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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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肆・訶梨帝母


 田原産婦人病院の診察室に皐月の姿があった。

「瑠璃さんが私たちのおばあちゃん?」

 皐月は信じられない表情でそう聞き返す。

「本来、人と神は結ばれることはないんよ。しかし何の悪戯か、地蔵菩薩は拓蔵の子を見籠うてしまった」

 田原医師はそう言いながら、ゆっくりと皐月を見遣った。

「でも虚空蔵菩薩によって、地蔵菩薩が、黒川瑠璃として現世に現れた以上、隠すことではないじゃろうて……」

 田原医師はそう云うが、どこか表情が暗い。

 そのことで皐月は首を傾げる。

「黒川家は本来、男子しか家系図に記されていない。それは虚空蔵菩薩が教えてくれたと思うけど?」

「はい。やっぱりあの夢は……現実に起きたことだったんですね」

 皐月は目を細める。「黒川家は男が二子以降に生まれた場合、産んだ母親とそれまでの子を生贄として捧げるという狂った儀式を行ってきた」

「だけど、何かの原因でおりんや栢――鴉天狗が生贄にされてしまったということですか?」

「皐月ちゃんは、儀式が失敗してしまい、おりんが暴走したと思っているのね」

 皐月はそう言われ、あの夢を思い出した。

「あの事件…… 黒川家にはまだ跡取りがいなかった」

 田原医師がそう言うと、皐月は目を大きく開く。

「いなかったって、さっき男が生まれたら、儀式を行われるって」

「儀式といえど、所詮は人の子。どちらか生まれるかまではわからない。それに拓蔵はそれを嫌い、嫁と娘を逃がした」

 皐月は眉を顰める。信じられないといった表情だ。

「拓蔵はそのことを知っていた。ゆえにいずれ行われる狂った儀式をさせないために、自分の代で止めた」

「でも、おりんや栢がいなくなった以上、儀式は行われなくなったんじゃ?」

 皐月がそう尋ねると、田原医師は首を横に振った。

「黒川家が行ってきた儀式は、その神主の子供を産んだ母親を殺すこと。彼らにとっては女を跡取りを産む道具としかみていない」

「なんか狂ってる」

 そう呟いた皐月は、田原医師がどうしてそのことを知っているのかと思った。

 いや、知っているのも当然ともいえる。

 田原医師も、瑠璃と同じく、子を護る神仏――鬼子母神なのだから。

「地蔵菩薩が私にお願いして、拓蔵の子を産んだのもそれが理由。いいえ、拓蔵が夏樹やその娘である文那を殺したと一族に思わせたのも、そんな狂った儀式を終わらせたかったからじゃな」

「でも、あれを見ると、また行われたんじゃ」

「さっきも云ったが、あの時はまだ跡取りとなる男はいなかった。つまり、本来は儀式が行われることはなかった…… 考えられるとしたら、栢は何者かにそそのかされ、両親を殺してしまった」

 田原医師がそう言うと、皐月は伏目になる。

「どんな理由であるにしろ、親を殺した栢は無間地獄に落とされ、罰を受けていた」

「――それを、誰かが脱獄させたということですか?」

 田原医師は、皐月の問いに答えるように頷いた。

「おばあちゃんが鴉天狗を見逃した理由が、なんとなくわかりました。でも、私は彼女を地獄に送った方がいいと思う」

「それを最終的に決めるのは、あなたたち執行人ではなく、十王が決めること」

 田原医師はそう言うと、皐月の髪を撫でる。

「皐月ちゃんは新生児室を覗いたことはあるか?」

 そう訊かれ、皐月は小さく頷く。「あそこにはなぁ、幸せが満ちとるんじゃよ。命は親から子へ、またその子へと受け付かれていき、そして繋がっている。それは命だけではない、知識や経験もまた同じように受け付かれていく。いいことも悪いこともすべてな」

 田原医師はゆっくりと話す。

 皐月は彼女が鬼神として恐れられた鬼子母神だとしても、母親という姿としてみれば、菩薩のように優しい存在であり、恐ろしい存在なのだと理解する。「虚空蔵菩薩がわたしにあのことを見せたのは、黒川家として――」

