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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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玖・推考


 毘羯羅は一人、海雪と因達羅とは別行動をとっていた。

 自分のせいだ――自分があの大災害を引き起こしてしまったんだ――

 そう考えながら、毘羯羅はゆっくりと稲妻神社の上空へと飛び、立ち止まる。

 地上では慌てた表情で皐月が、走り去っているのが見えた。

 毘羯羅はゆっくりと視線を神社の方にやる。

 ――わたしが、わたしがもっとしっかりして、二人のことを見ておかなきゃいけなかったのに……

 毘羯羅は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「毘羯羅、そこで何をしてるの?」

 落ち着いた声が聞こえ、毘羯羅はそちらを見遣った。

 そこには信と摩虎羅の姿があった。「――摩虎羅?」

 毘羯羅は少しばかり脅えた表情を浮かべる。

「大丈夫だ。我々は君を責めたりはしない」

 もうひとつ声が聞こえ、そちらの方見ると、「波夷羅…… それに珊底羅も……」

 最早、袋の鼠と云わんばかりに、因達羅と真達羅以外の十二神将が周りに集まっていた。

「毘羯羅、少し話を聞かせてくれ。君は何をしようとしていたんだ? 十王が釈迦如来さまに尋ねても、何も答えてくれなかった…… 従者である君なら、何か知ってるんじゃないのか?」

 安底羅(あんちら)がそう尋ねると、毘羯羅は虚空から三叉矛を取り出し、身を構えた。「抵抗するのか? 毘羯羅ぁっ!」

 他の十二神将も身を構える。

「ごめん……みんな…… ぬらりひょんの一件は、私が責任を負わなければいけない。だって、私が――」

 毘羯羅はそう言うと、矛を振り翳す。

 ――オン ビカラ ソワカ

 毘羯羅は自身の真言を唱えるや、ゆっくりとした動作で、矛を振り下ろす。

「っく? みな気をつけろ!」

 周りには無数の槍が左右天地に現れ、矛先が波夷羅たちに向けられている。

「毘羯羅、私たちはあなたを責めようとは思ってない」

 摩虎羅がそう言うと、「そうだ。あの一件も、今回の件も、すべてぬらりひょんが企てたことだろう?」

 信がそう叫ぶ。「でも、わたしがぬらりひょんを……」

「何を言っている。ぬらりひょんを逃してしまったのはわしの責任じゃ、お前が背負い込むことではないんじゃぞ!」

 珊底羅の隣に現れた虚空蔵菩薩が、言い聞かせるように言う。

「さぁ、矛を仕舞え。我々は仲間を責めようとは思っていない」

 波夷羅がそう言うと、毘羯羅はゆっくりと矛を下ろした。

 ――お前を殺そうとしているのは……誰だ?

