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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十話:奪衣婆(だつえばばぁ)
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肆・夜想曲


 ふぅ……と、信乃は溜息交じりの息を吐いた。

 鳴狗寺の裏にある墓地には、無縁仏とまではいかないが、誰も来ないで草が蔓延っている墓がちらほらと建てられている。

 信乃は鳴狗寺の修行僧や、浜路と一緒に、その墓地の掃除をしていた。

 そもそもお墓の掃除は、お寺の者がするのではなく、遺族がするものである。

 だが無理な場合や、何十年前の物かもわからない墓もあるため、こうして寺の者が総出で墓の掃除を行っている。


 信乃は(から)のバケツの中に杓子を入れ、それを手に階段を下りていると、階段の下に弥生がいるのが見えた。「あれ? 弥生さん……」

「あ、っと、こんにちわ」

 弥生が挨拶をすると、信乃は何か用なのかを尋ねる。

「あ、ちょっとこの前の事が気になってね。ほら、阿弥陀警部が報せに来た時、二人とも可笑しかったから」

 弥生にそう云われ、信乃は少し困った表情を浮かべる。

「あ、別に嫌なら話さなくてもいいのよ。ただ皐月があんな顔をするのって、お父さんとお母さんが事故で行方不明になった時のことを思い出した時以来だったから」

 弥生の言葉に信乃は眉を顰める。その表情に気付いた弥生は、信乃に頭を下げた。「弥生さんの言ってる事は当たってますよ」

「……っ? どういうこと?」

 弥生が聞き返すと、信乃は手に持っていたバケツを地面に置くと、軽く背伸びをした。


「私たちが来た時、阿弥陀警部が別件の話をしてましたよね?」

 そう尋ねられ、弥生は頷いた。

「その事件とは関係ないんですけど、似たような事があったんです」

「似たような事?」

 と弥生は聞き返す。

「私と皐月が小学生を卒業した時ですかね。ある事件があったんです」

 信乃は溜息交じりの深呼吸をすると、ゆっくり話を始めた。


「私と皐月って、5年生のクラス替えの時に一緒になったんです。その時のクラスにひとりの女の子がいて、私はよく皐月とその子に誘われたりしてたんです」

「皐月、そんなこと言ってたっけかなぁ?」

 弥生は首を傾げながら言った。

「その子、クラスの学級委員もやってて、みんなから「おばあちゃん」って呼ばれてたんです。よくお婆ちゃんの知恵袋みたいなことを云ってたし、誕生日が皆より早かったからって理由で」

