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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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漆・投棄


「なるほど…… 栢が境内に入れた理由がわかりました」

 瑠璃は報告に来た海雪と因達羅、そして毘羯羅から、妖怪である鴉天狗が、本来入れないはずの稲妻神社の境内に入れた理由を聞かされ、表情を曇らせる。

「皐月さんや、毘羯羅が神社の境内で襲われた理由は、遊火や煙々羅のように、栢も悪い妖怪ではないと、摩利支天(まりしてん)が判断したのでしょう」

 因達羅がそう言うと、「信じ難いですが、襲われている以上、信じるしかないですね。本来、福祠町にある三社は摩利支天の力によって、邪気を纏った妖怪が入ることは出来ない」

 瑠璃はそう云うが、ふと違和感を感じた。

 ――それなら、反枕(まくらがえし)や、姑獲鳥(うぶめ)はどうやって、中に入ったというの?

 それと拓蔵から訊かれた、羂索についても考えると、瑠璃は額に汗をかいた。

「どうかしたんですか?」

 海雪が首を傾げ、瑠璃に尋ねる。

「まさか…… ぬらりひょんが響を誘拐した理由は、福祠町に祭られている神仏を、本来の邪神として目覚めさせ、殺し合わせようとしている?」

 そう呟くと、「邪神って、そんな事できるんですか?」

「神仏は信仰されることで、様々な姿に変わり、人々を見守ってきた。わたしは地蔵菩薩として、人々に崇められていましたが、元を辿れば、邪な精神に蝕まれた身ですからね」

 瑠璃――閻魔王には、イマという別称があり、イマはジャムシードという、ゾロアスター教の神話に登場する人物であり、イランに伝わる最古の王朝であるベーシュダード王朝の王の一人とされている。

 子安神社に祭られている弁才天は、水の神、サラスヴァティーとして崇められている。

 鳴狗寺にて崇められている毘沙門天は、戦闘の神であり、稲妻神社に祭られている宇迦之御魂神――荼枳尼天は人食いの鬼女として恐れられ、大黒天――摩訶迦羅マハーカーラは破壊神として恐れられてきた。

 瑠璃や阿弥陀警部、湖西主任――薬師如来、佐々木刑事――懸衣翁、吉塚愛――愛染明王など、権化として現れた神仏は、祭られているわけではないため、数には入らない。

 祭られている神たちは、人々に畏怖され、そして大事に崇められてきたため、邪神としてではなく、人々を見守る神として鎮座していた。

「それを狂わせないように、子安神社の娘が巫女として、祭神の玉依姫神の()(しろ)となった。元々、玉依姫神は巫女を神として崇めたものですからね」

 毘羯羅がそう言うと、海雪は少し顔を俯かせる。自分が子安神社の末裔という事実を知っているからである。

「そもそも昔の人間は、雷や台風、地震などの天災を、事あるごとに神の怒りとして受け取り、犠牲を払って鎮めようとした―― 犠牲を受け取ったわたしたちは、人の残酷な感情に嫌気が差すばかりですけどね」

 因達羅はそう言いながら、瑠璃を見遣った。

 瑠璃は伏目で、因達羅を見る。

 因達羅は、雷を操る雷霆神(らいていしん)であり、その力を持って、雨を降らし、民へのめぐみを与えてきた。

 だが、そのことを知らない人間は、神の怒りとして、贄を与えてきた。

 自分がしていることは可笑しいことなのだろうかと、恐らく、自分と同じように、自然の力を以って、人間に活力を与えようとしている神は、たくさんいるのだと、因達羅は海雪に話す。

「仮に邪神となったら、どうなるの?」

「前に起きた大災害は、鳴狗寺に祭られていた三面六尾大黒天を三神にわけ、それぞれの神社に封印するように祭ったので、逃れることは出来ましたが、封印を解く鍵をぬらりひょんが気付いてしまえば、どうしようも……」

