表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
208/234

拾弐・夜光


 ――殺して。

 そう少女は、心の中で呟いた。

 少女の周りは冷たく、それに生じる(あかぎれ)で、少女の肌は赤く切り刻まれている。

 少女は、どこを向いているのかわからなかった。相貌は切れてしまい、何も見えなくなっている。

 今、自分はどこにいるのだろう…… 手探りしながら、少女は歩いていた。

 ――殺してほしい。もう一思いに……もう目覚めないように――

 しかし、少女が歩いている場所は、地獄である。

 地獄は決められた年月が経つまで、罪人は何度でも蘇らされ、獄卒たちによって、殺されていく。

 それは我々人間からは想像出来ないほどの、長い年月であった。

 少女はただただ、この身が切り刻まれる冷感に苛まれていた。

 少女が歩いている地獄は『鉢特摩(はどま)地獄』といい、等活や黒縄(こくじょう)、無間地獄といった、八熱地獄の近くにある、八寒地獄はっかんじごくの内のひとつに数えられる。

 また、皸によって、身体が切り刻まれ赤くなることから、別称『紅蓮地獄』とも云われている。

 少女は目の前に、誰かがいる気配を感じる。

『誰? 誰かいるの?』

 声を出そうとしたが、極寒による痛みで、思うように出せない。

「…………っ」

 気配は声を出すが、耳も麻痺している少女には、何も聞こえない。

 ――ここから抜け出し、お前を殺した人間に復讐しないか?

