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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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肆・焔

ほむら:ねたみ・怒り・恋情など、心中に燃え立つ激しい感情をたとえていう語


 窯元がある坂本隆平の実家にて、首なし死体が発見されてから翌日。

 いきなりで申し訳ないが、今現在、拓蔵は不機嫌である。

 警視庁へと異動になった初日、いきなり事件が発生し、自分も同行しようと思っていた矢先、京本班長である京本福介から待機命令を下されている。

 それどころか、現在行われている捜査会議においては、会議室のうしろにある長テーブルに、書類などを束ねるという、事務員同然の扱いであった。

「不機嫌そうですね?」

「まぁ、仕事ですから仕方ないですけど」

 瑠璃の問い掛けに、拓蔵は不貞腐れた声で返事をした。


 もときという男の老刑事が、現場状況を確認しながら、ホワイトボードに書かれている被害者(坂本隆平)と、容疑の掛かった妻と弟子(水本)、一緒にいたとされる友人。

 それから被害者が発見される前に、水本が電話をしたという取引先の男性にも、重要参考人として取調べをしようとしたが……

「連絡が取れない?」

 幹がそう尋ねると、菅原は答えるように頷き、

「確認のため、会社の方にも行ってみましたが、二日ほど前から行方不明になっているようなんです――念のため実家にも行きましたが…… どうやら一人暮らしのようで、連絡が……」

「途切れているというわけか……そうなると一番怪しくなるな」

 幹がそう言うと、京本がそれに対して問いかける。

 幹は「行方不明になった理由は殺したからに決まっている」と返答した。


「取引先の人間が行方不明になったのは二日前。事件が起きたのは昨日……」

 拓蔵が呟くと、瑠璃は横目で拓蔵を見遣る。

「本当に殺されたのが昨日だったら、まずはそれを証明するものが必要になる」

「湖西刑事の話では、死亡推定時刻は少なくとも発見される五時間以上前。つまり、弟子が声を掛けに来た時には、すでに死んでいたということになります」

 瑠璃がそう言うと、「そうなると弟子の証言も可笑しくなるな。そもそもそれを証明する人がいない」

「――シュレーディンガーの猫ですね」

 瑠璃の言葉に、拓蔵は首を傾げる。


「えっと、な、なんですか? そのシュレーなんとかって」

「箱の中に猫を一匹入れ、その中に放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、ガイガーカウンターが感知して、青酸ガスの発生装置が作動し、ガスを吸った猫は死ぬ。ですが、逆にアルファ粒子が出ずに、青酸ガスが出なければ猫は生き残る。確率的に云うと五分五分で、開けなければわからないというものです」

 そう説明すると、「つまり本当に弟子が声を掛けた時、坂本隆平はまだ生きていた可能性があったということか」

「死亡推定時刻が出ている以上、その時にはすでに死んでいたことにはなりますが、その弟子が、本当に声を掛けに行ったのかという証拠がない」

 瑠璃は書類に目を通すと、ホワイトボードに貼られた被害者の写真を見遣った。

「首がなくなっているというのも気になりますね。それに現場は確かに山奥ですが、捨てるなら林の中にするでしょ」

 拓蔵もその事が気になっていた。

 瑠璃の言う通り、死体を遺棄するならば、人目のない山奥か、林の中であろう。不法投棄が大体そんなものだ。

 しかし、坂本隆平の死体は首なし死体として、窯元で発見されている。

 拓蔵はその部分が妙に引っかかっていた。


「どうですか? 指紋の方は」

「どうもこうもない。目がチカチカして痛いわ」

 京本の問い掛けに、湖西が目頭を押さえながら答える。

「そっちはどうなんじゃ? 容疑者は絞り込めたんか?」

「まだ容疑が固まっているわけではないので、最重要参考人として、二日前に行方不明になった取引先の男――鳥居宏明。それとまぁ妻である坂本徳子(のりこ)、弟子である水本忠志(ただし)、後は友人である斉藤(つとむ)じゃな」