 信乃はそう言いながら、ゆっくりと昔の事を思い出していた。


 調理室には班毎(はんごと)に分かれた授業が行われていた。

 黒板には『みそ汁』と書かれており、各自持参した材料を使っての調理である。

 料理もそこそこに出来上がっていき、後は肝心要である味噌を入れるところまできていた。


「だからぁ、みそ汁は赤でしょ」

 そう怒鳴るは信乃である。

「赤は味が濃い。白の方が甘みがあって美味しい」

 それに異論するは皐月だった。

 二人は同じ班ということもあり、味噌を何にするかを決めていたのだが、調理直前まで何を入れようかの口論をしていた。

 というより、先日には既に各班は味噌の種類を決めてはいたのだが、この二人、こうと決めたら頑固一徹な性格のため、意見が噛み合おうとはしなかった。

 もちろん、白には白の、赤には赤の良さがあるため、最早二人の言い合いは、意地の張り合いとも云えよう。

 そんな二人を見ながら、クラスメイトや教師ですら溜息混じりに見ていた。


「はぁ……」

 と一人の少女が深い溜息を吐いた。彼女も二人と同じ班である。

 徐に席を立ち、二人が持っていた白と赤の味噌をそれぞれ半々の分量で掬い上げ、その二つを混ぜるように鍋の中で溶かした。

「ああああああああああああっ?」

「ちょっと! なにしてんのぉ、おばあちゃんっ!」

 慌てふためく二人を少女――『おばあちゃん』はキッと睨みかえす。

「ガタガタうるさいっ! 二人とも後何分だと思ってるわけ?」

 そう云われ、二人は壁にかけられている時計を見遣った。授業終了まで十五分とない。

「他の班の子たちみんな食べ始めてて、作り終えてないの私たちだけなんだから、周りに迷惑掛けてるのわかってる?」

 そう説教された二人は、あまりの正論に最早グゥの音も出なかった。


 出来上がった味噌汁を前に、皐月と信乃はゆっくりと口に運んだ。

 「美味しい」

 と二人とも同じ感想である。

「二人とも、白と赤で(こだわ)り過ぎ。あわせみそにするって発想はなかったわけ?」

 『おばあちゃん』にそう云われ、二人は唖然とする。

「それにしても、信乃って料理美味いよね。大根の皮切りとか殆どの子はビーラーでやってたのに包丁使ってるし、拍子切りも手際が良かったしね」

 そう云われ、信乃は満更でもない顔を浮かべる。

「でも、新鮮な野菜を持ってきた皐月にだって感謝しないとねぇ」

「まぁ、知り合いの百姓がくれただけなんだけど」

「それじゃ感謝しないとね。知ってる? ご飯を食べる時にする『いただきます』っていう行動は、元々上位の人から貰った物や、神仏に備えた物を飲食する時、頭上に載せるような行動から来てるんだって」

 『おばあちゃん』がそう言うと、話を聞いていた面々が関心した表情を浮かべた。

 ――授業が終わるチャイムが鳴る。皐月たちが食べ終わったのは終わる5分前で、片付けをしている最中だった。

「黒川さんたちはきちんと終わってから調理室を出るように」

 担任の男子教師がそう伝えると、調理室には皐月たちの班しか姿はなかった。


「そう云えば、うちって基本的に白味噌を使ってるのよね。まぁ、田の神を祭ってるっていう理由もあるけど」

 弥生がいうように、白味噌は味噌の基本となる大豆と米麹で作ったものを言う。赤味噌と違って、米麹の甘みがある。

「私は別に白が嫌いってわけじゃないんですけどね。あの時ってまだユズの事もあったり、何かと皐月とは意見があってなかったりして、今よりギクシャクしてたなぁって思い出しました」