 少女の頭の中に、その言葉が過ぎった。

 少女は、まるで糸が切れたかのように、その場に倒れると、一人の男が、少女を蔑んだ目で見下ろした。

「そうだ。お前を殺した人間を――お前が殺すんだ」

 男はゆっくりと少女の首筋に手を当てると、ゴキッという、何かが折れる音を響かせた。

「貴様っ! そこで何をしている?」

 獄卒がそう叫び、男に近付く。「これはこれは、失礼…… 仕事の邪魔でしたかな? ちょっとこの亡者が倒れてしまったのでね、看病していたのですよ」

 男がそう言うと、「いや、失礼。しかし、ここは罪人を戒めるための場所であって、慰める場所にはありません」

 獄卒がそう告げると――

「ほんとう、さっさと滅ぼしてしまえばいいものを……」

 男がそう云うや、「貴様、何を云って――」

 獄卒の視界は、急転直下するかのように、下に落ちた。

「さて、この娘を人質として利用し、夜行を(おび)き出すか…… そして、やつが封じた邪神の力を開放する」

 男は笑みを浮かべ、栢を見遣った。

 その笑みは、歪みに歪んで、気持ちの悪いものでしかなかった。


「おい! そこで何をしている?」

 警備員が、呼び止めるように、少女の肩を押さえた。

 空は薄紫に染まり、転々と星が鏤められている。

 呼び止められた少女は、ジッと警備員を見た。

「――君、何歳(いくつ)だ? 見たところ、小学生みたいだけど、親御さんは?」

 警備員が色々と尋ねる中、少女は外方を向いている。「おい、聴いているのか?」

 警備員が怒鳴りかけた時だった。

『――殺して…… 誰か私を楽にして』

 突然、警備員は痙攣を起こす。

 ――そして、見る見るうちに体は膨らみ、まるで風船が破裂するかのように、体が割れた。

 血が少女の体に飛び散ると、少女はそれを手で拭った。


「――酷い」

 海雪と因達羅が、破裂した遺体を見ながら、口を押さえた。

「駄目、人と思う臭いが全然しない」

「妖怪の仕業――ということでしょうか?」

 因達羅がそう尋ねると、「いや、そうと決まったわけじゃないでしょ。中に小型爆弾を仕掛けて、遠隔操作で――というやり方だってあるだろうから」

 信乃はそう言いながら、遺体を見た。「仮にそうだったとして、火薬の量が半端じゃないでしょ」

 海雪がそう言うと、信乃は頷いた。

「それで、妖気とかは感じられた?」

「いや、全然――」

 信乃がそう言うと、「しかし、これを人間の所業とするには、無理がありますしね。小型爆弾を飲ませたにしても、全身が破裂するとは……」

 因達羅は、転がっていた骨に、傷が入っているのが目に入った。

 その傷は、一定の間隔で傷が付けられている。

「因達羅、それがどうかしたの?」

 海雪がそう尋ねると、「海雪さん、確か鴉天狗は風の妖怪でしたね?」

 因達羅がそう聞き返すが、海雪は苦笑いを浮かべ、信乃を見遣った。

「――天狗は、高慢な僧侶が死後になる妖怪と云われていた気がするけど。それに鴉天狗といえば、鞍馬天狗でしょ?」

 信乃がそう言うと、海雪と因達羅は互いを見やった。

「信乃、今なんて言った?」

「――へっ? だから、鴉天狗といえば、鞍馬天狗って」

「その前です。天狗は僧侶が死後になるというところ」

 海雪と因達羅に詰め寄られ、信乃は後退りする。

「え、ええ。天狗は基本的にそう言い伝えられて……」

 信乃がそう言うと、因達羅は額に汗を垂らした。

「海雪さん…… 仮にも手加減していたとはいえ、毘羯羅が栢に負けた理由って――」

「私も戦ったことあるから云えるけど、栢に剣術を教えたのって――毘羯羅?」

 海雪がそう云うや、「ちょっと待って」

 と、信乃が二人の口を止めた。

 信乃は聞き耳を立てる。「鳥の羽音?」

「そりゃ、鳥なんていくらでもいるでしょ?」

 海雪の云う通り、鳥なんてどこにでもいる。さほど珍しいものではない。だが信乃の表情は、徐々に強張っていく。

「いや、なんかどんどん近付いてきてるんだけど」

 信乃がそういった時であった。

「キシャアァアアアアアアアアアアアッ!」

 という、鳥の鳴き声が三人の頭上から聞こえ、頭上を見上げると、そこには、数え切れないほどのカラスが空中停止し、三人を見遣っていた。

「――なっ?」

 信乃と海雪が、悲鳴にも近い声をあげる。

 その音が合図となったのか、カラスたちは嘴を向け、地面へと猛スピードで落下してきた。

「――っ!」

 三人はそれを避けるが、一体何羽いるのかもわからないため、「信乃、因達羅、ここはひとまず逃げるが勝ちよ!」

 海雪がそう二人に言うと、「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」

 弁財天の真言を唱えると、海雪は鎌を構えた。

「ちょっと、おばあちゃん? なにするつもり?」

 信乃がそう尋ねると、海雪は「レント、グラーヴェ」

 そう叫び、空に向かって鎌を振り下ろすと、飛んでいたカラスが一斉に地面へと叩きつけられた。しかし、それでも数は一向に減っていない。「――呪術が効いてない?」

 海雪は視線をうしろの方へと向ける。

「いいえ、多分届かなかったんだと思います」

 因達羅はそう言いながら、「多勢に無勢という言葉もありますし、ここはやはり逃げるのが先決ですね」

「あー、なんかレベル上げしてる時に、経験値が大量にもらえる敵が出てきたけど、体力回復出来ないから逃げてるのと似てる気がする」

 信乃が愚痴を零す。

「しかたないでしょ? それとも、ゲームオーバーになって、最初っからのほうがいい?」

 海雪がそう訊くと、「いや、逃げて、宿屋で回復してセーブした方がいい」

「それに、少なくとも彼らは操られている気がしますし、だったら根本的なものを倒せばいいのでは?」

 因達羅がそう言うが、「その鴉天狗がどこにいるのかって話でしょうが!」

 三人は、空を覆い隠すカラスの猛攻を避けながら、近くにあった古寺へと、逃げるように転がりこんだ。

「こんなところにお寺なんてあったんだ」

「使われなくなってから、だいぶ経っているみたいですね」

 海雪と因達羅は、お寺の本堂の中を見渡していた。