 皐月はそう尋ねたが、田原医師は何も答えなかった。


「それで、やっぱり就職するの?」

 片桐千夏が、弥生に尋ねる。

 弥生と千夏は現在高校三年生で、大学に進学するか、就職するかのどちらか決めなければいけなかった。

 しかも、時期的には進路を決めなければいけないのだが、弥生は家庭の事情もあり、どちらにしようか決めかねていた。

 今通っている高校も、云ってしまえば火の車の原因であることは云うまでもないが、小遣いは神社の手伝いをしているので、なんとかなっている。

 金の管理は田原医師がしていたので、生活面のほうは、辛うじてどうにか遣り繰り出来ていたのである。

「やっぱり就職かなぁ……」

 と、溜息混じりに弥生は言った。

「私は進学かなぁ…… やっぱり学歴は欲しいしね」

 千夏がそう言うと、「学歴……かぁ……」

 弥生は再び溜息を吐いた。

「おや? 弥生さんに千夏さんじゃないですか?」

 男が声を掛けてくる。

「穐原さん。どうしたんです? その格好」

 千夏がそう尋ねる。

 穐原はリクルートスーツを着ている。

「いやぁ、ちょっと就職活動で、面接に行ってたんですよ」

「まだ十月なのにですか?」

 弥生がそう尋ねると、「いや、就職って言うより、アルバイトの面接だよ。さすがに3つも掛け持ちはきついけどね」

 穐原がそこまでする理由は、李夢を引き取ると決めているからである。

「体だけは壊さないでくださいね。李夢ちゃん悲しみますよ」

 弥生が念を押すように云う。彼なら無理をしてでも、養いそうな気がしたからだ。「ははは、肝に銘じておくよ」

 穐原はそう言うと、二人と別れた。

「あ、私も帰るわ」

 千夏がそう言うと、「そう? それじゃぁ、また明日ね」

 そう会話を交わすと、千夏は足早に去っていった。

 弥生は千夏が見えなくなると、再び溜息を吐いた。

 ――何やってるんだろうなぁ、わたし……。

 足取り重く、弥生も帰路についた。


 夕食を終え、弥生が部屋で寛いでいると、「弥生、起きてますか?」

 襖を叩く音が聞こえ、弥生は気怠そうに起き上がると、襖を開けた。

「――瑠璃さん?」

「少し、大丈夫でしょうか?」

 瑠璃がそう言うと、「はい。まだ眠くないですし」

 弥生は瑠璃を部屋の中に入れた。「どうかしたんですか?」

 そう尋ねられ、弥生は首を傾げる。

「いえ、今日帰ってきてから、元気がありませんでしたから」

 そう云われ、弥生は瑠璃を見遣った。

 その目は心なしが恨んでいるような目であった。

 瑠璃はそんな視線を感じるや、少しばかり悲しそうな表情を浮かべる。「やはり、あなたたちにとっては邪魔者でしたかね?」

「そ、そんなことないですよ。今までのことを考えたら、瑠璃さんが私たちのおばちゃんだったのも納得出来ますし」

 弥生は慌てた表情を浮かべる。

「ただ、瑠璃さんが悪いんじゃないんですよ。みんな、ちゃんとやりたいことや、やろうとしていることを決めてるんだなぁって……」

「弥生は、何か遣りたいことはないんですか?」

 そう訊かれ、弥生は返答に困った。それがわかれば苦労はしない。

「――経済的なことですか?」

 そう言われ、弥生は戸惑う。今通っている高校だって、無理をして通わせてもらっている。しかし、これ以上迷惑を掛けられないため、就職した方がいいのだろうと考えてもいた。

「本当は、ファッションデザイナーになりたいんじゃないんですか?」

 瑠璃がそう尋ねると、弥生は驚いた表情を浮かべる。

「な、何を云ってるんですか? それに、これ以上、進学したら」

 弥生がそう言うと、瑠璃は小さく笑みを浮かべる。

「拓蔵から聞かなかったんですか? 健介さんが今まで稼いできた賞金は、殆どあなたたちの将来のために貯蓄していたんですよ」

「お父さんが? でも、人の金っておろせないんじゃ?」

 三姉妹の両親である遼子と健介がいなくなり、二人の通帳は使えないと思っていたのだが、「遺族が相続の手続きをしていれば、使える可能性がありますが、まだ二人が行方不明の状態でしたので、銀行に手続きをして、別の通帳に入れていたんです」

 瑠璃はそう言いながら、弥生の肩を揉む。

「もっとも、拓蔵は一円も使おうとしませんでしたけどね。さすがに進学ともなると、あの人の通帳からではどうにも出来ませんでしたから、少しばかりいただいてましたけど」

 そう言われ、弥生は迷惑を掛けたくないと思ったが、「あなたの遣りたいことは、はっきり云って、現実味がなければ、しっかりとした将来性もない。でも、自分が遣りたいと思うことを馬鹿にするなんて、私には到底出来ません」

 瑠璃はそう言うと、肩から手を放し、部屋の襖を開けた。

「もし、拓蔵に相談するのであれば、充分考えてからにしたほうがいいですよ。生半可な気持ちでやるのは、自分に対して失礼ですからね」

 そう言うと、瑠璃は部屋を出て行った――と思ったが、ふと思い出したかのように、瑠璃は振り返ると、「もう他人行儀なのは止めてくれませんか?」

 そう言うや、今度こそ、姿を消した。

 ――なんでもわかるのって、ちょっとズルイな……

 弥生はそう考えると、机を一瞥する。

 ――たぶん、浄玻璃鏡で見てたんだろうけど、当たってるから、怖いんだよね……

 弥生は、瑠璃が浄玻璃鏡を通して見ても、相手の心まではわからないという言葉を思い出す。

 しかし、それでも弥生がやりたいことに気付くのは、家族だからなのだろうかと、弥生はそう感じていた。


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