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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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陸・七宝

七宝しっぽう:仏教用語。七宝(しちほう、しっぽう)。七種の宝のこと。七種ななくさの宝、七珍ともいう。

無量寿経の「金、銀、瑠璃るり玻璃はり硨磲しゃこ珊瑚さんご瑪瑙めのう」の7種のこと。

法華経の「金、銀、瑪瑙、瑠璃、硨磲、真珠、玫瑰まいかい」の7種のこと。


 はぁっ……と、瑠璃は深い溜息を吐いた。

 銀行強盗に左胸を撃たれた拓蔵は、右胸心という奇形のお蔭で一命を取り留めてはいたが、出血による貧血で倒れてしまい、今現在、病室のベッドで、いびきを掻きながら眠っている。

 見る人にとっては重症にも近いこの状態で、よくもまぁ鼾なんぞ掻けるものだと、瑠璃は再び溜息を吐いた。

『子供が銃で撃たれる事を予測出来たのか…… それとも、突発的にやったのか』

 瑠璃は銀行強盗が子供に銃を向けた瞬間の事を思い出していた。

 当の本人は閻魔王の力で相手にまやかしを見せ止めてはいたが、もう一人に気が回っていなかった。

『いや、そもそも私はあの男の子を庇っていたはず。その私が気付かないなんて』

 瑠璃はもう一度状況を思い出す。

 ――権化とはいえ、神仏である自分がその行動を見落とすとは思えなかった。

『少なくとも、私よりも速く行動していた……』

 瑠璃はもう一度拓蔵を見遣り、ゆっくりと左手を拓蔵の左胸に触れ、

「露世に漂いし、生命の魂よ。このものの傷を癒したまえ」

 そう呟くや、瑠璃の足元から左胸へと、赤みかかった青色の光が拓蔵の左胸へと流れていく。

 そして流し終えると、瑠璃は丸椅子にドサッと座り込んだ。


「っ……」

 数分ほどして、拓蔵は頭をおさえながら起き上がった。

「っと、ここは?」

 そう呟きながら、周りを見渡す。

「えっと、確か強盗に撃たれて……」

 拓蔵はゆっくりと思い出すように記憶を辿っていく。

 そしてそのまま出血多量で倒れてしまったことを思い出したが、どうしてその撃たれた左胸に痛みが走らないのかに違和感を感じていた。

「夢だったのか? いや、痛みはあったし……」

 首を傾げながら、考えていると、近くから小さな寝息が聞こえ、そちらの方を見るや、拓蔵は目を点にした。

 そこには小学三年生くらいの小さな女の子が、丸椅子に座り込んでいた。


「はて?」と拓蔵は首を傾げる。

 こんな子供知り合いにいたか?と自問自答するが、答えが出てこない。

「ん……っ」

 、と小さな呻き声を挙げ、少女はゆっくりと目を覚ました。

 そして目の前にいる拓蔵に視線をやるや、「あら、もう起きても大丈夫なんですか? 黒川くん……」

 少女がそう言うと、拓蔵は狐に摘まれたように眉を顰めた。

 その表情に少女――瑠璃は首を傾げる。「どうしました? 不思議そうな顔をして」

 瑠璃はそう云うが、次第にこの状況に違和感を感じ始めた。

 どうも拓蔵の顔を見る時、首を上に向けてしまっている。

 大人の姿の場合、首を横にすればいいだけなのにと……


「あれ?」

 、と瑠璃は自分の手を見た。楓のように小さな手々が目の前にあり、瑠璃は今自分がどういう状態なのかを理解する。

「あ、あんた…… 瑠璃さんかえ?」

 拓蔵が驚いた表情で尋ねる。瑠璃は思考が停止してしまい、言葉が出てこない。

「まぁ、あんたがどういう人なのか知らんが…… 子供は無事だったんか?」

 そう訊かれ、瑠璃は一瞬焦ったが、「え、ええ。子供は無事でしたよ。人質もみな解放され、強盗二人もお縄につきました」

 そう報告すると、拓蔵は「よかった」とベットに座り込んだ。


「ひとつ聞いてもいいか?」

「な、なんでしょ?」

「あんた…… 人じゃないじゃろ?」

 そう聞かれ、瑠璃はゴクリと喉を鳴らした。

「あの時、あんたの周りに炎みたいなのが現れた。それが子供を撃とうとした強盗を飲み込むや、やつは譫言(うわごと)のように呟いておったが、あれは一体なんなんじゃ?」

 拓蔵にそう訊かれ、瑠璃は言い逃れようと思ったが、「――あれ?」

 瑠璃は拓蔵を見遣る。普通の人間にあれが見れるとは思えない。

 そうなると、黒川家の血筋によるものなのかと推測してしまっていた。


「あなた…… 普段人とは違うものが見えたりしない?」

「へ? ええ。まぁ、小さい時は結構くっきりと見えてたんですけど、今はあまり見なくなりましたね」

「夜、金縛りに遭ったりとか、誰もいないのに、違う足音が聞こえたりとか」

「ははは、そんなのしょっちゅうですよ」

 拓蔵は笑いながら言う。笑える話ではないのだがと、瑠璃は溜息を吐いた。

「しかし、これって一体なんなんですか? 俺、確か銃で撃たれたはずですけど?」

「それは苦抜きという、功徳くどくによるものです」

「功徳?」

「『功徳』とは、現世や来世に幸福を(もたら)す元になる善行の事をいいます。もうひとつの意味は神仏の恵み。つまりご利益という意味です」

