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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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弐・燻製


 ピーという、けたたましい警報が、デパートの一階のすみにある女子トイレから鳴り響いていた。

 個室から出てくる黒煙が、天井まで昇り、次第に地面へと流れ落ちるように満たされていく。

「ここは危険ですから、皆さん下がって」

 デパートの店員数人が、客たちを誘導していく。

 それを小さな女の子、見た目からして葉月と同じくらいの少女が、プルタブのあいた缶ビールを手に持って一口飲みながら、それを見ていた。

宮毘羅(くびら)、その姿で酒は飲むなと云っているでしょうに?」

 呆れた表情を浮かべながら、金門は少女の頭を小突いた。

 十二神将の一人である宮毘羅は、同じく十二神将の一人である|金門(伐折羅(ばさら))を睨み返す。

「火事が起きたみたいね。状況は?」

「トイレの個室から煙が立ったみたい。そのドアは使用中みたいよ」

 宮毘羅がそう言うと、「それじゃ、中に人が?」

 それなら要するに自殺ということになるが、何もこんな傍迷惑なところで死ななくてもと、二人は思った。

「でも、誰も中に入って行くのを見ていないのよ」

 平日であるため、デパートの中はまばらであった。

 祝日ともなれば、客でごっちゃごちゃになるだろうが、平日だとそうはいかない。

「一応、阿弥陀如来さまたちや、波夷羅に連絡した方がいいかもね」

 宮毘羅がそう言うと、金門は首を傾げた。

「それに、あの拓蔵と酒を交わしたい。そんで今度こそ勝つ」

 そう聞かされ、金門は溜息を吐いた。

「すみません、危険ですから、皆さん離れてください」

 通報から十分ほどして、漸く消防団がやってきた。

 そして消火活動を行っていくと、煙はものの数分で鎮火していく。

「よし、火元を確認しよう」

 消防団の何人かがトイレへと賭けていく。

 四部屋ある個室はどれも(すす)で薄汚れていたが、左から3つ目の個室のドアだけが、異常なまでに黒く染まっている。

 ここが火元と見て間違いないと思った消防団は、鍵を壊した。

 そして、中に入っているものを見るや――便器に黒く爛れた人形が座っていた。

 消防団はそれがなんなのか、理解するまでに数秒ほどかかり、そしてそれがなんなのか気付くや、「人だ! 人の死体だ!」


 デパートでの火災が起きてから数時間後。管理室では不穏な空気が漂っていた。

 炎は既に鎮火し、発見された焼死体も運び込まれている。

 その前に、必ず誰かがトイレに入っていないといけないのだが、火災があったのはまだ店が開いて間もない午前十一時五分のことである。

 トイレの前には、一応万引き防止のために監視カメラを設置してはいるが、中の様子までは見ることが出来ないし、ブザーが鳴るように、トイレの入り口に、機械が設置されている。

 監視員や店長が何度もビデオを繰り返し見ているのだが、火災が起きる前の時間、トイレには誰も入っていないのだ。

 ――しかも、発見された焼死体は男であった。

 デパートで様子を見ていた金門と宮毘羅は、デパートの二階、エスカレーターの近くにあるペンチに座っていた。彼女たちの夜叉たちが管理室でのことや、発見された遺体のことを二人に話している。

「殺されたのは、吉田昌平…… 前に皐月さんが警察に突き出した強盗の一人で、対馬怜菜を殺した犯人」

「でも、確か刑務所に叩きいれられていたはずだけど?」

 強盗か……と、金門は手を顎に当てる。

「たしか、もう一人いたわよね? そっちは?」

 宮毘羅が缶チューハイを一口飲みながら、夜叉に尋ねる。

『そちらも脱獄しているもよう。発見はされていません』

「発見されていない……か――」

 どうもそれが引っ掛かる。まるで鴉天狗を――

 いや、そもそもどうして彼らが脱獄出来たのかというのかと、金門は思った。

 彼らは全くノーマークだったからである。

「確か、石妖が働いているスパで殺人事件が起きたわね? その時の犯人と、事情聴取していた警官たちは何者かによって殺された…… そのことは阿弥陀如来さまは迷企羅から聞いているのかしら?」

「聞いてるんじゃないか? 一応命令だからな」

 宮毘羅はそう言うと、もう一本の缶を開ける。既に十杯目である。

「しかし、殺された以前に、誰も入っていないことを察すると、二人を脱獄させたのはぬらりひょんとみて、間違いはないでしょ?」

 宮毘羅の意見に、金門も同じ考えであった。

「そうなると、衣川太一を生ける屍としたのも、やつの仕業ということになる――」

 金門は素早く立ち上がると、険しい表情で周りを見遣った。

 だが、何も怪しいものはなかった。

「気のせいかな――」

 首を傾げながら、金門は座りなおした。


 金門からほんの数(メートル)、目と鼻の先にあるおもちゃ売り場に、響と朽田健祐――ぬらりひょんの姿があった。

 響は手におもちゃを持っている。

 ぬらりひょんは響の手を取り、金を払わずに店の敷地から出て行く。

 それに誰も気付かなかったのは、ぬらりひょんの力によるものである。

 ぬらりひょんの伝承に、

『忙しい夕方時などに、どこからともなく家に入ってきて、お茶を飲んだりするなどして自分の家のように振舞い、人間が見ても『この人はこの家の主だ』と思ってしまうため、追い出すことができない』

 という嘘を真実にするかのようなのがある。

 誰も注意しなかったのは、ぬらりひょんが店の店員だと思ったからである。

 金門が見つけられなかったのは、姿を現していなかったからである。「響くん。家に帰ったら、いっぱい遊ぶといいよ」

 ぬらりひょんはそう言いながら、ゆっくりと歩く。

「十二時十五分……給食の時間です」

「ははは。そうだな。学校では給食の時間だ。それじゃ、私たちも何か食べよう」

 そう言うと、ぬらりひょんは目に入った飲食店に入っていく。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょう」

 ウエイトレスが、それこそ営業スマイルと云わんばかりの作られた笑みを浮かべて、ぬらりひょんと響に尋ねる。

「私はコーヒーを…… 響くんは何にする?」

 そう尋ねながら、メニューを響に見せた。「お子様ランチ」

 と、響はメニューを指差す。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 そう言うと、ウエイトレスは奥へと引っ込む。数分して料理が運び込まれた。

「夜行と一緒にいた時、こんなことしてもらっていないだろ? 私と一緒にいればいつでも、出来るぞ?」

 ぬらりひょんは笑みを浮かべる。

「他にも何か欲しいものはないか? ジュースなんてどうだ」

 そう言いながら、夜行はメニューを響に見せる。

 しかし、響は食べることに集中しており、見向きもしない。

 聞こえてはいるのだが、あまり理解はしていなかった。

 響は食べ終わった後、手を合わせ、「ごちそうさま」

 と、頭を下げた。

 ぬらりひょんは立ち上がると、響の手を取り、店を出て行った。

 テーブルにお子様ランチに使用したランチプレートとコーヒーカップが置かれている。

 それを見て、ウエイトレスは首を傾げた。

「だれ? 掃除してないの」

 ――誰一人、ぬらりひょんと響、二人のことを覚えているものはいなかった。


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