 被害者が殺された時間、周りにいたのは妻、弟子、友人の三人である。

 彼らにも容疑が掛かっているが、京本はその三人による共犯とも考えていた。

「気になるのは、昨日会社に連絡した時には、鳥居宏明が出たということだ」

 京本の言う通り、水本が菅原に取引先の電話番号を教え、確認のために母屋の電話を使って確認を取っている。電話番号は会社の番号に間違いはなかった。

 つまり、二日前行方不明になったという報告では、矛盾が生じている。


「指紋検出、出来る限り急いでくれよ。全然期待はしとらんが」

 京本はそう言うと、鑑識課を後にする。

「まったく、本当の事じゃから言い返せんのが(しゃく)じゃな」

 湖西はそう言いながら、指紋検出を再開した。

 指紋検出は人の目によるやり方であるため、一致確立は今現在と比べると、確立も疲労も雲泥の差がある。

「少しはねぎらってくれんかなぁ。権化も楽じゃないんじゃぞ」

 湖西は愚痴を零しながらも、仕事をしていた。


「二人一組なのはわかりますけど、どうして福本さんが一緒なんですか?」

 拓蔵はそう言いながら、隣を歩いている瑠璃を見遣った。

「私では不満ですか?」

「いや、そうじゃないですよ。ただ福本さんが俺の指導をしてくれるのって、役不足じゃないかなって」

 拓蔵はギクシャクしながら返事をする。

「本来『役不足』という言葉は「素晴らしい役者に対して、役柄が不足している」という意味です。つまり能力のある人につまらない仕事や、簡単な仕事をさせるという意味で使われるんですが、私は別に役不足とは思っていませんよ」

 瑠璃はそう言うと、眼を細めクスリと笑った。

 それを見て、拓蔵はドキッとする。

 瑠璃の表情はあどけなく、幼い雰囲気がある。


「逆にあなたの方が役不足ではないんですか?」

「――どうしてですか?」

「犯人が誰なのかはさておき、ずっと気になってるんですよね? 犯人はどうして被害者の首を切り取ったのか」

 瑠璃がそう尋ねると、拓蔵はゾクッと背筋が凍るのを感じた。

 先ほどの笑みから一転して、瑠璃の表情は、人ではない奇怪な雰囲気がある。

「どうして犯人は、ただ殺せばいいだけなのに、態々首を取ったのか…… そこにいる人間が誰なのか、すぐにわかるのに」

「確かに瑠璃さんの言う通り、態々首を切る必要はない。それだったら死体は敷地内ではなく、山奥や人の目が届かない場所に遺棄されるはずだ」

「逆に考えてみて、犯人はすぐに死体が発見されること、強いては身元が判明することを望んでいたとしたら?」

 瑠璃の言葉に拓蔵は戸惑った表情を浮かべた。

「いや、ちょ…… ちょっと待ってください? 犯人は態々死体の首を切っているのに、発見されるのを待っていた?」

「窯元は荒らされた様子はなかったようです。少なくとも抵抗くらいはするでしょう。つまり、殺された場所は部屋の外。犯人は態々首を切り落としただけでなく、死体を部屋に戻したということになるんです」