 瑠璃がそう説明するが、拓蔵は少し首を傾げる程度であった。

 理解しているのかどうかはさておき、瑠璃が人間ではないことは理解したようだ――と、瑠璃は思ったが、あれ?と首を傾げた。


 部屋の中に自分たち以外の気配がし、瑠璃はそちらを見遣る。

「元の姿に戻っておったか? 地蔵菩薩」

 そこにいたのは――鑑識課の湖西刑事であった。「――地蔵菩薩?」

 拓蔵がそう尋ねると、瑠璃は答えるように小さく頷いた。

「強盗に銃で撃たれたと聞いていたが、運がいいのか悪いのか」

 湖西刑事がそう言うと、拓蔵はジッと湖西刑事を見る。

「湖西刑事…… いや、薬師如来。ここに来た理由はなんですか?」

 瑠璃が湖西刑事をキッと睨みつける。その姿は小さな女の子なので、拓蔵から見れば可愛らしく感じられた。その視線に気付くと、瑠璃は視線を拓蔵に向ける。

「まぁ、福本巡査長のことは後で説明するとして―― 殺された坂本隆平の首が発見された」

 湖西刑事がそう言うと、拓蔵と瑠璃はギョッとした表情を浮かべる。


「ど、どこでですか?」

「ちょうど家から少し離れた道沿いにな…… 首無し地蔵が六体並んだところで発見された」

 湖西刑事がそう説明すると、瑠璃は少し顔を俯かせた。

「首無し地蔵ですか? また怖いところに」

 拓蔵がそう言うと、「首無し地蔵は、身代わり地蔵とも云われているんです」

「それと坂本隆平の取引先だが、調べたところ詐欺師である事がわかった。安値で陶器を買い、他の人には高値で売っていたそうだ」

「それを坂本隆平が気付き、言い寄った…… その口論の末、殺されたという事ですか?」

 拓蔵がそう尋ねると、「まだわからんが、そう考えても可笑しくはないだろう」

 湖西刑事はそう言いながらも、瑠璃を見遣った。

「しかし、発見された六地蔵の近くに住んでいる家の老婆が『あそこの地蔵様は後一体は首があったはずじゃが?』と云っていた」

 湖西刑事がそう言うと、瑠璃はゆっくりと顔を上げた。


「六地蔵…… 首……」

 そう呟くと、瑠璃はゆっくりと拓蔵を見遣った。「えっと、なんですか?」

「あなた、漢字は得意ですか?」

 そう聞かれ、拓蔵は答えるように頷いた。

「漢字で『道』の成り立ちはなになります?」

「えっと、確か道は之繞(しんにょう)と首が合わさったものだから、形声になりますけど……」

「もうひとつ…… これは道という漢字が作られた言い伝えですが、古代中国では、討ち取った敵の生首を提灯のようにぶら下げて、呪いがわりにして外に通じる道を進んだという説があります」

「ちょ、ちょっと。云ってる意味が……」

 拓蔵が狼狽すると、「そもそも、六地蔵は六道りくどうへの入口なんです。その地蔵の全てに首がないとすれば……」

 瑠璃は強張った表情を浮かべる。

「そもそも…… その地蔵が身代わりになっていたとしたら、どうなってたんですか?」

「ひとつの地蔵は一人しか助けられ…… それじゃ、殺されたのは坂本隆平ではなく、取引先の人間――鳥居宏明になるということか?」

「その地蔵が身代わりになったのなら、考えられなくはありませんけど……」

「確か、鳥居宏明は事件があった前日から行方不明になって……」

 拓蔵が言葉を止める。「どうかしたんですか?」

「いや、そもそもその取引先が本人だったんでしょうか? 誰かがなりすましていたという可能性も」

「否定は出来んな…… 声が録音出来れば違っていたかもしれんが」

 この時代、電話といえば、黒電話が主流である。


「とにかく、アリバイが曖昧になった鳥居宏明の行方と、生存確認がこの事件の鍵になるという事ですね」

 瑠璃はそう云うや、目を瞑り、深呼吸するや、大人の姿に戻った。

「うーん、どうも調子が可笑しいですね」

 瑠璃はそう愚痴を零しながら、肩甲骨をゴキッと鳴らした。


 坂本隆平の工房周辺を、数人の警官が捜索に当たっていた。その足は山の奥に、奥にへと進んでいく。

 ふと、一人の警官が足を止めた。

 それをもう一人がどうしたのかと尋ねると、その警官は山小屋を指差した。

 そこにはロッジ調のコテージがあり、しんと静まり返っている。

 警官二人は静かにそのコテージへと近付くと、大きな窓に掛けられたカーテンがゆらゆらと風で揺れていた。閉めきられていないようだ。

「すみません。誰かいませんか?」

 警官の一人がコテージの中に声を掛けるが、何の反応もない。

 二人は靴を脱ぐと、コテージの中に入る。

 昼間だというのに、中は薄暗い。警官の一人がベルトに吊るしていた懐中電灯を手に持ち、部屋を照らすと……


「うっ……」

 グッと胃液が込み上げてくるのを我慢しながらも、懐中電灯でそれを照らした。

 そこには死体が転がっており、首が切り落とされている。

「またか……」

 そう呟くと、もう一人の警官が、首元で血が轍を作っている事に気付く。その形は螺旋状に流れている。

 ゆっくりとその先を目でなぞると、ゾッと背筋が凍るのを感じた。

 轍が切れた場所に頭が置かれており、両目をカッと見開き警官を睨んでいた。

 その血の痕は死体の身体と頭部をまるで首のように繋がっていた。


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