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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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伍・生憎

生憎あやにく:意に反して不都合なことが起こるさま。


 吉塚からの連絡を受け、警視庁に戻ってきた佐々木刑事が刑事部に入ると、刑事らが慌しく動いていた。

「おい! なにがあった?」

 佐々木刑事が大声で叫ぶと、何人かが立ち止まった。

「それが黒川拓蔵を出せという電話がありまして、もし出さなかったら「お前がしてきたことをマスコミに発表するぞ」と」

 吉塚がそう答えると、佐々木刑事は首を傾げた。

「黒川先輩を?」

「はい。なんでもお前のせいで家族が崩壊されたとかなんとか」

 吉塚はそう言いながら、お茶を渡した。

「何を言っておる。昔、鬼神と言われてはおったが、人に怨まれるようなことは殆どしておらんぞ」

「ですが、確か黒川拓蔵という警官は35年前に警察を辞めてるんですよ」

 吉塚が眉を顰めながらいう。

『なるほど、公安だから若いもんは知らんか…… まぁ、あの人が公安だと知ってるのは、わしを除くと閻魔王さまと薬師如来さまだけじゃったからな』

 佐々木刑事はそう考えると、刑事部に一人いないことに気付く。

「そういえば、阿弥陀の姿がないな」

「はい。連絡を取ってはいるんですけど、引っかからないんです。携帯も電源を切ってるみたいで」

 吉塚がそう報告する。

「阿弥陀のことは後回しだ。それよりそいつはどんな感じだった」

「えっと、少し老けた印象がありました。それと女性でしたね」

「黒川先輩のことはわしが知っとるから、次に電話が来た時に――」

 佐々木刑事が言い切る前に、刑事部の電話が鳴った。


「……もしもし」

 電話に出た警官が恐る恐る応対すると、

「おいっ!! 黒川はいるのか? 黒川を出せってんだよっ!」

 電話越しから怒鳴り声が聞こえ、警官は受話器を耳から話した。

「で、ですが、調べましたところ、ウチには黒川という警官はもういないんですよ」

「貸してみろ。黒川警視のことはわしが良く知っとる」

 佐々木刑事にそう云われ、警官は受話器を渡した。

「もしもし、あんたか? すまんなぁ、黒川刑事は、もう警視庁を辞めておるんじゃよ」

「はぁ? 何云ってやがんだ? あの警官が辞めただって?」

 電話越しにいる人間は酔っ払ったような声を挙げる。

「一応訊くがなぁ、その黒川刑事がお前さんに何をやったんじゃ?」

「あいつはなぁ、俺たち家族を崩壊させたんだよ。7年位前になぁせっかく幸せだったのに」

せんなぁ、あの人が人を苦しめるとは思えんのだが」

 佐々木刑事は電話に応対しながら、視線を他の警官たちに送った。


『何をしておる。逆探知くらい準備できんのか?』

 そう云われていると感じた警官の何人かが、準備に取り掛かった。

「あいつはなぁ、俺が神様になれると思ってた矢先に邪魔しやがったんだ。しかも警察に云いやがって、教団は解散。教祖さまもいなくなっちまって、俺たち家族はバラバラにされたんだ」

 男が怒りを露にそう答えると、

「じゃったら、余計に黒川刑事を出すわけにはいかんな」

 佐々木刑事が静かにそう言うと、

「あんたたち警察は身内を庇うからなぁ、でもよぉ、その黒川ってのが昔やったことをバラしたっていいんだぜ? もう人間として生きていけねぇだろ?」

「黒川拓蔵は間違ったことは絶対せん人じゃよ」

「なぁにいってやがる! 俺たち家族をバラバラにしておいて! 間違ったことをしてねぇだと?」

 電話越しの男がそう怒鳴ると、

「神仏を金遣い目的で利用する人間を、ましてやそれを利用して人を唆す人間を、黒川拓蔵は絶対赦さんのじゃよ」

「な、何いってやがる! 教祖さまはみんなに優しかったんだ。俺がリストラされたとき、誘われて教祖さまのすばらしい言葉で俺は変わったんだ。そんなすばらしい人が金目的で俺を騙したりしねぇよ」