「ちょ、直接的な死因はなんなんですか?」

 拓蔵がそう尋ねると、瑠璃は少しばかり顔を俯かせた。


「直接的な死因はわかりません。いや…… わからないといった方がいいかもしれません」

「わからないって…… どういうことですか?」

「発見された首なし死体の検死結果では、直接的な死因は発見されませんでした」

 瑠璃がそう答えると、拓蔵はゴクリと生唾を飲んだ。

「それじゃ、死因は頭を硬いもので殴り殺したということですか?」

 拓蔵がそう言うと、瑠璃は答えるように小さく頷いた。


「きゃああああああああああああっ!」

 突然女性の悲鳴と共に、空を劈くほどの銃声が聞こえ、拓蔵と瑠璃は声がした方を見遣った。

 そこには銀行があり、そちらへと駆け寄ると店内は騒然としていた。

「おい! 金を用意しろ! 一億だ!」

 覆面を被った男の腕の中に女性の姿がある。他にも床に老若男女問わず十人ほどが震えた表情で換金されていた。

「銀行強盗のようですね」

 拓蔵は店の中に入ろうとしたが、瑠璃はそれを止め、ジッと拓蔵の目を見た。

「まだ様子を見ておきましょう」

「わ、わかりました……」

 拓蔵はそう言うと、二人は犯人から死角になる場所に移動した。


「おい! さっさとしねぇか!」

 男は獰猛な叫び声を挙げながら、うしろで札束をバックに詰め込んでいる職員に命令する。

 職員は手を滑らせ、札束を落とすと、パンッという音が店内に響き渡った。

「丁寧に扱えよ。そうしねぇと使い物にならねぇからなぁ」

 顔の見えない男の表情は歪み切っていた。

「もし血の付いたお金なんて、足が付くもん持ちたくねぇだろ?」

 そういうと、男は拳銃を職員の後頭部に突きつけた。

 職員は歯をカタカタと震わせながらも、黙々と作業をしていた。


「怖いよぉ…… 怖いよぉ……」

 小さな男の子が母親に抱き付きながら、大粒の涙を浮かべていた。

「大丈夫よ。すぐに警察が来てくれるわ」

 母親は慰めるように男の子の頭を撫でる。

「あぁ? 警察なんてこねぇよ? ここの電話線は切ってるんだ。非常用も全部な」

 覆面の男がそう言うと、ゆっくり人質へと近付いていく。

「お母さんっ! お母さんっ!」

 男の子は大声を挙げながら、ギュッと母親にしがみつく。

「るせっえなぁっ! ピーピー泣いてんじゃねぇぞ! クソガキぃ」

 覆面の男はそう言うと、腕の中にいた女性を床に放り投げると、男の子の服を掴み挙げた。

 男の子はジタバタと暴れだすと、ちょうど男のアソコを蹴り上げるや、男はその場にひれ伏すように倒れた。


『今のうちに店内に潜入。犯人に悟られないよう慎重に』

 瑠璃は小声で拓蔵に指示を与える。

『了解しました』

 拓蔵と瑠璃は、犯人から見えないように移動する。そして銀行の裏側に行くと、丁度小さな窓があった。

「ここから入れませんかね?」

 拓蔵がそう言うと、

「ええ。入り口からでは犯人に気付かれるでしょうし、恐らくロックされているでしょう」

 瑠璃がそう言うと、拓蔵は窓を調べる。

「開いてます。多分換気で開けっ放しにしてたんでしょうか?」

「それだったら好都合ですね。犯人に気付かれずに済む」

 拓蔵と瑠璃は窓から中に侵入した。


「おい! 何をやってるんだ?」

 未だに悶絶している覆面の男を、呆れた声でもう一人が見下ろしていた。

 身形は細く、顔に大きなマスクとサングラス、野球帽を被っている。

「このくぅそぉがぁきぃ……」

 キッと覆面の男は男の子を睨みつける。

「お、終わりました」

 そう言いながら職員はバックを男に渡す。

「きっちりと一億入ってるんだな?」

 そう聞かれ、職員は頷いた。

「よし…… それじゃ今度はそこにいるやつ…… 出て来い」

 野球帽の男が誰もいないはずのドアに向かって叫んだ。

『気付かれた?』

 拓蔵がそう呟くと、