 そう話す信乃の表情は楽しそうである。「おばあちゃんって、みんなの意見が出なかったりした時に、なんていうのかな、鶴の一声みたいな感じで纏めるんですよ」

「皆にとっては必要な子だったってわけだ」

 弥生が何気なくそう言うと、信乃は唇を噛み締めるような仕草を見せた。


「多分、私も皐月も、おばあちゃんのこと大切な友達だって、今でも胸張って云えますよ」

「その子に何かあったの?」

「その子を最後に見たのは…… ううん、最後に見れたのは卒業式が終わった後だったんです」


「おい! 黒川、鳴狗っ!」

 担任の男子教師に呼び止められ、二人は足取りを止めた。

 二人とも身形は確りとした礼服であり、手には卒業証書が入った筒が持たされている。「先生、何か用?」

「二人とも、緒方が身体の調子が悪いとか、そんな話を聞いてないか?」

 そう訊かれ、皐月と信乃は互いを見ると、首を横に振った。

「そういえば、おばあちゃん来てなかったね」

「ああ。学校にも連絡が来てなくてな。すまないが、二人で持っていってくれないか?」

「先生が行けばいいんじゃないの?」

 信乃がそう言うと、「先生は先生で忙しいんだよ。それじゃぁ家は知ってるだろうから……」

 教師が言い切ろうとした時、皐月が言葉を止めさせた。

「でも、私たちおばあちゃんの家知らないよ? 遊びに行きたいって云っても、場所すら教えてくれなかったし」

「そうなのか? それじゃぁちょっと住所を書くから」

 教師はメモを取り出すと、それに住所を書くや、皐月に渡した。

「それじゃ、よろしく頼むわ」

 そう云うや教師は小走りで去っていった。


「えっと…… 『コーポ・はなくも』っと」

 皐月はそう言いながら、住所確認に電柱に貼られている番地案内を見ていた。

「住所はここら辺ってことか…… どっかに地図の看板でもないかなぁ?」

 信乃はそう言いながら、頻りに鼻を擦っている。

「信乃、花粉症?」

「鳴狗家の人間が、花粉症なんてなったら致命傷みたいなものよ。さっきから変な臭いがするんだけど、気付かない?」

 そう聞き返され、皐月は答えるように頷いた。

「それじゃ、離れた所から臭ってるってことかぁ」

 信乃はそう言いながら、地図が描いてある看板が目に入った。

 番地などの場所がわかる地図である。その中に『コーポ・はなくも』の名前があり、場所もわかった。


「その二階におばあちゃんの家があるみたい」

「アパートなんだから、家って云わないんじゃない?」

 信乃はそう言いながらも嫌そうな表情を浮かべている。「なんかどんどん臭いが強くなってる」

 鳴狗家の人間が持つ嗅覚は犬と同じで、普通の人よりも何千倍といわれている。「あ、見えてきた。多分あそこじゃないかな?」

 皐月はそう言いながら、ボロアパートを指差した。

「『コーポ・はなくも』…… うん。間違いないあそこだ」

 二人は住所を確認し、部屋の前へとやって来た。


「チャイムは……あ、あった」

 皐月は徐にチャイムのボタンを押す。家の中から呼び出し音が響き渡っているが、耳が悪い皐月はそれに気付けなかった。

 二、三度鳴らしても部屋からは何の反応もない。

「おばあちゃん、いるぅ?」

 痺れを切らした皐月が、大声で呼んだ時だった。「るっせぇぞ、がきども」

 隣の部屋から怒声が聞こえ、皐月と信乃がそちらに振り返ると、シャツに半ズボンの中年男が、怒り狂った表情で二人を睨んでいた。

「あ、すみません。ちょっとここに住んでる友達に用事があって」

 皐月が頭を下げる。「ああ、すまんな。小父さん、さっき仕事が終わって寝ていたところだったんでな」

 素直に謝ったことが功を奏したのか、怒鳴った中年男は、にこやかな表情を浮かべた。


「信乃、まだ変な臭いするの?」

 皐月が尋ねると、信乃は視線を部屋に向けている。「変な臭いもだけど、それとは違う臭いが、あの部屋からしてる」

 信乃の視線は『おばあちゃん』の部屋である。「なんだろう。血のような臭い」

 皐月はそれを聞くや、顔面蒼白になる。

「まさか、おばあちゃん怪我したんじゃ?」

 そう云うや、皐月はドアノブを掴み回した。

 呆気に取られるほど簡単にドアが開くと、ムアッとした生温い風が二人に当たった。


「うぅぷぅっ」「な、なによぉ? この変な臭い」

 二人は咄嗟に手で口を押さえる。「おばあちゃんっ! いるなら返事して」

 皐月はそう呼びかけるが、何の反応もない。

 意を決した二人は、部屋の中へと入った。


「信乃ぉっ! 変な臭いの元わかる?」

 皐月がそう言うと、信乃は変に山積みになった衣類を見遣っていた。皐月はそれがどうしたのか尋ねる。「ねぇ? あれって、包丁じゃない?」

 そう言いながら指差した先には、包丁がまるで何かを刺しているかのように立ったままである。「おい、どうした二人とも」

 先ほどの中年男が部屋の中に入ってくる。

「お、おじさん? ちょっとこの中見てくれない?」

 皐月が山積みになった衣類を指差す。中年男は首を傾げながらも云われた通り、中を見ると――悲鳴を挙げた。


 そこにあったのは女の死体である。

 当然のことながら、三人は悲鳴を挙げた。

「し、信乃ぉ、あんたが掻いてた臭いってこれ?」

