 拓蔵がそう言っている中、毘羯羅は巻貝の折り紙をジッと見つめる。

「確かに、巻貝なんて折るのに面倒なものより、やっこさんのほうが……」

 毘羯羅は言葉を止め、口を震わせる。

「どうかしたのか?」

 拓蔵がそう尋ねると、毘羯羅の両目から大粒の涙が零れた。

「まさか…… いや、そうだったとしたら、悪いのは朧でも、ぬらりひょんでもない」

「なんじゃ? 何かあったのか?」

 拓蔵は何が何なのかわからなかった。

「拓蔵さん、もしかするとあの大災害は、ぬらりひょんが意図的にした事じゃないのかも」

 毘羯羅がそう云うと、拓蔵は「それは一体どういう事じゃ?」

 と、聞き返した。

「朧が唯一祓わなかったのは、そのぬらりひょんだったんです」

「――朧?」

晃流ひかる……。つまりあなたの父親である晃の母親に当たる人です。もちろん黒川の腐った歴史を知っていれば、名前を聞いた事はないとは思いますが」

 毘羯羅がそう云うと、拓蔵は表情を険しくし頷いた。

「わしより前の家系図に女の名前はなかったからな。親父も母親のことは一時も話さんかったよ」

「朧はその晃流の母親なんです」

「つまり、朧とぬらりひょんは恋仲だったと?」

 拓蔵がそう云うと、毘羯羅は一瞬だけ視線を逸らしたが、そうであると答えるように頷いた。

「それでぬらりひょんは黒川を恨むようになった……と?」

「詳しくはわたしも知りません。もし本当だったとしたら、ぬらりひょんはなにかを失い、それを探していると思うんです」

 毘羯羅はそう言いながら、ゆっくりと心を落ち着かせるように深呼吸した。

 拓蔵は、ふと壁にかけてある時計を見た。時間は既に日付が変わっていた。

「毘羯羅、少し休んだほうがいい。わしはもう寝るがな」

 拓蔵はそう云うと、障子を開けた。

「――おやすみなさい」

 そう返事をする毘羯羅の声はか細かった。


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