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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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拾参・流言飛語


 皐月と毘羯羅が居間に入ると、拓蔵が(ただ)ならぬ表情で、ジッとテレビを睨むように見ていた。

 近くにいた弥生と葉月は、皐月たちが入ってきたのに気付くと、そちらを見遣る。「若しかして、まだ発表もされてないの?」

 皐月が弥生に尋ねる。

「ええ。瑠璃さんは捜索願いを出しているとはいえ、受容性は低いって、爺様自身が云ってるけど、警察がいなくなってるのに報道もされないのが気になって、苛々してる」

 弥生の云う通り、拓蔵は低い声で溜息を吐いていた。

「私が閻魔王さまを、夜叉と一緒に帰らせたのが」

 毘羯羅がしょんぼりとした表情で、そう言うが、「毘羯羅のせいじゃないじゃろ。夜叉と一緒ならば安全と判断したお前さんの判断は間違ってはおらんよ」

 拓蔵がそう言う。

「そう言えば、この前瑠璃さんが煙々羅に、羂索の事を調べて欲しいって云ってたけど、帰ってこないわね」

「確かに、いくら閻魔王さまが人間の姿になっているとはいえ、従者が主君の命令を(そむ)くとは思えません」

 毘羯羅はそう言うや、「マトリカス」

 と、指を鳴らした。

「お呼びでしょうか? ドゥルガーさま」

 そう言いながら、毘羯羅の影から現れたのは、茶と紫のグラデーションを施したウェーブの長髪に、黒いナチス帽を被っているため、服装も軍服に近かった。

「マトリカス、話は聞いていたわね。至急、地獄より煙々羅を呼び戻して」

 毘羯羅がそう言うと、マトリカスはズブブと影に埋もれた。

「――毘羯羅、今のは……」

 皐月が毘羯羅にそう尋ねたが、「確か、さっきのマトリカスは、ドゥルガーの逆立った髪から生まれたとされる神じゃったな。書物によれば阿修羅(アスラ)のひとつとも云われておるはずじゃ」

