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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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拾肆・斎く


「濡女子を誘拐する事を、栢が躊躇った?」

 押入に入れられている瑠璃が、田心姫にそう聞き返していた。

「あの子が無意識にしたとしか思えないけど、濡女子を誘拐しなかったのは、夜行に伝えるためだったんだと思う」

 田心姫はそう言いながら、うしろを一瞥した。

 栢と響は『森のクマさん』の輪唱をしている。

 先程から、二、三十分くらい続けているのだが、響は一向に飽きもせず歌い続けている。

 その相手をしている栢は、響を落ち着かせるように、笑みを浮かべてはいるものの、早く終わらないかなぁと考えていた。

「栢、『もうおしまいです』とか、一言入れないと、延々続けますよ」

 瑠璃がそう言うと、ちょうど歌が終わり、響がまた歌い始める。

「響、あと一回ね」

 栢が人差し指を響の前に出す。歌を終えると、「おしまいです」

 と、響自身が云い、立ち上がると、部屋を出て行った。

 戸が開く音が聞こえ、数秒ほどすると水が流れる音が聞こえる。――トイレに行ったようだ。

「ふぅ、やっと終わったぁ」

 栢は仰向けに倒れる。「ある程度決めておかないと、続けますからね」

「それもあの子の特徴って事でしょ?」

 栢はそう言いながら、ゆっくりと瑠璃を見遣った。

「私が濡女子を誘拐しなかった理由でしょ? 多分、夜行に教えたかったんだと思う」

 栢がそう言うと、「だけど、響の世話は大変だって、ぬらりひょんから云われてたけどね」

「なにか腑に落ちませんね。聞いていると、ぬらりひょんの狙いがなんなのかがわからなくなってきました」

 瑠璃は眉を顰める。

「ぬらりひょんの狙いは、三社に祭られている神仏を仲違いさせること。そしてあわよくば、その力を手に入れようとも考えている」

 田心姫がそう言うと、「だから6年前から起きている事件も、やつの仕業ということですね?」

 瑠璃がそう尋ねると、田心姫は頷いた。

 コツコツと、窓を叩く音が聞こえ、瑠璃と田心姫はそちらを見遣った。「大丈夫、外を見張らせているカラスだから」

 そう言うと、栢はスッと立ち上がり、窓のほうに近付く。

 カラスは嘴をガラスに叩きつける。その音は、妙にリズム感があった。

『・・・・ ・・・ --・ --・・- -- ・-・-・ -・・・ ---- ・-- ---・- --・-・ ・・ ・-・-・ --・-・ ・・ ・-- -・-・ - ・-・・ ・--・ ・-・-- ・- -・--・』

「――モールス信号?」

 瑠璃がそう呟くと、「へぇ、さすが権化でとはいえ元警察官、よくわかったわね?」

 田心姫がそう言うが、瑠璃は先程の音を解読していた。

 そして、解読し終えるや、目を大きく開く。

「――ぬらりひょんは子安神社を狙ってる?」

 瑠璃の言葉に、栢は頷いた。

「どうやら、本格的に活動を始めたみたいね」

 栢はそう言うと、踵を返した。「栢、どこに行くの?」

「ぬらりひょんを止める。もうこんなことしないでって……」

 栢はそのまま部屋を出て行った。近くから鳥が羽ばたく音が聞こえ、瑠璃と田心姫はその場にへたり込んだ。

「――田心姫、折り紙ありますか?」

「……っ? 一応響が飽きないようにって置いてあるけど、それがどうしたの?」

 田心姫がそう言うと、「教えるんです、みんなに……」

 瑠璃は田心姫から折り紙を一枚貰うと、以前葉月が宝静暦から教えてもらった、巻貝を折り始めた。

「――これを十二神将や警察が見つけ易い場所に、逆にぬらりひょんたちには気付かないようなところに」

 瑠璃はそう言いながら、部屋を見渡した。

「それなら、箪笥の裏とかは? 以外に気付かない場所だろうから」

 田心姫にそう言われ、瑠璃は折り終えた巻貝を箪笥の裏に忍ばせた。


「どういうつもりだ?」

 ぬらりひょんが小さく眉を顰める。|悟帖ヶ山の山道のちょうど真ん中辺りで、ぬらりひょんと酒呑童子が目の前にいる栢を見詰めていた。

「お前には響を見ておけと云ったはずだ」

 ぬらりひょんはつっけんどんな態度で云う。

「この山に、何の用があるの?」

 栢がそう尋ねると、「お前には関係のないことだ」

 と、ぬらりひょんは栢の隣を素通りする。

「響は羂索のことなんて知らない。それにあの暗号だって、なにを意味しているのか、それを知ってるのは夜行と……ぬらりひょん、あなただけ」

 栢はそう言うと、刀を抜いた。

「刀を収めろ。私に勝てるとでも思っているのか?」

 ぬらりひょんがそう呟くと、栢は僅かに悪寒を感じ、歯をカタカタと鳴らした。

「いいか? ゆっくりと刀を鞘に収めろ。お前が刀を向けるのは私ではない。お前の両親を殺した黒川の穢れた血筋だ……」

 ぬらりひょんは催眠術を掛けるかのように、栢の耳元で囁く。

 栢はゆっくりと瞳を閉じた。

 ぬらりひょんと酒呑童子は、栢を置き去り、山を登ろうとした。

 ――その時である。突然強風が吹き荒れ、ぬらりひょんと酒呑童子はたじろぐ。

「――闇颪(やみおろし)

