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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第二十話:奪衣婆(だつえばばぁ)
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参・狂詩曲


 あれっ?と皐月は首を傾げた。

 たまには部屋の掃除をしようと、本棚の整理をしていると、棚の片隅にアルバムのような本があり、それを取り出し表紙を見ると『第××回福祠町立福祠小学校卒業アルバム』と書かれている。

 皐月と信乃が卒業した時のものである。

『アルバムかぁ……』

 皐月は何気なく中身を見ると、自分のクラス写真に違和感を感じた。

 たった一人だけ、名前が消されている女子生徒がある。

「誰だっけ? この子」

 皐月は思い出そうとしたが、まったく思い出せない。

 その代わり信乃も同じ学校で、同じクラスだったのを思い出すと、彼女に電話をかけてみた。


「あ、信乃? あんたさぁ、小学校の時の卒業アルバムってとってる?」

『アルバム? とってるけど、それがどうかしたの?』

「棚の整理してたら出てきてさ、読んでたら私と信乃のクラスで名前がわからない子がいたのよ」

『なにそれ? あぁ~、ちょっと待ってね、私も見てみるわ』

 そう言うと、信乃は本棚から卒業アルバムを取り出し、自分のクラスが載った頁を開いた。

(同じクラスの子ねぇ、別に名前がわからない子なんていないけど)

 信乃のアルバムには、クラス全員の名前が書かれている。

『一応聞くけど、どんな子だったか、具体的な事って覚えてる?』

「えっと、確か合唱コンクールの時に、ピアノ弾いてた子だったと思う」

(ピアノ……)

 信乃は思い出しながら、アルバムを見る。

 そしてある生徒に目をやるや、口を震わせた。


『――おばあちゃん……?』

「え、どうかしたの?」

 皐月が尋ねると、信乃はハッと我にかえる。『あ、ご、ごめん、それだけじゃなにも…… ほかになにか思い出せる?』

「うーん、なにも思い出せない。ごめんね、忙しいのに」

 皐月がそう謝ると、信乃は笑いながら、

『いいわよ、DVD見てただけだから。もう用がないなら切るわよ』

「うん、それだけだから。ありがとう」

 そう言うと、皐月は携帯を切った。


 皐月が携帯を切ったのを確認すると、信乃はジッと、自分の携帯を見つめた。

(確か皐月って、六年前に起きた転落事故の事、今まで思い出せなかったのよね)

 思い出せなかった原因が、トラウマによる自己防衛であった事を信乃は知っている。

 そうなると、あの事件も、皐月にとっては思い出したくもない事。

 信乃はそう考えると、もう一度アルバムを見た。

(私だって、思い出したくないわよ…… あんな酷い彼女の姿なんか)

 信乃はギュッと唇を噛み締めた。


「未だにやつは見付かってないようだな」

 とある廃ビルの一室に四つの影があった。ひとつは高山信こと、大威徳明王。もうひとつは従者の摩虎羅である。

 残りふたつは意外な人物であった。「情報が少な過ぎるとしか云えんな」

 そう言うは一人の老人である。

「しかし虚空蔵、犯人の目星は粗方ついておるんだろ?」

 信がそう言うと、老人――虚空蔵菩薩は小さく頷いた。

「閻魔王の娘である遼子と夫健介の行方を曇らされている理由がわかればいいんじゃがな」

 虚空蔵がそう言うと、摩虎羅は首を傾げた。「お前たちは三姉妹の持つ異常な自己再生能力は知っておるだろ?」

「それがどうかしたのか?」

「その母親である遼子が姿を現さないのはどうしてじゃろうな。三姉妹同様助かっていても可笑しくはない」

 そう云われ、信はハッとする。


「まさか虚空蔵、お前は本来ならば、あの事故で三姉妹は死んでいたと云いたいのか?」

「でもあの子たちが助かったのって閻魔王さまの力で……」

 摩虎羅がそう言うと、虚空蔵の従者である珊底羅が彼女をキッと睨んだ。

「本来、神仏が人に与えられるのは加護だけ。人を生き返らせる事は出来ない」

「確かにな…… しかし、それではあの三人が現世に戻れた理由にはならないが」

 信がそう言うと虚空蔵は頷いた。


「もしわしの推論が正しければ、三姉妹はあの事故で死んでいた。だがある力によって現世に戻る事が出来た。地蔵菩薩が持つ力と同等のものでな。恐らく遼子と健介がいなくなったことにも繋がると思っておる」