 拓蔵がそう言うと、毘羯羅は答えるように頷いた。

「ねぇ、毘羯羅…… マトリカスって、権化とかにはなれないの?」

 弥生がそう尋ねると、毘羯羅は首を傾げ、「一応阿修羅(アスラ)ですから、権化は出切るはずですけど」

 そう云うや、弥生は顔をにんまりとさせる。その表情は悪巧みを考えているようなものに近い。。

「や、弥生姉さん、なに考えてるの?」

 皐月がたじろいた表情で尋ねる。

「いやね、あの髪型って、ちょっと似てるなぁと思って想像したら、似合いすぎてて、今度コスプレさせようかと――」

 弥生が言い切る前に、拓蔵が鉄槌を食らわせた。

「人が真剣な話をしとる時に、なにを考えとるか!」

 拓蔵がそう怒鳴ると、「ご、ごめんなさい」

 と、頭を抑えながら、弥生は涙目で謝った

 ――数分ほどして毘羯羅が何かに気付くと、チラリと自分のうしろを一瞥すると、マトリカスが影から顔を覗かせていた。「――煙々羅は?」

 毘羯羅がそう尋ねると、マトリカスは視線を逸らした。

「連絡が取れないと――不動明王は」

 毘羯羅は羂索を持っている不動明王のことも尋ねる。

「そちらは何とか連絡が取れましたが、今現在、裁判が忙しいとの事で、直接会ってはおりません」

「閻魔王にお願いして、浄玻璃鏡を通して、現世の情報を」

 そう告げられ、マトリカスは再び影に埋もれた。

「――マトリカスはなんと」

「煙々羅との連絡が取れないのと、不動明王は裁判で忙しいらしく、今は閻魔王がもつ浄玻璃鏡に頼るしかないですね」

 毘羯羅がそう言うと、拓蔵はスッと立ち上がり、壁にかけられている上着を羽織った。

「爺様、どこか出かけるの?」

 葉月がそう尋ねると、「すまん、ちょっと急用を思い出した」

 拓蔵は居間を出て行き、数秒ほどして、玄関の戸が開く音が聞こえた。

「――爺様、一体なんの用だろ?」

 三姉妹は首を傾げるが、毘羯羅はどこか腑に落ちない表情を浮かべていた。


 拓蔵はコンビニに寄り、ワンカップ酒と、少しばかりの(つまみ)を買い、浅葱橋に近い公園へと訪れていた。

(ワン)ちゃん! (ワン)ちゃんはおるかぁ?」

 そう叫ぶと、ダンボールハウスから、のぞりと初老の男が出てきた。

「なんじゃ、拓蔵か? こんな時間になんの用じゃ?」

 王様(ロワ)は頭を掻きながら、拓蔵を見遣る。

「ちょっと近くを立ち寄ったのでな、晩酌でもどうかと思って――」

 拓蔵は先ほど買ってきた酒と肴が入ったレジ袋を王様(ロワ)に見せた。

「ちょっとお前さんに尋ねたいことがあるんじゃよ…… 破壊神シヴァ……いや、大自在天とでも云ったほうがいいか?」

 拓蔵がそう言うと、王様(ロワ)は首を傾げたが、やがて徐に小さく笑みを浮かべた。

「どちらでもよい。どちらの名もわしに変わりはないしな、そもそもそう呼び分けているのは、お前たち人間であろう?」

 王様(ロワ)はそう言いながら、ゆっくりと椅子に座った。

「それで、わしに聞きたい事とは?」

「警察内に権化としてやってきていた阿弥陀警部や佐々木くん、吉塚愛が行方不明になっておるのは、お前さんも聞いておるだろ?」

 拓蔵がそう聞き返すと、「ああ、薬師如来から連絡があったよ。どうやら、それをやったのはぬらりひょんのようだがな」

「仮にも妖怪と神仏では、力が違いすぎるのではないか?」

 拓蔵が首を傾げるが、「わしらが権化として、三社に祭られている神仏が暴走しないように見張っておったのが、却って力が本来よりも弱かったのがいかんかったのと、やつの嘘を真にする力で、警察を騙していたと考えても、理がかなっておる」

「つまり、警察官が行方不明になった事が報道されないというのは、警察自身が身内を捕まえたというのを隠しているということか?」

 拓蔵はそう言うと、「しかし、なぜ湖西は見逃されてるんじゃ?」

「――薬師如来さまご本人も、そちらに関して腑に落ちておりませんでした」

 声が聞こえ、拓蔵と王様(ロワ)は声がした方を見た。

 そこには伐折羅と宮毘羅の姿があり、二人は、拓蔵と王様(ロワ)に小さく頭を下げた。

「もうひとつ、ぬらりひょんが響くんを誘拐したのと、栢を鴉天狗にしたことが、どうやら羂索を手に入れるヒントにあると考えてやっていたようなんです」

「やはり、ぬらりひょんの狙いは、羂索か」

 王様(ロワ)はそう言うと、腕を組み、うーんと唸った。

「ですが、その封印を解く羂索も、それぞれの注連縄として祭られていますし、滅多矢鱈(めったやたら)なことでは封印は解けないはずです」

 伐折羅がそう言うと、「だが、こうも考えられるんですよ。あの大災害で、一番の引き金になったのは、おりんが暴走したこと。それによって祭られていた荼枳尼天が共鳴してしまった」

「毘羯羅はそのことで、皆を苦しめてしまったことに責任を感じていたようです。仲間である私たちに相談しなかったのも、やつの力を肌で知っていたからだと――」

 伐折羅は自分の腕をきつく握り締めた。

「過ぎたことを気にしている暇があったら、前を向く。ぬらりひょんの居場所はわかったのか?」

「毘羯羅から聞いたマンションに行きましたが、蛻の殻でした」

「つまり、既にやつらは他の場所に行っているという事か?」

「いえ、生活用品とかは置かれていたので、感付いて逃げたのだと思います。それと部屋にこんなものが――」

 伐折羅はそう云うや、ポケットから小さな折り紙を取り出し、拓蔵に渡した。

「――巻貝のようじゃな…… しかしまた小さい紙で折っとるな」

 拓蔵はそう言うと、「巻貝…… 巻貝なぁ」

 何かを思い出すように、拓蔵は首を傾げる。

「何か心当たりがあるんですか?」

 伐折羅がそう尋ねると、「若しかしたら、法螺貝かもしれんぞ。あれも巻貝といえば、巻貝じゃからな」

 王様にそう言われ、拓蔵はなにかに気付くと、伐折羅を見遣った。

「もしかすると、ぬらりひょんは、子安神社に向かっているのかもしれん」

 拓蔵がそう言うと、伐折羅と宮毘羅は、背筋が凍り付くのを感じた。

「子安神社には、濡女子が体を休めているはずです」

「夜行が帰れない日とかは、濡女子が響の傍にいたようだから、響からなにかを問い質すのに必要……」

 宮毘羅は言葉を止めた。「宮毘羅、どうしたの?」

 伐折羅が尋ねると、「それなら、響を誘拐した時に、どうして一緒に連れていかなかったんだろ」

「ぬらりひょんが黒川の血筋を滅ぼそうとするのか、大自在天さまは何かご存知なんですか?」

 伐折羅は王様(ロワ)にそう尋ねると、「やつは昔、黒川家に封印されたことがあってな、あの大災害よりも大昔になるがな」

「つまり、怨恨による理由ですか?」

「黒川は『カーラ・ナディー』と云ってな。もう一つの名が『タモーヌゥド・ナディー』……闇を払う川という意味をもつ。元々は邪神の心を清めていたのだ。ぬらりひょんを封印したのも、消滅させるためではなく、救済するためだったとも考えられる」

 王様ロワがそう言うと、「それじゃあ、十王さまたちはそのことを知っていたから、同じく黒の名を持つ毘羯羅を、黒川の人間に近付けたということですか?」

 そう訊かれ、王様ロワは頷いた。

「しかし、やつは巫術師である朧によって浄化されたことを、十王たちは知らなかった。其れを問い質したが、朧は『ぬらりひょんは自分の手で、浄化した』と一点張りでな……」

 そう話す王様ロワの表情は、どことなく物悲しかった。

 その事に気付いていた伐折羅は、訊こうかどうか少しだけ迷ったが、訊かないほうがいいだろうと(とど)まった。


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