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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十一話:幽谷響(やまびこ)
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拾・論証


「そ、それが本当だとしたら……。わたしたちは一体何の理由でここにいたというのだ?」


 警視庁刑事部の一角にある喫煙所で、十二神将の一人である波夷羅が顔を歪める。


「虚空蔵菩薩は自分のミスでぬらりひょんを(のが)してしまった。そのとばっちりがあの三人が関わった事件だということだ」


 高山信……もとい大威徳明王は、阿弥陀や佐々木、吉塚愛ら、権化となって人間の世界にきている神仏たちに、虚空蔵菩薩の真意を説明していた。

 皆神妙な面影で、信と従者である摩虎羅を見ている。


「虚空蔵菩薩の大体の考えはわかりました。なるほど、やつの力を使えば、浄玻璃鏡を通して見る事が出来なかったという理由も頷けますね」

「七月に大宮が三姉妹やヤマちゃん、海雪を連れて、キャンプ場に行き、その時に事件が起きているだろ? 犯人はその時にいた朽田健祐の連れで間違いはないが、やつに一切の疑いがなかったのも――」

「ぬらりひょんの力をもって……というわけですか?」


 愛がそうたずねると、信はちいさくうなずいた。


「それと、六年前に起きた転落事故で、三姉妹の母親であり、祖父である拓蔵と閻魔王の娘である遼子と、その夫である健介の遺体が発見されなかったのも、やつの仕業だと考えていたそうだ」

「――そうだ? 今は違うんですか?」


 阿弥陀がそうたずねると、摩虎羅がちいさくうなずいた。


「閻魔王の娘である遼子さんが即死するとは考え難いんです。人間との間に生まれたということもあるので、その力は半分ですけど、普通の人間からしてみれば、その回復力は計り知れません。それは四分の一である三姉妹からも見て取れます。衆生は死んだ後必ず三途の川に訪れますが、全くきていない。そうなると生きているという可能性が強くなる」

「まぁ、たしかにそうね。実際三途の川に来たのは皐月ちゃんたちくらい――」


 愛はそう言うと、目を大きく開き、歯をカタカタと鳴らせる。


「それじゃ……、どうして遼子さんや健介さんは地獄に来なかったの? それに皐月ちゃんたちを助けたのは閻魔王じゃ?」

「いくら慈愛のある地蔵菩薩でも、人を生き返らせることは出来ん。我々もあの時点で騙されていたんだよ。やつはヤマちゃんが三姉妹を助けたという偽りを我々に……いやヤマちゃん本人にも植えつけたんだ」


 信がそう言うと、摩虎羅以外の話を聞いていた全員が喉を鳴らした。


「でもそれじゃ、いったい誰があの子達を」

「閻魔王ではないとわかった以上、消去法としては三姉妹の自己再生能力によって生き返ったか、それでも怪我が酷ければ死ぬ事には変わりはない。だとすれば残ったのは母親である遼子が娘たちを助けたという結論に至る」

「しかし、発見された車の中には皐月さんたちしか乗っていなかったんですよ?」

「そこなんです。遼子さんが三姉妹を助けたと仮定して、車の中で発見されなかった理由としては、余りにも矛盾してる。誰かがあなたたち警察に通報し駆けつけた時、遼子さんと健介さんを誰かが連れ去った。そしてそれをしたのが……」

「ぬらりひょんに辿りつくわけですか? しかし、どうしてぬらりひょんは皐月さんたちを? それに信乃さんや海雪さんとも接点が……。当時から考えたら、まだ三人は出会ってもいないんですよ?」

「やつの狙いは、黒川家が伝えてきた儀式の瘴気で再び福嗣町を包み込もうとしている。それに気付いた夜行が吉祥天の命を受け、やつの行動を見張っていたんだ」

「――その時に出会った響という男の子と共にアパートに住んでいた。ですが、その響くんはぬらりひょんの手の内にいる。やつが何をするかわからない以上、こちらは動けないということです」

「だが、ぬらりひょんは夜行が封じた瘴気を解く鍵を響が持っていると考えている。しかし、響は自閉症だからな。とんとん拍子に事が運ばない以上、肝心な封印を解く事は出来んと思う」