 佐々木刑事は話を聞きながら、呆れた表情を浮かべていた。

「そうか、そうか…… ところであんたは黒川刑事が何かしたらしいが、それについて聞かせてくれんかのぉ?」

 拓蔵が公安部にいたことを知ってるのは、先ほども書いた通り、佐々木刑事以外では、瑠璃、湖西主任しか知らない。

 公安部は警視庁の機密機関であり、その現役メンバーは警視総監以外誰も知らない。元公安部の人間がテレビに出て、漸く知る事が出来る。

 拓蔵が所属していた第五公安捜査第10係は、主に日本共産党、市民運動、反グローバリズム運動、カルト教団などを捜査対象としている。

 男の話を聞く限り、男はカルト教団に入っていたことに佐々木刑事はすぐにわかった。

 もちろん宗教だからといって、全部が全部犯罪に走るとは限らないので、拓蔵が潰した教団は犯罪に走っていたということになる。


「あいつはなぁ、俺たち以上に恐ろしい事をしてたんだよぉ―― だって、自分の奥さんを殺してんだからさぁ…… 一族全員で」

 男がそう言うと、佐々木刑事は一瞬思考が停止する。

「な、何を言っておる。あの人の奥さんは……」

 瑠璃のことを云おうとした佐々木刑事は言葉を止めた。

「しかも、その間に生まれた子供も殺してるんだ…… 警官がそんなことしていいのかぁ?」

「出鱈目を言うな! あの人がそんなことをするわけがないじゃろ!?」

 佐々木刑事は怒りを露に叫んだ。


『閻魔王さまが大罪を犯してまで愛した人じゃぞ? そんな地蔵菩薩の怒りを買うようなことを……』

「佐々木刑事、犯人の逆探知出来ました。場所は福祠町の公園です」

「よし、お前たちはそこに行け! 警察を敵に回したことを……」

 佐々木刑事がそう言うと、電話は突然切れた。

「感付かれたんでしょうか?」

「いや、恐らく用件を言い切ったんじゃろう――わしも同行する」

 佐々木刑事はそう言うと、出て行った警官数名と共に警視庁を後にした。


「本当に気持ち悪いですね」

 瑠璃が空を見上げ、そう呟く。澄み切った秋の夜中であり、雲ひとつない。星が転々と輝いており、月も出ていた。

 彼女は拓蔵が寒かろうと渡した葉月の丹前たんぜんを着ていた。

「綺麗で清々しい空ではありますが、神や仏が悪鬼どもに蝕まれているようなそんな空気を感じます」

 瑠璃は拓蔵に目を遣った。

「もう止めたほうがいいのではないですか?」

 拓蔵は佐々木刑事が出て行ってから、すでに一升瓶一本を軽々しく飲み干している。

「すまんな…… 瑠璃さんにはいらん心配ばかりさせてしまう」

 背中越しから聞こえてきた拓蔵の声はどこか弱々しい。


「――私はあなたの妻です。夫を心配するのは当然ですから」

 瑠璃はそう言いながらも、拓蔵がこうして自棄酒に近い飲み方をする理由を薄々ながら感じていた。

「違う、夏樹と文那(あやな)の事は瑠璃さんにとって全く関係ない。あの二人は元よりわしらにはなかったことにして……」

 拓蔵が言い切る前に瑠璃は拓蔵の肩を掴み、顔を自分の方へと向けた。

「それは…… それは本心で云ってるんですか?」

「わしはあんたの前で嘘は言わんよ。本心に決まっておろう」

 そう言いながら、拓蔵は視線を逸らした。

 それが瑠璃の逆鱗に触れてしまい、瑠璃は拓蔵を卓袱台に突き飛ばす。

 ガチャンという割れた音が響き渡り、畳の上に物が散乱する。


「自分が遣ったことに責任を持ちなさい! あなたにとって、夏樹が大切な存在であったことも、文那がどれだけ愛しかったのか……」

 瑠璃はゆっくりと拓蔵の顔に自分の顔を近付ける。

 その表情は哀れみと怒りが入り混じっていた。

「わたしは夏樹が羨ましい。黒川家の腐った理由で殺されていなかったら、ずっとあなたと一緒にいられたんですから」

 瑠璃の目から大粒の涙がボロボロと流していた。

 瑠璃が大罪を犯して拓蔵との間に遼子を産んだ。そしてその罪によって、拓蔵以外の人間には、自分の存在や関係をなかった事にされている。

 それがどれだけ苦しく、どれだけ歯痒く、そしてどれだけ切ないものなのか……


「すまんな…… せっかく来てもろうとるのに、酒が不味くなってしまった」

 拓蔵は瑠璃を見詰めながら呟いた。