 栢がそう告げるや、ぬらりひょんと酒呑童子の体が一斉に裂かれた。

「あぶない、あぶない。こりゃまたずいぶんと派手に遣りますね」

 飄々とした口調で、ぬらりひょんは栢に声を掛ける。

 ぬらりひょんの体はどこにも傷がない。

 栢はそれを見て、少し眉を顰めたが、そうなることは想定内のことであった。

「謀反を弄するか、お前も結局……黒川の血を持っていたということだ」

 ぬらりひょんはそう云うや、指を鳴らした。

 彼の周りには小さな人影が現れ、そしてゆっくりと栢を睨みつけた。

 人影のちょうど目の辺りが、紅く光り、「ギギィ」と、ガラスを引っ掻いたような音が周りにこだまする。

「お前には最初から期待などしていなかった。まぁ、お前がいようがいまいが、黒川を滅ぼすことなど容易いことだったがな」

 人影がゆっくりと栢に近付く。

「――っ! つむじかぜぇ!」

 栢は刀を振り下ろし、人影を切り刻んでいく。

 しかし、相手は()である。影に実体はない。

「どうした? 早くしないと殺されるぞ?」

 ぬらりひょんは歪んだ笑みを浮かべ、栢に話しかける。

「こいつらはなぁ、お前に殺された人間の影だ。いま私の声に反応し、お前を殺そうとしている。さぁ、殺されたくなかったら殺し返せ! それがお前の遣るべき事だ」

 ぬらりひょんは叫んだ。栢を嘲笑するように……

「ほぅ? あれだけの攻撃をくらって、まだ意識があるか?」

 高みの見物と云わんばかりに、ぬらりひょんはボロボロになった栢を蔑んだ目で見下ろしていた。

「はぁ…… はぁ……」

 若干ではあるが、栢は意識を保ちながら、ぬらりひょんを睨んでいた。

「さて、利用価値のなくなった道具など捨てるに値するわけだが、お前にはもう少し遣ってもらわないといけんのでなぁ……」

 ぬらりひょんは地に落り、栢に近付く。そして、栢の頭を踏み付ける。

「あがぁあああああああああああああああああ……!」

「もっと喚け! もっと痛め!」

 ケラケラと哂いながら、ぬらりひょんはさらに踏み付ける力を強くしていく。

 そして――グチャリと()()()()()()

「おいおい、よかったのか? これで」

 酒呑童子が呆れた表情でぬらりひょんに尋ねる。

「特に利用価値はない。狂った人間は嘯かれた事にすら気付かない」

 ぬらりひょんはそう言うと、首を失った骸を蹴った。

「さて、この上にある子安神社に、濡女子がいるはずだ」

 そう云うや、ぬらりひょんが笑みを浮かべた時である。

『……幻刀(げんとう)二人静(ふたりしずか)

 冷たい空気が立ち上がり、ぬらりひょんと酒呑童子の体を切り刻んでいく。「ぬぅ?」

 油断していたぬらりひょんは『幻影』を生み出すことが出来ず、その場に跪いた。

「くぅ…… い、いつの間に――?」

 ぬらりひょんは頭を上げ、目の前に立っている、翼を広げた栢を睨み付けた。

「最初から……って云った方がいいかしら? 知ってる? カラスの頭は他の鳥類に比べて一番発達しているの」

 栢はゆっくりと刀をぬらりひょんに向ける。

「それと『烏』という漢字は、全身が黒く、目が見えない事から、元々の『鳥』の漢字から、目の部分に当たる一画を抜いたもの。視覚と感覚を麻痺させるあんたの力なんて……」

 栢はそう言うと、ハッとした表情を浮かべた。

『そう…… 自分の力を過信してはいけない』

 頭の中で声が聞こえ、栢は刀を構え直し、切っ先を自分に向けた。

 そしてゆっくりと自分の首元に近付けていく。

「いぃ……やぁ……」

 栢は歯をカタカタと鳴らし、大粒の涙を流し、顔を引き攣らせていく。

 しかし操られていくかのように、切っ先は首の触れ、ゆっくりと(つらぬ)かれていく。そして刀身が貫き終えると、栢自身が刀を捻り、吐血した。

「所詮、餓鬼は餓鬼だな」

 酒呑童子はそう言うと、息絶えた栢の骸を踏み付けた。

「……っ」

 ぬらりひょんは自分の頬を軽く触れる。「どうした? 何か考え事か?」

「いや、やはり黒川の血は穢多だったということだ」

 そう言いながら、ぬらりひょんはゆっくりと山を登り始めようとしたが――

「ごほぉっ?」

 突然、胃の中が逆流し、ぬらりひょんはその場に倒れ、激しく咳き込んだ。

「おい! どうした?」

「っ? まさか…… くぅそぉ……」

 意識を朦朧とさせながら、ぬらりひょんはゆっくりと立ち上がった。

「っ? い、何時の間に……?」

 酒呑童子はぬらりひょんの背中に突き刺さっているものを見るや、ギョッとする。

 ぬらりひょんの背中には、夥しいほどの黒い羽根が刺さっていた。

「体勢を立て直した方がいい」

 と、酒呑童子がそう言うと、「わかっている。くそぉ……っ!」

 ぬらりひょんは歯を軋らせた。

 それは痛みによってではなく、目の前にある目標に手が届く寸でのところで後退する悔しさから出ていた。


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