「しかし、自閉症患者は古い記憶を消す事が出来ないとはいえ、夜行が何回も見せてるとは限らないでしょ? それに本人は意味もわかっていないと思いますよ?」


 愛がそう言うと、「サヴァン症候群。一度視たものは決して忘れることが出来ない障害。響くんが夜行に御伽噺(おとぎばなし)として聞かされていたとしたら、それを解く鍵のことを知っている可能性がないわけではない」

 摩虎羅がそう言うと、阿弥陀と波夷羅は小さくうなった。


「真達羅が昨晩、夜行が信乃に残したメモは一見して暗号のようだが、これらすべて、言葉の意味はないと云っていました」

「意味がない? つまり暗号というより、何かを隠すためでもあるということか?」


 波夷羅がそう訊くと、摩虎羅は恐らくと答えた。


「ところでその虚空蔵菩薩は?」

「稲妻神社に行っておるよ……」


 信がそう言うと、阿弥陀は驚きを隠せないでいた。


「い、稲妻神社には今、瑠璃さんが行っているんですよ? 皆朝から出かけていて、家には神主しかいないってことで……」

「夫婦じゃからとやかく云えんがな、ヤマちゃんの逆鱗に触れなければいいんだが――」


 信はあきれた表情で云ったが、その予感は――。



「どういう……意味ですか?」


 その小さな体からは想像できないほどに禍々(まがまが)しく、冷たい声で瑠璃は虚空蔵菩薩にたずねた。

 その虚空蔵菩薩はボロボロで、顔を()らしている。


「すまなんだ……。わしの不注意でこのようなことになってしまって……」


 虚空蔵菩薩は声を震わせ、瑠璃に謝る。


「そうならないために……、あの惨劇を繰り返さないために……私たち十王や、十二神将たちは権化となりて護ろうとしていたのに! あろう事かあなたは、その主犯を逃してしまったということですか?」


 瑠璃は大声で捲くし立てる。


「お待ちください閻魔王さま。それらすべて虚空蔵菩薩さま一人の責任ではありません」

「瑠璃さんや、過ぎたことは仕方のないことじゃろ? 今はそいつと、ぬらりひょんを止める事が先ではないのか?」


 拓蔵の云う通り、虚空蔵菩薩を責めるよりも、ぬらりひょんを止めることの方が得策である。そのことは瑠璃もわかっているのだが、苛立ちによる怒りが先走ってしまい、思うように思考が回らなかった。


「それに話を聞くと、あの子らを助けたのは瑠璃さんやのうて、遼子じゃったようじゃしな」

「そのことですが、まだ確信したわけではないんです。人を生き返らせるほど……、ましてや三人も助けたとなると、あの事故が起きた時点で遼子さん自身はもはや廃人に――」


 珊底羅はその先を云おうとしたが、険しい表情でにらむ瑠璃に(ひる)み、言葉が出なかった。


「それともうひとつ。ぬらりひょんに操られている鴉天狗と田心姫ですが、そのうちの一人である鴉天狗が神社に入れた理由もわかりました」


 珊底羅はそう言うと、拓蔵を見遣った。


「鴉天狗の正体は黒川栢。あなたや皐月さんたちの先祖に当たります」


 そう聞かされた拓蔵は怪訝な表情を浮かべる。「うちの家系図にそんな名前の人間はおらんはずじゃがな?」

 拓蔵はそう言いながら、瑠璃を見遣った。

 瑠璃は顔を背け、拓蔵と目を合わせようとはしない。


「知っておったのか? 瑠璃さんや――」


 拓蔵はまるで子供を宥めるように、穏やかな声色で瑠璃にたずねる。


「黒川家がしてきた儀式の生贄は……跡取りとして男が生まれた後、母親とその娘、もしくは同じ年頃の童女を殺すこと…… あなたが夏樹と文那を逃がしたのも、その儀式があったからでしょう」

「わし以外に兄弟がいなかったのも不思議じゃったからな、母親を見た記憶もない。それにわしはもとより神主になるつもりはなかったしな。今こうして神主が出来るのも、皆に支えられているからだと思っておるよ」

