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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十話:奪衣婆(だつえばばぁ)
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伍・奇想曲


 京本福介の変死体が発見されたことに関して、湖西主任は阿弥陀警部からの連絡を聞くや、はぁ……と溜息を吐いた。

 結局のところ、変死体は身元不明ということになったのだが――

「それで、もうひとつの方はわかったんかいなね?」

 もうひとつとは、冒頭に出てきた女性の変死体の事である。

「身元はわかりましたよ。大口望おおぐちのぞみ、28歳。P商社に勤めているようです」

「不審な人物とかは出てこんかったんか?」

「今のところは…… そもそも自殺の可能性も出ている訳ですからね」

 阿弥陀警部がそう言うと、湖西主任は少し困った表情を浮かべた。


「なぁ、その女性の死に方、やはり脱衣婆と似ておらんか?」

 そう言われ、阿弥陀警部は首を傾げる。「海雪さんとですか? 確かに彼女は母親が連れてきた男に性的虐待を受け、殺害する直前、中に出されていたようですけど」

「いや、それもなんじゃがな……」

 なんとも口の中にものが入ったような言い方である。

「あの事件、鑑識として部屋に入ったんじゃがな、妙なんじゃよ……自殺したというより、自殺させられたという気もしてならんのじゃ。それに警察はこの事を発表しとらん。知ってるのは当事捜査していた警察以外には、部屋に入り、遺体を発見した皐月と信乃、そして部屋の隣に住んでいた男くらいなんじゃよ」

 湖西主任はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。


「しかし、自殺させられたとはどういう?」

「海雪が自殺した時、彼女は天井に吊るしていた縄で縊っておるじゃろ? その時、首を掛けるさい、まず何をする?」

「えっと、椅子に登って…… あれ?」

 阿弥陀警部は言葉を止めた。

「確かあの部屋にあった椅子って、足に車輪がついているやつでしたね」

「海雪本人の話によると、椅子を蹴飛ばしたところまでは覚えているそうじゃが、椅子は遺体のうしろに倒れておった」

 その言葉に阿弥陀警部は眉を顰める。「車輪がついていないやつならば蹴って倒れてはいるだろうが、そう簡単に倒れるとは思えんのじゃよ。それに、信乃の話だと遺体は部屋の角を向いていて、椅子はそちらに倒れていた」

「蹴飛ばしたなら、倒れていても可笑しくないんじゃ?」

「可笑しいのはもうひとつ、椅子の座高が上がっていた事なんじゃよ。生前の彼女は当時の皐月と信乃より少し小さい一四七糎くらいでな、発見された椅子の座高のままで上ろうとすると、足がうまく上がらんはずなんじゃ」

