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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十話:奪衣婆(だつえばばぁ)
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捌・交響曲


 少し時を遡ったある日の昼下がり、子安神社の境内で賑やかな声がこだましていた。その声に交じって、リコーダーの音色が聞こえてくる。

「えっと、ミってどうするんだっけ?」

 葉月がそう言いながら、笛を口で咥えている。

「確か、こうだったと思うよ」

 隣にいた市宮や浜路が一緒になって奏でる。二人はリコーダーの真ん中、『中部官』の下を押さえずに吹いた。

「そうじゃなくて、高い方のミ」

 葉月がそう言うと、二人は首を傾げる。


「それはなぁ、二人がやった時と同じ押さえ方にするんじゃが、左手の親指で、うしろの穴を押さえるじゃろ? その時に少し間を空けるんじゃよ」

 神主である咲川源蔵がそう教える。

 葉月は言われた通りに押さえ、吹いてみる。先ほど市宮と浜路が吹いた音よりも1オクターブ高く響いた。

「それじゃぁ、シャープとかは?」

「低いドとレはそれぞれ大きいのと小さい二つ穴があるじゃろ? 小さい方を押さえなければ出るし、ファのシャープは、全部を押さえた時にファのところだけを外せばいいし、ソはドとソ、ラはファの状態でラのところだけを外す」

 源蔵は葉月からリコーダーを貸してもらい、三人に押さえる場所を教える。

「高いドとかは?」

「ドはこうで、レはこう…… ファはこうじゃなぁ」

 源蔵は、一音一音、丁寧に教えていく。


「咲川のお爺ちゃんって、物知りだよね? お姉ちゃんに聞いても教えてくれなかったし」

「まぁ、皐月ちゃんや信乃ちゃんが使ってるのは、ソプラノじゃなくてアルトじゃろうからなぁ。押さえ方が違うんじゃよ」

「音の高さも違うって言ってた」

 浜路がそう言うと、源蔵はクスクスと笑う。「お前たち、神楽堂の中に入ってみるか? あの中なら色んな楽器がおいてあるからな」

 そう言うと、源蔵は境内の隅にある小さな社を指差した。

 葉月と市宮、浜路は源蔵に案内されるように中へと入った。


「すごい……」

 中に入るや、飾っている楽器の多さに、葉月たちは驚きを隠せないでいた。神社で行われる神楽舞に使われる小太鼓や大太鼓、神楽鈴に神楽笛。琴も一般的な七弦から大正琴、珍しい二弦琴や一弦琴も置いている。

 中にはオルガンや電子ピアノ、アコースティックギターやベース。エレキ系等の楽器もあり、トランペットやサックスに、トロンボーンといった管楽器もある。「すごい。色んな楽器が置いてある」

