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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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漆・陶器


 警視庁捜査本部のうしろ側で、拓蔵と瑠璃は書類の整理をしていた。

 拓蔵は作業をしながらも、頻りに瑠璃の方をチラリと見ているため、捜査の話を殆ど聞いてはいなかった。

「山奥にあるコテージで発見された変死体ですが、身元確認を行った結果、鳥居宏明のものと判明しました」

「――死亡推定時刻は?」

「死体の経過から見て、死後一週間ほど経っているものと思われます」

 その報告を聞くや、幹刑事は怪訝な表情を浮かべる。

 それもそうだろう。坂本隆平が殺されて4日ほど経ってはいるし、警察も馬鹿ではないのだから、山奥に入った際、コテージも隈なく調べている。その時には死体のしの字もなかったのだ。


 発見した警官の話を聞きながら、瑠璃はふと違和感を覚えていた。

「どうかしたんですか?」

 拓蔵がその表情に気付き、そう訊ねる。「坂本隆平が殺された時、取引先の人間は存在していたと、菅原刑事から聞きましたよね?」

「ええ。弟子である水本のアリバイ証言の時、取引先の人間と話していたとしていましたし、菅原刑事がその確認を取っていたようです」

「それが鳥居宏明であったかどうかはさておき、坂本隆平が殺される二日前から鳥居宏明は行方がわからなくなっている。そして発見された死体はその本人で…… 死後一週間経っている」

「なんか時間が矛盾してますね」

「警察も神ではありませんし、正確に殺された日を特定出来るわけではありませんが、そもそも鳥居宏明が発見されたコテージには鍵がかかっていたそうです」

「それを誰かが開けた…… もしかしてそれがこの一連の犯人という事じゃ?」

 拓蔵がそう言うと、瑠璃は少しばかり眉を顰める。


「湖西刑事の話から想像して、坂本隆平が取引に関する口論の末、鳥居宏明を殺そうとしたと考えて、鳥居宏明が抵抗したため、逆に坂本隆平は殺されてしまった…… それが正当防衛だったとすれば、鳥居宏明の罪は重たくならないはずです」

「確かに…… でもそれじゃ、逆に坂本隆平は誰を殺そうとしたんでしょう?」

 拓蔵がそう聞き返す。

「だって、坂本隆平が殺される前日より前に、鳥居宏明は何者かに殺されている。これは紛れもない事実なんですよ」

 瑠璃もその事が気になっていた。


 いや、むしろ頭を切り落とした死体が気になっていたのだ。

 鑑識の話では両方とも本人のものと推測されている。しかし、瑠璃はそこが妙に引っかかっていた。

 コテージで発見された死体の周りには、切り落とされた頭と身体をつなげるように血が流れていた。――それ以外には全くといっていいほど汚れていなかった。

 その場で殺したとすれば、血がドバッと飛び散っているはずで、何処かで殺したとすると、轍のように作られた血痕はどうやって流し作ったのかになる。捜査本部もその事を調べていた。


 ――翌日の事である。

轆轤首ろくろくびですか?」

 瑠璃が訊ねるように拓蔵に云う。刑事部の机に座っている拓蔵が写真を見ていたからである。

 その写真は発見された鳥居宏明の死体写真であった。

「ええ。なんか今回の事件って、何処かに共通点があるんじゃないかなって思ってたんですよ」

「それが妖怪『轆轤首』ですか? まぁ似ているといえば似ていますが、一般的に首が伸びるやつを云いますね」

 瑠璃がそう言うと、拓蔵は少し頷いたが、「それと首だけのものがあるんですけど、これが轆轤首の元になっているという説があるんです。それに、それは生霊の類で、本体……つまりその本人の身体を動かすと、元に戻らないといわれています」

「本体をですか?」

 瑠璃はそう言いながら、小さく首を傾げた。

「どうかしたんですか?」

「鳥居宏明の死体は、首が刃物で切られたものとされています。たとえに轆轤首とするならば、引き千切られていると考えられませんか?」

「首を千切るほどのですか? さすがにそれはないでしょ? それに抜け首だって、魂が抜けたものと云われていたそうですし――」

 拓蔵は笑いながらそういうが、次第に表情を強張らせる。


「もし、その二体の本体がたがっていたらと思いましたか?」

 瑠璃から不意を付かれた質問をされ、拓蔵はギョッとした表情を浮かべた。

「鑑識の結果、死体は確かに本人のものとされていますし、血液型も一致していましたが……二人ともA型だったそうです。それに首のように流れていた血の痕ですが、それもA型でした」