「つまり、何者かが座高を上げたと?」

「もしくはぶつかった拍子に上がったと考えられなくないが、可能性は限りなくないな」

 二人がそう話していると、鑑識課の中に大宮巡査の姿があった。


「阿弥陀警部、湖西主任、おはようございます」

 言うや大宮巡査は深々と頭を下げる。「ああ、大宮。退院おめでとう。どうじゃ、体の具合は」

「はい。もう大丈夫です。色々とご迷惑をお蔭しました」

「妹さんに報告は済んだんですかな?」

「昨日済ませました。瑠璃さんからあの時助かったのは、妹のお蔭だと言ってましたので、墓参りついでに報告もしてきました」

 大宮巡査はそう言うと、少しばかり表情を強張らせる。「どうかしたんかな?」

「いえ、その時、弥生さんと信乃さんに会ったんですけど、二人が話していることが、海雪さんのことを云ってるんじゃないかなと思いまして」

 それを聞くや、阿弥陀警部と湖西主任はギョッとする。


「弥生さんと信乃さんがどんな話を?」

「詳しくは教えてもらっていないんですけど、信乃さんと皐月ちゃんが小学校の時一緒だった友達の話をしていたようで」

「それがどうして、その海雪って子に結びつくんじゃ?」

「いや、僕の思い違いかもしれませんから、気にしないでください。それじゃ今日は挨拶回りだけして、後は部屋に戻ってます」

 大宮巡査はそう云うや、鑑識課を後にした。

「地蔵菩薩が話したんじゃろうか?」

「いや、あの人がそんな簡単に口を滑らすとは思えませんね。恐らく海雪本人が、大宮くんに何か云ったと考えた方がいいでしょうな」

 阿弥陀警部はそう云うや、少し眉を顰めた。


 薄暗く、濁った臭いがする。肉が焼けた臭い。遠くから聞こえる阿鼻叫喚。そんな中を一人の少女が獄卒に首輪をつけられ、ある場所へと連れて行かれていた。

「緒方海雪。中に入れ」

 云うや、獄卒の一人が重たい扉を開く。

 耳障りするほどの錆びた金属音が海雪の耳にこだまする。

 入れられた場所は、裁判所を思わせる造りになっており、海雪は被告人が尋問証言をする際に立たされる場所に、無理矢理立たされる。

「今日はお前の五七日(いつなのか)の裁判を行う」

 獄卒の一人がそう告げると、目の前に聳え立つ岩の上に、背の低い女性が歩いているのが目に見えた。海雪から見れば、自分よりも幼く感じられる身形である。

「全員起立、礼」

 云うや座っていた獄卒たちが席を立ち、頭を深々と下げた。

「――着席」

 そして一糸乱れぬ振る舞いで全員が着席する。


 目の前に座っている女性。というより少女は、木槌でコンコンと音を鳴らせるが、その木槌を見るや、「知ってます? 漫画やドラマなどで裁判のシーンがある場合、このように木槌を鳴らして静寂させたりしますが、実際日本の裁判では使わないんですよ。元々はアメリカの裁判所で使っていたようで、それをドラマの演出として使うようになり、何時しか本当に使っていると勘違いされたんですよ」

 女性は海雪にそう話しかけるが、海雪はキッと女性を睨みつける。

「緒方海雪…… 罪状は母親とその連れの男を殺害。親を殺した罪により無間地獄へ落とされる」

 女性は手元にある資料を読みながら云う。


「この五七日までの間…… 誰一人あなたに対しての経を読まなかった……」

「そりゃそうよ。私に経を読んでくれる人なんていませんから。ほら、さっさと地獄に落として……つまらない裁判なんて一回でいいんだから」

 海雪がそう言うと、女性は寂しそうな表情で見る。

「大体、閻魔さまって何人いるの? この前は綺麗な女の人だったけど、最初は怖い鬼みたいな人だったし、閻魔ってもしかして役職みたいなものなの?」

「きさまぁ、少し黙れ」

 海雪の隣にいた獄卒が、証言台に彼女の身体を押し付ける。

「――放しなさい。親を殺したとはいえ、私の目の前で子供を痛めるのならば、あなたを退場させますよ」

 云うや女性はキッと獄卒を睨んだ。

 獄卒はまるで蛇に睨まれたカエルのように肩を窄め、海雪から手を放した。

「地獄には十王、もしくは十三王というものがあって、まず四九日までの七日毎に七回裁判が行われます。その担当をするのが秦広王(しんこうおう)初江王(しょこうおう)宋帝王(そうていおう)五官王(ごかんおう)変成王(へんじょうおう)泰山王(たいざんおう)、そして私、閻魔王が担当をします。次に百か日を平等王(びょうどうおう)、一周忌を都市王(としおう)、三回忌を五道転輪王(ごどうてんりんおう)が担当していきます。本来、裁判は四九日までに罪状や落とされる地獄が決まりますが、それでも決まらない場合は、残りの三回で決めます。それでも決まらない場合は、十三王によって最終的な審判が下されて……」

