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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十一話:幽谷響(やまびこ)
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壱・鸚鵡


 ガシャンと、ガラスが割れる音が聞こえ、間髪入れずに銃声が轟いた。バタバタと得体の知れない怪物たちが、赤、青、黄色のコスチュームを纏ったヒーローたちに倒されていく――。


 という、云ってしまえば、特撮ドラマがテレビでやっており、少年はジッとそれを観ていた。

 少年は番組が終わると、立ち上がるや、側で一緒に観ていた男に向かって、変身ポーズを取る。


「こい悪党! この正義の使者がお前たちを地獄に送り返してやる! くらえ! 飛雷剣(ひらいけん)っ!」


 少年はおもちゃの剣で男を切った。「くぅっ! なかなかやるなぁ! だが負けはせんぞっ!」

 男は苦痛な表情をしながらも、不敵な笑みを浮かべる。付き合いのいい男だ。


「これで最後だ! 必殺っ! 神鳥斬(ゴッドバード)ッ!」


 少年は、剣を横一文字に振るい、男に切りかかる。


「や、やられたぁ……」


 男はうわごとをあげるように、ドタッと倒れた。


「……気が済んだか? (ひびき)……」


 数秒ほどして、男がムクリと起き上がり、少年――響の頭を撫でた。響はキョトンとした表情で、男を見遣る。

 なぜ倒した相手が起き上がったのかというような顔だ。


「わしは倒されんよ。ほら、そろそろ七時だ。ご飯の用意をしなくてはな」


 そう言うと、男は厨房へと入っていく。響はまだ遊び足りなく、剣を振り回していた。



「さっきと話が違うじゃないか?」


 野山(のやま)治樹(はるき)は、憤りをあらわに、恋人である飯田(いいだ)真理子(まりこ)に問い詰めていた。

 いや、元恋人と言い換えた方がいいだろう。真理子から一方的な別れ話をされた治樹は、理由を問い質しているのだが、真理子は口を(かたく)なに閉ざしていた。


「なにが理由だ? 何不自由なく与えてきたじゃないか?」


 治樹がそう言うと、真理子は不服そうな表情を浮かべる。


「そうか……。だったら、今までお前に貢いできた宝石とかを返してもらう」


 云うや、裕樹は真理子の腕を掴んだ。


「痛いっ! 放して!」


 真理子は悲鳴をあげ、治樹から逃れようとした時だった。

 真理子の視界が、グワンと空を仰ぎ、体が倒れようとする。


「――きゃぁっ!」


 真理子は悲鳴をあげる。そして階段から、何かが落ちる音が彼女の耳に走った。


「……っつぅ――」


 真理子は頭を抑えながら起き上がった。

 そして階段を見下ろすと、下には頭から血を流して倒れている治樹の姿があった。

 真理子の体は偶然にも尻餅を付き、反動で頭をぶつけただけに済んだが、治樹は倒れた真理子に動転し、バランスが取れなかったのだ。


「あ、ああ……」


 真理子は動転し、口が回らない。

 そして、その場から逃げるように、歩道橋の逆にある階段を下りようとした。

 時間は午前一時を少しまわった頃で、真理子以外は人が通っていない。そう真理子は思いたかった。


 逆の方から誰かが階段を上がってくる音が聞こえ、真理子は立ち止まった。真理子の心臓は、破裂するほどに鼓動を激しくする。

 今この状態で死体を見られては、自分が殺したと思われるからだ。

 真理子は上がってくる影に脅えながら、ゆっくりと歩き出す。

 そして階段を上がり、真理子に近付く影を見るや、真理子は唖然とした。


 ――子供? 子供がどうしてこんな時間に?


 真理子の目の前に上がってきたのは、響であった。

 響は真理子を気にもせず、素通りする。

 呆然とした真理子はハッと我に返り、振り返った。

 今、階段の下には治樹の死体がある。そしてすぐそばにいる自分が疑われると思ったのだ。


「ね、ねぇ、僕? こんな時間にどうしたの?」


 真理子はそう声を掛けたが、響は振り向かない。


「僕っ! おねえさんの話聞いてくれないかなぁ?」


 真理子は響の肩を掴み、自分の方に振り向かせる。


「ねぇ、おねえさんはいなかった…… いいわね?」


 そう言うと、真理子は立ち去っていった。


「――おねえさんはいなかった…… いいわね?」


 響は真理子の言葉を繰り返すと、再び歩き出し、階段を下りた。

 階段を下りきろうとした時、不意に足元に柔らかい感触があり、下を見ると、治樹が倒れていた。

 しかし、響はそれを気にも止めずに歩き出した。


「響ぃっ! 響ぃっ!」


 托鉢僧の姿をした男が、必死な表情を浮かべながら、響の名を呼んでいる。


「くぅそぉっ! 寝る前に鍵を閉め忘れたのが仇となったな。まさか起き上がるとは思わなんだ」


 男は下唇を噛み締める。

 男が角を曲がると、何かがお腹に当たった。


「ひ、響っ!」


 男の懐には響がおり、キョトンとした表情で男を見上げている。


「んっ!」


 男は笠を脱ぐと、キッと厳しい表情を浮かべ、響を見つめる。


「勝手に出て行ってはいけません」


 そう言うと、響はしょんぼりとした表情を浮かべ、「ごめんなさい」

 と謝った。


 男は出て行った理由を問おうとはしなかった。

 鍵を閉めていなかった自分が悪いのだ。響が根本的に悪いわけではない。

 男は響の手を取り、歩き出した時だった。

 不意に、自分と響以外の気配を感じ、響を見遣る。


「響? 何か見なかったか?」


 そうたずねると「響、何か見なかったか……」

 と、響は男の質問を鸚鵡(オウム)(がえ)しする。

 男は響が答えてくれるとは思っていなかった。いや答えられないとわかっている。

 男は懐から紙を取り出し、それを人の形に切り、五芒星の印を切った。

 すると人の形をした紙は動き出し、ひとりでに歩き始める。


「響、何か見なかったか?」


 男がもう一度たずねるが、「何か見なかったか?」

 と、響は聞き返す。

 男は響が質問に答えられないことはわかっていた。いや、響に曖昧な質問は出来ない。

 何かという曖昧な質問をしても、鸚鵡返しされるのがわかっていた。


 ――響の足元から人の怨が感じられた。まさか……、響は事故現場に遭遇したのか? いや、あれは不意の事故で亡くなった人の念ではない。まるで、人に殺された恨みの念だった。


 男はそう考えながら、響の手をギュッと握り、家路に着いた。



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