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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十二話:鞍馬天狗
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壱・具

つぶさ:1 細かくて、詳しいさま。詳細に。「事の次第を―報告する」 2 すべてをもれなく。ことごとく。「―点検する」


 十二神将の一人である、子神の毘羯羅びからが、夜行の部屋に駆けつけたのは、夜行がぬらりひょんに殺される数分ほど前のことであった。

 部屋はしんと、静寂に包まれている。

 毘羯羅は眉を顰め、気配を探った。微かに邪な空気が、残り香となって部屋に籠っている。

 その中には優麗な妖気もあった。――濡女子である。

 濡女子は夜行に助けられてから、今の今まで眠りについていた。

 いや、伝言を伝えてから、糸が切れたかのように気を失っていたのだ。

『微かに田心姫の力を感じるけど、力に別状はないみたいね』

 毘羯羅は濡女子の髪をそっと撫でた。その名の通り、しっとりと濡れた髪が指の隙間を流れる。

「阿弥陀如来さまに連絡して、濡女子の保護を。後、虚空蔵菩薩さまと珊底羅に、夜行が残した言葉の意味は、響しか知らないということも……」

 毘羯羅は自身の夜叉にそう命ずる。

 ――その夜叉から連絡を受け、阿弥陀警部を含んだ、警視庁刑事部捜査一課の佐々木班は夜行の部屋へと駆けつけた。

 寝室に入ると、いの一番に大宮巡査が濡女子を発見した。

「阿弥陀警部、この人が通報で保護してほしいと云われていた女性ではないでしょうか?」

 そう尋ねると、「ええ。衰弱しているところをみると、彼女に間違いはないでしょう」

 阿弥陀警部はそう言うや、そっと濡女子の上半身を起こした。

「すみません、生きてますか?」

 そう声を掛けると、濡女子はゆっくりと目を開いた。

「――阿弥陀如来っ? ……っ、夜行は?」

 パッと目を開き、濡女子は険しい表情で部屋を見渡した。

「お、落ち着いてください。彼のことは我々がなんとかして――」

 阿弥陀警部がそう言うと、誰かが部屋に入ってきた気配がし、阿弥陀警部と大宮巡査はそちらを見遣った。

「すまんな、濡女子…… お前の願いは叶わんかったよ」

 虚空蔵菩薩が重苦しい表情を浮かべ、濡女子にそう告げる。隣に立っている珊底羅も同様であるかのように顔を俯かせていた。

 濡女子は一瞬、何を言ってるのかと思ったが、その真意に気付く。

「それと、ぬらりひょんが栢や田心姫に、響をさらわせた理由もわかった」

「――理由?」

 大宮巡査が首を傾げる。「それに関しては、後で大威徳明王が皆に話すだろう。今は彼女を匿うことが先決だ。子安神社に身を隠した方がいいだろう」

 虚空蔵菩薩は珊底羅に視線を送ると、珊底羅は濡女子に肩を貸した。

「神主である咲川源蔵には我々が説明しておきます」

「しかし、大丈夫なのか? 今度は濡女子が狙われる可能性だってあるのですよ?」

 佐々木刑事が虚空蔵菩薩に尋ねる。

「子安神社の主祭神である玉依姫神は、神霊の依り代という意味を持っていて、福祠町にある三社の中では、唯一巫女が神社を治めていたんです。彼女の加護がある以上、やつらは手を出し難いでしょう」

 そう答えた珊底羅は、濡女子の体を気遣いながら、外へと出て行った。

「我々は一度戻りましょう。さらわれた響くんが、簡単に口を割るとは思えませんし」

「ですが、その響という少年、一体何を知ってるんでしょうか?」

 大宮巡査は枕元に転がっている木の破片に気付く。というよりも踏んで気付いたのだ。

 それを拾い、見てみると、『さんずい』が書かれていた。

 他にもパーツのように、漢字が書かれた破片がいくつか散らばっている。之繞(しんにょう)や冠などの部首も散らばっていた。

「――パズルですかね?」

 大宮巡査がそう言うと、阿弥陀警部は虚空蔵菩薩を見遣った。

「夜行が云っておったよ、響は言葉を覚えるよりも、字を覚える方が早かったとな」

 虚空蔵菩薩はそう言うと、スーと姿を消した。

 ――その後、高山信が警視庁で、阿弥陀警部たちにぬらりひょんの目的を話すと、佐々木班の面々は驚きを隠せないでいた。


「昨日も、きっちり九時に寝て、六時に起きるって……」

 鴉天狗はそう呟きながら、頻りに欠伸をする。

 彼女は寝巻きをしており、いまだに意識は呆然としている。

 それとは対照的に、響は目を爛々とさせていた。

 時刻は午前六時十分。よほどの早起きだと鴉天狗は思った。

 しかし、響はそうではない。その時間に起きるものという認識を持っているだけだ。寝る時間も同じ理由である。

 自閉症の特徴に、他人には理解し難い、自分だけのルールというものがある。

 同じ時間にテレビを点けたり、出かけたり、宿題をしたりというのがある。

 自閉症の人が、例えば職場できっちり午後3時におやつをするというのは、そういう習慣があるからであり、それが当たり前になっている。

 話せば理解してくれるのだが、下手をすればパニックを起こし、自傷する危険性もある。

 鴉天狗は田心姫から渡されたメモを見る。

 あれから響に何度か尋ねているのだが、全く答えてくれない。

「ったく、ぬらりひょんは、これをこの子に解かせようとしてるわけ?」

 鴉天狗は呆れた表情で溜息を吐いた。

 誘拐してから三日。響の子守を頼まれていた鴉天狗は、ある程度響のことが見えてきていた。

「えっと、今日、学校はお休みです」

 一応これだけは伝えておこうと、鴉天狗は響にそう伝える。

 しかし、聞こえていないのか、響は反応しない。

『えっと、言葉で話すより、文字にして伝えた方がわかるんだっけかな?』

 鴉天狗はソファを立ち、近くにあったメモ用紙に、サラサラッとペンを走らせる。

 それを響に見せると、響はジッとそれを見つめた。

 するとご飯を食べる以外はジッとテレビを見るか、折り紙をするくらいで、学校に行きたいとは云わなくなっていた。

『理解してくれたのかな?』

 鴉天狗はそう思うと、大きな欠伸をし、コテンとソファに倒れた。

 ――それから数分経ってのことであった。

「栢? 栢ぁっ!」

 耳元で喧しい声が聞こえ、鴉天狗は目を覚ました。「――なに?」

「あんた、響はどうしたの?」

 田心姫が険しい表情で鴉天狗に問いかける。「どうしたの?」

 と、鴉天狗はぼんやりとした表情で聞き返す。

「響がいないのよ!」

 そう言われ、鴉天狗は最初理解出来なかったが、次第に意識がはっきりすると、ガバッと上半身を起こすや、部屋を見遣った。

「うそ? 響、いなくなったの?」

「だから、あんたに訊いてるんでしょ?」

「と、とにかく探してみる」

 そう云うや、鴉天狗は部屋の外に出ると、周りにいる烏を自分の周りに集めた。そして一言、二言ほど命令すると、烏たちは一斉に羽音を立てて飛び立っていく。

「ったく、ジッとしているって事を知らないの?」

 鴉天狗は唇を噛み締めた。


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