 葉月と浜路は、目を爛々と輝かせている。

「この神社は弁天様も祭っておるからな。それにここは山じゃから、近所迷惑にもならん」

 源蔵はそう説明していると、「なんかジメジメするね」

「ほんとだ。それにすごく蒸し暑い」

 市宮の言葉に葉月は相槌を打った。

「ははは、すまんな。楽器を保存するには温度を22℃、湿度を50%くらいにしとかんといかんのじゃよ」

 源蔵は壁に掛けてあった室温計を三人に見せる。葉月たちはキョトンとした表情で首を傾げた。

「温度や湿度によって、楽器の音が悪くならないようにするためじゃ。そこはちぃーと我慢してくれんかな?」

 そう言われ、葉月たちはわかったと頷いた。


「でも、ここだと外と違って暖かいよね。ジメジメするけど」

 葉月の言う通り、蒸し暑いことには変わりないが、外に比べると暖かいことは確かである。「それじゃぁ、練習しよう」

 そう云うや、葉月たちはそれぞれのバックから、音楽の教科書を取り出す。

「今度の発表会まで、もう一週間くらいしかないから、いっぱい練習しないと」

 浜路がそう言うと、教科書を開き、練習曲を皆に見せる。

「それじゃぁ、いくよ」

 そう口を合わせると、三人は一緒に吹き始めた。


 ――曲の途中になるや、「葉月ちゃん、音違う」

「美耶ちゃんだって、遅いじゃない!」

「浜路ちゃんは早い」

 と、それぞれの言い分で全く練習になっていない。

 すると、カチカチという音が聞こえ、葉月たちは音のするほうを見た。


「まったく。美耶と浜路はリズム取れてないから、遅くなったり、早くなったりするの。葉月は指の動きがぎこちないから違う音になる」

 何時の間に現れたのか、海雪がそう言いながら三人を見ていた。

 彼女の手元には、電子式のメトロノームがあり、リズムよく音を鳴らしている。

「おばあちゃん、この曲知ってるの?」

 葉月がそう尋ねると、海雪は椅子に腰を掛け、オルガンのふたを上げるや、手を鍵盤の上に乗せた。「三人とも、聞いてなさいよ」

 そう言うと、海雪は弾き始めた。

 ――曲が終わると、海雪は葉月たちを見る。

「ほら、今度は伴奏に合わせて吹いてみる」

 言うや、海雪はメトロノームの音に合わせてカウントを取り始めた。「ちょ、ちょっと待っておばあちゃん!」

 葉月たちは慌ててリコーダーを咥える。

「美耶、最初の二小節、ミ、ファの次はラじゃなくて、高いド。葉月、付点はその音の1.5倍の長さで吹く。浜路、リズムが狂ってる」

 海雪に厳しい指導を受けながら、葉月たちは必死についていく。「海雪さんやぁ、ちぃーときびしんでないかい?」

 源蔵が笑いを堪えながら言う。海雪は演奏しながらも、左手でリズムを取り、右手で伴奏を弾いていた。

 小一時間ほどみっちり練習すると、葉月たちはドタッとその場に倒れ、三人ともゼェハァゼェハァと肩で息をしている。


「おじいちゃん、三人にお茶か何かあげてやって」

 海雪がそう言うと、源蔵はそそくさと出て行く。数分して、冷たいお茶の入った薬缶とコップ三つを持ってくるや、葉月たちに渡した。

 それを受け取るや、葉月たちはグビグビとお茶を一気に飲み干した。

「いい? 本当にリズムが取れた時ってね、メトロノームの音が耳障りにならなくなった時なのよ」

「どういうこと?」

「メトロノームはあくまでテンポを整えるための道具。それが頭の中で鳴らせたら、その曲は狂わないでやれるのよ」

 海雪はそう言いながら、鳴り続けていたメトロノームを止める。「いい? さっきの曲はこんな感じだったでしょ?」

 そう言うと、海雪は演奏し、葉月たちに尋ねた。練習していた時と同じく、狂いのない綺麗な音色である。

「すごい。聞こうと思ってたんだけど、知ってたの? この曲」

「ええ。まぁ、あの子の不器用さといえば、葉月ほどじゃなかったけどねぇ」

 そう言われ、葉月は首を傾げる。

「ほら、休憩したら練習。まだズレてるところがあるし、個人レッスンもしてあげるわよ?」

 海雪は笑みを浮かべ、葉月たちに言う。それを聞くや、葉月たちはぐたーと倒れた。


 外は夕暮れになり、遅くなるといけないので、葉月たちは源蔵と海雪に手を振ると、山を降りていく。

「遊火、ちゃんと葉月や友達を見守りなさいよ」

 海雪がそう言うと、葉月たちの上で漂っていた遊火が頷き、葉月たちの後をついていった。


 葉月たちが見えなくなると、海雪はふぅと息を吐いた。

「楽しそうじゃったな? 海雪さんや」

 源蔵がにこやかな笑みを浮かべながら尋ねる。

「あの子達が愚痴を零さなかったのがせめてもの救いだけどね」

 海雪はそう言いながら、小さく笑みを浮かべた。


「おばあちゃん、ちょっと休もう。ほんと、休もう」

 そう言いながら、信乃と皐月は机に寄りかかっていた。二人ともリコーダーを持っている。

「何言ってるの? 皐月はリズムあるけど音が外れてる。信乃は逆でリズムがずれ過ぎ」

 そう言いながら、教壇に立っていた『おばあちゃん』が頬杖を立てながら二人を見ていた。

「今度のテストで合格しないと、二人ともまた追記でしょ? あの先生全員が終わるまでやるって云ってたわよ」

「しつこいのよぉ、あのせんせぇーっ!」

 皐月は大声で愚痴を零す。


「皐月、あんた耳が悪いのに、リズムだけはいいんだよね」

「何が云いたいの?」

 皐月は『おばあちゃん』をムッとした表情で見つめる。「ベートーベンってわかる?」

「音楽室に飾られてる、あの赤いスカーフの?」

 皐月がそう尋ねると、『おばあちゃん』は頷いた。

「彼は晩年の約十年を、音のない世界で生きてきたの。それでも弟子が音を間違えると、違うと指摘したという話や、全く聞こえないのに名曲をいくつも作り上げている。確かに皐月は私たちに比べたら、耳が聞こえ難いけど、それって聞こえないんじゃなくて、音量や周波数で聞こえないからじゃないかな?」

「そう言えば、皐月って、小さい時に浜路や葉月ちゃんと一緒に、目隠し鬼するとすぐに捕まえるし、夕方のチャイムの音が聞こえると、私たちより一番早く気付くよね?」

 信乃がそう言うと、皐月は首を傾げた。「え? だって、みんな声出して教えてたし、今と違ってそんなに悪くなかったからね」

 皐月と信乃の話を聞きながら、『おばあちゃん』は小さく笑みを浮かべた。


「ほら! 練習、練習!」

 そう言うと、『おばあちゃん』は自分の机の引き出しに入っているリコーダーを取り出し、一緒になって吹き始めた。

 『おばあちゃん』の狂いのない音色に、皐月と信乃は懸命についていく。

 数日後行われたテストで、皐月と信乃はなんとか及第点を取る事が出来た。


『皐月はリズム感があるから、ちょっと集中すれば、気配にも気付けるだろうし、信乃は犬神の血が流れてることもあるけど、犬笛と同じ音や響きを自由に出す事で犬を操ることが出来る。後でわかったことだけど、二人とも違う意味で才能もってたんだなぁ』

 海雪はそう考えながら、神楽堂を見た。「皐月と信乃はここには来るの?」

「いんや中学に上がってからは一度も来なくなったな。ユズが襲われる前は、よくここに拓蔵や実義に連れられてきたもんじゃったがな」

 源蔵はそう言うと、薬缶のお茶をコップに()ぎ、一口飲んだ。


「そっか…… 生きている時に、三人で来たかったな……」

 そう呟くと、海雪は少しだけ悲しげな表情を浮かべるや、福祠小学校がある方角を見遣った。


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