「誰のものかはわからないんですか?」

 拓蔵はそう訊ねるが、瑠璃は頷く事しか出来なかった。

 拓蔵の云う死体入れ替えも考えられなくはなかったが、それは両方が行方不明になっている場合である。


「それにしても、坂本隆平はいつ作業場からいなくなったんですかね?」

 拓蔵がそう言うと、「それはやはり弟子が見ていない時に…… そういえば殺された時の事しか訊いてませんでしたね」

 瑠璃はそう言うと、京本や菅原が戻ってきたのが目に入った。

「すみません、京本班長。ちょっと訊きたい事が」

「なんだ?」

「ええ。坂本隆平の弟子である水本ですが、坂本隆平が殺される前は何をしていたのかは訊ねましたか?」

「事件に関係のないことは訊かないんだがな」

 京本がそういうと、瑠璃はチラリと拓蔵を見た。「それがどうかしたのか?」

 そう聞き返されると、瑠璃は何もありませんと言い、お茶の用意に取り掛かった。


「なるほどな、黒川巡査長の推測も一理あるかもしれん。いくら百種類以上もある血液から鑑定した結果でも、万能とは云えんからな」

 鑑識課の作業を一時中断し、休憩に入っていた湖西刑事に瑠璃は事の件を話していた。

 今ではDNA鑑定による鑑識が主になっているが、40年前は血液による鑑識が主であった。

 その検査も湖西刑事の言う通り、万能とはいえない。

「だが、坂本隆平の死体は、坂本隆平のもので間違いないし、鳥居宏明も同じじゃった」

「ええ。それに関しては私も理解できるのですが、どうもそうなった過程に引っ掛かりがあるんですよ。坂本隆平の死亡推定時刻は発見された五時間前。つまり弟子である水本が作業場に呼びに行った時、坂本隆平の生死の確認をしていなかった」

「部屋に入らないようにしていたらしいからな。まぁあの京本のことだ。事件があった時の事しか聞いておらんだろうよ」

「ええ。ここに来る前に尋ねましたが、薬師如来さまと同様の事を云ってましたよ」

 瑠璃はそう言いながら溜息を吐いた。

「一度地獄に戻ったらどうだ? 地蔵菩薩」

 湖西主任がそう促すが、「いえ…… 私は大丈夫です。それに今回の事件。もし解決出来る人間がいるとすれば……」

 瑠璃はそう言うと小さく笑みを浮かべた。

 その表情を見るや湖西刑事は首を傾げた。


「さぁてと……」

 警視庁玄関に拓蔵の姿があった。うーんと背を伸ばし、一、二度ほど深呼吸をする。――そして歩き出すと、行き先は坂本隆平の仕事場であった。

 作業場には立ち入り禁止のテープが張り巡らされており、中には数人の鑑識官が調べている。

「すみません。ちょっといいですか?」

 拓蔵がそう言うと、鑑識の一人が歩み寄ってきた。

「あの、少し中を見せてもらいたいんですけど」

「っ? 別に構わんが…… もう何も出てこないと思うよ」

 鑑識官にそう告げられ、拓蔵は作業場に入ると、ある一点に目をやった。

「すみません。坂本隆平の靴底に粘土とか付いてました?」

 そう訊ねると「ああ、どうだったかね? 確か鑑識結果ではそう出てたらしいよ」

 鑑識官がそう言うと、拓蔵は作業場の地面に目を遣った。


『陶芸をする場合、轆轤を使った可能性がある。だけどその轆轤は綺麗に洗われていて使った形跡がなかった』

 拓蔵はそう考えながら、ゆっくりと作業場の周りを見渡す。

 部屋には小さな窓があり、頭が通るほどの隙間がある。

 拓蔵はその窓に近付き、窓から外を覗くと、人一人が漸く立てるくらいの足場しかなかった。

「……あれ?」

 拓蔵はそう呟くと、作業場から出るや、窓があった場所の近くまで駆け寄った。


 ――そこには赤色の花瓶が、穴の中に割られて捨ててあった。

「なるほどな…… 後は水本の証言が正しいかどうかだ」

 拓蔵はそう言うと、スッと立ち上がった。


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