 瑠璃はそう言うと、唇を噛み締めた。

 ――途端、毘羯羅が険しい表情を浮かべる。

「どうかしたの?」

 因達羅がそう尋ねるが、「しっ!」

 と、毘羯羅は人差し指を唇に立て、静かにするよう、三人に促す。

 毘羯羅の目は、何かを探すように右往左往している。

 そして、音の正体を見遣るや――

「そこぉっ!」

 毘羯羅は地面に指を挿し、そのまま天へと突き上げた。

 すると、彼女の影から、一本の三叉矛が現れ、天へと勢いよく放たれた。

「ギャァーー!」

 という、奇声が空から聞こえ、瑠璃たちは天を仰ぐと、ボトリと、黒い塊が堕ちてきた。

 それを見るや、口を押さえた。

 カラスの体は矛によって突き抜かれ、そこからドクドクと血が流れてはいるが、顔面はグチャグチャになっている。

 堕ちた時の衝撃によって、骨が砕けたのではなく、まるで握り潰されたように、折れ曲がっているのだ。

「因達羅、海雪さん、戦闘態勢、まだ近くにいる」

「まさか――鴉天狗?」

 海雪はそう云うや、虚空から鎌を取り出し、身を構えた。因達羅も同様に、小刀を手に取り、構える。

 毘羯羅は先ほど出した三叉矛を手に、険しい表情で周りを警戒する。

「閻魔王さまは、稲妻神社に……」

 人の姿となった瑠璃に、地蔵菩薩としての力はなく、いても足手纏いになるだけだと、毘羯羅は意識する。

 その考えは瑠璃本人にもわかり、申し訳ない表情を浮かべるが、

「ここで閻魔王さまを殺してしまっては、あなたに40年以上も我慢してもらったのかが無駄になります」

 毘羯羅が、そう言うと、瑠璃は怪訝な表情を浮かべた。

「元より、拓蔵さんは、瑠璃という女性と結婚していたはずなんです。しかし、その瑠璃は不慮の事故によって、10歳という短い生涯を送ってしまった。地蔵菩薩はそのことを悔やみ、彼女にひとつの契りを交わしたんです。現世に蘇った時、巡り合った男と結ばれよ。だが、お前はその男の子を産めば、その男以外の人間には、存在そのものがなくなる。という条件で……」

「それが四十年前のことだった……」

 因達羅がそう尋ねると、毘羯羅は小さく頷いた。

「だからこそ、閻魔王さまは、拓蔵さんのそばにいなければいけないんです。もう、あなたを束縛する枷もなければ、理由もないんですから」

 毘羯羅はそう云うや、自身の夜叉に瑠璃を護るよう指示する。

「毘羯羅……」

 瑠璃は心配そうに、可細い声で言う。

「ここはわたしたちがなんとかします。心配しないでください、我々十二神将は、恩義を仇で返すようなことは絶対しません」

 毘羯羅は小さく笑みを浮かべる。

 それを見て安心したのか、瑠璃は小さく頷くと、稲妻神社へと掛けていった。


 毘羯羅は少しばかり焦っていた。いや、可笑しいと思い始めたと云った方がいいだろう。

 瑠璃を逃がしてから、数分、周りには妖気が強くあり、身を隠しているのだと、毘羯羅や海雪、因達羅の三人は、気配を頼りに正体を探しいたのだが、全く見つけられない。

 それどころか、毘羯羅は自分の夜叉の気配も感じられなくなっていた。「――してやられた?」

 毘羯羅は構えを解くと、自分の頬を叩いた。

 すると、先ほどまで感じていた気配が消え、毘羯羅は唖然とする。

「海雪さん、因達羅っ! ふたりとも目を覚まして」

 毘羯羅は二人の頬を叩くと、二人とも唖然とした表情を浮かべる。

「ちょ、ちょっと、毘羯羅っ? いきなり何を……」

 因達羅はそう言うと、青褪めた表情を浮かべる。「――妖怪の気配は?」

 海雪も驚きを隠せず、周りを見渡したが、残り香もない。――いや、最初からなかったといっていいだろう。

「ぬらりひょんの仕業?」

「考えられますね……っ? 毘羯羅?」

 因達羅はハッとし、毘羯羅を見ると、毘羯羅は目を大きく開き、口を震わせる。

「十二神将全員に伝えて、閻魔王さまが誘拐された――」


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