 虚空蔵は珊底羅を見遣る。

「その行方に関して何かわかれば、あの転落事故の状況が瀞玻璃鏡に映らかった原因がわかるかもしれない。それに六年前に起きた事故以外に、四年前に起きた信乃の愛犬であるユズが襲い殺された8件の連続通り魔事件。それと一年半前に起きたあの事件。この三つに共通して云えるのは、瀞玻璃鏡で見れない事と、被害者が福祠町の三社に関係しているという事よ」

 そう云われ、摩虎羅は顔を歪めた。


「ちょっと待って、前のふたつはわかるけど、あの事件は確か自殺じゃなかった?」

「脱衣婆の大罪は、他の二件と繋がりがあるということか」

「あの子が子安神社に深い関わりがあったからこそ云えることだけど…… 皐月、信乃、海雪の三人は、何か狙われる原因があるんじゃないか、そう思ったから三人を十二神将に見張らせるようにした」

「その結果、毘羯羅が鴉天狗に襲われてしまった」

 そういうと摩虎羅は項垂れた。「今云える事は、3件の事件と無間地獄を脱獄した鴉天狗の手伝いをした黒幕は、同一だということだ」

 虚空蔵はそう伝えると、珊底羅とともにスーッと姿を消した。


「どう思われます?」

 摩虎羅が尋ねると、信は頭をかきながら、「虚空蔵は知恵を与えると云われているからな。やつの言っている事は耳に入れといた方がいい」

「他の十王…… 特に閻魔王さまに伝えなくてもよろしいんでしょうか?」

「閻魔王だからこそ云えんな。お前も知っているだろ。あの事故を聞いた時、皆の前では平然を装っていたが、一人になった途端、顔を歪ませ、涙でぐちゃぐちゃになりながらも、何度も瀞玻璃鏡で行方を捜していたからな」