 頭の中に声が聞こえ、毘羯羅は目を大きく広げる。

「っ? 毘羯羅、どうした?」

 安底羅が声をかけ、毘羯羅に近寄ると、「ぐぅふっ?」

 安底羅の体を、三叉矛が突き刺した。

「――安底羅?」

 招杜羅が叫ぶと、他の十二神将が身を構える。

 安底羅の体が、ずるずると落ちていく。

 そして、見えた毘羯羅の表情を見るや、波夷羅たちはゴクリと喉を鳴らした。

 その表情に、いや、毘羯羅の目には光も何もなかった。

「まさか…… くそぉ、ぬらりひょんめ…… あの大災害の時から、こうなることを予想しておったのか?」

 虚空蔵菩薩が額に脂汗を流す。

「そんな、毘羯羅…… どうしたの?」

「なるほど、迂闊だった。毘羯羅はヴィカラーラと云われ、ドゥルガーとも云われている。そしてドゥルガーは、先の戦いでカーリーという別の体を生み出した」

 信がそう言うと、「みんな、気をつけて! カーリーは純粋に殺し合いを楽しむだけの禍神(まがつかみ)よ」

 摩虎羅がそう叫ぶ。「コロス…… コロス…… コロス……」

 毘羯羅は譫言のように呟くと、珊底羅目掛けて矛を突き出し、突撃した。

「……っ!」

 珊底羅は間一髪避けたが、背中に冷たい感触を感じる。毘羯羅が一瞬のうちに矛先を反転させ、うしろを突き刺した。

 ――が、珊底羅は炎となりて、難を逃れる。

「どうするのよ? 毘羯羅は私たち十二神将の中でも、一、二を争うくらいの戦神なのよ?」

「しかも、ここは彼女のホームグラウンドだ。というより、彼女の力があって、もっていたようなものだからな」

 信はそう言うと、「摩虎羅、急いで因達羅と真達羅に連絡を……」

「それもあるが、阿弥陀如来さまの行方もわからん…… まさかとは思えるが、襲われたという可能性も」

「それに、懸衣翁や愛染明王さまとも連絡が」

 迷企羅と波夷羅がそう云う。

「くそぉ、みんな、一時撤退!」

 伐折羅がそう叫ぶと、波夷羅は倒れている安底羅を抱え、逃げの体勢をとる。「珊底羅は虚空蔵菩薩さまと、摩虎羅は大威徳明王さまと一緒に、行方不明になった阿弥陀如来さまを探して!」

 そう言われ、摩虎羅と珊底羅は頷いた。

 ――オン バサラ ソワカ

 伐折羅がそう叫ぶと、周りに膜のようなものが現れる。

「ここは私が抑えておきます。みんなは早く!」

「わかった、お前も無理をするな!」

 全員が退散していくのを見ると、伐折羅は術を解いた。

「毘羯羅、自分の心に……幻影に負けるようでは、まだまだ十二神将とはいえないわね……」

 伐折羅は剣を取り出し、構える。

「コロス…… コロス…… コロス……」

 最早話しても――と、伐折羅は覚悟を決めた。――その時である。

「我流一刀・羅刹っ!」

 突然、声が聞こえると同時に、毘羯羅に一刀が放たれた。「さ、皐月さん……?」

 伐折羅は驚きを隠せない表情で、皐月を見遣った。

「人んちの上空で、一体何をやってるの?」

 皐月が険しい表情を浮かべ、二人に話しかける。

 これだけ強い力を放っているのだ、近くにいた皐月が気付かないわけがない。

 毘羯羅の視線が皐月に向けられる。「黒闇天……?」

 皐月がそう言うと、伐折羅は目を疑った。

 いや、皐月の云っていることは当たっている。

 毘羯羅と黒闇天は同一視されており、同じものだと云ってもいい。

「ってか、なんで金門さんが?」

 皐月は金門が伐折羅であることを知らないため、驚きを隠せないでいる。「っ、さてと、どうしようかな……?」

 伐折羅は困った表情を浮かべた。今この状況は、完全に最悪なものである。

 毘羯羅はゆっくりと矛を翳し、皐月に矛先を向ける。

 皐月は短刀を前に出し、長刀を弓矢のように引いた。焔鼠轍(えんそのわだち)の構えである。

「っていっ!」

 毘羯羅が猛スピードで突撃する。

『その技は、一度発すると自らの力では動きを止めることは出来んからな。それを利用すれば微力なものでも主に勝てるわ』

 一瞬、美音の言葉が、皐月の頭に過ぎった。矛や槍といった、突撃するような攻撃は、自分の力で動きが制御出来ない以上、一方向にしか動く事が出来ない。

 つまり、その軌道さえわかれば、攻撃を避けることも可能になる。

 しかし皐月は、ゆっくりと、何かに合わせるように呼吸する。

 ――まだ……、まだ……、美音だったら、まだ攻撃を仕掛けてこない。

 皐月は、美音がいつ攻撃するのかが、手に取るように()()()()()