『いや、気付かれたというより、最初から気付いていたといった方がいいかもしれませんね。迂闊でした。そもそも銀行強盗に犯人が一人しかいないのはありえないこと』

『見張りが必要だからですか?』

 拓蔵の問い掛けに瑠璃は答えるように頷いた。


「ほら、早く出てこい! そうしないとここにいるやつ殺すぞ?」

 野球帽がそう言うと、拓蔵と瑠璃は埒が明かないとわかり、店内へと入っていった。

「よぉし、それじゃさっさとトンズラしちまうか」

 野球帽の男はバックを片手に裏口のドアを開けた。

「おい! さっさといくぞ!」

 野球帽の男が覆面の男に言う。

「ちょっとまて…… ちょっとお仕置きしないといけないよなぁ?」

 そう云うや、覆面の男は拳銃を子供に向けた。

「さっきのは痛かったぞぉ? ぼうやにはもっと痛いお仕置きをしないとなぁ」

 覆面の男はゆっくりと銃の引き金を引いていく。

 そして、店内に銃声が響き渡ると同時に、子供の悲鳴が聞こえた。

「おいおい。お前なにやってるんだよ?」

「あぁ? こういううるせぇガキは殺した方がいいんだよ」

 覆面の男はそう言いながら、ふと自分の周りに違和感を感じた。


 熱い…… 熱い…… 身体が燃えそうだ……

 覆面の男は体中から汗を出す。喉もカラカラだ。

「な、なんだよ? なんなんだよ…… これ?」

 覆面の男は耐え切れず、被っていた覆面を外し、素顔をさらした。

「それがあなたの素顔ですか? よく見れば男前ではありませんか?」

 声が聞こえ、男はそちらを見る。

 そこには瑠璃が立っており、周りには炎が燃え盛っていた。

「な、なんだよ? なんなんだよ、これは?」

 周りを漂う炎は、まるで意思があるかのように、男に近寄っていく。

「強盗だけに飽き足らず、人質を殺そうとしたこと…… 罪と思いなさい」

 瑠璃はゆっくりと男に近付く。

「く、くるなぁああああああああああああああっ!」

 男は銃を放ち、瑠璃を殺そうとするが、弾は瑠璃の身体に届く前にドロドロになって溶けた。

「な、なんだよ? なんなんだよぉっ?」

「もし、私たちがこの近くを通らなかったら、あなたは犯罪を成功させていたでしょう。ですが、あなたはやってはいけないことをやってしまった」

 瑠璃と男の間合いは、一(メートル)もない。

「私の目の前で子供を殺そうとしたことは、親を殺す以上に大罪なんですよ」

 瑠璃がそう云うや、周りの炎は男を飲み込むように集まった。


「ぎゃぁああああっ!」

 男が突然悲鳴を挙げると、周りは騒然としていた。

「お、おい? な、なにやってるんだよ? ほらっ! さっさと行くぞ!」

 野球帽の男は狼狽するように、覆面の男に声を掛ける。

「テメェはさっさと豚箱にいきなぁ!」

 拓蔵がそう叫ぶや、男の顔に拳を一発入れた。

「んぎゃぁっ!」

 野球帽の男は備え付けられていたゴミ箱に頭をぶつけ、その場に気絶した。


「瑠璃さん、大丈夫ですか?」

 拓蔵はそう言いながら、ゆっくりと瑠璃に駆け寄った。

 その瑠璃の表情は困惑している。

「わ、私は大丈夫ですし、子供も無事です。ですが、黒川くん……」

 瑠璃は拓蔵の異変に理解出来なかった。

 人の子である。人の子であるはずの拓蔵が無事のはずがない。

 あの時、拓蔵は男の子を庇い左胸を撃たれた。

 だからこそ、今こうして話していることが理解出来ないでいる。

「ど、どうして…… 心臓を撃たれているはずなのに……」

 瑠璃は戸惑った表情でそう訊ねると――


「あ、ああ。俺、左に心臓ないんですよ。なんか右胸心うきょうしんっていうやつだった気がします」

 拓蔵は笑いながらそう言うと、ドタッと倒れた。

「く、黒川くん?」

 瑠璃は困惑した表情で拓蔵に声をかけた。

「あ、ははは…… いくら左で死なないからって、血が出てちゃ意味がないっすね」

 拓蔵はそう言うと、スッと目を閉じた。


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