「稲妻神社はもとより荼枳尼天を封じるために建てられた神社。それから大黒天を祭ることで力を封じ込めていたんです」


 珊底羅がそう言うと、拓蔵はゆっくりと瑠璃に近付く。


「まぁ、今は昔のことを悔やむより、これからのことを心配せんか? そのぬらりひょんが復活させようとしている力がどれくらいのものかは知らんがな」


 余りにもあっけらかんとした表情で拓蔵は皆を見遣る。その表情を見るや、虚空蔵菩薩はちいさく笑みを浮かべた。


「なるほどな……このあっけらかんとした子供みたいなところを地蔵菩薩は惚れたということか? 子供は時として残酷で、時として強い意志を持つ。誰にも縛られない……いや、黒川の血をもつ人間は何事にも屈しない強い意志を持っているということだな」


 虚空蔵菩薩はゆっくりと立ち上がると、「さすれば、おりんや栢が受けた痛み…… あの子ならば受け止めることが出来るということだ」


 虚空蔵菩薩は駆け寄ってきた珊底羅の肩を借り、拓蔵と瑠璃にちいさく頭を下げた。


「ああ、虚空蔵菩薩……ちぃと頼みたいことがあるんじゃがな?」


 拓蔵が呼び止めると、虚空蔵菩薩と珊底羅は不思議そうな目で拓蔵を見遣った。


「その、なんだ…… わしが云える立場じゃないのはわかっておるんじゃがな、その…… 瑠璃さんをわしの嫁さんとして認めてくれんか?」


 拓蔵がそう頼むと、瑠璃は驚いた表情で拓蔵を見遣った。


「黒川拓蔵……その願いは本心か?」

「本心も本心じゃよ。やっぱり瑠璃さんと一緒におると落ち着くしなぁ、あの子達もいつまでここにいるかわからんし、わしもいつ死ぬかわからん……あんたたちとは違って、人間は時間が限られておるからな?」


 拓蔵は照れ臭そうに言う。「じゃがな……やっぱり死ぬ時は大事な人に見取ってもらいたいのが本心なんじゃよ。わしは瑠璃さんに助けてもらった礼もあるしな」


 拓蔵はゆっくりと瑠璃を見遣った。

 瑠璃は少しばかり顔を俯かせ、頻りに拓蔵と虚空蔵菩薩を見ている。


「虚空蔵菩薩、私からもお願いします。拓蔵の子を産んだ以上、私の心はこの者と共にあります。拓蔵と結ばれ、遼子を産んだ四十年もの間、私は一度たりとも拓蔵のことを忘れたことは決してありません。いえ、忘れることなど出来ましょうか?」


 瑠璃は虚空蔵菩薩に頭を下げる。


「知っておるか? よくいい夫婦のことを『おしどり夫婦』というがな、実際、鴛鴦(おしどり)の仲がいいのは、繁殖期が始まる時だけと云われていてな。後はすぐに倦怠期がやってくるらしいんじゃよ」


 虚空蔵菩薩はゆっくりと瑠璃に近付き、瑠璃の頭に手を乗せると、「お前はこれから地蔵菩薩としてではなく、黒川瑠璃という一人の人間として、再びこの世を歩むことになる。人の命は儚く尊いもの。その命は限りある灯火となりて、共に歩み……共に生きよ」


 虚空蔵菩薩がそう告げると、瑠璃の身体はふたつに分かれた。


「虚空蔵菩薩……」


 瑠璃は戸惑った表情で虚空蔵菩薩を見遣った。

 その隣には瑠璃が、能面のように顔色一つ変えずに立ち尽くしている。


「人として…… 拓蔵と共に生きよ。わしが出来るのはそこまでじゃ」


 虚空蔵菩薩はそう言うと、珊底羅と共にスーと消えた。


「瑠璃さん……」


 呆然と立ち尽くす瑠璃に拓蔵が声を掛ける。

 瑠璃は(おもむ)ろに、転がっていた石ころを拾うと、それを腕に引っ掛けた。

 傷つけられた場所には、ジワリと血が出ている。


「――これくらいの傷、すぐに……」


 だが、瑠璃の言葉とは裏腹に、石でかすめた腕の傷はいつまでも赤々としている。


「瑠璃さん、大丈夫か?」


 拓蔵がそうたずねると、瑠璃は顔を歪め、大粒の涙を流し始めた。


「痛い。すごく痛いです」


 拓蔵はそれを見るや、どう反応していいのか、あきれた表情で笑みを浮かべた。


「何を笑ってるんですか? 痛いんですよ。すごく」


 瑠璃は頬を膨らませながら愚痴を零すが、その表情は柔らかかった。


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