 いや――美音の呼吸が、耳元で聞こえているような錯覚に陥っていた。

 そして、その呼吸が切れると同時に、毘羯羅は、皐月目掛けて突撃して来た。

「――二刀・灸鼠大鑓(きゅうそのおおやり)ぃ!」

 皐月はゆっくりと、短刀を逆手に持ち替え、長刀を前に突き出す。

 そして毘羯羅の矛先が長刀に掠ると、体をくねらせた。

 毘羯羅の体に、皐月の刀が食い込む。

 皐月の腕に矛先が掠り、血が滲み出る。

 二人とも同時に、倒れ、先に立ったのは――毘羯羅であった。

 荒い息を吐き、皐月をキッと睨みつける。

「毘羯羅、私の声が聞こえてるなら返事をしなさい!」

 伐折羅がそう呼びかけるが、毘羯羅は三叉矛を手に取り、皐月に突き刺そうとする。

「毘羯羅ぁ! あんたは皐月さんと自分がダブってたから、大黒天の力を貸していたんでしょ?」

 伐折羅がそう叫ぶと、毘羯羅の動きが一瞬だけ止まった。――いや、本当に一瞬だけだった。

 毘羯羅は伐折羅の声に反応して、動きを止めたのではなく、倒れている皐月が、恐怖で脅えた表情ではなく、哀れんだような表情だったからである。

 今から殺されようとしているのに、なんともいえぬその違和感が、毘羯羅を一瞬だけ躊躇わせていた。

 皐月は、あの攻撃ですべてを悟った。――毘羯羅は……黒闇天は私と同じなんだ。

 取り返しのつかないことをしているのに、誰も責めようとはしない。――それが枷となって、付き纏ってるんだ。

 毘羯羅の実力ならば、皐月を殺すことなど容易い。そんなことは戦った皐月が一番わかっていた。

「毘羯羅、瑠璃さんの居場所がわからないの……知ってたら教えて」

 皐月がそう尋ねると、「地蔵菩薩さまも? 阿弥陀如来さまや他の方々も行方がわからなくなってるの」

 伐折羅がそう言うと、皐月は伐折羅を見遣った。「お願い…… 毘羯羅、知ってるんでしょ? ぬらりひょんが何処にいるのか」

 皐月はそう尋ねると、「まさか――毘羯羅、あなた、事もあろうにぬらりひょんと……」

 伐折羅が毘羯羅を責めようとしたが、皐月はそれを止めた。

「毘羯羅は――黒闇天は、栢を助けたかったんだと思う」

 皐月は田原医師に教えてもらった、おりんと栢の事を二人に話した。「あの大災害を起こしたのは、おりんでもなければ、栢でもない。ぬらりひょんが企て、唆したことだった。そしてそれに気付いた毘羯羅は、栢を止めようとした」