「因達羅や妹君のヤミーさまも心配しておりました」

「この前一応の夫婦水入らずが出来たんだ。まだ虚空蔵が特定出来たという報せがない以上、私達以外には知られないようにしなければな」


 繁華街の裏通りを、一人の女が千鳥足で歩いている。時間は日付が変わろうとしている時だ。

 ふと女は何かに足をとられ、豪快に転倒した。「いたたた……」

 と頭を抱える。

 そして引っかかったものを見るやその酔いも一瞬でさめた。

 そこに転がっていたのは、赤黒く爛れた男性の遺体であった。


 通報を受け、現場へとやってきた警官たちの中に、西戸崎刑事と岡崎巡査の姿があった。

 二人は遺体を見るや胃液が込み上がって来るのを抑えた。

 周りでは嗚咽混じりの声が所々から聞こえてくる。

 職業柄遺体には見慣れているはずの彼等ですらこの有り様だ。


「焼死体ですかね?」

「んなら、どげんしてこうなったか説明出来るとや?」

 西戸崎刑事が聞き返す。勿論、岡崎巡査に答えられはしない。

「どっかにガソリンをばら撒いた跡があるはずやろうも。それともなんね、自然発火でもしたとか?」

 西戸崎刑事の言う通り、現場の周りにはガソリンをばら撒いた形跡がない。其れ処か、遺体の周りに火が燃え移った形跡もなかった。

「身元がわかるようなもんはまだ見つこうとらんちゃろ?」

 周りで調べている警官に尋ねるが、遺体は身体全身が爛れている。

「検死に回す以外、身元がわからないということですね」

 岡崎巡査がそう言うと、西戸崎刑事は小さく頷いた。


「――と云うのが、一昨日あった事の件なんですよ」

 稲妻神社へとやってきた阿弥陀警部は、焼死体が発見された事を拓蔵と弥生、葉月に説明していた。「――湖西はなんと?」

「湖西主任が云うに、身元不明の変死体だそうですよ」

 説明を聞くや、拓蔵は顔を歪めた。

「正確に言えば、本来存在するはずのない遺体とも云ってました」

「どういう意味ですか?」

 弥生がそう尋ねると、阿弥陀警部は一枚の写真を懐から取り出す。

「だからこうして、葉月さんに霊視してもらおうと思って訪ねにきたんですよ」

 阿弥陀警部は写真を裏返し、葉月に渡した。

 葉月は深呼吸すると、ゆっくり目を閉じ、写真に手を翳し摩り始めた。


「――あれ?」

 葉月は不思議そうな声を挙げる。「この人、爺様の知合いかもしれない」

 葉月の声色は、理解出来ないと言わんばかりに震えている。

「どういうことじゃ?」

 拓蔵がそう尋ねると、葉月は眼をひろげ、阿弥陀警部を見た。

「あの、この死体って、雨音さんと関係あるんじゃ」

「雨音……じゃと?」

 拓蔵は顔を強張らせる。

「ええ。湖西主任が云うには、その遺体は京本福介のものでした」

「えっ? でも確かその人は、二、三ヶ月前に亡くなったはずじゃ」

 弥生の問いに、阿弥陀警部は拓蔵を見ながら、「先日、通夜があったあの晩。京本福介の首だけが棺の中に入っていた。犯人であった妻のりつが遺体遺棄をしたものが発見されたという事なんですよ」

「警察は捜索しなかったんですか?」

「捜索していた物が今頃になって出てきたといってもいいですね。ただ死亡推定時刻が妙なんですよ。京本福介が亡くなったのは今から二、三ヶ月前なのに、推定時刻が事件が起きた後……つまり信乃さんが火車を倒した後になってるんです」

 阿弥陀警部がそう説明すると、拓蔵はゴクリと喉を鳴らした。

「……いや、そもそもあの雁首は誰だったんじゃ? 湖西が云ってる事が本当だとすれば、わしや佐々木くんが見た京本先輩の顔は一体……」

「佐々木刑事にも同じ事を云われましたよ。まるで似たような首を棺の中に入れられていたとしか」

 阿弥陀警部は顔を歪ませながら云う。


 ふと居間の障子襖が開く。

「ただいま……って、阿弥陀警部来てたんだ」

 中へと入ってきた皐月が阿弥陀警部を見ながら云う。

「警部がいるって事は、何か事件でもあったの?」

 皐月のうしろにいた信乃が弥生と葉月に尋ねる。「おかえり。まぁ、そうなんだけどね」

 なんとも曖昧な返事だったため、皐月と信乃は首を傾げた。

「信乃さんは何か用なの?」

「あ、皐月に二刀流の構えとか教えようかなって。この子、剣道部の金門って人から基本的なことは教えてもらってるけど、後は独学でやってたから、今後のことも考えてね」

 弥生の問い掛けに信乃は答える。「そういうことだから、爺様、本殿は使える?」

「今日は特に使う予定もないしな。好きに使ってもいいぞ」

 拓蔵はそう云うが、表情は強張ったままである。それに気付いた皐月と信乃は何があったのかを尋ねる。

 そして発見された焼死体が京本福介のものであるという説明をしたが、当然二人は話が信じられず、聞き返した。


「あの時の妖怪か……」

 信乃が申し訳ない表情で言う。「その京本りつが殺したはずの遺体が、死亡推定時刻に食い違いがあるってことですね」

「ええ。死亡推定時刻は今月の初めなんですよ」

「通夜の時には神主さんも見てるんですよね?」

 信乃の問い掛けに、拓蔵は頷いた。「しかし通夜の最中、見れたのは先輩の顔だけじゃったよ」

 拓蔵が答えると、信乃は首を傾げる。


「顔だけって、普通お通夜の場合は、仏の全身が見れるはずですよ?」

「信乃の云う通りじゃよ。一緒におった若い警官たちは、あまり葬式に参加する機会がないからじゃろうな、誰も気にはせんかったが、わしらくらいの人たちは、皆棺に蓋がされていた事に違和感を感じておったよ」

