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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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拾・症候



 伐折羅と毘羯羅は、皐月を稲妻神社の本堂に連れて行き、床に横たわらせる。

「毘羯羅、栢はぬらりひょんに唆された――でいいのよね?」

 伐折羅がそう尋ねると、「あの大災害の原因は、確かにぬらりひょんが、栢に『両親が、邪魔なお前を殺しにくる』と(うそぶ)いたのが原因。やつの力なら、両親に男子おのこが生まれたという嘘を植えつけることくらい容易いことだろうし、黒川家が今までしてきたことを考えたら、おりんと栢が殺されることも、すべて想定内のことだった」

 毘羯羅はそう言うと、ゆっくりと天井に描かれた稲穂を見た。

「あなたが執拗なまでに、稲妻神社にいたのは、祭られている荼枳尼天が、自分の……カーリーの眷属だったから?」

 伐折羅がそう尋ねる。

「眷属を心配するのは、主君としては当然だし、ずっと気にかけていたことでもある。栢に襲われて、一時的にいなくなったのだって、夜行に事を調べてもらうきっかけとして、吉祥天にお願いされたことだった」

 毘羯羅はそう言うと、「それこそ、皐月には時期が来れば、大黒天(マハーカーラ)の真言を教えようと思ってたし、ぬらりひょんに対抗するにも、まだ成長段階だった」

 と、毘羯羅は皐月を見ながら話した。

「ただ、やっぱり、やつの『嘘を本当にする力』は、信じる力がなければ、太刀打ちすら出来ない」

「だから、あなたは私たちに相談もなしに、自分ひとりで解決しようとしてたんだ」

 伐折羅にそう言われ、毘羯羅は小さく頷き、頭を抱えた。

「さっきだって、頭の中にぬらりひょんの声が聞こえて、みんなが私を殺そうとしていると思った。やつのまやかしによるもの、そうわかっているのに……皆のことが信じられなかった」

 突然本堂の扉が開き、伐折羅と毘羯羅がそちらに振り返った。

「毘羯羅…… もう大丈夫なんですか?」

 中に入ってきた、摩虎羅がそう尋ねる。

「摩虎羅、ごめん。皆に迷惑を掛けてしまって」

「気にしてはいません。というか、一々気にしていたら、身が持ちませんからね」

 摩虎羅は若干じゃっかん諦めた表情を浮かべながら、毘羯羅を見遣った。

「しかし、厳重な処罰を受けることは覚悟しておいたほうがいい」

 信にそう言われ、毘羯羅は小さく頷いた。

「さて、本題に入ろうか? 毘羯羅、今回の事件、ぬらりひょんが企てていることに関して、知っていることすべてを話してもらう」

 信がそう言うと、毘羯羅はゆっくりと深呼吸をした。

「ぬらりひょんの目的は、この町を護り祭られている神を仲違いさせ、滅すること。以前の大災害においても、やつは同じようなことをしようとしましたが、儀式の失敗や、鳴狗神社に祭られていた三面六臂大黒天を、三神(さんしん)に分けることによって、難を逃れた。そして、二度と同じようなことが起きないように、夜行は、特別な(まじない)を以て、羂索でそれぞれの神に力の制御を促したんです」

「それが、夜行が残したという暗号ってことね?」

「羂索には、衆生救済の象徴でもありますし、それに、それぞれの神社にある注連縄がそうなんです」

 毘羯羅がそう言うと、「つまり、その注連縄が万が一切れてしまうと、祭られている神は本来の邪神に戻る……ということ?」

「そう考えて間違いないと思う。注連縄は、領有の場所であることを示したり、出入りを禁止したりするための標識の役割を持っているのと、摩利支天が三社を陽炎にして、見えないようにしてきた」

 毘羯羅は伐折羅の質問に答えると、「だけど、遊火のように良心的なものや、何かを伝えようとしている妖怪には、その効力がないの。本当に危惧すべき妖怪は出入りどころか、神社を見つけることすら出来ない」

「なるほど、だから姑獲鳥と化した間宮理恵が、皐月の胎内に子供を預けたことや、信乃の夢の中に反枕(まくらがえし)や獏が現れたのも、ある意味納得出来るな」

「どちらも、何かを伝えようとした。それを摩利支天が許したということになる――そういうことね?」

 摩虎羅は毘羯羅を見詰め尋ねる。毘羯羅は小さく頷いた。

「ただ、ひとつ気になることがあるの。それは皐月たち三姉妹の両親である遼子や健介の存在を、どうして大宮巡査は知っていたのかということ。確かに、健介はF1レーサーとして有名だったけど、事故が起きて以降、その存在すら覚えている人はいなかった」

「それもぬらりひょんによる仕業だったということか?」

「彼女たちを助けたのが、母親である遼子ではなく、祖母である閻魔王によるもの……という、嘘の認識をあの子達にすれば、容易いでしょうしね」

 伐折羅は皐月を見遣った。毘羯羅から受けた傷は、彼女の回復力で、殆ど瘡蓋になっている。

 ――突然摩虎羅が眉を顰め、耳をビクつかせる。

「どうした、摩虎羅」

「近くでパトカーの音がしたので、何かあったのかと」

「そういえば、阿弥陀如来たちの捜索に、他の皆を出払わせていたな。一度呼び戻すか」

 信がそう言うと、指を鳴らした。

「お呼びでしょうか? 大威徳明王さま」

 薄闇の中から現れたのは、白拍子を羽織った中年女性であった。

阿修羅アスラ、阿弥陀如来たちの捜索に当たっている十二神将たちを、この神社に呼び集めてくれないか?」

 信がそう頼むが、「それが――」

 阿修羅が言葉を濁らせる。「どうした? 何かあったのか?」

 信が尋ねるが、阿修羅は皐月を一瞥すると、「皆、いなくなっているようなんです。佐々木班全員。それこそ、西戸崎刑事や岡崎巡査、大宮巡査も――」

「どうして? 神仏であるなら、まだわかるけど、人間である大宮巡査たちがいなくなるって」

 伐折羅はうしろで眠っている皐月を見遣る。

 皐月は眠りについている。

「それと……先日デパートで発見された焼死体の事は知っていますね?」

「ええ。それがどうかしたの?」

「その事件に対して、捜査本部が立てられていたのですが、そちらの方も……なかったことにされているんです。検死に出された遺体も、なかったことになっています」

 阿修羅がそう報せると、「毘羯羅、やつの居場所……本拠地を知っているのだろう? そこに案内してくれ――恐らく、響と黒川瑠璃は、そこにいる」

 信は毘羯羅にそう言うと、毘羯羅は頷き、立ち上がった。

「皐月さんは――どうするのですか?」

「――捨て置け……」

 信がそう告げると、摩虎羅と毘羯羅は怪訝な表情を浮かべたが、今の状態では、却って足手纏いであることは明白であった。


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