 皐月がそう言うと、毘羯羅は皐月を見る。

「それじゃぁ、私たちは最初から? すべてぬらりひょんの企てたことに惑わされていたって事?」

 伐折羅はゆっくりと毘羯羅を見遣った。

 ――殺せ。お前を殺そうとしている、そいつらを殺せ……

 毘羯羅の耳元で、声が聞こえた。「いや、もういや……」

 毘羯羅は上擦いた声をあげる。

「毘羯羅?」

 伐折羅が声を掛けると、皐月はハッとした表情を浮かべるや、険しい表情であたりを見渡した。

「いるなら、出てきなさい! この卑怯者!」

 皐月は声を荒げる。

「――卑怯者とはとんでもない。親を殺しておいて、咎められもしなかったやつが、よくもまぁ……」

 気持ち悪い声が聞こえ、皐月は身を構える。

 姿を現したぬらりひょんは、笑みを浮かべている。

「毘羯羅を、どうしてこんな目に合わせるの?」

「知れたこと。こやつがいなければ、私の計画はすべて完璧だった。しかし、あの姉妹は――その計画に泥を塗った」

 ぬらりひょんはそう言うと、ゆっくりと手を翳した。

「さぁ、カーリーよ。目の前にいる邪魔者を殺してしまえ!」

 ぬらりひょんがそう言うと、「地獄に堕ちるのは――あんたでしょ!」

 皐月と伐折羅が同時に、ぬらりひょんに切りかかった。

「どっせぇーい」

 と、大きな声と共に、地鳴りが響いた。

 酒呑童子が四股を踏み、皐月と伐折羅の刀を、まるで玩具のように掴んでいる。「ぐぎぎぎぎっ」

 皐月は体の重みを刀にかける。

「無駄無駄ぁっ! わしの怪力に適うものはなし」

 そう叫ぶや、酒呑童子は力任せに二人を投げ飛ばした。

「――あがぁ」「――きゃっ!」

 皐月と伐折羅は壁に激突し、悲鳴をあげる。

「さぁ、カーリーよっ! お前の手で、その二人を殺せ! この二人がお前を騙し、お前の大切な両親を殺したんだ!」

 ぬらりひょんがそう告げると、毘羯羅はゆっくりと、視線を皐月と伐折羅に向けた。「――毘羯羅」

 伐折羅が叫ぶが、最早毘羯羅の耳には届いていなかった。

 毘羯羅は矛を構える。覚悟を決めた伐折羅は目を閉じた。

 ――その瞬間である。

 何かの気配が消え、伐折羅はゆっくりと目を開くと、眼前には皐月が毘羯羅と、刺し違えていた。

「はぁ、はぁ――」

 皐月のお腹には矛先が突き刺さっており、そこから、血が流れ落ちている。目は虚ろで焦点が合っていない。

 そして、皐月の刀は――地面に落ちたままだった。

 力が尽き果て、刀は元の竹刀へと戻る。

「きゃはははははっ! いいぞ、いいぞ……」

 酒呑童子がケラケラと笑い出す。

「さぁ、カーリーよ。伐折羅にもとどめをさせぇい。さして、お前の無念をはらすのだ!」

 ぬらりひょんがそう言うと、毘羯羅は皐月から矛を抜き取り、伐折羅に近付こうとしたが、それを皐月は止めた。

 毘羯羅は一瞬、目を疑った。

「――大丈夫。毘羯羅が私たちを殺せないことくらい…… いつも一緒にいてくれた私にだってわかる……」

 皐月が毘羯羅の耳元でそう呟く。

「だから…… 辛いことがあったり、嫌なことがあったら、背負わないで、話して…… 私だって、助けたいんだから」

 皐月はゆっくりと、毘羯羅を宥めるように言う。

 毘羯羅は体を震わせる。そして、矛を放した。

「な、何をしている? いったい、何を?」

 ぬらりひょんと酒呑童子は慌てふためく。

「だ、騙されるな! そいつらはお前を騙してるんだぞ!」

 ぬらりひょんがそう言うと、皐月以外の全員が、背筋を凍らせるほどの悪寒を感じた。

「まだ云うか……、この外道……」

 皐月はぬらりひょんと酒呑童子を睨みつけたが、その目はどんよりとしている。

「ま、まさか…… 摩訶迦羅(マハーカーラ)? でも、どうして? まだ真言は教えていないはずじゃ」

 伐折羅がそう言うと、毘羯羅はゆっくりと皐月を見遣った。

 ぬらりひょんたちに向けられている鬼のような形相とは対照的に、毘羯羅たちに向けられている表情を、毘羯羅と伐折羅はある人物に似ていることに気付く。

 ――ヴィシュヌ……

「く、くそぉ……」

 ぬらりひょんは後退りする。

「おい、どうした? 瀕死のやつに脅えてんじゃねぇよ」

 酒呑童子はボキボキと指を鳴らし、皐月に飛び掛ろうとしたが、

「やめろ…… カーリーは捨て置け」

 ぬらりひょんはそう言うと、「それにこちらは、切り札があるからな」

 そう云うや、ぬらりひょんと酒呑童子は姿を消した。

「毘羯羅…… 皐月さん……」

 伐折羅は体を引き摺り、二人に近寄る。

「皐月…… 皐月?」

 毘羯羅は震えた声で、皐月に声を掛ける。

「……っく、んぐぅ…… 二人とも大丈夫?」

 皐月が毘羯羅と伐折羅に声を掛ける。「い、急いで、皐月さんを神社に……」

 云うや、伐折羅は皐月を抱えようとするが、自身も酷い怪我をしている。

 毘羯羅はただ呆然と、皐月と伐折羅を見ているだけである。

「毘羯羅、力を貸して」

 伐折羅がそう頼むが、「わ、私が…… 私が…… 私が皆を――」

 毘羯羅が表情を曇らせ、大粒の涙を流す。

「毘羯羅ぁっ! あなたは十二神将の一人、子神の毘羯羅大将でしょう? 悔やむのは、この事件が終わってからにしなさい!」

 伐折羅がそう叫ぶと、毘羯羅は身を窄めた。

「それに、ここで皐月さんを見殺しにしてしまったら、あなたは今度こそ、取り返しのつかないことをしてしまうのよ? それでもいいの?」

 伐折羅は皐月を抱えるが、足元がふらついてしまい、思うように歩くことが出来ない。

 毘羯羅はキッと表情を硬くし、伐折羅に近寄った。

 そして、もう片方に体を貸すと、二人は皐月を神社の本堂に連れて行った。


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