「ねぇ、信乃…… 家柄って事もあるから訊くけど、葬式の場合、遺体はどうするの?」

 皐月がそう尋ねると、信乃はゆっくりと深呼吸した。


「病院で亡くなった人を例にして、亡くなった人の死亡診断書を病院側が書いたものがなければ受理されない。次にその遺体を依頼した葬儀屋が病院から自宅に運ぶ。それから遺族や仏の友人に連絡をし、通夜や告別式なんかをするのが、葬式の一般的な流れね」

「爺様が行ってた通夜の場合はどうなの?」

「通夜は元々釈迦が亡くなった後、弟子が夜通しで遺体を守りながら説法をしたという故事から来てる。火車が通夜の時に遺体を盗みに来るというのはそこからきてるとも云われてる」

 さすが寺の娘だと阿弥陀警部は感心する。「それから、遺体は死化粧をした後に納棺され、時間経過による腐敗が起きないようにドライアイスや消臭剤も入れるんです。それ以外は、布団に横たわらせるというのもあります」

 信乃がそう説明すると、拓蔵は妙な違和感を思い出していた。


「発見された焼死体に首はあったのか?」

「え? ええ。一応はありましたよ」

「じゃったら、あの時に見た首はなんだというんだ?」

 そう云われても答えようがない。

「蝋人形……」

 と弥生が小さく呟いた。

「確かに蝋人形なら本人ソックリに作れるかもしれませんし、人を騙すには十分ありえますね」

「しかし、わしや佐々木くんが見たのは間違いなく先輩の――」

 だがそもそもが見付かっていなかったのだ。京本りつが遺棄したはずの首が、あの家から……

「とにかく、わたしは別件もありますし、発見された焼死体は身元不明と受理されるようです。説明出来ないでしょ、その間、京本福介はどこにいたのか」

「まぁ、そっちは警察の判断に任せるがな」

 拓蔵はそう言うと、阿弥陀警部をジッと見る。


「ところで別件って?」

 葉月がそう尋ねると、

「いやいや、皆さんの力を借りるまでの事じゃないんですよ」

「言い方がちょっと気になりますけど、一応概要だけでも教えてくれませんか?」

 弥生がそう言うと、皐月と信乃も頷いた。

 阿弥陀警部は深い溜息を吐く。


「それじゃ、説明しますけど―― 実は先日、女性の遺体が発見されたんですよ。殺された女性は絞殺された疑いがあって、風呂に入っていたところを殺されたと考えています」

「特に気になる点はないな。すぐに解決しそうな事じゃないか?」

「ええ。ただ殺された女性には、首を絞められた以外にもありましてね」

 阿弥陀警部は頻りに皐月と信乃を一瞥している。その視線に気付いた二人は怪訝な表情を浮かべた。「私たちの知ってる人ですか?」

「いえ、全然知らないと思いますよ。そもそも仏さんは社会人でしたからね」

「暴行を与えられたとか、そんなのですか?」

「まぁ、風呂に入る前にいたしてたといいますか……」

 言葉の意味がわかっていない葉月はキョトンとしているが、要するに「いたしてる」とは性行為の事である。「でも、どうしてそんなことが……」

 信乃が阿弥陀警部に尋ねようとした時、隣にいた皐月が肩を震わせているのに気付く。


「……皐月?」

 そう声を掛けるが、皐月の表情は強張り、眉を顰め、唇を震わしている。

「ご、ごめん…… ちょっと自分の部屋に戻ってる」

 そう言うと、スッと立ち上がった皐月は、フラフラとした足取りで居間を出て行った。

 それを見ていた信乃も立ち上がり、キッと阿弥陀警部を見た。

 その表情はどうして話したのかと云わんばかりである。

「その事件、もし私と皐月にお願いするんだったらやめてくれませんか? それと皐月には今日は無理だから、また今度って伝えておいて下さい」

 そう伝言をお願いすると、信乃は居間を出て行き、稲妻神社を後にした。

 阿弥陀警部以外の三人は、二人の行動にただ見守る事しか出来なかった。


 皐月は一人真っ暗な部屋の中で布団に顔を埋めている。

「えっく、ひっく、うぅぐぅ……」

 嗚咽を交えながら、一年半前に起きた悲劇を思い出していた。

 思い出したくもないその映像が、彼女の脳裏に焼きついて放れようとしなかった。


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