 女性――閻魔王がそう説明していく中、海雪は飽きたような表情でジッと閻魔王を見ていた。

「どうしてそんなつまらないことするわけ? さっさと決めちゃえばいいじゃない? 死んだら地獄に落とされるのはわかってるんだから」

 海雪は頻りに欠伸をする。「そうですね。確かに死ねば皆地獄に落ちます。でも、生前犯した罪を忘れてはいけないんですよ」

「私はあの二人を殺したことに対して、何の後悔もしてないけどね」

「確かにあの二人はあなたに酷いことをしました。殺されて当然といえば当然でしょう。ですが、あなたは心のどこかで助けようとしていたんじゃないんですか?」

 閻魔王がそう言うと、海雪は顔を歪める。


「なに云ってるの? 殺したいから殺したのよ?」

「母親は助けられないほど薬に犯されていた。そしてそれを作った原因は自分にある」

「あの女は…… あの女は私をあの男に売ったのよ。そのお金でなにをしたと思う? 薬よ? 薬! 自分の子供を売ってまでそんなに欲しいと思う?」

 海雪は声を荒げた。「話を変えましょう。それじゃ、どうして殺害した後自殺をしたのが卒業式の前日だったんですか?」

「そ、そんなの気分に決まってるでしょ? 殺人なんて何時でもいいのよ……何時でも」

 海雪は閻魔王から視線を外した。

「本当は死にたくなかったんじゃないんですか?」

「な、なにを馬鹿なこと云ってるの? どうせ私が死んだって誰も悲しむ人なんていないし……」

 海雪は手をギュッと握り締める。

「――本当にそう思ってるんですか?」

 閻魔王がそう言うと、海雪は少しだけ顔を上げた。


「本当にあなたの事を誰も思っていないのならば、もうあなたは最初に行われる初七日(はつなのか)の時点で、地獄に落とされてるんですよ……」

 閻魔王が硬い表情で海雪に告げた。

「えっ……と、どういうこと?」

 海雪は困惑した表情で聞き返す。

「つまり、あなたの事を思って、お経を読んでくれている人がいるということです」

「だ、誰よ? そんな馬鹿みたいなことしてるのは」

 海雪は困惑した表情を浮かべる。

 閻魔王はスッと左手を虚空に翳すと、何もないところから大きな鏡が現れる。「緒方海雪…… あなた自身の目で確認しなさい。あなたが犯した罪がどれだけ重たいのか」

 そう言うと、鏡は水面に石が投げられたように波紋を浮かべた。

 そして鏡の中に二人の少女の姿を映し出す。


『えっと、南無阿弥陀仏でいいのかな?』

『だから、それは阿弥陀如来に対してでしょ。お爺ちゃんが葬式の僧侶をしていた時、南無妙法蓮華経とか云ってたっけかなぁ』

 二人の少女は試行錯誤しながら、お墓の前で経を読もうとしている。

「初七日は南無阿弥陀仏。それから可笑しいと思い始めて、南無妙法蓮華経や般若心経、正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)など、色々なお経を試していました」