 すると、うしろから鍵が閉められるような音が聞こえ、二人はそちらに振り返る。

「これでよし。まぁ、むこうが諦めてくれるのを待つしかないけど」

 二人が会話をしている間、信乃は閂で戸を閉めていた。

「ねぇ、信乃…… あんたこんな場所にお寺があるなんて知ってた?」

「いや、私もはじめて入るけど、でもなんか懐かしい匂いがしてる」

 信乃はそう言うと、スーと深呼吸する。

「わたしも、なんだか疲れが癒される気がします」

 因達羅も、緊張を解すように、軽く深呼吸した。

「確かに、落ち着くわね。――外はそうじゃないけど」

 海雪は倒れるように床に座った。

「ちょっと、おじいちゃんに連絡入れてみる」

 そう言うと、信乃はズボンのポケットから携帯を取り出し、液晶画面を光らせた。「――っ?」

 海雪と因達羅が声をあげる。「し、信乃…… うしろ、うしろぉ!」

 海雪が信乃のうしろを指差す。「――うしろ?」

 信乃は振り返り、そちらを見たが、暗くて何も見えない。

 携帯画面をカメラモードにし、フラッシュを焚い状態にして、そちらに光を向けた。

 そこには大きな羽を広げた、修験者の像が立てられていた。

「これって、鴉天狗?」

「確かに、鞍馬山みたいに、鴉天狗を神様として崇めているのもあるけど―― でも、そんなのが祭られてるなんて聞いたことないわよ?」

 少なくとも寺院の娘である信乃が知らないのでは、海雪と因達羅が知らないのも無理はない。

「信乃さん、ちょっとこちらに光を当ててくれませんか?」

 因達羅にそう言われ、信乃はそちらに光を向けた。

 因達羅の足元には、書物が散らばっている。

「なにそれ? なんて書いてあるの?」

 信乃がそう尋ねると、「どうやら、手紙のようですね」

 因達羅はそれを手に取る。

『ここに 維持する力を持つ神の使いを 祀り上げる』

「――維持する力?」

 信乃が首を傾げる。「何かとんでもないのが祭られているって事?」

「そう考えられなくもありませんが、でも一体――」

 因達羅が、うーんと悩むように唸った。

 信乃はもう一度、先ほど見た、羽の生えた像を見遣った。

 ――あの仏像、どう見ても、鴉天狗よね?

 そう考えるが、それとあのメモのような文章が、どう繋がっているのかがわからない。

「なんや、三人とも、こんなところにおったんかいな?」

 声が聞こえ、信乃たちがそちらを見ると、小さなトラの姿をした真達羅が姿を現していた。

「真達羅、何をやっていたんです?」

「それはこっちの台詞や、あんたらこそ、なにしとんの?」

 真達羅がそう尋ねる。「見りゃわかるでしょ? 今やばい状況なの」

 信乃が苛立った声をあげる。門の方を見ると、ガタガタと音がしていた。「おわぁっ! こりゃ大変な状況やな?」

 真達羅が驚いた声をあげる。「やけども、よくもまぁ、こんなところに入れたな?」

「こんなところって? 真達羅、あなたここが何なのか知ってるんですか?」

 因達羅がそう尋ねると、真達羅は、首を傾げるような仕草をした。

「ここはなぁ、迦楼羅天(かるらてん)が祀られてるや」

「――迦楼羅天?」

「せや。迦楼羅天は、インド神話に出てくる神鳥(かんどり)のガルダを仏教に取り入れたものなんや」

「ガルダ? なんか聞いたことがあるような」

 信乃がうーんと首を傾げる。「もしかして、ガルーダのこと?」

 海雪がそう尋ねると、真達羅は「そうやそうや」

 と、頷いた。

「でも、あのメモとどう繋がりが?」

「ああ、あのメモか? あれはなぁ、夜行が残したメモなんやけど」

 真達羅がそう言うと、「夜行さんが?」

「せや。ガルーダは、世界を維持するといわれている、ヴィシュヌの乗り物としても伝えられてるんやで」

「なるほど、だから『維持する力を持つ神の使い』というメモがあったわけだ」

 信乃は納得した表情で皆に尋ねた。

「鳴狗寺のおっしょうさんやったら、何か知ってるかもしれへんな」

「確かに福祠町の歴史は、表裏ともに実義さんのほうが知ってるかもしれませんね」

 因達羅はそう言うが、「でもその前に、この状況をどうにかしないといけないでしょ?」

 海雪が呆れた表情で、親指をうしろの門に指した。

「そうや、信乃はん。ちょっと多聞天の真言を唱えてくれや」

 いきなりそう言われ、信乃は面食らった表情を浮かべる。

「ええから、ええから。ちょっと面白いもん見したるさかいになぁ」

 真達羅はケラケラと笑みを浮かべる。

 信乃は納得いかない表情で、スッと目を瞑ると、

 ――オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ――

 多聞天の真言を唱えると、信乃は、青と白の巫女装束を纏った姿に変わる。

「ええか、海雪はんに因達羅、わてが合図を出したら、閂を抜いてや」

 真達羅は信乃の前で、そう二人に言う。

「ちょっと、真達羅? 一体何をしようっての?」

 信乃は刀を構える。「ええから、信乃はんは門が開いたら、思いっ切り刀を振るえばいいんやて」

 真達羅がそう言うと、門を激しく叩く音が聞こえた。

「いまやぁああああああああああああああっ!」

 真達羅がそう叫ぶと、海雪と因達羅は、同時に閂を抜いた。

 門が開くと、カラスの羽音が激しく聞こえてくる。

「はぁあああああああああああああああああっ!」

 信乃は門目掛けて、思いっ切り振り下ろした。

 その一刀を追うかのように、激しい雷が迸っていく。

 本堂の外は一直線に砂煙と黒煙が舞い、焼け焦げたカラスの躯が散らばっている。

「な、なにこれ?」

 信乃は慌てた表情で、真達羅に問い質す。

「これが、クベーラの真骨頂や。戦神に、雷はつきものやろ?」

 ――真達羅の姿は、大きなトラの姿をした霊獣となっていた。

「ほら、あいつらが驚いてとるすきに」

 真達羅がそう叫ぶと、信乃たちは一斉に本堂を飛び出し、鳴狗寺へと走り出した。


 ――そんな四人の後姿を、赤い羽根を広げた少女が見ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