「いえ、わたしの方こそ、取り乱してしまって…… でも夏樹や文那はあなたが愛していた人です。そのような人を、いなかったことにしないであげてください」

 瑠璃はゆっくりと立ち上がり、散らばった食器を片付け始めた。

「わしはどうしてここに戻ってきたんじゃろうな」

 拓蔵は卓袱台の上を片付けながら呟く。

「弥生たちを引き取るためでしたよね? 広い家が欲しかったとも云えますが――」

 作業をしながらも瑠璃は拓蔵に返答する。もちろん理由としてはそうなのだが、拓蔵にとってこの神社は辛い思い出しかない場所であった。

「黒川家の腐った一子相伝のせいで、わしは大切なものを、また失いかけたがな」

 拓蔵はそう言いながら、ゆっくりと廊下の方に目を遣った。


「そこにおるのは誰じゃ……?」

 拓蔵の言葉に気付き、瑠璃も廊下の方を見遣った。

 障子に人の影が映し出されている。

 その姿は二十歳前後の身形に見え、拓蔵と瑠璃は弥生が戻ってきたとは思えなかった。

「夜分失礼します。黒川拓蔵さま、閻魔王さま」

 人影にそう云われ、拓蔵と瑠璃は互いを見遣った。

「あなた…… 何者ですか?」

 瑠璃がそう尋ねると、人影はゆっくりと襖を開け、その姿を見せた。


「さっ…… 珊底羅?」

 瑠璃は驚いた表情で声を挙げた。

 そこにいたのは、十二神将の一人である午神の珊底羅であった。

「お二人の邪魔をしてすみません。ですが、少しばかり私目の話を聞いてくれませんか?」

 珊底羅は跪き、そう申し立てたが、瑠璃は徐々に顔を赤らめていく。その表情は、恥ずかしくではなく、憤怒にみちていた。

「話を聞いて欲しい? それよりも先ず虚空蔵菩薩はどこ? それともこれはあなたの単独行動ですか?」

 瑠璃はつっけんどんな口調で、珊底羅に問い質す。

「閻魔王さま。今はそれどころではないんです」

「それどころではない? 大宮巡査を目の前で殺されそうになった皐月の気持ちや、海雪がどれだけ傷付いていたか、あなたは知ってるんですか?」

 瑠璃は珊底羅の胸倉を掴み、詰め寄った。

「脱衣婆の件に関しては、従者として代わりに謝罪します。ですが、皐月さまの場合は、私も虚空蔵菩薩さまも予想外だったんです……」

「――どういうことじゃ?」

 拓蔵がそう聞き返すと、珊底羅は以前、三姉妹や、瑠璃と海雪が大宮巡査に連れて行ってもらったキャンプ場で起きた惨事について説明した。

「本来、共犯の疑いがあった場合、審議が下されるまで、その共犯者も警察のお世話になります。ですが、その共犯者であった朽田健祐に関しては、証拠不十分だったという理由で釈放されているんです」

「ええ。それは阿弥陀警部から聞きました。彼も納得はしていませんでしたが」

 瑠璃がそう言うと、珊底羅は少し瑠璃から離れる。

「証拠不十分とはいえ、そのまま釈放されるというのは可笑しく思えませんか?」

「大宮巡査が襲われた時の話をしてくれた時、自分を刺した朽田健祐は、殺された曽根崎歩夢に対して、金銭目的で殺害しようとしていたらしいですからね」

「そうなると手伝ったという証拠はなくとも、共犯としては十分過ぎる理由じゃな」

 拓蔵がそう言うと、珊底羅は重たい表情を浮かべた。


「問題はそこではないんです」

「……どういうことじゃ?」

「目の前で大宮巡査が殺されそうになった皐月さまは、我を忘れて朽田健祐を殺そうとした――」

 珊底羅がそう言うと、瑠璃は戸惑った表情を浮かべる。

「で、ですが…… 皐月は左手を負傷させ、殺すのを思い止まったはずです」

「確かに皐月さまはそうしましたが、暴走した皐月さまに殴られた普通の人間が生きていられますか?」

 その言葉に瑠璃と拓蔵は悪寒を感じた。


「今私が言えることはここまでです。まだわからないところもありますから」

 そう言うと、珊底羅はスッと姿を消した。

「ま、待ちなさい! まだ話は……」

 瑠璃は立ち上がろうとしたが、それを拓蔵は止めた。

 その行動に瑠璃は戸惑ったが、すでに珊底羅の気配は何処にもなかった。


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