 閻魔王は少しだけ笑みを浮かべる。

「皐月…… 信乃……」

 海雪は呆然とした表情で震えた声を発する。

「これを見て、まだ自分を思ってくれる人はいないと云うんですか?」

 閻魔王はそう言うと、海雪をジッと見詰める。


「わ、わたし…… 謝りたい…… 皐月と信乃に謝りたい…… ごめんって…… ごめんなさいって」

 海雪は肩を震わせる。「自分の親を殺したことに対してか?」

 獄卒がそう言うと、海雪は首を激しく横に振った。

「あの二人を殺したことに対して、私は何も後悔なんてしてない。でも…… 皐月と信乃を…… 大好きな友達を悲しませた事、苦しめてることを二人に謝りたいっ!!」

 海雪の両目からは大粒の泪が零れ落ちる。それは彼女が今まで行われた裁判では決して見せながった表情であった。


 閻魔王は木槌を二、三度叩く。

「今日の裁判はこれにて終了します」

 そう告げると、獄卒が泣きじゃくる海雪の腕を掴んだ。

「それと、罪人は後で私の部屋に来なさい。煙々羅、彼女を案内してあげて」

 そう言うと、閻魔王の隣りに立っていた女性がスーと煙となり、海雪の前に漂ってきた。それを見るや、海雪はギョッとした表情を浮かべる。

「ほら、彼女の腕を放しなさいな」

 煙々羅は獄卒を睨む。獄卒は何も云わず、海雪の腕から手を離した。

「案内するから、私についてきて」

 煙々羅は笑みを浮かべながら、海雪を部屋まで案内する。

 海雪は、ただただ煙々羅についていくだけだった。


「閻魔王さま…… 緒方海雪を連れてきました」

 煙々羅はそう言うと、ドアを叩いた。「――入りなさい」

 と、ドアの奥から声が聞こえ、煙々羅はドアを静かに開けた。

「裁判で疲れたでしょ? そこに茶菓子がありますから、好きに食べていいですよ」

 そう言いながら、閻魔王は書類に目を通している。

 海雪は硬い表情を浮かべ、ジッと彼女を見ていた。

「そんなに硬くしないでください。私はあなたに本当のことを見せたかっただけですから」

「本当のこと?」

「浄玻璃鏡は真実を映し出す鏡です。あなたが生前何をしてきたのか、悪い事をしたのではないかというのを確認する、ビデオみたいな役割を持っていますが、あなたが死んだ後何を影響していくのかを調べる役割もあります」

 閻魔王はそう言うと、ジッと海雪を見つめる。その表情は優しく、穏やかなものであった。

「あなたを調べたら、親を殺した以外、悪いところがなかったんですよ。本当に優しくていい子だった…… 皐月や信乃があなたを友達だと思っている理由がわかります」

 そう話している閻魔王の表情が徐々に強張っていく。

「それなのに、どうしてあんなことになってしまったんでしょうね? わかりませんよ、私には…… 何度六道を見回りしても、賽の河原で石積みしている子供を助けても、足りないくらい子供は、無神経な親や理不尽な事件で亡くなったり、殺されたりしている。命はそんなに軽いものですか? やっと巡り合えて生まれた命なのに、そんな簡単に殺せるんですか? 私はわからないんですよ。大切なわが子のはずなのに、その手にかけてしまう親が、親の心境が」

 閻魔王は泪や鼻水で顔をグチャグチャにしている。海雪はその表情が見ていられなかった。


「あなたの裁判は今日で終わりです。もちろん、あなたが望めば、すぐにでも無間地獄に落としますが、少しばかり私のわがままをきいてくれませんか?」

「閻魔王さまのわがまま?」

 海雪が聞き返すと、閻魔王は海雪のところへと歩み寄る。

「あなたを私が管理している脱衣婆として、皐月と信乃を見てほしいんです。彼女たちには、妖怪退治の執行人をしてもらっています。その監督をしてもらいます」

 そう言われ、海雪は目を点にした。「な、何を? 妖怪ってどういう?」

「妖怪や、妖怪に心を奪われた人間が、殺人や事件を起こした時、その者に罪状を言い渡すのが執行人の仕事です。あなたには二人を見守ってほしいんです」

 閻魔王はそう言うが、海雪は話についていけなくなっている。


「見守る期限はあなたが決めてください」

「……そんなアバウトな感じでいいの?」

「ええ。ですが、これだけは約束してください。あの二人には自分が緒方海雪だと絶対に言わない事……それだけです」

「そ、それだけ?」

 海雪が素っ頓狂な声を挙げる。


「それと、私の名前は瑠璃…… 福本瑠璃としてあちらで権化となって人々を見ていました。今は黒川瑠璃と言ったほうがしっくり来ますけどね」

 閻魔王――瑠璃がそう言うと、小さく笑みを浮かべた。

「えっと、黒川……? もしかして閻魔さまって、皐月と何か関係あったりします?」

 海雪がおずおずとした表情で尋ねると、「ええ。もうあなたは死者なので隠すことではありませんが、皐月は私の孫娘になります」

 瑠璃はまるで子供のような表情であっけらかんと言うと、後から海雪の驚いた悲鳴が部屋の中にこだました。


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