肆・不等
葉月が福嗣小の前で大宮に会った翌日。
葉月は再び大宮と顔をあわせる。
「今日も捜索ですか?」
「まぁね。夕方くらいに神社に寄ろうと思っていたんだけど」
大宮はそう言うと、車の方に目をやった。
「葉月さん、今帰りですか?」
「――阿弥陀警部?」
窓からひょっこりと顔を出した阿弥陀を見るや、葉月は首をかしげた。
「ところで葉月さん? 霞谷響っていう子を知りませんかね?」
「響くんなら、私と同じクラスの子ですけど、その子がどうかしたんですか?」
葉月がそうたずねると、阿弥陀と大宮は頭を掻く。その行動に葉月は怪訝な表情を浮かべた。
「彼が何かしたんですか?」
「いや、目撃したと考えた方がいいかもしれないんですよ?」
「目撃した?」
阿弥陀警部の言葉を葉月は鸚鵡返しする。
「まぁ概容は後で神社に訪ねた時にでも――」
そう話していると、校門の方からシャリンと鈴の音が聞こえ、葉月たちはそちらを見遣った。
ちょうど夜行が托鉢僧の姿で校門を潜ろうとしていた。
「誰かの親御さんですかね?」
そう阿弥陀が言うと、数分後、夜行は響の手を取って、校門から出てきた。
「あっ、阿弥陀警部、あの子がさっき云ってた」
葉月がそう言うと、阿弥陀は大宮にたずねるよううながす。
大宮はうなずくや、夜行と響を呼び止めた。
「何か御用ですかな?」
「あ、いや……。ちょっと近くで事故がありましてね。その時に子供が履くような小さい靴の足跡が被害者の服についていたんです」
大宮にそう言われた夜行は、響を一瞥する。
――一昨日の晩か……。
夜行はそう考えると、大宮の方を見遣った。
「して、それは何時頃で?」
「被害者が亡くなったのは昨日の午前一時頃、歩道橋の階段から転げ落ちたようなんです。君、何か心当たりないかな?」
大宮は中腰になり、響にたずねた。
「きみ、なにかこころあたりないかな?」
響がそう言うと、大宮は首をかしげた。
「あ、あのね? 人が亡くなってるんだ。何か見ていたり、不審なものはなかったか知らないかい?」
大宮が再びたずねると、響は困った表情を浮かべ、夜行の袖を握った。
「すまんな。この子は曖昧な質問にはあまり答えられんのだ。逆にわしから訊かせてもらうか――何故この子が疑われている?」
夜行がそう聞き返すと、大宮はうしろにいた阿弥陀を見遣った。
――阿弥陀如来……。
阿弥陀は頭を下げ、「彼が云っていた足跡を照合しましたらですね、おたくのお子さんが履いているのと一致したんですよ」
「そういう事か……。確かにこの子はその日の晩、部屋を抜け出してしまってな、わしはこの子を探しておったのだ」
夜行がそう言うと、阿弥陀は何時頃だとたずねる。
「事件があった晩の午前〇時くらいに目を覚ますと、おらんかったからな、いつもは鍵を閉めておったから、気が緩んでおった」
「そうでしたか。しかし息子さんが履いてる靴の跡があったということは、階段を下りていた時に気付かなかったということですかね?」
阿弥陀警部の質問を聞きながら、夜行は響を一瞥する。
「どうだろうね。そもそもこの子は、階段を下りていたとしか思っておらんだろう」
夜行はそう言うと、響の手を取り、踵を返した。
「あ、まだ話が――」
大宮が夜行たちを呼び止めようとしたが、阿弥陀がそれを止めた。
「今日はこれくらいにしましょう。それに……」
阿弥陀は振り向かなかったが、親指をたてて、二人のうしろにいる葉月を指した。
葉月はジッと、大宮と阿弥陀をにらんでいた。
夜行は響にあの晩のことをたずねようか悩んでいた。
返ってくる言葉よりも、どう訊けばいいかわからなかったのである。
ちょうど事件現場となった歩道橋の前に通りかかり、階段を上がろうとした時だった。
「『おねえさんはいなかった…… いいわね?』」
響がそうつぶやくと、夜行は歩みを止めた。
「響……、今なんて言った?」
そうたずねたが、響は何もなかったように夜行を見つめる。
「まさか、犯人を見たのか?」
夜行がそうたずねたが、「まさか、はんにんをみたのか?」
と、響は鸚鵡返しする。
夜行は焦りと苛立ちを顔を出したが、響は何事もなかったように夜行の手を引っ張る。
「――アニメはじまります」
そう言われ、夜行はふところに忍ばせていた懐中時計を見遣った。――針は午後三時五十分を指している。
夜行は少し落ち着いてから聞きなおそうと思ったが、その日は結局、響からあの晩のことが聞けなかった。