 皐月は泪目になりながら尋ねる。「それもあるけど、まだもうひとつ変な臭いがある」

 信乃はそう言うと、誘われるように風呂場へと足を運ぶ。「お、おい」

 中年男は信乃を追いかけ、皐月は一人になってしまった。


 突然うしろからガタンと何かが落ちたような音が聞こえ、皐月はビクッと肩を窄めた。

 そして音がした方を見ると、襖が開いている部屋がある事に気付く。

 皐月はまるで呼ばれているかのように、足をそちらへと向けた。


「な、なによ…… これぇ?」

 信乃は目の前に転がっているものを見ながら、頭が回らない事に実感していた。

 目の前に転がっている遺体は男性の変死体である。頭はハンマーで割られ、グチャグチャになっている。

 浴室の床や壁のタイルは血で撒き散らされたように赤くなっている。

「け、警察に連絡だ」

 中年男はそう云うや、自分の部屋から携帯を取りにその場を後にした。

「……皐月?」

 信乃はうしろを振り返ったが、皐月の姿はない。女性の遺体があった場所に戻ったが、そこにも姿はなかった。


 突然悲鳴が聞こえ、信乃はそちらへと走る。

 そして、妙に開いた部屋があり、中に入ると、皐月の姿を見付けるが、皐月の様子が可笑しい。

 顔は硬直させ目は大きく開いている。口は半開きになり、肩を振るさせていた。「皐月? どうかし……」

 信乃は頭上から、ギシッという天井が撓る音が聞こえ、そちらに振り返る。


 そこには、赤いちゃんちゃんこを着た、裸の少女が首を吊っているのが見えた。「な、なにこれ?」

 信乃は思考が追いついていなかった。

 そして風で煽られた遺体が二人の方を見るや、それがなんだったのかに気付く。


「お、おばあ……ちゃん?」

 信乃がそう呟くと、皐月の悲鳴が部屋の中に響き渡った。


「その後に警察が来て、おばあちゃんと発見された二つの遺体は運び込まれました。後で話を聞いたら、おばあちゃんの身体には、二人の血液が付着していて、二人を殺したのは、おばあちゃんだってわかったんです」

 信乃はそう言いながら、腕を握り締める。

「それじゃ、昨日二人が嫌だって云ってた理由はそれに似てたから?」

「首吊り死体とか、執行人をやっていたらいやでも見ますよ。いちいち気にしてたら埒が明かない。でも、阿弥陀警部の話がおばあちゃんの遺体とそっくりだったんです」

 弥生は昨晩の事を思い出していた。阿弥陀警部は何か特徴的なものを云ってただろうか……確か、被害者の女性は殺される前、性行為をして……

 ハッとした表情で、弥生はありえないことを頭に浮かべた。


「まさか、その女の子、性的虐待を受けていたってこと?」

 そう尋ねると、信乃は答えるように小さく頷いた。

「後でわかったことですけど、その男、おばあちゃんの母親が連れてきた愛人みたいなもので、おばあちゃんの遺体の膣内には、その男の精液が入っていたって云うんです。その母親も検死の結果、覚せい剤の反応があった」

「その子はそれを誰かに言わなかったわけ?」

「おばあちゃん、よく母親しかいないって話してました。近所の話だと発見される一週間前から姿が見えなかったって。それに、母親は薬に毒されて、手の付け所もない廃人だったって」

 信乃はまるで言い聞かせるように怒鳴り散らした。

「なんで一緒のクラスにいて気付かなかったんだろう…… 今になって後悔してももう遅いのに…… 少しくらい話してくれたってよかったのに……」

 信乃は跪き、ボロボロと大粒の涙を零す。


「あれ? 弥生さんに……信乃さん?」

 階段の上から声が聞こえ、弥生と信乃はそちらに振り返った。「お、大宮巡査?」

 弥生がそう言うと、大宮巡査は首を傾げる。

 信乃はこの寺の娘であるため、いるのは当然といえば当然なのだが、弥生が一緒なのが妙な組み合わせだったからである。

「そういえば、大宮って名前の卒塔婆があったっけ?」

 信乃は思い出すように言う。「ああ、それは妹の墓だよ」

 大宮巡査がそう答えると、「そう言えば、皐月が大宮巡査が助かったのは妹さんのお蔭だって云ってたっけ」

 弥生がそう言うと、大宮巡査は笑みを浮かべる。


「そういえば、二人とも何か話していたみたいだけど」

「いや、ちょっと信乃さんから皐月と信乃さんの友達の話を聞いてたんです」

「へぇ…… そう言えば二人とも同じ小学校だって聞いてたね。それでどんな子だったの?」

 大宮巡査が何気なく尋ねる。「詳しくは話せませんけど…… 『緒方海雪』って子が……」

 信乃がそう言うと、大宮巡査はギョッとした表情を浮かべた。

「おがた……みゆき? みゆきってどう書くんだい?」

「えっ? 海に雪って書いて『海雪(みゆき)』って読みますけど」

 信乃がそう答えると、大宮巡査は脱衣婆――海雪のことを考えていた。

(そう言えば、あの時聞いた海雪さんの声って、皐月ちゃんや信乃さんと同じくらいか、少し幼い女の子の声だったけど)

 大宮巡査は以前、犬神によって傷付けられた皐月を自分の車の後部座席に乗せ、神社に運んでいた時の事を思い出した。

 その時聞いた海雪の声がそうだったのだが、まさかそんなことはないだろうと、弥生と信乃に感付かれないように何もないと答えた。


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